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杉本健太郎

 朝倉の部屋に入ると、悟が笑顔で待っていた。

「まさか隆之の家で涼子ちゃんたちに会うとは思わなかったよ」

 悟は少々驚いた様子で言った。

「悟、君に用があるみたいだぞ」

「僕に?」

 悟は不思議そうな顔をして、涼子たちを見た。

「そうなのよ。それに朝倉くんもいるから、一緒に聞いて欲しいんだけど」

「そうなのかい? 丁度よかった、僕も話したいことがあるんだよ」


 涼子と美由紀、悟と朝倉の四人は、部屋の真ん中で、お互いが向き合うように話になって、会議を始めた。

 涼子と美由紀は、早苗が何を思ってヒントを言ったのか、何を考えて加納に従っているのかということを話した。

「なるほど、要するに加藤早苗は加納に恋愛感情を抱いている――か。あり得ない話じゃないな」

 朝倉は、涼子が予想する早苗の思惑を聞いて同意した。涼子は、朝倉のことだから、「それは憶測でしかない」とか言われて、まともに聞いてくれない可能性もあったが、予想に反して同意しているのを目の当たりして意外に思った。

「加納は富岡絵美子を狙っている。どういう目的かはわからないが、彼女の気を引くために行動している」

「それは確実なの?」

 美由紀は朝倉に問いただした。

「ああ、それは間違いない。奴は動きはすべてそのためだ」

 朝倉が言った。それに続いて悟が口を開く。

「隆之はね、ずっと加納くんたちの目を欺くために、計画を放棄したかのように振舞って、ひとりで調査を続けていたんだ」

「え? そうだったの?」

 涼子と美由紀は驚いた。嫌気がさしてやる気を失っているようにしか見えなかったが、実はわざとそう見せかけていたとは考えもしなかった。

「加藤早苗が加納に恋愛感情を抱いていたとすると、加納が富岡絵美子の気を引こうとするのには、やはり心穏やかではないと考えられる。これまではずっと従っていたが、次第に焦りと嫉妬が出てきて、つい加納の計画を妨害するようなことをしてしまった」

 朝倉は冷静に現時点で得られている情報を分析した。

「そうだね。やっぱりそれが一番無理のない答えだろう。だとしたら、やはり加藤さんが攻略の糸口になるだろうか」

「ああ、そうなるだろうな」

「何だかさ、ずいぶん進展したような気がするわ。俄然やる気が出てきた」

 美由紀が言った。


「とりあえず今わかっているのは、加納はなんとかして『富岡絵美子』と親しくなるために行動していることだ。おそらく、未来に何かしらの影響を与えることになるんだろう」

 朝倉が言った。これはおそらく間違いないだろうと考えられた。

「どう影響するの?」

「そこまではまだ調べられていない。ここまでくると、流石にひとりだけでは限界があった。それで悟とまた協力して調べようと考えたわけだ」

「それじゃ、またみんなで一致団結するんだね!」

 涼子は嬉しそうに言った。一度バラバラになった仲間たちが、こうしてふたたび集結する。漫画みたいな展開に、みんな少し興奮気味だ。

「佐藤くんたちにも声をかけなきゃ。さあ、忙しくなるぞ!」

「佳代は私に任せて。きっとみんなやる気になってくれる」

 美由紀もやる気満々である。

「よし、奴らが何をしようとしているのか絶対に暴いてやろう!」

 悟の掛け声に、みんな一斉に拳を振り上げた。


 朝倉はふと思い出したように話し始めた。

「……そういえば、ひとつ気になることがある」

「気になること?」

 一体何事だろうと、みんなの視線が朝倉に集まった。

「この間偶然知ったが、加納の父親の同僚に、『門脇』という男がいる。加納の父と近い年齢の男だ」

「門脇! それって……」

 涼子はすぐに閃いた。門脇は、加納慎也が世界再生会議の中において名乗っていた名前だ。長く、正体不明の作戦参謀として朝倉たちから敵視されていた。

 加納の父親は会社員で、邑久郡(現在の瀬戸内市)にある会社で働いている。自宅からマイカー通勤で、十分か十五分くらいの比較的近場の職場だ。

 朝倉は続けて話す。

「もしかすると、加納と何か関係があるかもしれん。加納は、世界再生会議の中では、門脇と名乗っていた。これが偶然なのか」

 みんな黙り込んで考え始めた。門脇という苗字は、そんなに見かける苗字ではない。割と珍しい部類に入るだろう。

「偶然とは思えないよね。何かあるよ、絶対」

「だよね。それに、この辺じゃ見かけない苗字だわ」

 美由紀が言った。美由紀は加納の家とは比較的近い。しかし、門脇という苗字の家は聞き覚えがない。この加納の父の同僚というのは、由高学区には住んでいない可能性がある。

「それも合わせて調べてみないといけないな。みんな、よろしく頼む」



 涼子たちの裏で、加納たちはなにをやっているのか。

 ――ここは加納の自宅近くの空き地、加納とふたりの仲間が一緒にいる。何かを話しているようで、作戦会議でも開いているのだろうか。

 それからまもなく、ひとりの少年が加納たちに近づいてきた。

「よう、お前たち。そんなところで何をやってんだ?」

 気さくに声をかける少年。なかなかに凛々しい顔立ちで、まだ子供ではあるものの、将来はさぞかしハンサムな青年になるだろうことが予想できる。

「これは杉本さん。特に何もやっていませんよ。子供らしく、外で遊んでいるんです」

 加納はニコニコと微笑を浮かべながら言った。

「子供らしいときたか。子供は風の子、元気な子……君にはあんまり似合わない言葉だよなあ、加納くん」

 少年は加納の顔を見て、ニヤニヤと笑顔を浮かべている。

「ははは、からかわないでくださいよ」

 ――杉本と呼ばれた少年。彼は前の世界において、及川悟――聡美の夫だった男だ。世界再生会議のメンバーである。

 杉本健太郎、中学二年生。将来、世界再生会議の作った企業に勤め、そこで組織の野望のために行動していた。


 しばらく話し込んだ後、杉本は思い出したように尋ねた。

「そういえば、あれはどうなっているんだ?」

「もう少しでしょう。あとは秋の、山の学校で完了ですね」

「ああ、あれか。あれで最後なのか?」

「いえ、そういうわけではないですが、山の学校で達成できれば、もうあとは時間の問題ですね」

「そうか。頑張ってくれよ。成功すれば、俺も協力した甲斐があるってもんだ」

 杉本は、元は宮田の側近のひとりだった。しかし、門脇――加納がクーデターを起こした時、宮田を裏切ってそれに加担した。それもあり、離散していった宮田に近い者たちには恨まれていた。しかし、どうして彼は裏切ったのか。何か思惑があったのだろうか。


 ふと加納の側近のひとりが、気まずそうな顔をして言った。

「加納さん、俺はそろそろ帰らないといけないんです。これからスイミングスクールで……」

「そうですか。ではこの辺でお開きにしますか」

加納が言った。

「すいません、サボると親が煩いんです」

「ふふん、小学生は大変だな。まあ俺も明日は塾があるけどな。まったく、今から受験だ何だとご大層なこった」

 杉本が笑いながら言った。

「では明後日、また集まりますか。――杉本さん、では」

「ああ」

 立ち去って行った加納たちの背中を見送った杉本は、その背中が見えなくなる頃を見計らったようにニヤリとした。

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