第六話:豪勢なる結婚と北への道
カエサル・オーギュスト・ド・ヴェルサイユ公爵は、婚約期間中、予言通りにアメリア・フォン・グリム侯爵邸への訪問を一日も欠かさなかった。彼の「愛の訪問」と称されるこの干渉は、侯爵家への贈答品という形でアメリアの引きこもり計画の資金源となり、その疲労と反比例して計画は加速した。
そして、ついに移動の日がやってきた。
ヴェルサイユ公爵家が用意した馬車は、純銀の装飾が施された贅沢なもので、侯爵邸の前に止まっただけで、周囲の注目を集めた。
カエサルは、アメリアの手を取り、馬車に乗せると、その隣に座った。向かい席には、すでに疲労の色が濃い秘書ユリウスが、書類の束を抱えて座っている。
「アメリア。この馬車は、これから始まる私たちのスリリングな愛の逃避行の始まりだ。君を、退屈な王都から、私だけの永遠のコレクションルームへと連れて行く」カエサルは、アメリアの手を優しく包み込み、熱い視線を送った。
「公爵様。私たちは北方の旧城塞へ向かっているだけです。逃避行ではありません」アメリアは瓶底眼鏡の奥で、冷静に訂正した。
「言葉など些細なことだ。重要なのは感情だ。私がいかに君を心から愛しているかが、この馬車の内装の素晴らしさでよくわかるだろう?」
(心から愛しているのは貴方自身の美貌でしょう。早く城塞の書斎に引きこもりたい)アメリアは、心の中で冷静なツッコミを入れ続けた。
向かいに座るユリウスは、カエサルの甘言と傲慢さに耐えかねて、深い、深い、二重のため息をついた。
「カエサル様。あの、そろそろ王室への書簡の確認を……」ユリウスは静かに進言する。
「黙れ、ユリウス。貴様のような凡庸な事務員の存在を、このロマンスの中に持ち込むな」カエサルは一蹴した。
「私は事務員ではなく秘書でございます。そして、この国で一番凡庸ではない量の仕事を抱えている者でございます」ユリウスは、もはや反抗の気力もなく、「勝手にしてください」と書類に目を落とし、アメリアの引きこもり計画を支援するための防寒対策の図面確認に戻った。
数日間にわたる移動を経て、二人は北方の旧城塞に到着した。そしてその一週間後、王都で史上最も豪勢な結婚式が執り行われた。
式場は公爵家の広大な庭園に設営され、カエサルの美しさを引き立てるために、純白と黄金の装飾で彩られた。アメリアのウェディングドレスも最高級のものが用意されたが、彼女の表情は常に落ち着いており、周囲の喧騒とは無縁だった。
式典中、招待客の間では、困惑と憶測が渦巻いていたが、最も困惑していたのは、アメリアの侯爵家家族だった。
侯爵夫妻は、貴賓席で、目を白黒させていた。
「あなた、あれを見て。アメリアのドレス、裏地の刺繍に金糸が使われているわ。公爵家の本気よ……。でも、なぜ、あの子なの?」
「なぜだと聞かれても困る。カエサル公爵は『一目惚れだ』の一点張りだ。しかし、この豪勢さを見ろ。王族の結婚式以上ではないか。我々は、娘を公爵家に嫁がせたという事実を、未だに夢ではないかと疑っている」
「それにしても、アメリアのあの表情よ。喜びも、感動も、緊張もない。まるで博物館の展示品のようではないか。公爵様があんなに熱い視線を送っているのに!」
侯爵夫妻は、娘の「地味で引きこもりたい」という本性が、この豪勢な結婚式の中でも微塵も揺るがないことに、安堵と恐怖を感じていた。
誓いの言葉の際、カエサルはアメリアの手を取り、熱烈に宣言した。
「アメリア。君は、私という美の極致を独占する。君の退屈は、今日この瞬間から永遠に消え失せるだろう!」
アメリアは、カエサルの熱量に飲まれることなく、心の中で冷静に反芻した。
(私の退屈は消え失せるのではなく、莫大な資金を得て、究極の引きこもりという形で昇華されるのよ。公爵様)
そして、彼女は最高の儀礼をもって、公爵の誓いを受け入れた。豪勢な結婚式は、ナルシストの自己愛と、引きこもり志望の野望が、公的な形で結びついた、滑稽な茶番として幕を閉じた。




