第三章:四 縋る鳳凰
奏は何の迷いもない足取りで、遥に歩み寄る。気配を察したのか遥が奏に目を向けると、彼にまとわりついている鳳凰も振り返った。
「遥、私たちは朱桜の姫君を追いますが、あなたはこれからどうするのですか?」
「彼女の禁術が解けた今、私の役目は終わりました。あとは世の行く末に身を委ねるだけです」
あまりにも予想通りの返答に、二人の会話を聞いていた彼方は思わず吐息を漏らす。奏はこの成り行きからの駒の進め方を決めていたらしく、すぐに続けた。
「それは、もうあなたが朱桜の姫君を守る必要がないということですか? 自身の翼扶を見守る必要がないと?」
「彼女は相称の翼、……陛下の翼扶です。これ以上私が関わることは避けた方が良い」
「ですが、相称の翼の守護はここに在る。鳳凰を携えないままでは、彼女の護りは決して盤石とは言えません。そして、あなたが朱桜の姫君の想いをどのように受け止めているのかは分かりませんが、彼女の幸せが陛下の元にあるとは限らない。あなたの役目が終わったとは、私にはどうしても思えません」
はっきりとした奏の主張に、遥はすぐに反論ができないようだった。彼方が畳みかけようかと身動きした時、目の前で雪の銀髪がひらめく。
一瞬早く彼女が彼の前に進み出た。
「朱里さんが可哀想です!」
腰に手を当てて仁王立ちになり、雪は声を高くする。
「彼女はあんなにあなたのことが好きなのに、相称の翼であるからといって、気持ちを偽って陛下に寄り添うなんて可哀想です」
雪の激昂を前に、さすがの遥も戸惑っているようだ。彼方も驚いたが、雪の気持ちは理解できた。同時に朱里の想いが黄帝に向けられていると信じている遥の気持ちもわかる。
「副担任は、どうして委員長の気持ちが陛下にあると信じているの? 彼女が相称の翼だから? でも、もしかすると」
「彼方」
説明しようとする彼方の言葉を遮るように、遥が凛とした声を出した。まるで余計な期待をさせるなと言いたげな強さがあった。
「彼女は、いつも私に詫びる。ごめんなさいと。……それが全てだ」
苛立たし気に遥が吐き捨てる。もっとも触れてほしくない彼の傷痕に触れてしまったのだろう。
彼方や雪が思っているよりずっと深く、彼には楔が打ち込まれている。何も言えなくなって、彼方はそれ以上言い募ることをやめた。雪ははがゆさを堪えきれないのか、さらに喰ってかかりそうな顔をしている。彼方はそんな彼女の肩を叩いて、首を横に振って見せる。
彼に対して、朱桜の想いの行方を導くことは、自分たちにはできない。その切り込み方で、彼をこの先の舞台に進めるのは無理なのだと悟る。
「どうでも良いけどさぁ」
ふいに鳳凰である少年の声がした。途端に彼方も彼らに意識が引き戻される。
さすがに全く話が進まない状況に、幼い容貌をした二人もしびれを切らしたようだった。
「で? 結局、俺たちはいつ我が君に会えるわけ? 黄王に会えたのは良しとして、黄王が連れて行ってくれるんじゃなかったの?」
少年が皮肉を込めた目で奏を見た。奏はまるでその問いかけを待っていたかのように少年ににっこりとほほ笑む。
「ええ。私はそのつもりでした。しかし、どうやら彼はあなた方を主の元へ案内する気がないようですね」
悪意のないほほ笑みで、奏は恐ろしい責任転嫁に成功したようだった。彼方はいちばん敵に回してはいけない相手の存在を垣間見た気持ちになる。
鳳凰は奏の思惑にあっさりと引っかかって、さっきからまとわりついていた遥を責めたてはじめた。
「どうして? どうしてなの? 黄王」
「私達の気持ち、黄王ならわかってくれると思ったのに!」
遥も自分を先へ促すための思惑に思い至ったのか、睨みつけるように奏を見た。彼方は恐ろしい気迫に震えあがりそうになったが、奏は涼し気な笑顔で受け止めている。
恐れを感じながらも、彼方はこの成り行きが正しいのだと思えた。
朱桜への想いが彼を動かす起爆剤とならないことが分かった今、鳳凰を利用しない手はないのだ。
しかも鳳凰はなぜか遥――闇呪に懐いている。この機会を逃す手はない。
「君たちは誤解している。私は朱桜の行方を知らない」
鳳凰の責めに降参しながら、遥が声をあげた。
「だから君たちの力にはなれない」
鳳凰は「そんなの約束が違う」と吠えたが、それも一瞬のことだった。
「結局、誰にも主上の行方がわからないってことでしょ!」
「それなら黄王が一緒に探してくれたら良いじゃん!」
「どうして、私が」
「だって、黄王だもん! 我が君のことを愛しているんでしょ」
「だが、彼女が愛しているのは陛下だ」
「そんなの知らないよ」
幼稚なほど頑なに鳳凰は遥を誘う。はじめは鳳凰の勢いが利用できると純粋に応援していたが、彼方はだんだんと彼らのやりとりに可笑しさがこみ上げてきた。
鳳凰の遥への執着が尋常ではないことが、彼らの言動から伝わってくる。不思議なほど好意を寄せている。鳳凰はただ遥に一緒に来てほしいのだ。
すでに地団駄を踏みそうな勢いで、幼く見える二人は幼稚でしかない理論を展開して遥を困らせている。
「主上……」
騒ぎ立てる鳳凰の声に重なるように、新たな声がした。
「麟華!」
遥は弾かれたように、邸宅の玄関先を振り返る。すでに彼方にも見慣れた人影が、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるところだった。
闇呪の守護である黒麒麟――麟華は呪いの余韻が残っているのか、いつもの颯爽とした雰囲気はなく、どこか覇気のない様子に見えた。
遥を取り囲んで責め立てていた鳳凰もぴたりと口を閉ざして、麟華を見つめている。
少年と少女がぶるりと身震いをしたのが、彼方にもわかった。幼い二人はまるで隠れるかのように、ひしっと遥にしがみつく。
「なんなの? いったい」
「こっちの世界にいると、僕たちもああなっちゃたりして?」
「そんなの嫌よ!」
「じゃあ、なんでこっちの世界では、霊獣がみんな呪われているわけ?」
「そんなの私に聞かれたってわからないわよ!」
「わ! ちょっと待って、黄王!」
麟華に歩み寄ろうとする遥を引き留めるように、鳳凰はますますしがみつく腕に力を込めたようだった。
「おまえたち! いい加減にしないか!」
さすがの遥も幼い二人の我儘に付き合いきれなくなったらしい。鳳凰を叱り飛ばして、遥は麟華の前へ駆け寄る。
「主上、私はいったい……? それに彼らは」
麟華の黒曜石のような瞳がひたと、彼方を含め、遥の周りに集っている者達に向けられた。
どうやら彼女には遥を襲った一連の出来事についての記憶がないらしい。
「き、麒麟、だよね。主上ってことは、黄王の守護?」
鳳凰は気味悪さを堪えて、遥の後ろに身を隠すようにしながら麟華に声をかける。
「いったい、どうしちゃったの? そんなに真っ黒で、何があったの?」




