四章:三 紺の地:焼かれた書2
古今宮から戻ると、白虹は白露の横たわる最奥の居室で、受け取った包みを開いた。
哀れな先守が残した形見。
何か大変な発見があるのではないかと気持ちがはやる。
白露を目覚めさせる手がかりが秘められているに違いない。年季の入った紙片の束を手に取りながら、根拠のないそんな思いに支配されていた。
色褪せた紙片は、目を通すと古書の一頁なのだとわかる。大切に保管されていたらしく、隅がわずかに擦り切れているだけで、破れているものはないようだ。
束になった紙片をざっと全て見てから、白虹は一枚ずつ丁寧に読み始めた。
しかし、半分くらい読み終えたところで、白虹は当初の興味を失いつつあった。紙片の内容はばらばらで、まとまりがない。あらゆる記録から一部だけをかき集めたような物だった。
中には、これまでに紐解いて来た書物では見たこともない史実も記されてはいる。けれど全てが断片的であり、白虹が知りたいことに繋がるような記述はない。
淡々とした出来事の記録。これまでの思い込みを覆すような、珍しい出来事が描かれている紙片については興味深くはあるが、白露ための手がかりになるとは思えない。創世記や四国の史実の一部もあった。これまで白虹が複製で見かけた記述も少なくない。
白虹はいったん色褪せた紙片を置き、ふかく息をついた。
先守が望んで遺したという形見。何の意味もないとは思いたくないが、白虹には面白みがない。
すっかりはじめの高ぶりを忘れ、白虹は紙片を一枚手にとった。
創世記の一片である。もし本当に現物であるなら、骨董として価値があるのかもしれないが、内容は複製で事足りている。
金、紺、滄、緋、碧、透、闇、もっとも良く知られている七儀の理が記された紙片。
ひらりともう一枚を手にする。そちらには禍の記述があった。
「――この世の禍。呪を以って鬼を制する」
語りつくされた一文だった。白虹は皮肉っぽく呟いてみたが、はっとしてもう一度色褪せた紙片を見つめた。
(――この世の禍。呪を以って鬼を制する)
白虹はすぐに以前に手に入れた創世記の複製を取り出してきた。古い紙片と並べて比べてみる。
「――この世の禍。唯独り、呪をもって鬼を制する」
(……違う)
現物と複製では、微妙に異なっている。曖昧な感覚が、するりと心を滑る。感情としてはっきりと捉まえる前に、それは掻き消えた。
白虹は別にありえないことではないと、吐息をついた。
創世記は初代先守の占いを書き記したものだとも云われているが、今となってはそんな伝承には意味がない。古い記録の大半は火災で失われたと云う。創世記も例外ではないだろう。再編纂を行う時に、先守や研究者によってより詳細で具体的な内容、表現に変えられていても不思議はない。
創世記の価値は偽りのない内容に見出されている。この世の掟。その真理に。
時を経ても常に先守の言質から創世記の書き換えは行われているはずなのだ。
故に内容が変化しても、創世記には決して間違いがない。
そして七儀の理をはじめとして、既にこの世に形となっている内容も多い。創世記の正当性を高めるために、後付の記述が増えていくのも仕方がないことなのだろう。
禍の記述に関しても、それは同じだと考えられる。
最高位の先守が、闇呪を創世記に記された禍であると認めたのだ。禍がこの世に形となった今、創世記の表現が古に語られた占いよりも具体的に表現されるのは仕方がない。
もはや創世記はただの古典ではなく、この世の普遍の掟を示す指標として存在する。
絶対の真実。それが創世記のもつ、あるいは与えられた価値なのだ。
白虹は複製と照らし合わせながら、再び遺された形見に目を通した。
複製では、禍に続いてそれが携える黒麒麟のことが書かれている。しかし、現物の紙片には見当たらなかった。どうやら火災後に多くが書き加えられているようだ。
(たいした発見だとは思えないが……)
思えないが、何かが腑に落ちない。
既に人々が見ることの叶わない現物と、人々が容易く紐解ける複製。
そして現在の人々の基準は、改定が繰り返される複製の記述と等しいのだ。
(何か意味があるのだろうか)
白虹は少しだけ興味を取り戻して、再び色褪せた紙片を眺めた。




