宮田と門脇
卒業式が終わり、終業式も終わって春休みに入った。厳しい寒さもかなり和らいてきたように思う。後一週間もしたら、桜の開花宣言か。
涼子は春休みが終わると、小学五年生になる。教室も新しくなり、この五年生からは「新校舎」になる。
校舎群の中心的位置にあった、唯一の鉄筋コンクリートの校舎が新校舎である。ちなみに、三階建てであり、一階が「学習室」という、いわゆる養護学級――特別支援学級がある。二階は六年B組、三階は六年A組の教室があった。
この新校舎を西側へ大きく増設し、五、六年生の教室と音楽室や理科室などの特別教室などがひと棟に収まる形になる。体育館と一舎の間にある音楽室などの棟は、取り壊されてそのスペースも新校舎増設に充てられた。
二月に完成しており、昭和六十一年春からの新五年生は、この新しい新校舎の教室を使うことになるのだ。つまり涼子たちからである。
ちなみに涼子たちが四年生の時に使っていた教室がある「一舎」は、学年の教室はなくなる。五年生が新校舎に移るため、それまでの「二舎」の五年生教室が新四年生教室に当てられる。同じく一舎にあった図書室と図工室も新校舎に移設されるため、最も古い校舎だった一舎から教室はなくなり、全室倉庫となるらしい。涼子たちは最後に一舎の教室を使った生徒となるわけである。
今年の春は、いろいろと学校生活に変化がある年である。
春休みは約二週間ほどと短い。ついこの間終業式があって、春休みに入ったと思ったら、もう一週間が過ぎていた。楽しい時間は過ぎるのが早いものである。
そんな春休みの中、涼子は友達の太田裕美と一緒に、同じく友達の真壁理恵子の家に遊びに行った。理恵子の家は涼子たちとは離れていることもあり、ふたりは自転車で出発した。
理恵子の家に来ると、別の友達も来ていた。同級生の富岡絵美子だ。学年一の美少女と噂される。涼子とは仲のいい友達とまではいかないが、お互いによく知っており、こうして学校外で一緒に遊んだことも多い。理恵子と絵美子は家が近いこともあって、親しいようである。
「それぇ!」
涼子はバレーボールを力一杯叩き、ボールは大きく空を舞った。理恵子がそれを追って、かろうじて打ち返した。今度は絵美子のほうに飛んでいく。
「絵美子、行ったよ!」
「わかってる! それ!」
外でバレーボールで遊ぶ。田舎は空き地も多く、理恵子の家も兼業農家であり、広い空き地が家の隣にあった。それにしても、ファミコンが普及しても小学生は外で遊ぶ子が多い。長時間ファミコンで遊ばせてくれないのもあるが、外で遊ぶことも同じくらい楽しいのだ。春の暖かさを感じられるこの頃で、外で遊ぶのが楽しい。
しばらく遊んだ後、近くの公園でお喋りを始めた。
「ねえ涼子。朝倉くんってどう?」
絵美子はふいに涼子に話を振った。涼子は一瞬動揺したが、すぐに返した。
「どうって……あいつはダメでしょ」
「どうして?」
「なんかブスっとしててさ、愛想がないというか、なんだろうね」
涼子は朝倉の率直な評価をした。同じ幼稚園であり、仲がよかった及川悟とは真逆の性格である朝倉隆之であるが、涼子はあまり好きではない。あの性格が気に入らない。目的のためには手段を選ばない感じが、どうしても相容れないのだ。
「涼子は朝倉くんを嫌ってるねぇ。及川くんとは仲がいいのに」
裕美はニヤニヤしながら言った。それを聞いた絵美子は驚いた様子だ。
「え? 涼子って及川くんと仲がいいの? もしかして付き合ってる?」
「ち、ち違うって! 付き合ってなんかないよ! 幼稚園の時からだから幼なじみみたいなもの!」
「えぇ、ホントォ? 学校じゃ全然そんな感じなかったからさぁ……いやぁ、わからないよねぇ」
絵美子もニヤニヤしながら言った。涼子に限った話ではないが、小学生の男子と女子はあまり仲よくしない。彼氏彼女とか、恋人だとか、揶揄われるのを嫌ってだろう。特に男子から女子へ親しくするのを避ける傾向があるような気がする。
涼子と悟は学校外では一緒に遊ぶこともあり、親同士は親しい友達だと認識している。
「ねえ、絵美子ってもしかして朝倉くんのこと……」
太田裕美は、今度は絵美子をターゲットにした。
