其の一、缶蹴り
昔、真偽のほどは分りませんが、こういう話をよく聞きました。
幼い頃の思い出がある。
思いだす度、ちくりと胸が痛む。
今年もあの頃を思い出す季節がやって来た。
盛夏、小学校三年の僕らは缶蹴りを夢中で楽しんでいた。
まだファミコンもなかった頃、子どもは外で遊ぶもの、大人も子どもみんなそう思っていた時代だ。
缶蹴りは、かくれんぼ+おにごっこを混ぜたようなルールだ。
ただし鬼が死守するべき缶を蹴られたら、見つかった人たちは全員逃げられるという、まあ、鬼が主役、圧倒的鬼不利、鬼になる人によっては泣くまでエンドレスに繰り返されるという悲惨な遊びでもあった。
そんな遊びを今日も仲のいい友人5人で行う。
しかし、今日に限って友人の弟一年生のたかし君がどうしても缶蹴りをしてみたいということで、僕らは6人で遊びはじめた。
3年生と1年生、年齢の差や体力も歴然としている。
たかし君はすぐ捕まり、鬼となる。
そうなると、缶の蹴り放題だ。
僕らは調子に乗って、何度も何度も缶を蹴って、たかし君を鬼にした。
はじめは笑っていた彼は半べそをかき、やがて号泣し怒りながら鬼気迫る顔で、がむしゃらに追いかける。
すると缶の守りがガラ空きになる僕らは笑いながら容赦なく蹴る。
「はあっ!はあっ!くそ!くそっ!」
だけど、たかし君は諦めない。
「ぜったいにお兄ちゃんたちをつかまえる!」
そんな叫びながら追いかける彼に、僕らはやがてちいさな罪悪感が生まれはじめる。
とうとう、兄のひろしが言った。
「ごめん、捕まってやって」
「おう」
僕らは、たかし君に捕まった。
「やった!やった!ぼくがつかまえたぞ!」
飛びあがって喜ぶたかし君の顔が今も目に浮かぶ。
それから一番先に捕まった兄のひろしが鬼となる。
「よーし、ぜったいにみつからないぞっ!」
たかし君は誇らしげに走って隠れに行った。
30分後、運動神経のいいひろしに僕らは捕まった・・・けど、たかし君が見つからない。
40分、50分、僕らは手分けして彼を探した。
やっぱり見つからなかった。
「・・・たかしめ、きっとテレビを見に家に帰ったな」
ひろしはそう決めつけて言った。
「でも、あんなにはりきってたぞ」
僕は言い返した。
「いいや、あいつはあいうところがあるから・・・」
「そうなのか」
「俺はあいつの兄ちゃんだぞ」
ひろしは何故か凄んで言った。
「そ、そうか」
「な、だから今日はお開きだ」
「え~」
「もう、ゴ〇ンジャーがはじまるだろ」
「そうだった!」
みんなはわらわらと家へ帰りはじめる。
ボクも走りながら、ちらりと気になって後ろを振り返る。
翌日、ひろしは学校を休んだ。
先生が言う。
「ひろし君の弟のたかし君が亡くなられた」
僕は信じられなかった。
先生が言うには、たかし君は捨てられた冷蔵庫の中で見つかったと、つまり缶蹴りで見つからないように冷蔵庫に隠れて閉めた扉が開かなくなって息が出来なくて窒息死したそうだ。
僕らは震えた。
そして泣いた。
心の奥で懺悔した。
あの時、誰かが・・・僕がもう少し探そうよと言っていれば、何事もなく、笑顔のたかし君がいたのかもしれない。
自分の浅はかさと無情を感じるあつい夏がまた来た。
缶蹴りは鬼になると、どんくさい人は大変です。
※経験者は語る(笑)。




