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現代異種族百合SS集  作者: 川木


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2/2

喧嘩SS

『吸血鬼』


 今日は恋人の蓮花とのデート二日目だ。今だ学生なのでお泊りデートと言っても独り暮らしの私の家に泊まってもらうしかできないのだけど、これが実に至福の時間だ。

 昨日は一日デートして家では夜遅くまで共に過ごし、朝はだらだらと朝寝坊する。これ以上の幸せは今の私には思いつかないくらいだ。


「ねぇ、アトリ」


 遅い朝食を済ませ、蓮花とだらだらとつけっ放しのテレビから流れる音楽に身をゆだねていると、蓮花がどこか緊張したような固い声で私の名を呼んだ。

 私は膝枕でごきげんにうとうとしていたのだけど、その声に首を傾げながら片目を開ける。蓮花が私の顔を覗き込んでいて、その表情はどこか辛そうだ。緊急事態と感じた私は起き上がり、髪を流して整えながら蓮花の隣に座りなおす。


「蓮花、どうしたんだ? 何か心配事か?」

「ん……あのさ、大事な話があって、その……」

「言いにくいことなのか? 落ち着いて。大丈夫。私は蓮花が何を言っても受け入れるよ。お金も百万くらいならすぐに用意できるから」

「こわっ」


 蓮花とは出会ってからまだ八か月ほどだけど、深刻になるような悩みが以前からあるとは聞いていない。それにだいたいの問題はお金があれば解決することが多いのでそう言ったのだけど、何故か引かれてしまった。とりあえず困らないだろう金額を言っただけなのに。


「そう言うんじゃなくて……あの、私達、別れようか」

「は……? ……すまない。どうも混乱していたようで、うまく聞き取れなかった。もう一回いいかな?」

「だから……別れようって」

「……はぁ!?」


 しっかり耳をそばだてて聞いて、脳でその意味を咀嚼して、聞き間違いじゃなかった事実に私は目を見開いてまじまじと蓮花を見る。どこか申し訳なさそうな、捨てられた子犬のような表情でとても可愛いけれど、いや、とんでもないことを言い出したぞ!? 別れる!?


「あり得ないだろう。どういうつもりでそれを言っているんだ? 昨日もあんなに喜んでいただろうが。演技だったのか? もしかして私が下手だからそんなことを?」

「へ、変なこと言わないで」

「昨日の今日で別れ話なんて思いつかないだろうが。そもそももうクリスマスまで一か月もないのに別れるってだけでひどすぎるだろうが」

「そ、その発想はなかった。ごめん。いや、でも……」


 昨日一日一緒でいちゃいちゃデートをして今日も朝から膝枕してくれて、これ以上ない蜜月を過ごしていたはずなのに急に別れ話は意味が分からなさすぎる。

 蓮花は私の追及に気まずそうに視線をそらして黙ってしまった。それを見て私もゆっくり呼吸して自分を落ち着かせる。


 落ち着くんだ私。蓮花から私に別れを切り出す要因なんてない、はずだ。そもそも蓮花から告白してきたし、あれから大きな失点なんてない。私がフラれる理由なんてない。


「蓮花、どうして別れたいと思ったのか、理由を教えてくれ。怒らないから」

「……私は、別れたくなんてないわよ。でもアトリに無理させてまで付き合うのはおかしいから……」

「無理? 何か大きな勘違いがあるみたいだね」


 蓮花の言葉を聞いて、私は心底ほっとした。嫌われて別れたい、というのではやはりなかった。蓮花は私が好きで別れたくないけど、別れるべき理由があると勘違いしているようだ。

 そっと優しく蓮花の髪をとかすように頭を撫で、その顔を覗き込む。正面から目を合わせると、蓮花は照れたように瞬きを繰り返す。とても愛らしい。


「か、勘違いというか……吸血鬼は、その、あれの時に血を吸うのが好きなんでしょ? 私、全然あげられないから。我慢させてるなって、昨日も指先に一生懸命吸い付いて、可愛いけど、申し訳なくて」

「……なるほど」


 現代において吸血鬼は食事として血を吸う必要はない。普通の食事をとって、それに追加して血液代用タブレットを接種すれば十分に栄養をとれる。

 だが血を吸いたい欲求がなくなったわけではない。特に、愛する人の血は特別だ。愛し合いながら味わうと天にも昇る心地よさ、極上の快楽となる。


 それが本能的にわかっているので、私も蓮花と初めて肌をふれ合わせた時、もちろん彼女の許可をとってだけどその綺麗な首筋に噛みついてその血を吸った。

 想像を絶する快楽だったけれど、同時に虚弱な蓮花は耐えられず貧血状態になってしまった。もちろん体が丈夫ではないとわかっていたし、体調にも問題ない日で摂取量も最低限に抑えたつもりだったけれど、それでも蓮花の体には負担だった。

