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芳樹の行く先

 帰りの会が終わって、これから生徒たちは下校である。涼子のところに奈々子と典子がやってきて、遊びに誘ってきた。

「涼子、あとで貴子の家にいっしょに行かない?」

「うん、行く。ナナと典子だけ?」

「ううん。エミとヨッコも行く。孝子、子犬もらったんだって。孝子がね、見せてくれるって」

「子犬、いいなあ。可愛いんだろうなぁ」

 涼子の家はペットはいない。敏行の実家では犬を飼っているが、敏行自身はペットを飼おうとしない。前に涼子や翔太が「犬を飼いたい」とか「猫が欲しい」と懇願したことがあるが、結局だめだった。「また今度」で子供たちを黙らせて、そのまま知らんぷりだ。

「すごくかわいいって。もう佳代とか見たらしいよ。すごくかわいいって言ってたもん」

「ほんと? 見たい見たい!」

「はやく帰ろ! わたし、典子といっしょに涼子の家に行く。いっしょに行こ!」

「うん!」

 涼子たちは、同級生の中村貴子の家に貰われてきた子犬が楽しみでしょうがない。みんなそれほどペットを飼っているわけでもない。奈々子は小さい時に犬を飼っていたらしいが、今はいない。典子も猫を飼っていたらしいが、同じくもういなかった。


 涼子は家に戻ってくると、すぐに子供部屋へランドセルを置き、制服を脱ぎ捨て箪笥から普段着を取り出すと、慌てて着替えて部屋を出ようとしたところでぶつかった。目の前には母がいた。

「何をそんなに慌ててるの? こらっ! 服はちゃんと畳みなさいって言ってるでしょ! 脱ぎ散らかしてだらしない! どうしてちゃんと――」

 案の定、真知子の小言が始まる。ぐちぐち言われ、なかなか解放してくれない。

 ――ナナと典子が待ってるのに……。

 なんでこうタイミングよく出てくるのか。恨めしい気分だった。もっとも、廊下をドタドタ走って子供部屋に飛び込んでいく様子を見たら、誰でも何事かと思って覗きにくるだろう。涼子は「間が悪い」と思っているようだが、実際には「当然のこと」だった。

 散々叱られてようやく解放されると、すぐさま玄関を出て奈々子たちを待ったが、なぜか来ない。キョロキョロと周辺を眺めるが、来る様子はない。どういうことなのか? 自転車を押して、広い道路まで出て待った。

 十分くらい待って、ようやく奈々子と典子がやってきた。

「涼子、ごめん! おそくなっちゃった」

 奈々子が申し訳なさそうに言った。奈々子も宿題が終わってないことを咎められ、しばらく叱られたようだった。典子は大丈夫だったようだが、奈々子の家で随分足止めをくらったようだ。

「はやく行こ! かわいい子犬、見に行こ!」

 典子は自転車に跨ったまま、涼子たちに向かって言った。今にも走り出しそうなくらい身を乗り出して、出発したがっている。

「うん、行こう!」

 涼子が自転車を発進させると、典子と奈々子も続いて自分の自転車を出発させた。



 涼子たち三人は、それぞれ自転車に乗り込んで中村貴子の家に向かって走る。家は涼子宅からおよそ一キロ程度で、自転車ならそんなに時間はかからない。

 ちょうど学校の真反対方向なので、途中学校の前を通り過ぎて中村貴子の家へ向かう。


 中村貴子の家も近い辺りで、視線の向こうに兄弟を見た。仲のよさそうなふたりは、手を繋ぎ並んで歩いている。

 目の前は交差点、信号が変わるのを待つ。そうしている時も、子犬の可愛さについて三人で楽しく話す。

 ちょっと待っただけで信号が青に変わった。早速信号を渡り始める奈々子と典子。涼子もそのすぐ後を追うように渡り始めるが、ふと男の子がふたり並んで歩いているのを見つけた。どちらも小学生だろうと思われ、涼子ぐらいの子と、もっと小さいであろう子だ。背の高い方の子は、よく見覚えがある。

 ――うん? あれは……え?

 涼子は目を疑った。その兄弟のうちの背の高い方は、金子芳樹だったのだ。

 ――金子くんだ。一緒にいる子は弟だろうか?

 涼子は芳樹に兄弟がいるとは知らなかった。芳樹とは親しくはなく、家族のことなどわからない。

「あれ、涼子? どうしたの?」

 典子は、信号が変わっても渡ろうとしない涼子に気がついて声をかけた。

「え? あ、ああ……向こうに金子くんが歩いているのが見えたから」

「金子くん? 金子くんってそういえば、浜だっけ?」

 奈々子が興味深そうに言った。ちなみに「浜」と言うのは、この辺りの地名だ。岡山市西大寺浜という。

「どうだったかなあ。そういえばヨッコの家の近くって、だれか言ってたような」

「あ、そうだ。言ってた、言ってた」

 奈々子は思い出して言った。そんなことを言ってるうちに、興味が子犬から金子芳樹の方に移っていた。

 ちなみにヨッコというのは、同級生の西村容子のことだ。これから行く中村孝子の家に、エミこと富岡絵美子と一緒に行っているはずだ。西村容子は一年生の時に仲良くなってその後、時々一緒に遊ぶこともある。富岡絵美子も同じだ。

「ねえ、あれが金子くん? 永安橋の方に行ってるよ」

 典子の声に、涼子と奈々子が反応した。

「どこどこ? 金子くん、どこにいるの?」

 奈々子が芳樹の姿をキョロキョロ探す。

「永安橋の方だよ。ほら、あそこ」

「あ、ほんとだ」

 芳樹は永安橋の方に向かって歩いている。大分色褪せたピンク色の鉄橋が、芳樹の行く先に見える。

「あ、いけないんだぁ。おこられるよ」

 奈々子は少し不安そうにつぶやいた。そう言いつつ、涼子たちと一緒に物陰に隠れて様子を伺っている。

 そんなことをしている間にも、芳樹は永安橋の方へゆっくりと近づいていた。

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