恋に落ちるSS
『狼』
掲示板に張られたクラス表を見て大体の確認をして、振り向きながら校舎に向かおうと足を進めた。
「あ、ごめん。大丈夫か?」
「あ、う、うん」
一歩進めた途端、肩に衝撃が走ってよろけたところを誰かに抱き留められた。
肩にまわされた大きな手、太陽の光がかかって輝く銀の髪、凛々しい顔つき。格好いい人だな、とぶつかった驚きと同時に感じながらもお礼を言う。
「こっちこそ、ごめんね。邪魔だったね。支えてくれてありがとう」
普通の初対面より少し近い距離で見つめあった気恥ずかしさを誤魔化すようにそう言いながら、崩れた姿勢を戻す。肩から背中に添えられた手の優しさに、微笑んでお礼を伝えた。
「ああ、いや、気にしないでいい」
彼女はかすかに照れたように微笑んでそう応えてくれて、お互い向き合うように立ちなおす。
よかったよかった。二年生初日から転ぶなんて縁起が悪い。と思いながらふと視線を下にする。何かが揺れるような音がしたので。
そこにはぶぉんぶぉんと派手な風切り音がしそうな勢いで揺れる彼女の尻尾があった。ちらっと顔を見る。頭の上の三角の耳はぴんと立ち、お互いに目があい、徐々にその頬を染めた。
「……」
「……ふふっ」
そして黙って下を向いて、自分の尻尾を握って動かないようにした。そのなんとも言えない気まずそうな表情の可愛さと格好良さのギャップに、胸がきゅんとして笑ってしまった。
「ねぇ、私、篠崎麻美。今度二組になるんだけど、あなたは?」
「……私は、三浦薫。私も、二組みたいだ」
そう言って、照れくさそうに薫は笑った。こうして私と薫は出会った。
〇
『龍』
まだクラス替え初日だと言うのに、普通に授業が始まってしまった。さっき教科書を確認したばかりだと言うのに。めんどくさいなぁ。今日は勉強の心の準備してなかったんだよね。
と完全にやる気がでない私は、ぼんやりと窓の方を見ていた。ついでに隣の窓際席の坂上さんが目に入る。
隣の席の坂上理子さん。背が高くて赤い長い髪をしていて、ただそこに立っているだけで目立つ人。自己紹介を聞いた限り、口数が少ないクール系っぽい。
格好いい人だなぁ、仲良くなれたらなぁと思いながらも、まだ名前しか知らない。
私自身が強い癖っ毛なので、綺麗な長い髪の人はそれだけで目につく。空いた窓からの風でかすかに揺れる、綺麗な髪。横から見て気づいたけど、分厚い眼鏡フレームだ。横髪でほぼ鼻しか見えない状態なので余計に強調されているにしても、相当な近眼なのだろうか。
「……」
とぼーっと見ていると、ふいに坂上さんが髪をかきあげて耳にかけた。そして初めて彼女の横顔が見えた。眼鏡のつるの下、真っ赤な耳とつるつるした反射。
鱗だ。ちらっと彼女の足元を見る。やや膨らんだ制服のロングスカートから、長い尻尾があるのは察していたけどどんな種族なのかまではわからなかったけど、どうやら爬虫類系らしい。
すれ違う以外でこうしてちゃんと見たのは、初めてだ。耳は私より少し尖ったくらいの形だけど、ルビーが敷き詰められたようにつやつやして綺麗。
そしてなにより、私の目を引いたのは、その頬にかけての肌との際。耳では真っ赤な鱗が、頬に向かって色が淡くなっていってこめかみではもう淡いピンク色になって、頬にむかって鱗がなくなる最後の一枚は殆ど肌の色が透けている。
「……え」
思わず声が出てきそうになって口を押さえた。いや、だって、でも、坂上さんのこの鱗の色のグラデーション具合というか、肌の透け感、ものすごーくえっちじゃない?