 だからそれ以降は蓮花の体調を見ながら、指先から一滴ずつ吸うようにしている。そうすればトータルでも一口分程度で蓮花の体調に問題がでることもないし、それでいてちゃんと私の方も楽しめていた。


 だけどそれが、蓮花にとっては遠慮をして我慢させていると思ったのだろう。

 確かに、一気に口いっぱいに蓮花の血を味わう暴力的なまでの快楽は味わえない。だけどじわじわと口内で感じるのも悪くないし、なにより蓮花が一緒に喜んでくれているのだ。どちらがより心身ともに満たされるのか、言うまでもない。

 言うまでもない、と思っていたのが傲慢だったのだろう。あと合理的に考えて最善だけど蓮花の指先に吸い付くのは、ちょっと幼児っぽいふるまいっぽくて気恥ずかしさがあったのも言及しようと言う気を防いでいたのも否めない。


「蓮花……私のことを思ってくれたのは嬉しいよ。でも、私もそれと同じくらい、いや、それ以上に蓮花を思っているというのもわかってほしい。無理はしていないし、蓮花との夜は十二分に満たされている。別れたくないよ」

「……そう言ってくれるのは、嬉しい。でも、今は別れてしんどくても、いずれ他の人と付き合っていまより満足できる恋人関係を得られるなら、早いうちにわかれたほうがいいっていうか。一生、アトリを我慢させてると思うと、私もしんどいし」

「……」


 ……これどういえば説得できるんだ? 今私普通に蓮花の心配は的外れだし別れたくないって割と素直に気持ち伝えたのに。

 私は途中で話を打ち切られないよう、さりげなく腰に手をまわして軽く抱きしめながら、顔を寄せて気持ちが伝わるよう声に力をこめる。


「蓮花、未来の心配をして私を切り捨てようとしないで。私は蓮花が好きだし、血だって蓮花じゃないと意味がないんだよ」

「でも……ほんとはもっと血を吸いたいんでしょ?」

「いや……」


 そんなことはない、とは言いにくい。蓮花との関係に満足しているのは嘘じゃないけど、もっと血が吸いたいと言う欲求があるのは否定できない。


「私も、蓮花が吸血鬼なのよく考えずに告白しちゃったの、悪かったって思ってる。母も献血しようと思っても断られる体質だし、多分私もそうだってわかってたのに」

「いや、現代ではそれが当たり前というか、食事として血を吸ってた時代は色々あったからそうならないようイメージキャンペーンとかやっての今だから、むしろ世間的にそう思ってもらえるのは吸血鬼的に助かるよ」


 吸血鬼といると血を吸われるかもしれないと思われると種族的に非常に困る。というか別に性行為も吸血する必要はない。したらより気持ちいいと言う、いわば性癖の一種でしかない。

 蓮花は私の性癖を理解してできる限り寄り添ってくれているのに、これで別れるなんて普通に吸血鬼としてもあり得ない話だ。


「だとしても、私が吸血鬼のパートナーとしてふさわしくないのは変わらないでしょ」

「そんなことはない。吸血鬼としてとか、そんな風に考えないでくれ。私には蓮花がいいんだ」

「気持ちは嬉しいよ。アトリが今私を好きでいてくれてるのも疑ってない。でも元々私が告白して無理に付き合ってもらったわけだし、そのうちもっといい人が現れるわよ」

「ああもう!」


 何を言ってもまるでフォローの為に言っているかのようにしか受け取ってくれない蓮花に、私は腹が立ってきた。それと同時に本気で別れようとしていると伝わってきて、私の心は散り散りになってしまいそうで、頭がおかしくなりそうだ。

 私は蓮花を逃がさないよう、両手をまわしてしっかりと抱きしめてよく聞こえるように半ばやけくそで気持ちを伝えることにした。


 蓮花はなんでそんなに自信がないんだ。確かに告白したのは蓮花からだけど、正直出会った時から線の細い儚げ系美人でタイプだと思っていたし、気にかけていた。

 だから蓮花が体育の授業で体調を崩した時も一番に気が付いて助けられたし、蓮花をお姫様抱っこで運べて私はむしろ気分がよかった。それから仲良くなって蓮花が私に好意を持ってくれているのは察していたしまんざらでもなかった。

