夏祭り
日が暮れて、そろそろ祭りに行く時間だ。暗くなってからの外出でもあるせいか、子供たちは大はしゃぎである。
女の子である涼子と友里恵はともに浴衣を着ている。翔太たち男の子はみんな普段着だ。これまでも着ることはなく、あまり着たいと思わないらしい。
涼子はウキウキしながら夜道を歩く。途中、街灯が備わっている道に出ると、人がたくさん歩いていた。進む方向は一緒なので、みんな夏祭りに向かっているんだろう。
小学校低学年くらいの女の子が、母親に手を引かれて涼子たちの前を歩いている。可愛らしい浴衣を着ており、涼子はその女の子に、数年前の自分の姿を見た。自分もあんな時代があった、と数年前の自分に想いを馳せた。隣を歩いてる真知子の手をそっと握った。真知子はそれに気がついたが、知らぬ素振りで、さりげなく娘の手を握り返した。
それから少しして、視界の向こうに一際明るい場所が見える。そこが夏祭りの会場だった。人口の少ない田舎の祭りだけあり、こぢんまりとしているが、音楽も流れており意外と賑やかだ。
この会場は盆踊り会場で、その奥に山があり、その中腹に神社がある。この神社前の広場でやっていたのだ。普段この広場は大して使われておらず、祭り以外では選挙演説の集会場などになることが多いようだ。
『でっか~い、そ~らに~は――』
会場の方からは岡山ちびっこ音頭が流れている。
「岡山ちびっこ音頭」は岡山県では有名な盆踊りの曲だ。岡山県出身で、特に四十代より上の人なら、大半の人が知っているのではないだろうか。正確には不明だが、昭和五十年代半ば辺りには登場していたと思われる。涼子が小学生のころ、つまりこの頃には、祭りがあればよくこれが流れていたし、テレビコマーシャルなどでも耳にした。現在でも使われているそうなので、もしかしたら若い世代でも馴染みがあるのではないだろうか。
盆踊りといえば「炭坑節」などが定番中の定番だが、各地でさまざまな曲が存在する。岡山でも、他に「瀬戸大橋音頭」、「松山踊り」、いつ頃できたのか不明だが、涼子の住むこの岡山市西大寺にも「西大寺音頭」などがある。
祭り会場はなかなかの混雑ぶりで、うっかりすると迷子になりそうだ。しかも夜店がいくつか見える。翔太やいとこの信彦など小さい子は、右に左に吸い寄せられるが如く、夜店の方へ親たちの手を引っ張っていこうとする。
「晩ご飯食べたでしょ。だめ!」
真知子は、翔太の「あれほしい!」を却下した。ちなみに、たこ焼きだ。しかし、近い年頃と思われる子が、りんご飴を買ってもらうのを見て、今度はりんご飴を強請り始めた。
その様子を見て、信彦も欲しいと言い始める。伯母の千恵子は「しょうがないわねえ」と真知子の方を見て言った。
「ねえ、まあいいじゃないの。りんご飴くらい買ってあげましょ」
「義姉さんったらもう……」
千恵子の言葉に苦笑いする真知子。
「もうこれだけよ。これしか買わないからね。いい、わかった?」
「うん!」
翔太は大喜びだ。「うん」と返事しつつ、この後も頻繁に「あれかって」「これほしい」を連発するのであった。
涼子も買ってもらえるため、心の中で「翔太、よくやった」と弟を褒めてやった。
涼子たち五人の子供はみんな、りんご飴を買ってもらった。
りんご飴を舐めながら、みんなで会場をウロウロしていると、盆踊りが始まったようだ。中央の櫓を中心に輪になって踊り始めた。
「ねえ、私たちもおどろうよ。ほらほら――」
いとこの友里恵が涼子を引っ張って輪の中に入った。涼子は辿々しく周りに合わせて踊り始める。いつの間にか翔太たちもそばで一緒にヘンテコな踊りを始めた。
ひとしきり踊った後、ふと意外なものが目に飛び込んできた。
「うん? あれは……」
涼子は見覚えのある顔が見えたような気がしたのだ。そして次の瞬間、それが確信に変わった。そこには及川悟の姿があった。間違いない。今灯りの下の明るいところにいるから、顔がよく見える。
