同じ眼差し
涼子はさらに部屋を漁る。前に見つけた時は、この辺に――と記憶を辿って漁っている。
ふと「おニャン子クラブ」が表紙を飾る雑誌を見つけた。おニャン子クラブはこの頃非常に人気があり、あまり興味がなかった涼子も知っている。夕方に放送していることもあり、おニャン子クラブを生み出した「夕やけニャンニャン」も前にたまたま見たことがあるが、涼子は大して関心が湧かなかった。
が、なんとなく手にとってパラパラとページをめくる。斉藤由貴を特集したページがあり、愛らしい笑顔が紙面を飾っていた。
ちょうど春頃にシングル「悲しみよこんにちは」がヒットしており、同じ頃にNHK連続テレビ小説「はね駒」で主演を演じて以降、この頃、非常に勢いがあるアイドルだ。
「お、斉藤由貴ちゃんだねえ」
ふいに小島が後ろから覗き込んでニヤニヤしている。
「小島さんって、斉藤由貴のファンなの?」
「そうだねえ、やっぱり可愛いよねえ。なんていうかさぁ、スケバン刑事もよかったけどさ……えへへ」
小島は紙面の斉藤由貴の笑顔に、ニヤニヤと顔をほころばせた。
そのだらしない顔に、涼子は少しムッとした。女の子を目の前にして、アイドルなんぞにニヤニヤするとはケシカラン、と思ったらしい。
小島の背中を睨んだまま声をかけた。
「……可愛い女の子なら、近くにもいるでしょ」
「え? 本当かい。近所の子かい? 大学生?」
小島は不思議そうな顔をしている。
「め・の・ま・え、にいるでしょ! この浮気者!」
涼子はいきなり、小島のニヤけた顔にビンタをお見舞いしてそっぽ向いた。
「あ、はは、あはは……そ、そうだね。涼子ちゃんは可愛いね、うん、すごく可愛い――あはは」
思い切り頬を打たれた小島は、ヒリヒリする頬を摩りながら慌てて涼子の機嫌を取り繕った。
「アイドルもいいけどさ、小島さんって恋人はいないの?」
涼子はいきなり嫌な質問をした。小島の額に冷や汗が垂れる。
「僕は……は、はは……」
やはりいないようだ。しかし明言されなくても、交際相手がいそうな感じが微塵もないことは容易に想像がついた。
「いや、僕はね。人類の科学の発展に少しでも貢献しようと、日々頑張ってるんだよ。女の子にうつつを抜かしている場合じゃないのさ」
小島は胸を張って言った。少し顔が引きつっていた。
――アイドルにうつつを抜かしていた、さっきの姿はなんなのよ……。
と涼子は呆れ顔と同時にため息ついた。
涼子はさらに漁り始めた。それを困った顔して見ている小島。
今度はスケッチブックを見つけた。表紙を一枚捲ると、そこにはロボットが描かれていた。ガンダムである。小島が描いたものだが、なかなかうまい。
「これは何?」
「それはガンダムさ。RXー78、ガンダム。地球連邦軍のモビルスーツでね、ザクと違ってビーム兵器が使え――」
小島は聞いてもいないことをペラペラと喋り始める。もちろん涼子はキョトンとしている。こういうオタクな人物は、自分の好きなこと対しては、相手のことなどお構いなしに喋りまくる。涼子は小島を未来の恩師として記憶があるから、こういう面にも寛容ではあるが、まったく知らない女の子だと、嫌われるか逃げられても不思議ではない。
涼子はガンダムには興味がないので、適当に聞いているふりをして他を見ていく。ザクにドム、ジオング。さまざまなモビルスーツが、なかなか上手に描けている。途中からZガンダムのモビルスーツが出てきた。「機動戦士Zガンダム」は昨年の昭和六十年から今年の昭和六十一年二月まで約一年放送されていた。今は後番組の「機動戦士ZZガンダム」が放送中である。
全部見たが、どれもロボットばかりだった。しかし小島が、結構絵心があることに、ちょっと羨ましく思った。
ふと見ると、他にもスケッチブックがある。どれどれ――と思って別の一冊を手に取った。
それを見た小島は、途端に青くなる。
「ちょ、ちょっと待った! それはダメ! それは絶対にダメ!」
大慌てで涼子から奪い取ろうとした。が、涼子はそれを素早くかわし、中を開いてみる。