 恥ずかしがりで気が強くて、告白の時もまるで決闘を申し込むかのように睨んできた顔も可愛くて、あんまり可愛いから一週間焦らしてしまったけどとっくに私も好きだった。


 本能的に血を吸いたいと思うのも、めちゃくちゃ好きだから興奮状態だとついついそう思ってしまうのであって、血が吸えるからって他の誰でもいいわけではない。

 確かに最初に一気に飲んだ時もとても気持ちよかったけれど、少しずつ味がひろがるのもそれはそれでじっくり味わえて心地よくてすごくいいんだ。

 指先だと蓮花の顔や反応をしっかり見ながら吸えるし、なにより指先から少しずつもらうほうが蓮花から許されて与えられているような、なんだかたまらなく甘えているような気がして恥ずかしいけど私はあのシチュエーションが結構好きなんだ。

 というかむしろ頭を撫でられたりして普段と違う関係性のような良さがあって、最初の時よりこなれたような包容力のある蓮花の態度に興奮するから、本当に我慢しているなんてことはなくて、むしろ満足しているんだ。

 こんな私でも知らなかった自分を蓮花が引き出したのだから、訳の分からないこと言って別れるなんて許さないし、むしろ責任取って一生を共にしてほしい。私が嫌になったと言うならそれは応えるから。

 私を捨てないでほしい。蓮花のことを愛しているし、蓮花も今後、私と別れなくてよかったと思えるようにして見せるから。


 という素面ではとても言えないことを半泣きになりながら滔々と伝えた。


「……」

「……あの、蓮花、何か言って欲しいのだけど?」


 伝えたのに抱きしめ返してくれはするけど、全然何も言ってくれない蓮花に、半泣きの涙も引っ込んできた。やばい。余計なことまで言いすぎて引かれたのかもしれない。


「ん……ごめ、私……っ」

「え? な、泣いてる?」


 返ってきた声が完全に泣いていたので、私は慌てて蓮花の肩を掴んで体をそらすようにして蓮花の顔を確認する。びしょびしょ、と言って差し支えないほど泣いていた。


「ば、ばか……顔見ないで」

「見るよ。というか、蓮花が泣いてること私が知らないなんてありえないでしょう。ほらほら、大丈夫だから」


 鼻の頭まで赤くして睨んでくる可愛い蓮花に、服の袖を蓮花の顔にあてて一旦応急処置をして、それでもまだ泣き止まないので目じりにキスをしてとまるまでぬぐった。

 十回ほどキスすると、くすぐったいと言って蓮花は泣き止んだ。泣いてる顔もぐっとくるけど、やっぱり笑顔がほっとする。


「蓮花、とりあえず、別れると言うのは撤回でいいかな? いいって言うまで離れないから、それしか選択肢はないけれど」

「……馬鹿、わかってるくせに」

「言葉で聞きたいんだ。色々すれ違ってたみたいだしね」

「すれ違いっていうか……まあ、いいけど。はいはい。別れません。私も、別れたくないです。これでいい?」


 泣いて真っ赤になった目元のまま、気恥ずかしいのか軽く睨むように私を見ながらそう拗ねたように蓮花は言った。自分から言い出した癖に逆切れもいいところなのだけど、私を思ってのことだし、恋人のめちゃくちゃ可愛いところでしかない。


「ああ。安心したよ。じゃあこれで仲直りだね」

「仲直りっていうか……まあ、いいけど」

「いいけどって、私の本気を知って泣くほど喜んでくれた癖に、素直じゃないんだから。そう言うところも可愛いけれど」


 つんとした態度や照れているのが可愛いのだけど、だからこそついつい、からかいたくなって私はそう言って頬にキスをして頬を寄せながら抱きしめる。


「べ、別に。というか、アトリはいっつもさらっとしてるから全然本気度が伝わらないのよ。ていうか、告白の時引き延ばしたのマジなの? 普通に最悪なんだけど。あの一週間気が気じゃなかったのに」

「そ、それはでもほら、私が何か言う前に答えは今じゃなくていいからって遮ったのは蓮花じゃないか」

「言おうと思えば言えたでしょうが」

「あー、わかったわかった」


 頬を離して膨らませて睨んでくる蓮花は真っ赤な顔で文句を言ってくる。この流れでまた別れ話を持ち出されてはたまらない。全然話を変えてしまおう。


「じゃあこうしよう。血を吸うのはなしで、先に相手を気持ちよくさせた方が勝ちで、負けたら相手の言うことを何でも聞くことにしよう」

「は? じゃ、じゃあってなに、まだお昼前だけど何言ってんの!?」


 今までは少量とは言え血をもらっていたし、体調を考慮してお泊りの夜にだけ、頻度はそれほど多くなかった。でもそのせいで血がないと満足できないと思われたなら、もう血を吸わないでしてしまえばいい。

