変化する因果と世界再生会議
「おい、悟」
悟は突然後ろから声をかけられた。振り向くと、仲間の佐藤信正がいた。一緒に矢野美由紀もいた。
「なんだ、佐藤くんと矢野さんか」
「斎藤先生の後を追ってきたんだ。こっちはどうなんだ?」
「だめだ。やはり内容が少し変わっているよ」
悟は少し残念そうに言った。
「ど、どう変わったんだ? まさか相当不味い状態に……」
佐藤は顔が青くなった。
「いや、そこまで不味いことにはなってないと思うけど……小島昭三さん、斎藤先生と出会えなかった」
「いや、それは結構不味いんじゃないのか?」
佐藤にはかなり不味い事態ではないかと感じたようだ。
「でも涼子ちゃんとは会ったんだ。顔見知りにはなったんじゃないかと思う。だったら一応問題ないんじゃないかと思うんだけど……」
悟の意見に、佐藤もいくらか同意できたようではあるが、自分の判断では確信は持てなかった。
「なんとも言えんな。やっぱり朝倉か加納に連絡とった方がよさそうだな」
「岡崎くんを向かわせているよ」
「さすが、手回しがいいな——あ、でも朝倉たちもこっちに向かっているかもしれんぞ」
「どの辺だい?」
「わからん。俺と矢野さんは先生を追ったが、あいつらは別のルートを行ってる可能性が高い……いつものことだが、本当に携帯がないと不便だな」
「しょうがないよ。時代が違うからね」
藤崎家の応接間で、涼子と母の真知子、そして担任の斎藤の三人が座っている。
「涼子さんは友達も多いですし、成績も優秀です。三年生の時もそうでしたが、嫌なことも進んでやろうとしてくれます——」
「まあ、そんな。うちの子ったら、家では遊んでばかりで——」
「どんな授業も楽しんで受けているようです。とても素晴らしいことです——」
「いえいえそんな、恐縮ですわ——」
真知子はやたら謙遜しているが、娘が高い評価を得られていることの嬉しさで表情は緩んでいる。しばらくこんな調子の話が続いていた。
涼子は真知子の隣に座って、そのやりとりを黙って聞いていた。しかし頭の中では、朝倉の言っていた状態になっていないことが気になっていた。
——確か、斎藤先生と小島先生が家の外で偶然会うはずなのに。結局会わなかった。多分というか、間違いなくさっきの自転車の人が小島先生に違いない。記憶の中の面影があるのだ。
やっぱり失敗しただろうか、と嫌な予感がした。でも因果は、「涼子と小島が会う」ということが重要なのだ。斎藤は小島のいとこであることから、涼子と小島が会うきっかけとなる存在なだけだ。だとしたら、それより前に知り合ったのだから問題ないだろう。
——問題ないはずなんだけどなぁ……大丈夫かなぁ……。
どうなればいいのか、涼子自身ははっきりわからない。だから、こういう事態になると心配になってくるのだ。
「——涼子さん。涼子さん? どうしたの?」
「……へ? あ、ああ、ええと……」
ふいに斎藤から声をかけられて驚いた。それを見た真知子が叱った。
「こら、涼子! 何をぼんやりしてるの。先生が褒めてくださっているというのに」
「まあまあ、お母さん。それよりもですね——」
斎藤は別の話題を持ち出して、真知子を制止した。
また斎藤はあれこれ真知子に話を始める。それから少しして、家庭訪問は終了した。特に問題になるようなこともないせいか、割と早々と終わった。
涼子と真知子は玄関まで見送った。涼子は斎藤と一緒に外に出て、家の前の道まできたところで斎藤は言った。
「涼子ちゃん、それじゃあまた明日。言われるまでもないと思うけど、早寝早起き、宿題を忘れないようにね。はい、さようなら」
「はい、先生さようなら!」
涼子は元気よく返事して見送った。見送ったが……涼子は周囲を見回した。特に人気はない。畑の向こうの藤崎工業の工場から機械や金属加工の音が聞こえてくるくらいだ。
ちなみに、父の敏行は最近ずっと残業続きで家に戻ってくるのが遅い。夕食も敏行に合わせて遅くなりつつある。すでにバブル景気の時期だが、まだ庶民には景気のよさは実感できないものの、藤崎工業は忙しくなりつつあるようである。もちろんこれがバブルの影響かはわからないが。
すでに斎藤の姿は見えない。そして、小島昭三は姿を現さない。
うまくいったんだろうか? それとも失敗だったのか? 涼子には判断できなかった。
「どうなんだ? うまくいったのか?」
佐藤は悟に問いかけた。
「わからないよ。ただ、家庭訪問が終わった後、この時も小島さんは現れなかった」
悟は少し不安げな表情である。先ほど斎藤と涼子が家から出てきた。そして何事もなく斎藤はそのまま去っていった。
「困ったな。隆之はどうしたんだろう? 彼に聞いてみるしかないな」
悟たちは、少しの間この場で待つことにした。
その頃、朝倉は仲間の横山佳代と一緒に行動していた。ぐるりと大回りして涼子の家の方へ向かっていた。その時、佳代が何かを見つけて声をかけた。
「あれ? ねえ、朝倉くん——」
「どうしたんだ?」
「あれを見てよ。板野さんよ」
「何?」
