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昭和五十九年一月一日、備前市浦伊部

 曽我家を見送った涼子だが、涼子たち藤崎家も午後から祖父母の家に向かう。毎年そうだが、まず一日は真知子の実家に行き、その後に敏行の実家に向かう。

 今年は真知子の実家――備前のおじいちゃんの家に一泊する予定になっているので、敏行の実家――藤田のおじいちゃんの家は三日に行くことになっていた。

 昼食の後に出発する予定にしていたので、涼子は昼まで翔太と遊ぶことにした。

 正月といえば、凧揚げや羽根つき、福笑いに双六など様々あるが、とりあえず羽根つきをすることにした。羽子板も羽根も持っていないので、真知子が使っている園芸用のスコップと、テニスボールくらいのゴムボールで始めた。

 もちろん、そんな物でまともに打ち返せるはずもなく、しかも翔太はまだ幼稚園で、ボールを打つことすら困難だった。

 当然うまくできず、挙句に庭で子供たちが賑やかにやっているのが気になって、戸から顔を出した真知子の頭にゴムボールが当たって叱られた。しかもスコップを振り回していたことも咎められ、「後で出かけるのだから中で遊びなさい」と言われた。

 やむなく部屋に戻り、年末に買ってもらっていた雑誌についていた、福笑いで遊ぶことにした。はっきり言ってしょうもないものだが、なんだかんだで結構楽しめた。そうこうしているうちに昼食の時間となり、出発となった。

 今日は真知子の実家、備前のおじいちゃんの家だ。



 備前市にある真知子の実家、備前の祖父母の家では、真知子の兄である内村政志の一家も来ている。同じ岡山県に住んでいながら、割と会う機会の少ない両家だが、盆と正月は必ずここで会っている。


「どうもお久しぶり、あけましておめでとうございます」

 涼子の伯母、千恵子はやってきた涼子たちを玄関で迎えた。

「義姉さん、どうもあけましておめでとうございます。お変わりないようで何よりですわ」

 真知子はニコニコと笑顔で答えた。

「千恵子おばちゃん、あけましておめでとうございます!」

 真知子の後ろから出てきて、元気よく挨拶する涼子。

「あら、おめでとう涼子ちゃん。まあ……ちょっと見ない間に大きくなって。お姉さんになったわねえ」

「いえいえ、そんなことないですよ。いっつも遊んでばかりで――」

「うちの友里恵も一緒よ、なかなか勉強しないんだから――」

 お互い謙遜の応酬だ。主婦たちはまるで競争でもしているかのように、お互いの子を持ち上げ、自分の子を下げる。涼子も見飽きる社交辞令だ。

 そうしていると、今度は敏行が翔太と一緒に入ってきた。

「おめでとうさん、千恵子さん。いやあ、寒いですねえ」

「まあ、敏行さん。それから翔くん。あけましておめでとうございます。最近本当に寒いですねえ。さあさあ、ここじゃ寒いですから上がって――」


 涼子たちは家に上がると、居間に通された。

「あけましておめでとうございます。おじさま。おばさま。それに涼子ちゃんに翔くん」

 居間に入るなり、友里恵が恭しく新年の挨拶をした。合わせて涼子たちも挨拶する。

「いやあ、由里ちゃんは本当に女の子らしくなったなあ。立派なもんだ」

 敏行が感心している。

「ははは、敏行くん。友里恵も今年六年生だぞ。このくらいでなきゃ、嫁の貰い手がなくなるよ」

「兄さん、何言ってるの。由里ちゃんにそんなことあるわけないでしょ。それにしてもお姉さんになったわねえ。将来は立派なお嫁さんになるわ」

「もう、真知子おばさまったら」

 友里恵は照れ臭そうに微笑んだ。


 友里恵は流石に小学五年生だけあって、涼子よりしっかりした雰囲気があった。何年か前までは子供っぽさが抜けていなかったが、随分落ち着いた印象だ。背も高くなり、もともと涼子よりかなり背の高い印象だったが、ますます差がついたようだ。

「あら? 涼子ちゃん、背が伸びた? 夏には会えなかったから久しぶりに見たら随分大きくなった印象だわ」

「う、うん。ちょっと伸びたよ。友里恵お姉ちゃん」

 涼子も驚いていた。前に会ったのは五月の大型連休……ゴールデンウィークの時だったが、その時からも随分大人びた印象があったが、今ではそれにますます拍車が掛かったように感じた。

 涼子は急に自分が子供に思えてきて、なんだか恥ずかしくなった。ちょっとお姉さんっぽく振る舞おうと、ご近所の曽我洋子のような、物腰の落ち着いた佇まいを真似した。

「まあ、涼子ちゃん、お姉ちゃんねえ」

 伯母の千恵子が微笑ましく涼子を見ている。

「涼子ちゃん、素敵よ」

「そ、そうかな。……あはは」

 そして、そうして褒められたのがちょっと嬉しかった。実際には、完全に子供としか見られていないからなのだが。


「涼子ちゃん、翔くん。はい、お年玉」

 内村の伯母さんは、笑顔でふたりにお年玉を差し出した。

「わぁ! ありがとう、おばさん!」

「お年玉だぁ!」

 涼子も翔太も大喜びだ。

 そして真知子もすぐにお年玉袋を出す。そして友里恵たち三人にそれぞれ渡した。

「真知子伯母さん、どうもありがとう!」

 友里恵はとても嬉しそうだ。弟たち、秀彦と信彦も喜んでいる。


 金額はというと――涼子は千円、翔太が五百円。友里恵が千五百円、秀彦が五百円、信彦はまだ小さいのでお菓子をもらっていた。

年齢が基本的に上なので合計金額は友里恵たちの方が多いが、これはしょうがない。涼子は二年生の現時点で千円だが、友里恵が二年生の時は五百円だった。

 もっとも、皆それぞれの親に持っていかれて、自由に引き出すことのできない貯金をさせられるわけだが。


「よっしゃ、菓子を買いに行こうか」

 祖父は孫たちがきた時の定番を口にした。孫たちはこれをよく知っており、この言葉が出るのをずっと期待している。

「おかし! おじいちゃん、はやくいこ!」

 翔太は祖父の足に抱きついて急かす。

「ははは。わかった、わかった。そんな急がんでもお菓子は逃げはせんよ」

 そして、涼子たちは祖父に連れて行ってもらうというよりは、祖父を引っ張っていくように、みんなで行った。

 孫たちに囲まれて歩く祖父の表情は、もともとあまり変化がないが、それでも少し嬉しそうだった。

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