「……」
あっ、ちょっとだけ声が漏れたせいで坂上さんに見ていることが気づかれてしまったようだ。ちらっと視線がやってきて目があってしまう。
「……」
物凄く不愉快そうな顔をして、髪をおろして耳を隠してしまった。あげく立ち上がって窓を閉めて風が吹かないようにしている。
……もしかして、見られたくなかったのかな? というか睨まれたしいきなり好感度が下がった気がする。これはまずい。
私は授業が終わってすぐに声をかけることにした。
「あの、坂上さん、さっきはなんかごめんね。勝手に見てて。その、綺麗な髪だなと思ってつい。怒った? ほんとにごめんね」
「……別に、怒ってない」
「ほんと? ありがと~」
ちらっと私を見てそう答えてくれてすぐに視線を戻した。態度はつんとしてこっちを向いてはくれないけど、声の調子は平坦で怒っているわけじゃなさそう。よかったよかった。
とりあえずマイナスではなかったようなので、安心してここから仲良くなるために一歩踏み出すことにする。
私は椅子をずりずり移動させて坂上さんの隣に近づきつつ、さすがに触れない程度に距離を開けて声をかける。
「私、土間直。直って呼んでね。よろしく」
「……ああ、わかった」
「坂上さんのことはー、よかったら理子ちゃんって呼んでもいい?」
「…………別にいいけど」
「ありがと。理子ちゃん、眼鏡すっごい分厚いけど視力いくつなの? 席こんな後ろで大丈夫?」
理子ちゃんは私の質問に眼鏡を押すようにかけなおしながら私を振り向いた。そしてどこかためらうように視線を泳がせてから、そっと眼鏡を両手で取った。
「……心配はいらない。これは、その、伊達眼鏡だから、大丈夫」
「あ、お洒落だったんだ。変なこと言ってごめんね。似合ってるよ。昭和レトロ系が好きなの?」
「いや……目つきが悪いから、つけてるだけ」
「えー? 綺麗な目なのに。理子ちゃん可愛いね」
分厚い黒縁眼鏡に、長いロングスカートでそうなのかなって思って聞いてみたところ、全然とんちんかんなことを言ってしまったらしい。
でもその恥ずかしさより、どこか気恥ずかしそうにおずおずと目をそらした理子ちゃんの姿の可愛さにきゅんとなってしまう。
見た目カッコいい系でちらっと見える鱗がえっちで、中身は人を気にして眼鏡をかける気弱っぽいとか、可愛すぎるな。
「か、可愛いって。からかうな」
「えー、からかってるつもりはないよ。可愛いなって思ったから言っただけ。不快だったらごめんね。私思ったことなんでもすぐ言っちゃうから」
「……」
あ、照れたのかちょっと赤くなって黙ってしまった。えー、可愛い! 理子ちゃんに本気になっちゃうかも!
〇
『人魚』
「ねぇ、人魚の状態でも呼吸はしてるんだよね?」
「してるよー?」
水島ゆらちゃんは人魚だ。今まで私の身近にはいなかったけど、陸にいる姿は普通だ。
今日は初めてゆらちゃんのおうちに招待してもらった。大きなプールの中でゆったり泳ぐゆらちゃんはとっても楽しそうで綺麗だった。最初は普通にうっとりと見とれてしまった。
それはそうとずっと泳いだり潜ってるのに全然息継ぎをする様子がなく、普通の顔のままで息を荒げる様子は一切なかった。
だから聞いてみたけど、やっぱり呼吸はしてるみたいだ。まあ、陸の姿で駆けっこの時は息もあがってるから当たり前か。
「じゃあ、何分くらい息を止めてられるの?」
「ふふふ。お魚だって呼吸してるんだよ?」
「えっ、あ、そっか。エラ呼吸してるんだ」
「そうだよー。見てみる?」
「見る? うん、見る」
何のことかわからないけど、呼吸を分かりやすく見せてくれるらしいので頷く。
ゆらちゃんは浮き輪をつかって浮かんでいる私に近づいてくる。私自身水泳スクールにも通っていたこともあるし、泳ぐのは得意なほうなので今回一緒に泳がせてもらえることになったけど、普通のプールより深いので休憩中は浮き輪を身につけている。
すーっとゆらちゃんが近づいてくる時、顔がでたままなのに水面はそれほど揺れない。泳ぎが上手、というレベルじゃない。人魚ってすごいなぁとぼんやり思いながら待っていると、ゆらちゃんはにっこり微笑んで私の浮き輪の前に手を添えた。
「えーっと、まずね、人魚になったら目がちょっと違うんだ。わかる?」
