昭和六十一年の元旦
涼子も翔太も、購入するソフトを決めることができず、学校は冬休みに入った。
それからクリスマスも過ぎて、今日は大晦日である。明日は元旦で、祖父母や親戚の家にも行く。お年玉がもらえるのである。涼子も翔太も嬉しくてしょうがない。
涼子は掃除をしつつ、翔太とファミコンについて話している。当然だが、話に夢中で手が止まる。それに気がついた真知子はもちろん叱る。
「こら、あんたたち何をやってるの。お喋りばっかりしてないで掃除しなさい!」
「はぁい」
返事だけで、少ししたらふたたびファミコンの話が始まる。終始こんな調子なので、子供たちの掃除は進まないのだ。業を煮やした真知子は「ちゃんとやらないとファミコンは買わないわよ!」と、一喝した。大慌てで掃除の続きにかかるふたり。なんとか夕方までにノルマを達成することができた。
真知子は夕飯の準備に取り掛かっている。今日は大晦日というわけで、夕食は年越しそばである。敏行も昨日から休みにしており今日は家にいる。家族と一緒に掃除して、夕食の年越しそばを食べた。
年越しそばを食べて、その後は紅白歌合戦。藤崎家ではこの時間は紅白を見ている。
「スシくいねぇ!」
翔太がシブがき隊の歌に合わせて「スシくいねぇ」を連呼している。気に入ったようである。
「最近の若え歌手の歌はわからんなあ。派手なだけでようわからん。キンキンうるさい」
敏行はやっぱり演歌がいいらしく、近年のアイドル歌手の歌は子供向けだと思っているようだ。
「えぇ、河合奈保子ちゃん、カワイイでしょ。歌もいいし」
「そうか? ようわからんな。俺は若いんなら鳥羽一郎がいいな。さっきの兄弟船だったかな、あれはいい」
「兄弟船」は演歌歌手、鳥羽一郎のデビュー曲であり、自身の代表曲ともいえるヒット曲だ。敏行は気に入ったらしい。しかし演歌に興味がない涼子には、いまいちピンと来ない。
「ふぅん、私にはお父さんの好みがよくわかんないね。あ――あれ十二単でしょ」
涼子は、テレビに映る小林幸子の衣装を見て言った。
「お、よく知ってるな。昔の人はあんなゴツい着物を着ていたんだよな。あんなんよう着るわ」
「でもお姫様みたいで豪華だね」
この第36回紅白歌合戦で小林幸子は、十二単の衣装で歌っている。後年の凄まじく派手な衣装も、この頃はまだ大したことはない。とはいえこの時代では、これでも結構奇抜な衣装ではあったが。ちなみに昨年、第35回では、巨大な扇子を振り回して「もしかして」を歌っていた。
「まあ歌手なんてな、目立ってナンボってもんだ。次々新しい新人が出てくるんだから、とにかく目立たんと忘れられる。小林幸子も必死なんだよ」
「ふぅん、大変だね」
紅白歌合戦も終わり、大晦日の夜も更けていく。
深夜、布団の中で除夜の鐘がなっているのを聞きながら、いつの間にか眠りに落ちていった。
年は明けて昭和六十一年の元旦。
「お父さん、お母さん。新年、明けましておめでとうございますっ!」
涼子は寝巻姿のまま居間にいた両親に新年の挨拶をした。
「明けましておめでとう、涼子」
「おう、おめでとう。正月から涼子は元気いいな」
「なんせ、お年玉だからね。ファミコン買うんだから」
にやける涼子に、呆れた顔して敏行はつぶやいた。
「お前なぁ……」
午前中はおせち料理を食べながら、テレビを見る一家。
午後から備前のおじいちゃんの家(真知子の実家)に行く予定になっている。そのまま一泊して、翌日は藤田のおじいちゃんの家(敏行の実家)に向かうことになる。藤田のおじいちゃんの方でも一泊し、翌日の三日に帰宅する。それで、帰宅途中で玩具店に連れて行ってもらい、ファミコンを購入することにしていた。
二日に買いに行きたいと頼んだが、三日にならないと店は開いていないと言われて諦めざるを得なかった。この時代でも、実際には二日からはたいていの店は始めていると思われるが、そう言われるとそれに従うしかなかった。
買ったらすぐに帰って、敏行にテレビに繋いでもらい、早速遊んでみることになる。その際に、さてどのソフトを買っているやら。
備前のおじいちゃんの家では、伯父の内村政志が来ており、いとこの友里恵たちとも再会した。そしてお年玉も。友里恵、というか弟の秀彦がファミコンに詳しく、涼子や翔太がファミコンソフトについて聞くと、ひたすら詳細に教えてくれた。いくつかお勧めのソフトも教えてくれた。この時、ボンバーマンがお勧めの一本として出てきた。翔太が興味を示している様子である。
翌日、藤田のおじいちゃんの家に行くと、叔父の哲也一家も来ていた。半年くらい会っていなかった、いとこの知世と純世に再会し、仲よく遊んだ。純世はまだ二歳で、可愛い盛りである。親戚一同みんなのアイドルだ。
知世は夏休みの間にファミコンを買ってもらったそうで、一緒に買ったゲームソフトは、なんと「ドアドア」だった。
自分が欲しいと思っていたソフトだけに驚きを隠せない。どんなゲームかいろいろと根掘り葉掘り感想を聞いたが、割と面白そうで羨ましく思った。が、やはり知った人が持っているソフトは嫌だと思い、自分たちは他のソフトを買おうと考えた。
「――ふぅん、涼子ちゃんはどのカセットを買うの?」
「そうだねぇ……アイスクライマーっていうのかぁ、パックランドかなぁ。その辺が気になってるのよねぇ」
涼子はちょっとわかった風な感じで言った。
「アイスクライマーはやったことあるよ。けっこうおもしろかったなぁ——ピョォン、ピョォンって」
「そ、そうなんだ……はは、アイスクライマーはいいかもね」
涼子は嬉しそうに言ったが、心の中では――知ちゃんもやったことがないのがいい、と密かに候補から外した。自分がこれから買うソフトが他の知った人がすでに遊んだことがある、というのが気に入らなかったらしい。面倒くさい性格である。
「そういえばね、スペランカーって知ってる?」
「あ、この間見た本に載ってたよ。洞窟を探検するやつでしょ」
「うん。あれね、カセットのね、上のところが光るんだよ。ピカァって、赤く光るの。すごいでしょ」
「ふぅん、それは確かに凄いね」
スペランカーのカセットの上部には、LEDランプが備え付けられており、ファミコンのスイッチを入れると赤く光る。ゲーム内容とはまったく関係がないので、だからどうしたと言いたいところだが、子供心に「カセットの一部が光る」というのは大変魅力を感じるところだ。
ふたりして盛り上がっていたところで、叔母の弘美がやってきた。
「知世、涼子ちゃん。こっちいらっしゃい。おばあちゃんが善哉を作ってくれたわよ。甘くておいしいわよ」
「わぁ、わたし、ぜんざい食べる! 涼子ちゃん、行こ」
「うん」




