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机を買いに

 ようやく机が買ってもらえる。涼子の胸は高なった。自分の記憶上、初めてのことだ。とうとう奈々子たちと同じ、みんなと同じ、学習机を買ってもらえるのだ。

 電気スタンドが備え付けられた本棚。鍵のついた引き出し。自分だけの机。自分だけの城。ワクワクが止まらない。

 翌日、登校中に机のことを友達の太田裕美に話した。

「買ってくれるの? いいなあ。うちのとなりの家の子がいるでしょ。その子が春に買ってもらったばかりで、いっしょにあそんだときに見せてもらったのよ。わたしのより、すごくよくなってるし。うらやましいなあって」

 裕美はそう言って、列の前の方の一年生の女の子の方を指さした。

「やっぱり、毎年新しくなってるんだねえ」

「そうよ、涼子はいままで買ってもらってなかったけど、これからはわたしのよりいいんだし、よかったよね」

「あはは、待った甲斐があったよ、なんちゃって」

「ねえ、買ったら見せてよ。ぜったいよ」

「もちろんよ。今度の日曜に買いに行くんだ。えへへ」



 数日後の日曜日、涼子たちは机を買いに西大寺の町に向かった。永安橋を渡って町の中心部へ。家具店へ向かう。

「お父さん、『くるくるメカ』よ。あのチラシにあったやつ。この辺に棚があって、ここに引き出しがあって――」

「ああ、わかったわかった。まあ行って見てみようや」

 敏行は、嬉しそうに喋る娘に少し辟易した表情で答えた。

「涼子、よかったわねえ。机を買ったら大事にするのよ。わかった?」

「はぁい! 絶対大事にする!」

 涼子は元気よく答えた。よほど嬉しいのか、テンションが高い。

 程なく家具店に到着する。駐車場に車を止めるなり、涼子はすぐにドアを開けて飛び出した。

「こら、涼子! 転ぶからゆっくり歩きなさい!」

 一目散に駆けていく娘を叱る真知子。

「はぁい!」

 と言いつつ、そのまま走って店内に入っていく涼子。



 涼子は店内に入ると、学習机のあるコーナーを探した。すぐに店員の若い女性が声をかけてくる。

「いらっしゃいませ、何をお探しですか?」

 店員はニコニコと、小さい子供でも大人と変わらない対応をする。

「机なんですけど、学習机」

「ああ、学習机ですね。こちらになります。……お父さん、お母さんは?」

「もう来ると……あ、こっちこっち!」

 涼子は、店内に入ってくる敏行たちを見つけて声を駆けた。敏行たちも、それに気がついて歩いてくる。

「もう、ひとりで先に行ったらだめでしょ。迷子になったらどうするの」

 真知子は涼子のそばにやってくるなり小言を言った。迷子になる程広くないし、客も少なく混んでいないが、一応口癖のように言う。

「お嬢様の机でございますか?」

 店員は笑顔で敏行に声をかけた。

「ああ、そうなんだが……あんまりないな」

「ええ、今は来年のシーズンに向けて、新商品が出てくる前なんです。この春に売れ残ったものばかりでして……」

 店員は少し苦い顔をして説明をした。

「そうだろうな。でも今買うつもりできたから、そりゃしょうがないだろう」

「申し訳ございません。ただ、今ある商品はすべてセール特価となっております。こちらなど、とてもお安くなっておりますよ」

「あら、いいじゃない。これは半額よ」

「ほう、チラシにも書いてたが、やっぱり安いな」

 敏行はニヤニヤと値札を眺めている。セール品に目を奪われている親たちに危機感を抱いた涼子は、すかさず自分の求める机を主張した。

「お父さん、くるくるメカは?」

 涼子は欲しい机があった。コクヨの「くるくるメカ」だ。


 「くるくるメカ」は、三年前の昭和五十六年(一九八一年)に登場した。オフィス用品のメーカーで有名なコクヨの学習机、「ロングランデスク」に当時備えられていた機能である。

 見た目は当時複数のメーカーが販売していた、いわゆる学習机と同じようなスタイルのものだが、天板の下にハンドルがついていた。このハンドルをくるくる回すと、天板が上下する。つまり天板の高さを調整できるのだ。

 通常これは、一度分解して固定位置を差し替えたり、何にせよ重労働で大変な作業だった。子供の成長は早く、小学一年生の時の高さだと、高学年になった時にはもう低すぎる、なんてことはありがちだ。ちなみに、高校卒業までの十二年間使い続けられる、と謳われていた。