すると悟の方も涼子に気がついたらしく、笑顔でこちらにやってきた。
「涼子ちゃん、こんばんは」
「さ、悟くん? え、どうしてここに?」
まさか祖父母の家に来ている時に会うとは思わなかったので、涼子は驚きを隠せない。
「僕のおじいちゃん家も備前にあるんだよ。従兄弟もいるし」
そうだった。何年も前の話だが、以前にも祖父に連れられて外を散歩してるときに会ったことがある。
「あ、そうか。そういえば幼稚園の頃だったかに、備前で会ったことあるよね」
「そう。あの時は因果も関係していたけどね」
「あの頃はそんなこと全然知らなかったけど、裏ではそんなだったんだねえ――」
そんなことを喋っていると、悟は少し照れたような顔をして言った。
「涼子ちゃん、浴衣とても似合ってるね」
「え? ……あ、えっと、その……ありがと……」
唐突に浴衣姿を褒められたため、涼子はなんて答えたらいいか迷ってしまった。と同時に、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「あ……ご、ごめんね。急に変なこと言って。でも、それにとっても可愛いと思ったんだ」
「う、うん……」
涼子はまともに答えられなかったが、心ではとても嬉しかった。浴衣で来てよかった、と心から思った。
それから、あれこれ話していると友里恵がやってきた。
「ねえ、この子誰? 涼子ちゃんのボーイフレンド?」
「え、いや、そんな……ボーイフレンドだなんて」
ニヤニヤしながら詮索してくる友里恵にタジタジの涼子。そして、苦笑いしかない悟。
「邪魔しちゃ悪いから、私はあっちに行ってるね。お母さんたちには上手く言っておくから。うふふ」
「あ、ちょっと! 友里恵お姉ちゃんったら……」
早々に立ち去っていく友里恵に、涼子は困り顔のまま見送るしかなかった。
「なんか誤解させてしまったかな」
悟が言った。
「まあいいけどね。――そういえば、悟くんはお母さんとか一緒にいないの?」
「うん。お祖父ちゃんの家はすぐそこだからね。いとこも来てるし、ちょっと前まで一緒にいたんだけど……見当たらないな」
悟はキョロキョロと辺りを見回したが、この薄暗い人混みの中で見つけることはできなかった。
しかし、すぐに真面目な顔をして、涼子の顔に頭を近づけると、小声で話し始めた。
「……涼子ちゃん。ちょっといいかい?」
「どうしたの?」
「……彼らがこの祭りの中にいるはずなんだ」
「彼ら……ってまさか!」
「そうだよ。世界再生会議だ。というか、加納くんたちだね」
「加納くんが? え? じゃあ何か因果があるっていうの?」
「うん。どうもそうらしい」
涼子は驚いた。ここで何らかの因果が発生するという。
「そんな情報、どこで聞いてきたの?」
「昨日、夕方頃に矢野さんと会ってね。彼女は数日前に偶然情報を手に入れて、調べていたらしい」
「それで……ここで因果があると」
「そう。でも、それがどういうものかはわからないんだ」
「そうなんだ。で、ミーユは来てるの?」
「もちろん来ていないよ。僕たちは小学生だからね。こんなところまで勝手に来ることはできないよ」
「そりゃそうか……確かに来れるわけないよね」
矢野美由紀は偶然にも、加納の手下が話しているのを聞いたらしい。それで、その情報の詳細を調べるために行動していたようだ。美由紀とはここ数日、会う機会がなかったので涼子は知らなかった。
しかしどんな内容なのか、それがわからなければ話にならない。それを調べるために悟はここにいるのだろう。彼は今日、備前市にやってくる機会を得ていたからだ。
ふと、悟が緊張した面持ちでどこかを睨んでいるのに気が付いた。
「悟くん……、一体どうしたの?」
「しっ! ……あれを見てごらん」
「あれって……え、あれって加納くん? 加納くんがいる!」