「そう言えば虹みたいにきらきら光って綺麗だなって思ってたけど、光の反射とかじゃなかったんだ?」
ゴーグルをつけて水中をゆらちゃんが泳ぐ姿も見ていたけど、それぞれ自由に泳いだり、一緒に遊ぶのもボール投げとか距離があったので、近くで見るのはこれが最初だ。
こうして近くなると、陸の姿との違いが色々見えてくる。私の言葉に照れたようにはにかみながら目を片目ずつぱちぱちさせるゆらちゃんのお目目は、瞬きしているわけじゃない。
いや瞬きもしてるけど、まぶたじゃない透明な何かがまぶたみたいにもう一つある。どうやらこの透明な膜みたいなのが、きらきら光っているみたいだ。
「わー、ほんとだ。角度を変えて見るとすごくきらきらしてる」
「水の中ではこれをつかってるの。乾燥するから、水中以外ではあんまり長く閉じてられないけど」
「あ、そうなんだ。無理させてごめんね」
「ふふ。一瞬なら何回やっても大丈夫だよ。あと耳もー」
「へー」
耳は元々少し尖って、先端が青みがかった感じなのだけど青い部分が鱗になって、そこから後ろに向かって鱗がびっしりと並んでいる。
正面から顔を見た感じではそこまで気にならなかったけど、くっついて一つになった足以外も鱗がかなり生えているみたいだ。
「鱗って陸にあがるとはがれちゃうの?」
「あはは、恐いこと言わないでよー。瞼と逆に、鱗の上に皮膚が覆って乾燥を防いでくれるんだよ」
「そうなんだ。私はなんにもないから、そう言うの不思議だなぁ」
世の中には色んな種類の人がいる。大きな尻尾がある人もいれば、鱗がずっとある人もいるし、体が透明な人もいる。でも私はゆらちゃんみたいに変化するような部位がないので、どういう感覚なのか不思議だ。
「私も人魚以外の体って全部不思議だなぁって思ってるよ。ヒレもないのに、すいちゃん泳ぐの上手だし」
「え? そう? えへへ。ゆらちゃんに褒められると照れるなぁ」
「んふふ、すいちゃんは素直で可愛いね」
褒められてしまった。別に水泳選手を目指しているとかでは全然ないけど、泳ぐのは好きだし得意だと思っているので嬉しい。おまけに可愛いと言われてしまった。ゆらちゃんはどことなく神秘的な雰囲気のある美少女なので余計に照れる。
「えっと、それで、エラね。実はー、耳の後ろにあるんだ。ここね」
「ん? わ、ほんとだ」
どこか照れくさそうにしながら、ゆらちゃんは髪をかきあげて耳の後ろを見えるようにして私に向けた。そこにはぱっくりと切れ込みみたいな線があって、中に赤いものがちらっと見えた。
「自分でも見えないから、よく考えたら見せるの、ちょっと恥ずかしいかも……ど、どうかな?」
目の細かいギザギザした赤いフィルターみたいなものが見えていて、何とも言えない内臓のような生々しさがあって、ゆらちゃんの態度もあって見てはいけないものを見ているような気になってしまう。
見ていて気持ちがいいものじゃない気がするのに、どうしてかじっと見ていたいような気もして、自分がどう感じているのかよくわからない。
「き、綺麗だと思うよ?」
だけど質問されているので、つやつやで健康そうなのでそう答えた。お医者さんは健康な内蔵のこと綺麗っていうもんね? ポスターとかで綺麗な肺、とか書いてるし。
「そう? よかったー」
「う、うん……」
私の回答にゆらちゃんは嬉しそうにはにかんだ。その綺麗な笑顔と、何とも言えないエラの印象への感情のギャップで、どうしてか妙に心臓がドキドキして気持ちが落ち着かなくて、うまく言葉がでてこない。
「……あの、でも、私以外には、見せない方がいいかも」
「え? うん。わかった。ゆらちゃんだけ、内緒、ね?」
「う、うん」
ゆらちゃんは私の言葉に一瞬不思議そうにしてから、人差し指を立ててにこっと笑った。
その笑顔自体は見慣れているはずなのに、どうしてか私の心臓は余計にドキドキしてしまうのだった。
〇
『スライム』
隣の席の杏理ちゃんは、真面目な女の子だ。中学生になったばかりの頃、今では友達だけど当時は初対面だった朋ちゃんが挨拶もそこそこに「スライムの子ってめちゃくちゃ触り心地がいいって聞いたんだけど、触ってもいい?」と質問してきた。
