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無謀な提案

 王城はまさに、走り回る文官や騎士たちで騒然としていた。怪我をした人間をヒーラーの元へ運ぶ者、今亡者と戦っている者と交代するために出て行く師団。民の中でも比較的富裕層に位置する商人が、臨時の炊き出しの相談に文官と話している。

 そんな横を、俺たちは駆け抜けていく。程なくして、喧騒から遠ざかり。俺たちはいくつか連なる部屋の前で立ち止まった。


「オルド様」


 部屋の前では、ニナが立っていた。安堵の表情で俺とノエル、ナルを見つめる。


「ご無事でよかった……」


「ニナは怪我はない?」


「この通り、ピンピンしております」


 ノエルの問いに、ニナが笑顔を浮かべる。はたと気がついたようにノエルを見たニナは、ゆっくりと目線を合わせた。


「ノエル様、セバスチャン人形はどうしたんです?」


 セバスチャン人形は、ケインさんがノエルの誕生日にプレゼントしたものだった。ノエルはあれを親友のように扱っていたし、とても大切にしていた。いくら非常時とはいえ、ノエルがあのぬいぐるみを置き去りにすることはニナにも考えられなかったんだろう。


「セバスチャンはね、シャーロットにあげたの」


「シャーロット?」


 助けを求めるように俺とナルを見るニナに、ナルがゆっくりと口を開く。


「シャーロットは、オルド様とカルラ様が道中助けた赤子の名です」


「え、ええ……平民ですよね?」


 縁もゆかりもない赤子に、大切な宝物をあげた。そんな行動に、ニナが驚いて目を丸くする。

 俺だって、それは驚いたのだ。ノエルは元々優しい子だ。それ故に、無理をしすぎていないか。ケインさんとの大切な思い出をシャーロットに渡すことで、ノエルの心が救われないのでは本末転倒なのだ。

 だが、ノエルはにこりと笑うと頷いた。


「シャーロットね、とってもえらいの。だから、ノエルの宝物をあげたんだよ」


 お外はこれから寒くなるから。そう言って、ノエルは満足そうに笑っている。

 ノエルはいつの間にか、こんなにも強く成長していた。俺たちは顔を見合わせると苦笑いを浮かべる。


「まぁ、ノエルがそれでいいのならいいではないか」


 カルラが肩を竦めるのを見て、俺も頷いた。ケインさんの代わりにはならないけど、今度違うものを買ってあげよう。ノエルも社交界のシーズンが来れば、いよいよ淑女として振るまわなくてはならないし。最後の子どもらしいワガママくらい、めいっぱいさせてやらないと。

 だけど、その前に。


「……ナル、ニナ。ノエルを頼んだよ」


「おまかせを」


 ナルとニナが頭を下げる。ノエルが神妙な顔つきで俺を見つめ、小さく手を振る。


「気をつけてね、オルド」


「あぁ、大丈夫だ。行こう、カルラ」


「あぁ。レティス嬢はこっちだ」


 ノエルたちに見送られ、俺とカルラは廊下を進む。すぐに騎士に入口を守られた部屋が見えてくる。

 見たところ、カルラの方が騎士としての身分は上なのだろう。騎士の前に立つと、カルラは静かに口を開く。


「こちらはオルド・レギンバッシュ殿。私はカルラ・ベアードだ。レティス・ヴァルキード様の婚約者として、オルド殿がレティス様にお会いしたいということだが」


「はっ、すぐに確認して参ります」


 騎士が一度引っ込み、代わりに若い侍女が顔を出した。彼女は恭しく礼をすると、俺たちを招き入れた。


「オルドか。無事であったようだな」


 通された部屋では、アデライドとレティスが長椅子に腰掛けていた。ファブリスもいて、彼は窓の外を難しい顔で睨んでいる。


「オルド……ノエルは? 希望の丘の子供たちは……」


「みんな無事だよ」


 俺の言葉に、レティスが安堵の息を吐く。


「あぁ、よかった……」


「レティス、こんな時に側にいられなくてごめんな」


「あら、いいのよそんなこと……。こちらにはアデライド様がいたし、例の捕虜にはファブリス殿が。ノエルはひとりきりだったんでしょ?」


 物分りのいい言葉を並べるレティスだが、その手は震えている。怖い思いをしたのは事実なんだろう。


「……でも、約束したのに側に行けなかった。レティスが無事でよかったよ」


 そっと歩み寄り、レティスの細い身体を抱きすくめる。震えていたレティスが、徐々に身体の力を抜いていく。ふっと息を零すと、レティスがやんわりと俺を押し返した。甘い香りが切なげに、俺の鼻腔をかすめていく。


「……オルド」


 気恥ずかしげに顔を赤らめるレティスに、アデライドが微笑んだ。


「まったく、初々しいのう」


「アデライド様!」


「レティス、よかったではないか。想い人の胸に甘えるも、女の幸せであろうが」


「い、今はそういう状況じゃありませんから……」


 耳まで真っ赤にしたレティスが、ぷいっとそっぽを向く。どうでもいいが、こいつこんなに可愛い仕草もできるんだな……とぼんやりと考え。そんな状況じゃないのは事実なので、俺はレティスの向かい側に腰を下ろした。カルラは立ったままだ。


「それで……女王陛下はなんて」


「ふむ。亡者の群れを殲滅し、王都を奪還せよとの命令が出ておるらしいが」


「ランドルを逆賊として捕らえないのか……」


「上も混乱しておるようだがな」


 俺たちが入手した情報は、それだけ重大なものだ。今頃は、全ての派閥を巻き込んで話し合いが進められている頃か……。


「キャロライン様はきっと……責められているでしょうね……」


 悲しげなレティスの言葉に、俺も頷く。兄の起こしたと思われるこの騒動に、その責を問われるのは当主であるキャロラインだ。きっと、誰一人味方のいない中で。たった一人、その責を受け続けているはずだ。


「そういえば、ランドルは当然避難してきていないってことでいいんだよな」


「そのようだな」


 カルラが肯定する。俺は溜息をつくと、難しい顔で外を睨むファブリスを見た。


「ファブリス」


「なんだ」


 外から視線を外さず、ファブリスが返事をする。


「ランドルは、どこにいると思う」


「それを聞いて、どうするんだ」


 ファブリスがゆっくりと振り返る。俺はファブリスを見つめると、口を開いた。

 途方もなく無謀なその策を。


「可能ならば……捕まえて、女王陛下の御前へ突き出す」


 俺の言葉に、室内のみんなが息を呑んだ。

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