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門脇の正体

 朝倉はすぐに加納を呼び出した。そしてよく行く体育館の裏にやってきた。

 涼子と悟、朝倉、それに加納の四人が揃う。

「どうしたんですか?」

 加納は不思議そうな顔をして、朝倉に言った。

「お前に聞きたいことがある」

 それを聞いた加納は、どこか雰囲気が変わったように感じられた。

「――聞きたいことですか?」

「お前が門脇と呼ばれるところを、藤崎が見たと言っている」

 朝倉はかなりストレートに言った。悟は、それはいきなり過ぎではないかと思った。涼子も同じことを考えた。

「僕のことをですか……どうしてでしょう? 藤崎さん、それをどこで見たのですか?」

 加納は涼子の方を見た。涼子は少し腰が引けているようだ。

「えっと、昨日なんだけど……さなの家で……」

「聞き違いでは?」

「そんなことはないよ。確かに聞いた――というか、さなの雰囲気が違った。私の友達のさなじゃなかった」

「聞き違いでなくても、加藤さんと話していたのは本当に僕だったんですか?」

「それは……よく見たわけじゃないけど、でも加納くんだった……と思う」

 涼子はこの後に及んで、少し不安になってきた。早苗の雰囲気は明らかに違ったから、門脇と話していたであろうことは間違いないだろうが、それが加納慎也だったか……と言えば、断言できるほどの自信が出てこなかった。確かに見たはずなのに。

「と思うでは、あやふやでしょう。ちょっと根拠に乏しいかと思いますが?」

「えっと……それは……」

「涼子ちゃん、本当に見たんだろう?」

 悟は、しどろもどろになっている涼子に声をかけた。


 涼子の困り顔をよそに——突然、加納が微笑んだ。

「フフフ――」

「どうした、加納?」

 朝倉が声をかけると、加納はゆっくりと口を開いた。


「見たんですよ。本当に。藤崎さんは――」


 加納の意外過ぎる言葉に、涼子たち三人は驚愕した。まさか自分から言い出すとは。

「何? ……やっぱりお前なのか!」

 朝倉は叫んだ。

「ええ、そうですよ。宮田も始末したし、そろそろ名乗り出てもよかったのですが、まさか見られていたとはね。これは大変な失敗です」

 加納の言葉は、別人かと思うくらい落ち着き払った様子だ。これまでの雰囲気とは明らかに違う。

「か、加納くん……」

「ええ、そうですよ。僕は加納慎也。同時に、世界再生会議の議長を務めることになりました、門脇というものです。いや、門脇は正しくはありませんね――世界再生会議議長の加納です」

 加納は丁寧に頭を下げるとニコリと微笑んだ。

「き、貴様……!」

 朝倉は、そのどこか馬鹿にしたような加納の態度に苛立ちを覚えたようだ。

 朝倉は加納の胸ぐらを掴んだ。しかし加納はそれに動じる様子もなく、平然としている。

「どうするんですか? 僕を殴りますか? おやおや、乱暴ですねえ」

 加納の小馬鹿にしたような言葉は、朝倉だけでなく、悟や涼子も不快感を抱いた。

「加納くん、君は一体何がしたい! 僕らを弄んでどうするつもりだ!」

「フフフ、そうですねえ。僕もこんなことをしている場合ではないですから。とりあえず、自己紹介は終わりました。それじゃ、また会いましょう」

 ニヤニヤと少しふざけたような態度の加納。これまでの加納慎也の印象とは真逆の、自尊心と野望を剥き出しにした敵の姿があった。

 朝倉は睨んだまま、加納から手を離した。加納はゆっくりと後退りしくるりと背を向けると、

「早く下校しないと先生に怒られますよ、みなさん。……ああ、そうそう。朝倉くん、富岡さんとはどうなっていますか? フフフ――」

 と言ってそのまま立ち去ってしまった。

 朝倉は加納の最後の言葉に硬直し、立ちすくんでいた。涼子は気になったが、それを尋ねられる空気ではなかった。



 朝倉は青ざめた顔で立ちすくんでいる。

「加納……奴は……」

 朝倉はその先は言わなかった。その先の言葉はどんな言葉であったろうか。とにかく加納の言ったこと、やったことがすべて信用できなくなった衝撃は大きい。これまでの行動は本当に正しかったのか? それがわからなくなってしまった。

 重い空気を変えたい悟は、朝倉に声をかけた。

「隆之、とりあえず帰ろう。こんなところで考え込んでもどうにもならない」

 加納を疑っていた悟には、朝倉ほどの衝撃はない。だからなのか、かなり冷静だった。

「……わかっている」

 朝倉は絞り出すようにひと言だけ発するが、その場から動こうとしない。彼のショックは大きいようである。

「朝倉くん……」

 涼子は、項垂れる朝倉にかける言葉も出てこない。

 涼子と悟を無視して、そのまま歩き出す。

「朝倉くん、待って……!」

 後を追おうとする涼子を悟が制止した。悟は「そっとしておいたほうがいい」と目で訴えた。涼子は悟の顔を見て、それを悟って止まった。



 加納が世界再生会議の門脇であったことが、仲間たちに伝えられると、やはりみんな動揺していた。

「おい、どうなるんだ! 加納がそもそもの発端だろう! 俺たちの計画は土台から崩れるぞ!」

 佐藤信正は、怒りとも動揺ともみえる態度で吠えた。それに対して、落ち着き払った様子で悟は言った。

「もう少し冷静になろう。だとしても――どうして僕らに未来を元に戻させようとしたのか? それが問題だろう」

「でもさ、そんなのわかりっこないんじゃ……」

 横山佳代は落胆の色が隠せない。結局、加納の手のひらで騙されたまま踊らされていただけではないか、そんな風に考えてしまっていた。これは全員に共通しているようだ。

「諦めたらだめだ。とにかく加納くんの意図を探ろう。きっと道は開ける」

「悟、そんなことを調べても無駄だ。もう何が正しくて、何が間違っているかなんてわからん。これまで因果を踏むべくやってきたが、本当にそれが正しいことなのか。これをやってきたがために、将来ふたたび世界再生会議の支配する、より最悪な暗黒の未来が待ち受けているのかもしれんぞ」

 佐藤が言った。

「そうだよね……私もさ、何のために過去に戻ってきたのか。馬鹿馬鹿しくなってくるわよ」

 横山佳代も完全に諦めムードだ。

「きっとなんとかなる。やろうよ! こんなことで諦めちゃ——」

 悟の必死の説得も、仲間たちの耳には届いていない。最後まで聞くことなく、その場から立ち去って行った。悟はただ、歯痒くもそこに立ち往生するしかなかった。

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