私はスライム族でぱっと見から肌が青いし目立つわりに、割と珍しくて小学校にも私一人だった。それもあって幼い頃からしょっちゅう親しくない相手にも触られることがあった。
正直に言って、いい気分ではない。同性であっても親しくない相手にべたべたされて、いきなり抱き着かれたりして嬉しいわけがない。
だけど私はそれを断る勇気がなくて、嫌そうな雰囲気を出しつつも「まあ、いいけど」くらいにしか言えない。そう言えばだいたい手をちょっと触るくらいで許してくれるので。
だけどそこで朋ちゃんが「うわーすごい! めちゃくちゃ気持ちいい! みんなも触らせてもらいなよ!」なんて私の後ろに回って私を抱きしめながら言うものだから話が変わる。
近くの席の女の子が自己紹介しながら握手してきたのはともかく、その前の席の男の子が近寄ってきたのには戦慄した。低学年の頃は男の子にも触られていたけど、ある程度成長したら友達が男子は駄目ーってブロックしてくれてた。
でもその友達は同じクラスじゃないようだ。ど、どうしよう。さすがに男の子は、いやでも、握手くらいなら……? ええ、でも……普通に嫌かも……と躊躇う私に、隣から天の助けがあった。
「やめなよ。普通に初対面から異性に触らせてとかセクハラでしょ」
「えっ? せ、セクハラって、そんなつもりは」
「じゃあ他の子にも言える? 言えないなら人選んで言ってるわけじゃん。そんなつもりなくてデリカシーないだけでも最悪だけど」
そうしてその男の子は私に謝って席に戻ってくれたし、他の女の子もなんか気まずそうにして立ち去ってくれた。なお、朋ちゃんは杏里ちゃんに向かって「えー、めっちゃはっきり言うじゃん! 私もよく一言多いって言われるし、その調子で仲良くしてくれると助かるー」と抱き着きに行って嫌がられていた。
とにかくそんなきっかけで仲良くなった。二年になっても同じクラスになれて、今一番仲良しな相手、と、多分杏里ちゃんも思ってくれているはずだ。
今日はもうすぐテスト期間だから、その前に復習をかねた勉強会をするということで、杏里ちゃんのお部屋にお邪魔している。私もお勉強は苦手じゃないし、得意科目が違うのでちょうどよくて今までも何度も勉強会はしてきた。
でも今日は何と、ただの勉強会ではなくお泊り会を兼ねているのだ。お友達の家にお泊りするのは人生で初めてのこと。それは杏里ちゃんも同じらしく、勉強時間も集中するまでそわそわしてしまっていた。
杏里ちゃんのお家のご家族と一緒にご飯を食べて、お風呂にはいる。なんでもないことも、わくわくどきどきした。
「杏里ちゃんのベッド、ほんとにお邪魔しちゃっていいの?」
「大きいし大丈夫でしょ? 涼香の方、狭い?」
「ううん。私は大丈夫。一緒の方がお泊りっぽくて楽しいし」
杏里ちゃんのお部屋のベッドはセミダブルっていうちょっと大きいベッドだ。何でも家族みんな大きいし、いずれ大きくなるだろうからって最初から大きめのをもらっているらしい。うちはお布団なので、ベッドなだけでテンションがあがる。
ベッドの中で横向きで向かい合ってはいっているだけで、なんだかおかしい気持ちになってくすくす笑いあってしまう。
「今日、朋ちゃんもお泊りしたいって残念がってたよ」
「部活で忙しいでしょ。まあ、そうじゃなくても泊めたくないけど」
「またそんな風に言って。仲いいくせに」
朋ちゃん自身は誰に対してもあの感じで何を言っても態度が変わらないので、遠まわしだと伝わらないけど私でも意見を言いやすいから、今となっては付き合いやすいお友達だ。杏里ちゃんも仕方ないなって言いながら色々面倒を見てあげたりして仲がいい。
私が笑いながら言うと、杏里ちゃんはちょっと恥ずかしいのか可愛らしく唇を尖らせた。
「まあ、悪くはないし嫌いじゃないけど、単純に三人はさすがに狭いし、寝れなくなりそうじゃない?」
「うーん、確かに? 抱き枕にされちゃうかもね」
「……朋がべたべたするの、ほんとに嫌じゃない? うっとうしいなって時は言ってくれたら、私から注意するからいつでも言ってよ?」
今度は本気なのか、真剣な顔でそう言われた。二年生になった時も、杏里ちゃんはいつも私をかばってくれた。申し訳ないくらい真っすぐで、そんな杏里ちゃんの表情にドキドキしてしまう。
「うん、ありがとう。でも大丈夫だよ。親しくない人には困るけど、お友達だから嫌じゃないし」