 さすが私。蓮花の気持ちを楽にして、今まで以上にいちゃいちゃできる上に、私と別れたいと思う心を沸かせないようにする最良の策だ。


「うんうん。腹ごなしにちょうどいいよ。私がどれだけ蓮花が好きか、血がなくても問題ないかわからせてあげるよ。それとも蓮花は純粋なテクニックで勝つ自信がないのかな?」

「……馬鹿。……いいわよ。血がない方がいいってくらい言わせてみせるわ」


 耳まで真っ赤になった蓮花の頬を撫でながらそう挑発すると、蓮花はぎゅっと私を睨んでからそう言って私にキスをした。









『ハーピー』


「はいるよー」


 仕事帰り。恋人の家を合鍵で開けて中にはいる。寝ていることが多いのでベルを鳴らしたりはしない。中に入ると、玄関から点々とまるでヘンゼルとグレーテルのように服が脱ぎ散らかされている。

 見慣れた光景とはいえ、イラっとしながら回収する。汚れ物をいれる洗濯籠は昨日洗ったばかりなので空なのでそこに入れておく。

 ソファにはパンツとシャツだけを身に着けてバスタオルに頭をくるむようにしながら寝転がる恋人のリーヤ。顔が見えないけれど寝ているのだろう。


 ため息を一つついて、私は買ってきたお弁当を取り出す。お湯を沸かしてインスタントスープをいれてから、リーヤを揺り起こす。


「そろそろ起きて。時間だよ」

「ぴぃー? ……ぴすぴす」

「ほら起きる。てかちゃんと髪乾かさずに寝たな。もー、寝ぐせやばいじゃん」


 喉の奥を鳴らして目を閉じたまま、私にされるまま起き上がるリーヤの髪と体を拭いてあげる。髪はもちろん、腕の羽まで癖がついている。


「んー、いいにおいする。お腹減った」

「はいはい。用意してるから。昨日魚食べたいって言ったから、鮭弁にしたよ」

「ぴっ? そんなこと言ってない。私、お肉が食べたい。こんなのいらない」

「……」


 寝ぐせをとかしながら席につかせると、リーヤはそう言って爪先でお弁当を奥へ追いやった。


 リーヤはハーピー種。四肢とは別に背中から羽があって特殊な力で空を飛ぶ他の有翼種とは違い、唯一腕と一体化している羽で物理的に空を飛ぶ。その為何もかも軽量化されている。肉付きが薄いだけではなく骨も軽く、頭の中身も軽くて基本的に馬鹿だ。

 地方で原始的な生活をしている大規模コミュニティがいまだにあって、リーヤみたいに他種族がいる都会に出てくるハーピー種は珍しい。

 何につけてもいい加減でめちゃくちゃ。世話が焼けて仕方ないし、昨日のことなんて基本的に覚えてないから鮭弁のことも覚えてはないだろうとは思った。


 でもいつも肉肉うるさいリーヤに魚をたべさせるいい機会だと思ったら、まさかの食事拒否。


「ちょっと、せっかく買ってきたんだから。たまには食べなさい」

「やー。今日はご飯いい。お腹も減ってないし」

「今日もこれから仕事でしょ。食べないと」

「大丈夫だもん」


 子供みたいに言うリーヤは呑気なものだ。リーヤはお昼の間は手紙などの配達をし、夜にはバーで歌っている。勤務時間は二つ合わせてトータルで私と変わらないにしても、どちらも肉体労働で大変だろうし、多少ずぼらになるのは仕方ないと世話をしてあげているというのに。