「あ、クリィミーマミだ。それにこの子はなんて言ったかな? 優ちゃんだったっけ。この子がクリィミーマミに変身するんだよね」
涼子は、かなり上手く描けているクリィミーマミのイラストを見て言った。自身が放送当時に描いてみたものに比べて、比較にならないほど上手い。
涼子は意外にも楽しそうに見ているため、少しホッとしている小島。
次のページもクリィミーマミ、それから数ページ続いて、「魔法の妖精ペルシャ」が出てきた。さらにそこから数ページ進むと、今度は「魔法のスター マジカルエミ」になった。涼子はマジカルエミは見ていなかったので、あまりよく知らなかった。しかし……。
「ねえ、小島さん。小島さんって、女の子の漫画が好きなの?」
涼子の目が途端に厳しくなる。いい大人が女児向けアニメを描く、ということは当然視聴している——というのは、一般的な感覚としては偏見の目で見られても仕方がなかった。
「え? ああ、えっと……その、マジカルエミってね、ストーリーが素晴らしいんだよ。そうストーリー」
小島は力説するが、涼子の視線は相変わらず厳しい。
「やっぱりね、ストーリーは大事なんだよ。大人が見ても素晴らしいんだ――ははっ。そういえば、夏休みだからかな、朝十時からクリィミーマミが再放送されてるよね。やっぱりよくできてる作品だよ、ははは」
「ふぅん、よく知ってるね」
「え? あ、えっと……まあ、その、あはは、あはははは」
涼子の鋭いツッコミに笑って誤魔化すしかない小島。
「はぁ……」
涼子は大きくため息をついた。明らかに何か軽蔑したような顔だった。なんでいい大人が、女児向けアニメの再放送など詳しく知っているのか。
――まったく、勘弁してよ……。涼子は幻滅とまではいかなくても、少し失望した。こんなことで小島に対する尊敬の念が消えるわけではないし、こういう側面は知っていたものの、やっぱり悲しくなってくる。
涼子は、苦笑いしている小島を横目にスケッチブックを閉じた。
扇風機しかないこの部屋はやっぱり暑い。外の風が入る窓際に行った。窓際には机がある。机の椅子に腰をかけて、「暑いなぁ……」と、思ったより風が入ってこないことをぼやいた。
やはり雑然とした机の上に持たれると、ふと、窓際の机の上に写真立てを見つけた。そこには、綺麗な若い女性の横顔があった。まるで隠し撮りしたかのようなアングルで、普通に撮影した風ではない。しかし、誰だろうか?
「ねえ、小島さん。この女の人って誰?」
「げっ! り、涼子ちゃん、それは――それはね、いや、あの……」
突然取り乱す小島。あまり知られたくない感じである。
涼子はふと、小島の将来の奥さんを思い浮かべた。涼子は小島の妻を知っているし、何度も話したこともある。しかし顔は全然違う。別人だ。
小島はあまり話したくなさそうで、あれこれ話題を変えて、話を逸らした。しかし興味津々の涼子はしつこく話を戻した。
外では蝉の鳴き声が延々と続き、一層暑さを引き立てていた。
そして、とうとう観念したのか、小島は話し始めた。
「この人はね、小学校の頃に同級生で幼なじみだった人なんだ。とても仲がよかったんだよ。でも中学校の時にね、転校して――大学で再開したんだ」
「わぁ、なんかドラマチックだね」
「そうかい? はは……、でも現実はそうでもないよ」
「どうして?」
涼子の質問に、小島は苦笑いをするだけで答えなかった。
少しの沈黙があったあと、小島はボソリとつぶやいた。いつもとは少し声の雰囲気が違って聞こえた。
「これ以上は子供の聞いていい話じゃないよ。――そうだ涼子ちゃん、あれ知ってる? ええと、確かこの辺にあったはずだけど――」
小島は何かを探し始めた。
今度は、涼子もしつこく聞くことは憚られた。ゴソゴソ探してる小島の横顔が見える。
――小島さん、この人のこと……好きだったのかな。でも……想いは伝わらなかった、もしくは伝えられなかった。どんな理由かはわからないけど。
そんな考えが頭に浮かぶが、それを口には出せなかった。そして、小島の少し哀愁を漂わせた眼差しに、どこかで見覚えのある気がした。
――そうだ、さなだ。あの夏祭りの時の、さなの雰囲気と同じだ。




