小学五年生
小学五年生になったとき、まず気になるのは学級だった。涼子たちの学年は学級がふたつある。A組とB組である。どっちの学級になるか、そして仲のいい友達は一緒なのか。
五年生ではB組となった。これで二年生から三、四、五年と三年連続でB組だった。
涼子の仲のいい友達では、村上奈々子と津田典子がA組で別だった。奈々子とはこれまでずっと同じ教室だったので、特に残念だったが、別にこれまで通り一緒に帰ったり休み時間に一緒に遊ぶことも多いので、学級が違うだけで付き合いはこれまでと変わらない。
太田裕美と奥田美香、真壁理恵子、矢野美由紀などが同じB組だ。男子では朝倉隆之がA組になり、及川悟はB組だった。これまで同じ学級だった持田圭介などもA組で、別になっていた。去年いろいろあった金子芳樹は、B組で涼子と同じ学級である。
それにしても、今年は新校舎の増築が完了したこともあり、これまで鉄筋コンクリートの新しい校舎は六年生の教室のみだったが、今年から五年生も新校舎に移る。
五年生は二階部分となる。まっさらでコンクリートの教室はとても魅力的だった。もう木造ではないのだ。穴だらけの床ではない。四年生の時、由高小でもっとも古い教室だっただけに、その違いは歴然だった。最古から最新へ、である。
そして、誰が担任教師になるのかと思っていたら、なんと斎藤麻里子だった。二年前、涼子が三年生だった時の担任だ。
斎藤は相変わらずのよく通る明るい声で、生徒に話を始めた。
「——中には二年前に先生の学級だった時の子が、半分くらいいるのかな。その子たちには、お久しぶり! そして、初めての子は、初めまして! この五年B組の担任の斎藤麻里子です——」
まったく変わっておらず、涼子は嬉しくなった。もちろん去年なんかも職員室に行った時とか、学校行事などでよく話たりしていたので、別に久しぶりでもなかったりする。
「涼子ちゃん、一年ぶりねえ! また一年、よろしくね」
斎藤は、満面の笑みで涼子の肩を抱いた。
「はい! 私、また斎藤先生の教室になって嬉しいです」
涼子は、少し照れ臭そうに答えた。涼子以外にも、三年生の時に斎藤が担任だった女子たちが集まってきて、みんな嬉しそうである。男子は女子のように、あまり大っぴらに嬉しそうにはしないが、斎藤を好きな男子も多く、胸の内では喜んでいるようだ。
下校時、奈々子と典子が羨ましそうに涼子と太田裕美を見ている。奈々子と典子はA組になったので、担任は彼女らが慕う斎藤ではない。
A組は、由高小の先生の中で一番ハンサムと噂の関口浩二だった。五年生ともなると、異性を意識する子も増えてくる。奈々子が言うには、前の席の子は、関口が担任だったことで大喜びだったようだ。二年三年、四年と奈々子と同じ学級で結構親しかった子であり、ことあるごとに後ろを振り返ってよく話しかけてきたが、あまりにも関口の話ばかりで閉口したそうだ。
裕美も関口がハンサムだと思っているらしく、逆に奈々子たちを羨ましがっていた。
それから数日後、涼子は及川悟の家に遊びに行った。低学年のころと違い、男子と遊ぶことは少なくなった。涼子にとっては数少ない男子の友達なのである。
しかし、悟の方は涼子と親しくすると周囲から揶揄われる。頭の中は大人である悟は、そんなこと意に介していないようだ。むしろ涼子の方が意識してしまう。だから涼子も久しぶりに悟の家に遊びに行くことになった。
「悟くんの家に来るの、久しぶりだねぇ」
「そうだね、前に来たの——去年の夏休みくらいだったかな」
「そうそう。確かその時、スイカ食べたよね。美味しかった!」
「あはは、そうだったね」
他愛ない話が弾む。
涼子が悟の家に遊びに来たのは、単純に遊びに来たのもあるが、それだけではない。世界再生会議について話がしたいという悟の誘いもあった。
「世界再生会議だったけ、なんか大変なことになってるみたいだね。昨日、佳代が言ってたよ」
「そうなんだ。例の春休みの時、吉井川で高校生が事故で亡くなっていた噂、その彼がリーダーだったんだ」
「佳代も深刻そうに言ってたけど、何かあったの?」
涼子の友達であり、公安——悟の仲間である横山佳代は、涼子とは仲がいい。その佳代からいろいろ話を聞いていた。