 多分夕方に帰ってきた時におやつでも食べたのだろう。いくら忘れっぽくても、バーでの仕事がある日は私が来てあげていると覚えてるのにすぐそう言うことをする。


 いらいらが高まってしまう。舌打ちが出るのを我慢して、私は寝ぐせがおさまったのを確認してバスタオルをソファに投げつけながら隣の席に座る。


「あのさぁ、こっちだって仕事で疲れてるところにあんたの世話をしに来てやってんだから黙って食べてくんない?」

「ぴぃ、そんなの頼んでない」

「はぁ!? だいたいあんたはいい加減すぎなの。洗濯物だっていつまでたっても床に放置してるし、誰が洗濯すると思ってんの?」

「音花が勝手にやってるだけでしょ」

「おっ、お前、いい加減にしろよ! あんたがめちゃくちゃな生活だから心配して健康のためにしてやってんだろうが!」

「ぴっ!? いきなり怒鳴らないで! や!」


 や! と言ってリーヤは腕をふるって私の顔面に自分の羽毛を叩きつけた。整えた毛並みがばさばさと乱れる。もちろん私の、このあとバーに一緒に行くつもりで直した前髪も。

 ぶち、と頭の中で何かが切れる音がする。自分でも駄目だと思ったけどとまらず、私は激情のまま立ち上がる。


「こっ、このクソガキ! 調子に乗るのもいい加減にしろ! 馬鹿なんだから言うこと聞いてろ!」

「ぴぃ!? ひどい! なんでそんなひどいこと言うの!?」

「ぴぃぴぃうるさい! ひな鳥か!」

「ぴぃぃ! もうや! 音花嫌い!」

「はー!? ふざけんな! 帰る!」


 そうして私は椅子を蹴っ飛ばす勢いでリーヤの部屋を後にした。

 今日は少し遅くなってしまったから、私の分は買わずにリーヤの働くバーで食べるつもりだった。本格的な食事もだして美味しいので、たまにそうしている。

 そろそろお腹が減ってきた。それもまたイライラを増長させている気がする。私は適当に目についた店に入って食べる。

 ついでにお酒もいただいて、いつもならバーでリーヤの歌を聞いている時間をとっくに過ぎる頃に店を出た。


「……」


 アルコールで火照った頭に、夜風がひんやりと染みわたる。じっくりと頭の中で文句を煮詰め、それを飲み干して店を出て、じわじわ冷静になってくる。


 ……ちょっと言いすぎたかもしれない。いきなり怒鳴ったのは私が悪かった。リーヤは耳がいいから横から怒鳴られて嫌だったろう。

 それに頼んでないというのも、まあ、事実ではある。私と出会う前から一人暮らしでなんとかやっていたのだ。散らかっていてだらしなくて目に余る状態だったとはいえ、リーヤとしては私がしないならそれでいいと思う程度だったのだろう。

 いやでも、嫌いはおかしいだろう。


「……くそっ」


 私とリーヤの出会いは半年ほど前。残業が続いてストレスであちこちで食べ歩くのが唯一の息抜きだった私が、たまたま入ったバーで歌っていたのがリーヤだ。

 その綺麗な歌声にうっとりしていると、目があった。じっと私を見つめて歌うリーヤに、なんだかおかしな気持ちになったのが気の迷いの始まりだ。

 そしてラストオーダーまで歌を聞いてしまい、閉店間際までぼんやりと余韻にひたる私に、仕事を終えたリーヤが着替えもせずにやってきて言ったのだ。


「ぴぃ! 好き! 一目惚れした! 私と恋人になって!」

「は、はぁ? 何言ってんの?」

「毎日、あなたの為に歌うよ!」


 名前も知らない相手に何を言ってるんだ、と思ったものの、あの歌が毎日私の為だけに歌われるのか。と思うと心が揺れた。

 強引に約束させられて翌日もその翌日もバーに通って、なし崩し的に恋人になっていた。


 なのに、あんなに情熱的に私に告白してきたくせに、何をちょっと怒ったくらいで嫌いとか言うのか。そりゃあ短気な私にも非はあるだろうけど。

 とまたイライラしてしまう。こんな風にイライラしてしまう時、どうすれば心安らぐのか。私は知っている。というか、今の私にはもう一つしか方法がない。


「……」


 私は静かに、バーに入店した。顔見知りのマスターに片手だけで挨拶して、店内で一番リーヤが歌う場所から離れたカウンター席につく。

 軽いおつまみと一杯だけ頼んで、ちらっとリーヤを見る。これだけ音楽とリーヤの歌声があふれる中、聞こえるような声は出さなかったはずだ。それでもリーヤは私に気が付いて、私を見てニッコリ笑顔を向けながら歌を歌っている。


「……」


 ほんっとーに……歌はいいんだよねぇ。心が穏やかになって、気持ちが落ち着く。あと、何気に顔もいい。年下とはいえ成人していると思えないあどけなさを残しながら、歌声と相まってどこか妖艶な愛らしさがある。

