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シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜  作者: 長月京子
第五話(最終話) 相称の翼

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第六章:一 赤の宮――緋桜の決意

 (あか)(みや)ーー緋桜(ひおう)は王以外が立ち入ることの出来ない朱雀殿(すざくでん)へと足を向けた。(あかつき)が足音もなく背後に付き従う気配がする。磨き抜かれた板張りの(ろう)で、緋桜は歩みを止める。

 振り返ると、無駄のない所作で暁がその場に平伏した。


「暁、今は私よりも客人の殿舎へ……」


 緋桜が歩み寄りながら指示すると、暁がゆっくりと顔を上げる。


「なぜ、陛下に緋国(ひのくに)の真実を語られないのですか」


 (あかつき)の真摯な声に、緋桜はふっと息をついた。暁は朱桜(すおう)が生まれる前から事情を知っている。彼女を信頼し託したことで、朱桜も自分もどれだけ助けられてきたのか。暁の労わりは痛いほどわかっていた。自分を思いやっての訴えであることも承知している。


「過ぎ去ったことです。今さら語る必要もないでしょう」


「では、このままご自身の立場も打ち明けないのですか」


「私が母であると打ち明けても、陛下は戸惑うだけです。それに今となっては、陛下に憎まれていた方が良いのです」


緋桜(ひおう)様」


「私に母を名乗る資格があるとも思えません。私はあの子に数多(あまた)の試練を与えただけです」


「しかし、それは」


「それで良いのです、暁。私はもうあの子に哀しい思いをしてほしくありません」


 暁がぎゅっと唇を噛んだのがわかった。これから起きるだろう先途(せんと)も、暁には全て打ち明けてある。

 思えば暁にとっては、残酷なことを打ち明けたのかもしれない。


 先代の娘として、緋桜も幼いころから数えきれないほど面倒を見てもらってきた。暁が自身に抱く情愛は、もしかすると自分が朱桜に抱く気持ちと等しいかもしれない。


 暁の気持ちを酌むことができない我儘(わがまま)。自覚しながらも、緋桜は何も言えない。

 鮮やかな袖を振って、ただ暁に命じた。


朱雀(すざく)の結界が成ったら、陛下には世のために役割を果たしていただかなくてはなりません。それまではゆるりとなされるように、客人と共におもてなしを」


 暁はまだ何か言いたげだったが、分をわきまえたのか無言で平伏し、するりと立ちあがると、音もなくその場を辞した。緋桜は暁の後ろ姿が見えなくなるまで見送り、踵を返す。


(ーーごめんなさい、暁)


 緋桜はそっと心の中で詫びて、気持ちを切り替えるように顔を上げた。

 内裏(だいり)の最奥の結界はすでに成っているのだ。

 眩い輝きを(まと)って、(しずか)と自身の愛娘ーー朱桜が現れた。無事に相称(そうしょう)(つばさ)となった。


 闇呪(あんじゅ)は静の占いの通りに、朱桜を護ってくれたのだろう。うごめく闇にとらわれることはなく、娘は無事に金を纏ってここまでたどり着いた。それは最悪の先途が描かれていない証だった。

 緋桜はようやく独りきりになり、ほっと気持ちを緩める。


 娘との再会を果たした。

 震える心を押しとどめることは、なんとも難しい。

 そして。


(ーーまさか闇呪(あんじゅ)(きみ)が黄帝陛下であったとは)


 さすがの静もそこまでは視えなかったのだろうか。あるいは視えなくされていたのだろうか。けれど、透国(とうこく)皇子(みこ)の発言が緋桜に答えを与えてくれた。


 最期の時、静が語った数えきれないほどの経緯(いきさつ)。静は朱桜のために禁忌を犯し倒れたが、結果的にそれが先途を守ろうとして倒れた数多の先守(さきもり)の想いに繋がった。


 ただこの世を守ろうとした稀有(けう)な先守、朔夜(さくや)の助言。


 透国の第一皇子(だいいちのみこ)に託された希望。


 静から伝え聞いただけだが、当時の緋桜には何を意味するのかよくわからなかった。きっと静にも真意を思い描くことができなかったのだろう。


 けれど。


 今ならわかる。朔夜が白虹(はっこう)皇子(みこ)に賭けた希望。

 彼女が自身の名誉よりも、何よりも守ろうとした存在。

 それが何であったのか、今なら緋桜にもわかる。


 白虹の皇子はひそやかに託された期待を裏切らず、先守(さきもり)が果たせなかった真実を暴いてみせた。

 華艶(かえん)の占いに対して、静が不信を抱いていたのは間違いがない。けれど静でさへ、華艶が(わざわい)であると明言することはできなかった。


 全ての試練を退けて、朔夜の願いの通り、白虹の皇子はたどり着いたのだ。

 陛下の真実に、そして、禍の正体に。


 先途がどのような形で結実するのか。緋桜は許される限り見定めたい。今はもうそれだけだった。残された時間は限られている。


 だからこそ、娘が幸せになることを信じて、母国の守護である神獣ーー朱雀に、王座の継承についてを伝えておかなければならない。

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