「わからない。ただ、組織内で主導権争いがあったのはわかっているんだ。昨年の金子くんの弟が関係する因果で、大きな溝ができていたようだ」
「そうなんだ……なんか佳代もそれらしいことを言ってたように思うけどさ、もしかして殺されたの?」
「そうだろうというのが、僕たちの見解だね」
それを聞いた涼子の顔は、一気に血の気が引いた。
「あのさ、みんな必死になってやってた……あの、因果とか言うのあるじゃない。勝手に殺したりして……いいの?」
「よくないよ。それで先の未来に何らかの影響を及ぼすからね。でも、もう本来の未来には戻らない。僕らもすでに何度も失敗しているから。もしかしたらだけど、それ全部が彼らの中の一部の人に都合のいい因果なのかもしれないね。うまい具合にそう誘導されたとか」
「そんなことできるの?」
「うん。宮田は彼ひとりだけですべてを計画したわけじゃない。彼のブレーンたちが多くを考案したんだと思うよ。その中の誰か、もしくは全員が首謀者だと思っているんだ」
淡々と話す悟を、涼子はただただ聞いているだけだった。前から思っていたが、いつ聞いても映画の中の話じゃないかと感じてしまい、現実であることが信じられなくなる。
「本当、すごい話だよね。でもさ、はっきりしたことはわからないの?」
「この時代で情報を得るのは、そう簡単な話じゃないんだ。僕らの仲間は僕ら小学生だけじゃない。学校の外にも、大人もいる。それぞれが一般人として生活しながら、未来のために行動している。でも、まだスマートフォンなんてないからね。連絡を取り合うことだって簡単じゃない」
昭和という時代がいかにアナログで情報伝達手段に乏しい時代なのか、未来を知る悟たちには痛いほど思い知らされていた。すぐにポケットからスマホを取り出して電話……などはいかないのだ。音声電話は固定電話のみ、メールもなければインターネットもない。
「それもそうね。……この先、大丈夫なの?」
「……正直、不安だよ。僕らも、完全に元の世界に戻そうとまでは思わない。再生会議が裏で支配するような世界にさえしなければ」
「本当に大丈夫なのかなぁ……」
涼子は一抹の不安を感じた。しかし、なるようになるしかない。軌道修正を迫られる事態に陥るまでは、このまま今ある道を進み続けていくしかないようだ。
「問題は、誰が次のリーダーに就任するかだね」
「私はさ、どんな人がいるのかよく知らないんだけど、誰がなるのか検討ついてるの?」
涼子は世界再生会議のことはよく知らない。顔に覚えがある構成員は数人しかいなかった。
「うん。おそらくなんだけど、門脇という男がリーダーの立場に治ったんじゃないかと言われてる」
「その門脇って、前から名前が出てくることがあったけど、何者なの?」
「わからない。素性も不明なんだ。未来では公安が調べたみたいだけど、どうしてもわからなかった」
「えぇ、そんな人っているの? ちょっと信じられないなあ」
「確かにね。でも本当に彼だけはわからない」
悟は難しい顔をして言った。
ちょっと深刻な話となって、しばらく沈黙が続いた。その重い空気を変えようと思ったのか、涼子が突然話を変えた。
「ねえ、そういえば悟くんってファミコン持ってるよね。どんなカセット持ってるの?」
「うん。あ、そうだ。涼子ちゃん、これ知ってる? ツインビーっていうんだけど」
「ツインビー! 聞いたことあるし……前の世界では遊んだ記憶があるよ。シューティングゲームでしょ。確かベルを撃って色が変わって——」
「そうそう。お年玉で買ったんだけどね、面白いよ。ふたりで遊べるから一緒に遊ばない?」
「あ、やるやる。面白そうだよね」
ファミコンは一階の応接間にあるテレビに繋いでいるそうで、早速ふたりは一階に降りていった。ちなみに及川家ではファミコンで遊ぶ制限時間を決めていない。いつも短時間しか遊べない涼子にとってはうらやましい話だった。
そこでは熱中して遊びつつ、悟はこのツインビーでゲームソフト三本目だと聞いて羨ましがった。もちろん涼子はまだ買ってもらえず、ボンバーマン一本のみである。まあ、ボンバーマン面白いからいいんだけど。




