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世界再生会議の行方

 二日後、吉井川河口付近で高校生の水死体が見つかった。近隣に住む老人が、川沿いを散歩しているときに、何か人らしきものが岩場の間に見えて近づいてみると、それは人間だった。

 警察に、息子が行方不明だと親から通報されていたこともあり、身元はすぐに判明した。

 宮田秀則、世界再生会議のリーダーである。

 頭に打撲後があり、岩場で足を滑らせ頭を打って意識を失い、そのまま川に転落して溺れたとされた。死因は水死だった。



 この日、朝倉たち公安のメンバーは緊急集会を開いていた。

 特にテレビや新聞で報道されるようなことではないが、学区内で起こった死亡事故ということで、大人たちを中心に大きな話題になっていた。それで朝倉たちは詳しく知ることができていた。死んだのが宮田であったことも把握している。

「宮田が死んだ? いや、殺されたんだ。事故な訳があるか!」

 佐藤信正は、これを事故死とは考えなかったようだ。丸々とした巨体が怒りに震えている。彼は公安警察の人間であり、敵であっても、こういうことを看過できないようである。

「ああ、間違いない。殺されたんだろう」

 朝倉は、少し緊迫した面持ちである。すでに組織内で影響力が低下している情報を得ていたこともあり、何らかの権力争いがあったのだろうと予想できたのだ。


 ああいった組織なので、いつかこういう凄惨な事件は起こる。宮田も求心力を失い、組織内で疎まれるようになれば、命の危険は常にある。

 宮田がここで死ぬことになろうとは、誰も予想していなかった。本来、世界再生会議を結成した増田智洋も不審な事故死となっており、このあたりからして元の世界とは違ったものになっていた。

 宮田が亡くなったことは、朝倉たちからすると有利であると考えられた。トップがいなくなれば、組織は混乱するだろう。

 しかし、それは甘い考えだと朝倉たちはわかっていた。おそらくすでに宮田から主導権を奪っている人物が、宮田の替わりに収まっている可能性が高い。

 だとしたら、誰が世界再生会議の新しい指導者となったのか。


「……次は誰が議長に就任するかですね」

 加納慎也はいつもの通り無表情に言った。それに続いて、及川悟が発言した。

「彼はナンバー2とも言うべき人物を用意していなかった。有望なのは……」

 さらに佐藤信正が続いた。

「誰だ?」

 それに答えたのは朝倉隆之だった。

「考えられるのは……彼だろう。——門脇だ」

 ——門脇。これまでも度々登場し、表にはまったく出てこようとしない宮田のブレーンだ。素性は不明で情報がない。姿を見せないこともあり、容貌も不明だ。

 門脇は、未来でも名を知られていた。元の世界において公安警察は、世界再生会議を危険な存在……極左組織として、密かにマークしていた。

 この再生会議の中でも、門脇は素性が一切不明で、公安の捜査能力を持ってしても把握できなかった。中には、本当に存在するのか? と実在を疑う捜査官もいたようだ。

「でも門脇は表立って行動はしないのでは?」

「うむ、それは言えている。しかし、今判明している構成員たちの中に、組織を引っ張っていける人物は、門脇しかいないだろう」

「それはそうだけど……」

 そして全員黙り込んだ。

「とにかく、情報収集が必要です」

 加納慎也が言った。

「そうだな。とにかく調べないと始まらない。みんな、どんな小さな情報でもいい。徹底的に調べてくれ」

 朝倉が言うと、この会議はお開きになった。




 桜舞う四月。うららかな青空の下、春風は新しい年度を迎える子供たちを優しく祝福してくれる。

 涼子は小学五年生に進級した。

「ちょっと翔太ぁ、早くしてよ!」

「ま、まってぇ」

 モタモタする弟にイライラする姉。藤崎家の朝の定番である。集団登校の集合場所に行くのに、涼子は弟の翔太と一緒に行っている。しかし、翔太はいつも朝の支度が遅い。不器用なくせに、こう言った準備は手際がいい涼子は、いつも待たされるのだ。

 二年生になってもまだノロノロやってんだから——と、ブツブツ文句をいう涼子。

「外で待ってるから早くしなよ!」

 涼子は玄関から外へ出ててきた。


 出てきたところで、ご近所の曽我洋子と出会った。

「あら、おはよう。涼子ちゃん」

「洋子お姉ちゃん、おはよう!」

「これから学校?」

「うん。でも翔太がモタモタするから……もうあんまり時間ないのに、翔太ったらいっつも遅いんだから」

「うふふ、涼子ちゃんも大変ね。うちの隼人の朝遅いのよねぇ」

 洋子はニコニコしながら言った。そして隼人の部屋がある自宅の方をチラリと一瞥して、少し顔が引きつった。どうやら洋子も弟が遅いことに苛立ちを感じているようだ。


 姉の曽我洋子は今年高校二年生だ。岡山県立西大寺高校に通っており、成績も非常にいい。西高は西中(岡山市立西大寺中学校)の隣にあり、中学時代同様、自転車で通学している。

 弟の曽我隼人は今年中学三年生だ。相変わらずサッカーに熱中しており、現在サッカー部のエースだ。女の子にもよくモテるらしく、羨ましいかぎりだ。


 翔太が出てくるのを待ってるうちに、バタバタと慌てた様子で隼人が出てきた。姉と涼子が道端で一緒にいるのを見つけて言った。

「よう、どうしたんだ?」

「翔太を待ってるの」

「まったくしょうがねえな、翔太は。もうちょっと言ってやれよ」

「前から言ってるんだけどねえ」

 涼子は困った顔して言った。

「こら、あんたが人のこといえるの? いつも寝坊してバタバタしてるじゃないの」

「えへへ、そんなん知らねえ! それじゃ涼子、またな!」

 隼人は颯爽と自転車に跨ると、すぐさま漕ぎ出した。

「こら、隼人! ヘルメット被りなさい! 校則違反でしょ!」

「そんなダッセェもん被ってられっかよ!」

 西大寺中学校の自転車通学には、ヘルメットの着用が校則で決められていたが、当時ちゃんと着用していた生徒は少数だった。あまり風紀のいい時代ではなかったのもあり、所謂「不良・ツッパリ」といった連中でなくても、当たり前のように校則違反が多かった。普通に見える男子が、学生服のカラーを外したり、タック入りの学生ズボンを履く(どちらも校則違反)など珍しくなかった。

 酷い連中では、短ランやボンタンなどの変形学生服で登校してくる。他にも裏に龍などの刺繍が入ったり、裏ボタンなどが当時流行していた。昨年の十二月に公開された「ビー・バップ・ハイスクール」がヒットしており、この頃ではその影響もあるのではないかと思われる。

 隼人も不良ではないし、そうは見えないが、ワンタックズボンを履いている。これがカッコイイんだそうだ。


 洋子は走り去っていく隼人を眺めて、ため息をついた。

「まったく、困った弟だわ。あんなのが私の弟だというのが未だに信じられない。はぁ……」

「お姉ちゃんも大変だね」

 涼子はそう言って、自宅の方を見た。そのタイミングでガラガラと玄関の戸が開く音がした。すぐに「おかあさん、いってきまぁす!」という翔太の声がした。

「翔太、遅いよ! 何やってんの!」

「だってぇ……」

「だってじゃないでしょ。ほら、いくよ。——洋子お姉ちゃん、それじゃ行ってきまぁす」

「ええ、行ってらっしゃい。車に気をつけてね」

 涼子と翔太はバタバタと慌てて行った。

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