「ちがうよ、ちょっと気になっただけ」
「それがねぇ」
「だからちがうって!」
顔を真っ赤にして否定する絵美子。
「でもさ、なんか気になるんだよね。朝倉くんが転校してきて、それで初めて会って、別に何があるわけでもないのに……」
絵美子は本当に不思議そうであった。涼子にはかつてそういう感覚があった。よくわからないが、覚えのない記憶を思い出して……それは結局、本来の自分の記憶が顔を出していたというわけだったのだが。まさか絵美子も? いや、そんなことは……。
裕美がまた茶化すように言った。
「だからそれだって。絵美子は朝倉くんのこと――」
「だからぁ、ちがうんだって――」
世界再生会議のリーダー、宮田は考えていた。
去年のことで門脇と気まずい状態になっていた。結果的に問題なかったものの、やはり宮田が本来の計画をねじ曲げて、因果を踏ませようとしたことは、言うならば組織への裏切り行為なのだ。
門脇は自身の心情を表に出さないため、どう考えているのか不明だが、悪感情を抱いている可能性は高い。またそれよりも、組織の構成員の宮田に対する不信感の方が深刻だ。宮田の側近たちは組織の引き締めと称して、宮田に対する不信感を口にすることを禁止した。しかしそれは、余計に宮田への不満を増大させるだけだった。
いつの間にか、組織内における門脇の立場は高まっていた。相対的に宮田の求心力は低下の一途だった。
「宮田さん、門脇どうしますか? 最近調子に乗ってるんじゃ」
「わかっている。チッ、門脇め……」
宮田は舌打ちして門脇への恨みの感情を募らせた。
現在、構成員の七割ほどが門脇の支持に回っているとみられた。これは宮田にとって、看破できないことだった。組織の過半数が門脇を支持しているとなれば、いずれ取って代わられる可能性があった。門脇にその気がなかったとしても、周囲がそれを煽るはずだ。
「何か具体的な行動を起こさないと、抑えられないかも……」
側近のひとりは、最近の組織の空気に危機感を抱いている。
しかし、宮田は有効な策を見出すことができず、困難に喘いでいた。にもかかわらずそれを隠して、側近たちに策を考えろと命令している。
このところ、「巫女」の予測も当てにならなくなっていた。本来とも少し違うような、また新しい未来へ進んでいるように思える。
門脇の助言は正確で、本当にうまくいくのか疑念を抱くこともあるが、その多くはうまくいっている。そのため門脇の存在も無視できず、かといってこのままでは自分の立場が危うくなる。
「おのれ……門脇め」
どうにもならない現状にがんじがらめになって、体の自由が効かない感覚だ。まるで自分の体を誰かに無理やり動かされている――門脇に動かされている、ということか。
基地としている廃屋の中で、ぶつけようのない憎悪にしばらく項垂れていた。
どのくらい時間が経っただろうか、宮田は時計を見た。もう午後六時を過ぎていた。夕暮れに外も暗くなりつつある。廃屋には自分以外誰もいなかった。そろそろ自宅に戻らないと親がうるさい。この春から高校三年生になる宮田は、来年の受験にむけて両親がやたらとピリピリしている。今から帰っても母親の小言を聞かされるだけだろう。まったく鬱陶しい話だ。
嫌な気分に顔を歪めながら廃屋を後にした。
そんな中、門脇は自身の側近たちと今後の方針について話していた。門脇は今や組織内において主流派ともいえる影響力を持ちつつあった。
腹心ともいえる彼ら側近たちの前には姿を見せており、相当な信頼を持っているようだ。
「宮田は危険です。今後、何をしでかすかわかったものではない」
「確かに。だが、うかつには手を出せないだろう。まだ組織のリーダーとしての影響力は残っている」
「いや、奴にはもう人望はないよ。数人の側近が味方なだけだ」
「だからと言って、油断はできんだろう! 驕る者は必ず転ぶ。目の前が見えていないからな」
様々な意見が飛び出し、議論は紛糾する。
加藤早苗は門脇に向かって言った。
「――どうしますか?」
「彼の役目はもう終わったと言ってもいいでしょう――」
「門脇さん……」
門脇はニヤリと笑みを浮かべた。
「消えてもらう――フフ」