朝倉は佳代の指差す方を眺めた。その視線の先に世界再生会議のメンバー、板野章子が歩いていた。これまで何度も邪魔をしてきた敵である。
「やはり動いていたか」
朝倉は警戒し、どこかに身を潜めようとした。が、先に見つかってしまった。
「あら、あんたたち。何やってんの?」
章子に声をかけられ、やむなくふたりは隠れるのをやめた。
「なんでもない。こんなところをひとりで歩いて、何をしている? 自宅はこっちの方じゃないだろう」
「どこ歩いていようが私の勝手でしょ。それにあんただって……もしかして因果かしら?」
「それに答える理由はない」
「まあいいわ。もう私にとってどうでもいい話だし。もう知ったこっちゃない。もう組織にいても意味ないから」
「ほう。宮田派のお前がそう言うということは、今の主流は反宮田派か。どうなっている?」
「あんたたちに教える義理はないけどさ、門脇のクソ野郎がいい思いするのは気に食わないからね。……今は門脇がリーダーの座に座っている。みんな門脇のいいなりだわ。あんなに門脇を嫌っていた奴が……ふざけた話よ、まったく!」
章子は悔しさと憎しみを隠そうともせずに言った。余程腹に添えかねているようで、門脇の側近たちの悪口も出てきた。
「やはり門脇か……。ところでお前はまだ再生会議にいるのか?」
「もう抜けたわよ。だからもう私は関係ない」
章子は今は世界再生会議にはいないようだ。正式に脱退したということではなくて、居場所をなくして集会に行かなくなっただけのようだ。他の宮田派のメンバーも同様のようである。
「そうか。ということは、今再生会議はどう動いているか、分からんな」
「まあね。ってか、なんでお前らにそんなことを答えないといけないわけ?」
章子はそう言って睨んだ。再生会議を抜けたといっても、朝倉たちと仲よくするつもりはさらさらないようだ。
「勝手にやってな、ふんっ——」
章子は行ってしまった。その後ろ姿を見送りつつ佳代が言った。
「どうも再生会議……大分変わってしまった感じするね」
「門脇の組織へと変わってしまったか……どう出てくるか……まあいい。それはともかく——行こう」
「うん」
それから朝倉と佳代は、しばらく歩いて世界再生会議の動向を探ったが、結局は発見できなかった。
結局はそのまま涼子の家の近くまでやってきた。ちょうど藤崎工業の向かいにある、小さな倉庫のような建物の陰に悟たちを見つけた。
「悟。それに佐藤たちもか。どうだった?」
「それが、ちょっとね。想定とは違った形になったようだ」
悟は涼子と小島が出会った経緯を説明した。
「そうか。しかし出会ったことには変わりない。おそらく問題ないんじゃないかと思う。後で加納の意見も聞いてみよう」
「そうだね」
ふと、朝倉は加納の姿が見えないのに気がついた。
「そういえば、加納はどうした?」
それを聞いた悟たちは、お互いに顔を見合わせて「そういえば……」と言った。
「まだ見ないね。どうしたんだろうか?」
「加納は別のルートを通ってこちらに向かっているはずだ。再生会議の妨害を調べながらな」
朝倉はそう言った後、自分もかなりゆっくり進んだため、加納の方が先にここまで来ていてもおかしくないと思っていた。が、加納はまだ来ていない。どうしているのか不明な状況だ。
「誰か探しにいくか?」
佐藤が言った。自分が行こうかと言いたそうだ。朝倉がそれに同意しようとした時、矢野美由紀が声を上げた。
「あそこにいるのは岡崎くんじゃ……こっちに向かってるわね」
美由紀が指さした方には、こちらの方へ歩いてくる痩せぎすな少年がいた。よくみると、確かに岡崎謙一郎だった。
「おい岡崎! こっちだ!」
佐藤がその少年に向かった叫んだ。それに気がついた少年は、少し早足で悟たちの元に来た。
「あ、朝倉くん。それにみんな集まってたんだね」
岡崎が言った。
「岡崎、加納を見なかったか?」
佐藤が言った。
「加納くん? ああ、そうそう。加納くんはこっちにはきてないの?」
「来ていないぞ。岡崎、会ったのか?」
「いや、少し遠くから見かけただけなんだけど、富岡さんと一緒にいたんだ」
「富岡? 富岡絵美子か?」
朝倉は驚いた顔をして言った。
「うん。何か話をしていたようだけど、遠くて声は聞こえなかったんだ。なんだろうって思ったから、そばに行こうとしたんだけど、それより先に別れて行っちゃって」
岡崎はその時の様子を説明した。
「富岡絵美子は因果には関係がない。移動中に声をかけられたか」
朝倉はふいに起こったアクシデントくらいに考えたようだ。しかし、佳代はそうは思わなかった。
「そうかなぁ。加納くんと絵美子って全然接点ないけど……」
「僕もそれは少し気になるんだ」
悟も佳代に同調した。絵美子の家は、涼子の家などがある小学校東方面ではなく、南方面だ。横山佳代や真壁理恵子などと家が近い。こちらにはそんなに親しい友達がいるわけではないようで、こちらではあまり見ることは少ないだけに、佳代の目には不思議に映ったようである。
「どうする?」
悟が言った。
「少し待とう。どのみち家庭訪問は終わっている」