 マイクを掴む手。綺麗にととのえられた羽の中からでている不器用で料理もろくにできない手は、可愛らしさに反して黄色がかったごつい肌とするどい爪が覗いている。

 羽があるからいつでもノースリーブのシャツで、健康的なすらりとした体から考えられないくらい伸び伸びした綺麗な声がアンバランスな美しさを感じさせる。

 背は低いけど足は大きくていつも大きなブーツを履いていて、やんちゃな印象を受けるのに、澄んだ歌声はそれこそ天使のよう。


「……くっ」


 ついつい、喧嘩をして飛び出してきたというのも忘れてうっとりとしてしまう私に、リーヤは歌に合わせてウインクをして見せた。

 きっとこの後、歌が終われば私の隣にやってきて、当然な顔で私に寄りかかるようにして席に着くのだろう。さっきの喧嘩なんて忘れて。

 私はこんなに時間をかけて喧嘩を消化したのに、リーヤはきっと五分もすれば忘れて拒否したお弁当をしれっと食べてきたのだろう。

 悔しい、と思う気持ちと、そんな彼女だから私と半年続いているのだと言う嬉しい気持ちがせめぎあいながら、私はそっと彼女に片手をあげて応えた。


 きっとこれから何度も私たちは同じことを繰り返す。それでも私はきっと、リーヤのことを嫌いになんかなれないだろう。









『雪女』


「……」

「ちょっと、だからいつも言ってるでしょ。文句があるなら口で言いなさいって」


 恋人の氷香と同棲すること三日目。いいところのお嬢さんで我儘で気に入らないことがあると黙り込むのはわかっていたけど、まさか自宅だとドアを凍り付かせて私が出て行かないよう閉じこめるとは思わなかった。

 外だと凍らせても靴の下と地面に対してだから、途中で気づいて歩き出すか、持ち歩いてる替えの靴を履いて対応していたけれど、さすがにドアを凍らせるのはすぐ気づかないし無理だ。


 氷香は雪女。いつも体がひんやり冷たくて、凍りそうなほど色白でもう恋人になってそれなりだけど普通に見とれるくらい美人。最初からめっちゃ美人じゃん、と思って私から積極的に仲良くなりになった。

 でもまあ恋人になんて高望みだと思ってあくまで友達、と思ってたらなんか思いのほかちょろくて惚れられて、そんなわけないと思って鈍感になってたのを強引に迫られて恋人になった流れだ。

 そのせいか氷香は自分ばっかり私を好きだと思い込んでいるのか焼きもち焼きで束縛強めだ。そう言うところも可愛いしまんざらでもないけれど、さすがに不満点は口で言って欲しい。


「……刹那こそ、なんでわからないの? わかるでしょう?」

「いやそんなこと言われても。えー?」


 大学入学まで間があるので、初日は引っ越しでばたばたしたけど昨日は一日のんびりイチャイチャして、今日もゆっくり起床した。そして朝食を食べてから寝室に戻って着替えつつ、買い物に行く提案をしたところでこれだ。


「……一人で買い物に行くって言うのがそんなに嫌だったの? でも一緒に買い物に行ったらまた氷香が払おうとするでしょ? 自分が寝るベッドくらい自分でだしたいし」


 なのでその前の会話を思い出しながら、むくれてベッドに座って私を睨む氷香の隣に座りながらそうなだめるようにその手を撫でる。


 お互いの金銭感覚をすり合わせていきたいとは思うけど、一朝一夕では無理だ。私が選ぶ横から、そんな安物? 私が出すからいいもの選んで、とか言われたら嫌だ。

 ただでさえこの部屋は氷香の家が所有していて格安での家賃にしてもらっていて、家具もいいものがそろっていた。多分氷香が住む為に買ったであろう真新しいものばかり。この状態でさらにお金を出してもらったら、とてもじゃないけど対等な恋人関係は続けていけないだろう。


「……」

「氷香と一緒に出掛けたくないとかそんなことはもちろんないし、午後からは一緒に買い出しに行きましょ。晩御飯何がいい? 今日から少しずつ自炊にもなれていきたいし」

「……」

「つめたっ。だからぁ……不満があるなら言ってって。なに? ちゅーしてほしいの?」


 無言の氷香にさらにフォローの言葉を続けながらその手を握って顔を覗き込むと、不正解とでも言いたげに唇を尖らせて私の手をぎゅっと握りかえして冷やしてきた。

 氷とまで言わないけど、普通に冷水くらい冷たい。仕方ないので頬にキスをしてそう尋ねる。


 元々かなりイチャイチャしたりスキンシップが好きな氷香だけど、一緒に住んでから挨拶の度にキスをねだられているので、正直まだちょっとなれなくて気恥ずかしさもある。

 でも挨拶のキスがしたいと言うなら拒否する理由もない。普通にさっさと言えばいいのにとは思うけど。


「……違うわ」

「違うの?」


 指先が温かくなってきたので正解か、と思ったら否定された。首を傾げる私に、氷香はごつんとおでこをくっつけるようにして軽く頭突きして、ぶつけたまま口を開く。


「……なんで、ベッドを買う必要があるの? ちゃんと二人用のベッド買ったのに」

「やっぱり新しく買ったんじゃん」


 家具まで買ってもらって申し訳ない、と言ったら元々備え付けだし、マットレスも家からもってきたやつって言ってた癖に。いや、気を使ってくれたのはわかってたけど。

 そして実際、ベッドは大きい。二人で寝ても余裕だし困らないだろう。だから慌てて買わなくてもいいかと思って先に引っ越してきたし。


「……」

「はいはい、ごめんごめん。問題はそこじゃなかったね。でもね、前も言ったけど、医者になるってなると最初はともかく学生の時から結構忙しいし、実際に就職したらなおさら夜勤とかもあって不規則な生活になっちゃうの。だから同じ時間に寝れると限らないし、別で用意しておいたほうがお互いの為なわけ。わかる?」