 この苦労を解消したのが、この「くるくるメカ」で、これは子供でも楽にハンドルを回すことができ、簡単に高さを調節できた。

 結構な人気だったようで、涼子の友達では、津田典子と真壁理恵子、それに及川悟が「くるくるメカ」だったことを、涼子は確認している。


「くるくるメカはこちらになりますよ」

 店員は少し奥に展示してある「くるくるメカ」と立札の置かれた机に案内した。「くるくるメカ」のロゴが前面に出ており、「コクヨ ロングランデスク」と言う文字は隅に小さく書かれている。コクヨの学習机はこれ一台だけで、他の展示品は別のメーカーだった。

「この下のハンドルで簡単に高さを変えられるんです。お子さんの成長に合わせて簡単に、長く使い続けられますよ」

 店員は笑顔を忘れない。涼子のウキウキした笑顔を見ると、店員は是非とも買ってもらわねば、と密かに鼻息を荒くする。

「でもこれは三割引なのね。こっちは半額なのに」

 真知子が言った。

「そうですね、やっぱり人気のあるものと、そうでないものがありますから……こちらなど、ここに女の子に人気のキャラクターが貼ってあります。さらにマットにも、このように同じキャラクターのものでして。実は先日ご購入いただいた学習机も、これと同じタイプのものでして、お子様はとても喜ばれ――」

「でも、こんなところに漫画があったら、気が散って勉強しなくなりそうだわ」

「あ、お母様。これは脱着ができまして、不要なら外しておくことができるんですよ」

 店員が真知子にあれこれ説明している間に、涼子は並んで展示していた別の机を見ていた。すると、その机の下にくるくるメカのようなハンドルを見つけた。

「あれ? これもくるくるメカ?」

 それを聞いた店員は、すぐにその机の説明を始める。

「それは『タカサメカ』と言いまして、くろがねと言うメーカーのものです。くろがねも大手の有名メーカーでして——まあ、くるくるメカが人気ありますので、同じような機能をつけたんですね。操作も同じですよ。こうしてハンドルを回すだけで、ほら」

 店員はハンドル操作をして、機能をアピールする。しかし、涼子はくるくるメカがよかった。要はブランドだ。みんなが知っている、自慢できそうなものがいいのだ。くろがねの学習机もいいのだが、今はコクヨのくるくるメカしかないのだ。

「これもいいじゃない」

 値札を見た真知子が言った。半額セールだった。しかし、涼子の反応は薄い。真知子は涼子がどれを欲しいのかを悟った。

 敏行は周りに気付かれないようにため息をついた。


 涼子は一応、ひと通り見てはみたが、やっぱりコクヨにした。割引率が他のものより悪かったが、やはり「くるくるメカ」がよかった。どうしてこだわるのかというと、要するに……友達に自慢しやすいのだ。典子のより新しい、最新のくるくるメカ。紹介するのが楽しみでしょうがないである。

 敏行も真知子も、コクヨは高かったが「好きなのを買ってやる」と言っていた手前、涼子がそれがいいという以上、それを買うしかなかった。



「涼子ちゃぁん、あぁそぉぼぉ!」

 藤崎家の玄関の向こうから複数の子供の声が聞こえた。それに答えて真知子が玄関に出てくる。

 村上奈々子、津田典子、太田裕美、奥田美香、加藤早苗、真壁理恵子……皆、涼子と仲のいい友達だ。真知子もよく知っている。

「あら、いらっしゃい――涼子、お友達よ!」

「はぁい!」


「わぁ、いいなあ! ねえ、涼子。これどうなってるの?」

「これはね、こうやって……」

「すごぉい、ねえねえ、こっちは?」

 涼子は友達たちに自分の机の機能を説明している。狭い部屋に六人もやってきて、子供部屋は鮨詰め状態である。しかしそんなことはお構いなしに涼子の机を囲んでワイワイ盛り上がっていた。

 まだ使い始めて間もないので、机の上にはあまりものがないし、引き出しにもそんなにたくさん入っていない。

 前から使っていた文机はどうしたかというと、寝室に使っている和室に置いている。捨ててもいいと思うが、どうも捨てられない性格のようで、まだしばらく置いておく様子である。

 そんな姉たちに追い出される形になって、庭でひとりで遊んでいる翔太。しかし、そんな翔太も、春に買ってもらえる自分の学習机を想像して、ちょっと楽しいひとときを過ごした。

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