「ならいいけど」
「むしろ……杏里ちゃんは、私の体、興味ないのかな? 結構、触ると気持ちいいって評判なんだけど」
自分からこういったことを言うのは初めてなので恥ずかしくなりつつ真っすぐにそう聞いてみると、杏里ちゃんはぱちくりと瞬きしてからかーっと顔を真っ赤にして目をそらした。
「え……しゅ、種族が違うと全然違うし、体験しようがないわけだから、自分と違う種族に対して興味がないって言ったら嘘にはなるけど、でもそれは涼香がスライムだからじゃなくて、そもそも知的好奇心として」
「杏里ちゃん杏里ちゃん、別に種族差別とかそう言う難しいこと考えなくて大丈夫だよ? 私たち、仲良くなれたと思ってるし、普通に触るくらい同じ種族でもあるでしょ?」
「………うん」
早口に言い訳するように言われたので落ち着いてもらう。二人しかいないのに、そんな難しい話をする必要はない。というか別に、そういうことは聞いてない。種族とかじゃなくて、私に触れるのがどうかっていうことだ。
「杏里ちゃんのそう言う真面目なところが好きだけど、そう言うの気にしすぎて、距離があるのは嫌だなって。もっと、仲良くなりたいから。だから、その……手、繋いでみない?」
「………うん、する」
私の誘いに、杏里ちゃんは恥ずかしそうにしながらも泳いでいた視線を私に戻して、真っ赤な顔のまま頷いてくれた。
杏里ちゃんにとっては手をつなぐくらい大したことはないと思うんだけど、今まで距離をとってたから今更と思っているのか、すごく恥ずかしいみたいだ。すごく可愛いけど、ちょっとドキドキしてしまう。
「……ん」
お互いにそっと手をだすと、私の手のひらに杏里ちゃんの指先があたる。お布団の中で温まっていても、私の方が少し体温が低いので杏理ちゃんの手はよりあったかく感じる。
「杏里ちゃん、あったかいね」
「涼香はひんやりして、柔らかくて……気持ちいい、ね……」
杏理ちゃんは顎を引いてどこか上目遣いで私を見ながらそう、息を吐くようにゆっくりと言った。その高評価に気をよくした私は、そっと杏理ちゃんの手に押し当てるようにして手を繋いでいく。指の間に指をいれて、感触がよりわかりやすいように。
「あ……」
「冷たくない?」
「ううん。大丈夫。その、すごく気持ちいいよ」
「よかった。じゃあ、ちょっとだけ、中にいれてもいい?」
「え? ……ん? どういうこと?」
私の問いかけに杏理ちゃんは首をかしげて、繋いだ手を傾けてその横から顔をのぞかせた。
そのしぐさは可愛いけど説明、難しいかも。なんでできてどういう体の仕組みかって言われたら私もよくわかってないし。
「うーん、説明がむずかしいからやってみるけど、手を動かさないでね?」
「わ、わかった」
神妙な顔で頷く杏里ちゃんを確認してから、私は目を閉じて意識する。杏里ちゃんの手との境界線、私の形を曖昧にして、杏里ちゃんの全部を受け入れる気持ち。幼い頃は家族に対して無邪気にやっていた。
大きくなってから、家族以外に意識してするのは初めてだ。少し緊張もしたけど、思った以上にすんなりと私の手の形は崩れ、ぬるりと杏里ちゃんの手を飲み込んだ。
「わ、わぁっ、な、なにこれ」
「基本的には決まった人の形だけど、それを柔らかくしてこんな風にすることもできるんだ」
「そ、そうなんだ。知らなかった。すごい……こんな風に」
杏里ちゃんは顔を寄せてまじまじと私と自分の手を見ている。遠慮していたのが嘘みたいな好奇心旺盛な子供みたいなキラキラした目が可愛くて、もっと私のことを知ってほしくなる。
「これはね、本当に心を許した相手にしかできないんだ。中で無理に動かれると危ないから、気持ちでしたくても本能が拒否しちゃうみたいで。だから、杏里ちゃんにできて嬉しい」
「そ……そう、なの」
「うん。だから……杏里ちゃんにしか言ってないし、朋ちゃんにも秘密にしてね?」
「それは、もちろん。朋に教えたら危険だしね」
私のお願いに、杏里ちゃんは頬を赤くしたまま微笑んで頷いてくれた。
朋ちゃんが大事な友達なのは間違いないけど、悪気なく動いたりうっかり人に言っちゃいそうなのは本当。でもそれだけじゃなくて、多分、朋ちゃんを私の中にいれることはできない。