 慌てて用意することもないけど、正直この二日で一緒に寝るのだいぶ心地よくて離れがたくなりそうだし、いざ入眠時間がずれるとなってからできない……っとなると困るから今から別にしておいたほうがいい。


「……理屈はわかったけれど、でも私、平気よ。完全に夜勤なら昼間に寝るのだから問題ないし、遅くまで頑張る刹那を置いて寝たりしないわ」

「気を遣うから普通に寝てほしいんだけど。お互い生活リズムがあるんだからってちょっと寒いから。風邪ひいちゃうって」

「……どうして冷たいことばかり言うのよ? 私のこと、嫌いなの?」

「いや、むしろ愛ゆえにな発言なんですけど」

「……」


 私の言葉に制御ミスしたのか普通に体が冷たくなった氷香を温めるように抱き着いて背中を撫でると、さすがにそれはすぐにやめてくれたけど、また黙ってしまった。視界は氷香でいっぱいだけどなにやらぴしぴし音がしていて、部屋のどこかが凍り付いてそうな気配がある。

 うーん、言いたいことはわかったけど、部屋は余裕があるし隣にもう一つシングルベッドを置くだけだ。無理に夜更かしにつき合わせたり、寝てくれてももし起こしたらと思うとこちらも気を遣う。本当に素直に寝ていてほしい。

 私が言うこともわかっているだろうに、とにかく不満だと黙り込まられると妥協点の探しようもない。困った。


「むしろ氷香こそ、私のこと大好きなのにどうしてわかっててくれないの?」

「え、だ、大好きなんて、言ってないわ。勝手に妄想しないで」

「えぇ?」


 照れた氷香は頬を染めて顔を離してしまった。肌の白い氷香が紅潮すると赤が映えてとても可愛いのだけど、そこで意地をはる? まあ確かに言葉では大好きとは言われてなかったっけ?

 でも好きとか愛してるは何回もお互い言ってるのに今更? あと勝手に妄想はさすがにひどすぎない? 恋人に対する言葉か?


 と考えてから思いついた。そんな風に反応する方が都合がいいのでは? 大好きだからベッドは一緒じゃなきゃヤダヤダって言われたらこちらも強行しにくいところだ。


「そう言うこと言うんだ? じゃあどっちが相手をより好きか、白黒はっきりつけよっか。勝った方が負けた方の言うことを聞く、でどう?」

「な、そ、そんな……」

「勝つ自信がない?」

「……わ、わかったわよ。いいわ」


 氷香は一瞬視線をおよがせたけれど、煽ると簡単にのってくれた。

 相手を好きである方が勝つ、という氷香からしたら自分が有利だろう勝負に何故自信がなさそうにちょっとためらったのかわからないけど、もしかして氷香としても落としどころを探していたのかもしれない。

 ならば決まりだ。私がどれだけ氷香を好きで愛しているかをわからせて、ベッドが違うくらいで拗ねる必要なんかないって安心させてあげるんだ。


「じゃあスタート、ね」

「え、ええ。いいわよ」


 合図をしたけど、氷香はもじもじしている。恥ずかしいらしいので、先手をもらってもいいだろう。私は抱きしめたまま、顔を寄せてちゅっと軽くキスをする。

 それに対して氷香は目をぱちくりさせた。意外だったらしい。直接攻撃を禁止とは言ってないからね。


「氷香、世界で一番、愛してるよ」

「そ、そう……」

「氷香のこと一目見た時からめっちゃ好みだったし、めんどくさい性格もほんと可愛いし、氷香にあれこれ言うこともあるけど、本気で嫌いってとこ一つもないよ。氷香の全部が好き」

「ほ、褒めるのかディスるのかどっちかにしなさいよ」

「好きなところ言ってるだけだよ」


 氷香がめんどくさい性格なのは事実。可愛いが上回っているからセーフなだけだ。

 照れて頬を染めつつも不満そうに唇を尖らせた可愛い氷香に、私はそっとベッドに押し倒して横に寄り添うように寝転び、顔だけ上から押し付けるようにしてキスをする。尖った唇をおしてなだめるように舐めると、氷香は少しだけ唇をゆるめる。


