家庭訪問
ゴールデンウィーク前の四月下旬、家庭訪問が行われる。数日に分けて、放課後に担任が生徒の自宅を訪問して生徒の親と話し合う。
生徒によってこれが嫌かどうか別れる。涼子などは、成績もよく先生に悪く言われることなど基本的にない。むしろ親の機嫌がよくなることもあるので家庭訪問には好意的である。
反対に成績がよくない、悪さして先生に叱られたりしている男子などは、これをきっかけに親から怒られる場合があり、嫌な行事だった。
三時間目が終わり、休憩時間の時に涼子はトイレに向かった。済ませて出てきたところで、同じ教室の矢野美由紀が声をかけてきた。美由紀は公安のメンバー、朝倉や悟の仲間である。
「ねえ涼子。朝倉くんが、学校が終わった後に近々ある因果についての打ち合わせをしたいって言ってる。来れる?」
「うん。別に大丈夫だよ」
「それじゃ、いつもの空き地でね」
「わかった。――あのさ、ミーユ」
涼子は、少し緊張した声で美由紀に言った。
「何?」
「……因果の内容知ってる?」
「そうねぇ、簡単になら知ってるよ」
「前みたいにさ、やりにくいようなのじゃないの?」
「うぅん……大丈夫だと思うけど、家庭訪問の順番とかそういうのみたいだしねぇ」
「そうなんだ。だったらいいんだけど」
涼子は胸を撫で下ろした。
昨年、金子芳樹の弟が死ななくてはならないという、あんな辛いものはコリゴリだと思っていた。結果的に死ななかったけど、予定通りの因果で、芳樹の弟が死んでいたら、涼子には一生のトラウマになっていたかもしれない。
それはそうと、矢野美由紀は同じ教室である。実をいうと、一年生からこの五年生までずっと同じだった。親しい友達の中でも、どこかで教室が別れるのだか、美由紀はずっと同じなのだ。それもあって、特別中のいい友達というわけではないが、時々遊ぶこともある。
この業務連絡を、わざわざこんなところでしてきたのは、多分涼子がひとりになったところを狙って声をかけたものと思われる。
涼子は教室に戻る最中、重い内容ではないらしいとはいえ、また因果を巡る争いが始まるのか、と少し気が重くなった。
「重要な因果だ。心して取り組んでほしい」
朝倉が言った。朝倉を囲い、その話を聞いている少年少女たちは、皆真剣は顔をしている。
「前にも言ったが、来週から始まる家庭訪問でのことだ」
家庭訪問は四月十七、十八、十九日、そして日曜を挟んで、二十一日、二十二日、二十三日を六日間で全員を訪問する。一学級に約三十人の生徒がいる。なので、およそ一日五人の家を訪問することになるようだ。滞在時間も教師によってまちまちだが、十五分から三十分程度だ。
家庭訪問の二日目に、涼子の家に担任の斎藤が来る。この日、五人を訪問するが、涼子はその最後である。
涼子はこの日に訪問を受けなくてはならない。もし邪魔された場合、時間の関係で翌日に変更になる。すると因果を踏むことに失敗となるようである。
この日、午後四時半くらいに斎藤が藤崎家にやってきて、ちょうどそのタイミングである人が通りがかる。その人は、小島昭三という。何と斎藤のいとこである。この時に偶然会ったことで、これを機会に藤崎家と親しくなり、涼子とも親しくなる。
小島は岡山大学の院生であり、今はまだ若い学生であるが、後年、涼子の進路に大きな影響を与える重要人物だった。
実は父方のいとこに、幼稚園のころ涼子とよく喧嘩をしていた片山次郎という子の家の家政婦だった女性、小島孝子がいる。
実は本来、小島孝子の方から小島昭三へ繋がるはずだったのだが、再生会議に妨害され、こちらは実現しなかった。しかし、ふたたび小島昭三と巡り合う機会が訪れる。実をいうとまだ会う機会はあるのだが、後にずれるほどその後の未来が変わっていく可能性があり、なるべく早いうちに知り合う必要があった。
ちなみに、進路の影響云々は高校卒業後の進路の時で、小学生の時点ではまだ知り合うことくらいしか関係がないのだが。しかし、SFファンの小島からいろいろと聞かされ、涼子は次第に科学に興味を抱くようになるのだ。
小島は一週間ほど前に、涼子の家の近所にあるボロアパートに引っ越してきた。知人から激安家賃のアパートを紹介してもらったらしい。本当にボロで、ちょっと大きめの地震でも確実に倒壊するだろうと、近所では噂になっていた。
「藤崎が先に家に帰って、そして家庭訪問に来る予定時間前に、家のまえに出てきて斎藤先生を待つ。先生がやってきたタイミングで、ひとりの若者が声をかける。それが小島昭三だ」
「小島……小島先生!」
涼子は思わず大きな声を出した。
「涼子の知っている人なの?」
佳代が言った。
「うん、直接教えを請うたわけではないんだけど、科学について子供の頃にいろいろと話をしてくれてね。私が将来、科学者を目指すきっかけになった人なの」
涼子は本来の未来の記憶があるので、小島のこともよく憶えていた。いろんなことが思い出されて、懐かしい気分がこみ上げてくる。
「懐かしいわ。久しくお会いしてないから、今どうされてるのかしら――って、今はまだ……大学生くらい? 先生って、お幾つだったっけ」
「数日後に会うんだぞ。その頃どんなだったかだな」
佐藤が言った。
「そういえばそうよね。うぅん……確か大学生くらいだったような。うちの近所のアパートに引っ越してきて……あれ? もっと前に会ってたよね、確か」
涼子はふと思い出して首を傾げた。
「そうだ。本当はもっと前に会っていた。しかし、それは奴らに邪魔された。しかし、これは次の機会があったんだ。それでこの因果だ」
「そういうことかぁ……」
涼子は納得した。しかし、ややこしい話だ。自分の記憶と違いが生じている。
「まあどうあれ、小島先生と斎藤先生が家の前でばったり会うわけか。それでどうしたらいいの?」
涼子が言った。
「斎藤先生は小島と少し立ち話をするが、家庭訪問があるから、その場はすぐに終わる。そして家庭訪問が終わって、藤崎が家の前まで先生を見送ったすぐ後に、お前はまた小島と出会う。それから親しくなるはず」
「なるほど――うん、わかった」
メンバーのひとり、岡崎謙一郎が言った。
「でもさ、再生会議……どういう邪魔をしてくるんだろうね?」
「考えられるのは、先生がやってくるのを邪魔して遅らせる、なんかが真っ先に思いつくね。他にも、日にちの都合が悪いとか、学級ないの誰かを使って日にちを変更させるというのもあり得る」
悟が答えた。
「小島氏に対して何かやってくる可能性もあるな」
佐藤が言った。涼子はそれを聞きながら、やっぱりまた今回も大変なのかなぁ……と少しウンザリした気分になった。