本当に特別心を許している相手にだけ、絶対にこの人なら大丈夫って頭じゃなくて体が理解してないとできないから。
本当に、私にとって杏里ちゃんは特別なんだ。それがわかって、胸が高鳴った。
ドキドキする鼓動を抑えるように、私はじっくりと杏里ちゃんの手を感じてからゆっくりと離した。杏里ちゃんは自分の手をどこか不思議そうにぼんやりとした表情で見ている。
「……杏里ちゃん、どうだった?」
「あ、うん。その、すごく気持ちよかったよ。教えてくれてありがとう。そんな風に思ってくれてるの嬉しかった。その……私も、涼香のこと、とても大事な友達だって思ってるから。これからも、一番大事にするからね」
杏理ちゃんはまっすぐに私を見て柔らかに微笑んで、そうどこまでも誠実で実直な声で言ってくれた。その言葉はストレートに私の胸にしみこんでいく。
嬉しい。一番だって。大事だって。すごく嬉しい。私のことをただの友達じゃなくて、杏里ちゃんも特別にしてくれている。
「杏里ちゃん……あのね、他にもね、他の種族にはない核って言うのがあるんだ。見てみる?」
「え? そうなの?」
「うん」
色んな種族がいる現代でも、わかっている中でもスライム種はかなり特殊だ。例えば子供を作るのに自分一人でつくれるというのでもかなりの少数派になるんだけど、その中でも核と呼ばれる内臓の一種は特殊で、現代の医学でも完全に解明されていない。当人である私たちでもよくわかっていない。
「見てて」
私はそっとパジャマのボタンを上から三つはずす。胸の谷間の少し上。そこにゆっくりと核をもってくる。他の内臓はつながっているからあんまり派手に動かせないけど、核は他の内臓から完全に離れているので自由に動かせる。
「っ……あ、赤いんだ」
薄く透けて見える表面ぎりぎりにまで核を持ってくると、赤いものが浮かび上がる。スライム種の色は割とバリエーションがあるのだけど、核は赤色が多いらしい。他の人のは私も見たことないけど。
自分で言うのもなんだけど、薄い青の膜の奥から浮き出る赤色は結構神秘的な感じがすると思う。
「うん。基本赤みたい。でも、人に見られるの初めて……ど、どうかな?」
じっと食い入るように見る杏里ちゃんに私は照れくさくなりながらもそう尋ねる。杏里ちゃんはじっと見ながら、そっと指先を核のに向かってのばしてそっと私の肌を撫でた。
「綺麗だよ。キラキラしてて、宝石みたいで……ちょっと美味しそうなくらい」
「えっ!? そ、そう……」
「あ、ごめん。気持ち悪かったかな」
「ううん。大丈夫。嬉しいよ。その、ちょっとびっくりした、だけ」
褒め言葉なのはわかる。内臓って綺麗だとツルツルしてるもんね。だからほんとに、嫌じゃない。というか、むしろ、ドキッとした。
どこか熱っぽい目線を私に向けながら言われた想定してなかった褒め言葉に、背筋がぞくっとして、今すぐ核を出して触れてみてほしい欲求が湧いてドキドキしてしまった。
でも、まだ、核を出すのはちょっと怖い。
「あのね、杏里ちゃん、今はまだ、核を触ってもらうのはちょっと恐いけど……いつか、触ってね」
「え……う、うん。約束する」
私のお願いに、杏里ちゃんは私の顔を見てまだどこかぼうっとしたように頬を赤くしたまま、そう頷いてくれた。
そんな杏里ちゃんを見て、ああ、本当に、好きだなって思った。
最初に出会った時から、素敵な人だなって思った。仲良くなりたかったし、一緒にいるほど大好きだなって感じてた。
他の友達の誰とも違うこの思い、でも、それがどういうものなのかって自信がなかった。でもわかった。幼い頃、母と一体化しそうな精神性だった頃だけできていた時とは違う。
今の私が杏里ちゃんを中にいれられるのは、私が杏里ちゃんのことを好きだから。核を触ってもらうのもそう。本当に特別な相手だ。それこそ、結婚をして子供をつくるような相手。それも杏里ちゃんとならいつかしたいって思ってるからだ。
私は、杏里ちゃんに恋をしていて、杏里ちゃんに私の体の隅々まで触れて、見て、知ってほしいって思っているんだ。
それがわかって私はドキドキして、いつか杏里ちゃんに核を触ってもらったらどんな心地なんだろうって思いながら、杏里ちゃんの手をぎゅっと握って、夜遅くまでたくさんお話した。