「ん……」


 氷香の手を握って恋人つなぎをして氷香の些細な反応を楽しみながら口内に舌をいれる。つんと氷香の舌先をつつくとひっこんでしまう。初めてした時から変わらないこの奥ゆかしい態度、可愛すぎて火がついてしまいそう。

 もう片方の手を氷香の腰に回して向かい合うような姿勢になるよう抱き寄せ、体を密着させながら舌をからませる。よだれが口の端にもれて小さな水音を鳴らしてしまう。


「ぁん……もう、強引なんだから」


 そのはしたない音と氷香の甘い声が余計に心音を加速させてしまうけれど、今はそう言う場合ではない。理性を総動員させ、キスのまま氷香の衣服に手をかけたい欲を抑える。


「氷香はいつも、最初は積極的じゃないよね。照れ屋さんで、そう言うところもほんとに可愛い。真っ赤になると耳も鼻まで赤いの本当に食べちゃいたいくらい可愛いよ。もちろんお澄まし顔も透き通って消えてしまいそうなくらい儚い美しさで、いつもそばにいないと不安になってしまいそうなくらい愛おしいよ」

「ぇ……な、なによ、急にそんな」


 目をとろんとさせていた氷香は私の口説き文句に目をぱちぱちさせる。キスでとろけてすぐに頭にはいってこない、みたいな顔。普段が理知的で凛とした顔付きなので、この顔ほんとにいいよね。

 はぁ。もっととろけさせたいけど、実力行使の前に言葉で伝えるのが誠実さというものだ。


「いつも思ってることだよ。医者になるのは昔からの夢だったけど、氷香がいいねって背中を押してくれたから心折れずに頑張ってこれたところもある。氷香が居なきゃ私は駄目だよ」

「……」

「氷香の仕草ひとつひとつ気品があって見とれるし、つんとしたことを言う声も甘くて何を言っていても可愛くて許しちゃうくらい好き。私がアイスを食べると必ず一口欲しがるところも好き。痩せてるのに体型を気にする繊細なところも、オシャレでセンスがいいところも好きだよ。私が苦手なことをさりげなくフォローをしてくれる気遣い屋なところも好きだし、だからこそ我儘や面倒なところも私に甘えてくれていると思うと愛おしくてたまらないよ」

「おっ、おかしくないかしら!? だって、あの、勝負してるのよね? どうしてそんなに、普段言わないほど好きって言うのよ!?」


 ぼんやりする氷香にさらに続けると、真っ赤な顔のまま眉を吊り上げてそんな文句を言ってきた。

 氷香は何を言ってるんだろう? 勝負だから普段言わないことも言ってるのに。私だってここまで赤裸々に言葉を重ねるのは気恥ずかしいし、その前に我慢できなくて体で愛情表現をしてしまうところだ、


「勝負だからだよ? 私の方が氷香を好きだって、わかった?」

「……あっ、これ好きな方が勝ちなの?」

「当たり前でしょ。なんで好きな方が負けなの? 私の方がずっとずっと氷香を愛してるんだから、愛されてる自覚をもって安心して別のベッドで寝て。そもそも好きだから氷香には毎日すやすや寝てほしいってことなんだから。わかった?」

「なるほど……? いえっ、今のは理屈はわかったと言う意味で、刹那の方が愛してるとか、それに同意したわけではなくて……刹那は頭がいいからそうやって口が回るし、その、嬉しいけど、思いの強さとは別と言、ん」


 どうやら勘違いしていたらしい。確かに惚れた方が負けっていう言い方もあるか。でも恋人なんだし関係ないでしょ。

 一瞬納得したっぽい氷香だったけど、それはあくまで勝負方法についてのようで、まだ私の気持ちを疑っているらしくぶつぶつ言い訳をしている。

 私はその口にもう一度唇を重ね、さっきと同じように深い口づけを交わし、鼻先をくっつけたまま宣言する。


「んふ」

「ふ、ふー、わかったわかった。これだけ言ってもまだ伝わらないなら、もういいわかったって氷香が言うまで体で伝えるしかないね?」

「……ほんとに、仕方ない人ね」


 もう一度その目に熱を宿したのを確認してからそう宣言する私に、氷香は目を細めた。


 そして翌日、勝負がつかないままあくまでお客様用として予備のベッドを用意するに留まることになるとは私は予想できないのだった。




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― 新着の感想 ―
んぁまぁ〜い!! 喧嘩という名のイチャイチャw みんな面倒くさい恋人だけど それが味っていうか 惚れた方が勝ちっていいですね♪強い
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