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深海の人魚は艶めかしい魔物に自ら絡め取られながらうっとりと溺れていく〜いらないと言われたけれどこの輝く鱗が見えないのならば見せてあげると人でなし達に叩きつける〜

作者: リーシャ

 ふくりふくりと気泡が上へ昇る。


「はぁ?お前みたいな役立たず、もうウチにはいらねぇんだよ!」


 冷たい声が真珠貝でできた簡素な部屋に響き渡った。こちらのセリフだ。深海に住む、人魚族の末裔であるエメラルド。十六歳になったばかりだというのに、実の兄であるサファイアから一方的に追放を言い渡された。


 よくある話。理由なんて分かりきっている。彼女には、一族に伝わる特別な力、いわゆるギフトが発現しなかったからだ。くだらない。

 現代日本で、平凡な女子高生だった時の記憶を持つエメラルドにとってこの世界に来てからの十六年間は、常に肩身の狭い思いをする日々だった。くだらなさで。


 美しい鱗を持つ家族の中で、彼女の鱗はどこか濁ったような色をしていて。泳ぎも人並み以下。結婚適齢期なのに誰もいない。

 それでも、いつか自分のギフトが目覚めると信じて家族のために家事をこなし。文句ひとつ言わずにきたのに。


「あんたなんかいなくても、うちの血筋は安泰なんだよ。さっさと出て行け!」


 母親のルビーまでもが、冷たい視線を送ってくる。一応、機を見て態度を変えていたらしい。優しかった母の変わりように、エメラルドの心は深く傷ついた。見せかけていたのだろう。

 結局、この家族にとって力を持たない自分はただの厄介者だったのだ。


「ふざけんな人でなし家族!」


 堪忍袋の緒が切れたエメラルドは初めて家族に向かって悪態をついた。しおしおとなる心が湧き立つ。今まで溜め込んできた怒りと悲しみが、棘のある言葉となって溢れ出す。


「あんたらみたいな薄情な連中のために、私がどれだけ我慢してきたと思ってるの!ギフトがないからって、人間以下みたいな扱いして!いつかあんたら後悔する」


 捨て台詞を吐き捨てエメラルドは家を飛び出した。出て行けと言われたので。真夜中の深海は暗く冷たい。一人は孤独。頼る人もなく右も左も分からない世界で、彼女は一人ぼっちになった。ついに一人か〜。


 海流に身を任せ、どれくらい漂流しただろうか。疲れ切った顔が目に浮かぶ。疲労困憊のエメラルドが意識を失いかけたその時、温かい光が彼女を包み込んだ。

 いつの間にか打ち上げられていたのかな?目を覚ますと見知らぬ洞窟の中だった。どこ!?


 柔らかな海藻のベッドに寝かされ、傍には見慣れない生き物がいた。だれ?

 上半身は美しい男性、下半身は優雅なタコの姿をした海の魔物と呼ばれる存在だった。


「気がつきましたか、迷い子さん」


 低いけれどどこか優しい声がエメラルドに語りかける。知らない人だ。警戒しながらもエメラルドは自分が助けられたことを理解した。


「あ、ありがとうございます……あなたは?」


「わたくしはオクト。洞窟で静かに暮らしております。あなたが海を漂っているのを見つけ、ついお節介をしてしまいました」


 オクトと呼ばれたその魔物は不思議な魅力を持っていた。それだけで警戒もなくなりそう。人間のような整った顔立ちに吸盤のついた長い触手が妖しく絡みつく。かっこいいのだ。


 最初は怖かったけれど、彼の穏やかな眼差しに、エメラルドは次第に警戒心を解いていった。助けてもらったのだからと説明する。事情を話すとオクトは静かに耳を傾けてくれた。話しやすい。


 家族に追い出されたこと、自分の無力さ、そして未来への不安。今後のこと。全てを打ち明けた後、エメラルドは自分がひどく疲れていることに気づいた。


「あなたは、この先どうするおつもりですか?」


 オクトの問いに首を横に振るしかなかった。なにも考えてないし。行く当ても、できることも何も思いつかない。


「もしよろしければ、しばらくこの洞窟で身を寄せませんか?わたくしでよければ、あなたの力になれるかもしれません」


 申し出はエメラルドにとって唯一の希望だった。カッコイイ。警戒心はまだ完全に消えたわけではなかったけれど、彼の優しさに縋りたい気持ちが勝った。


 それに、顔立ちが好みなのである。こうして海の魔物オクトとの奇妙な共同生活を始めることになった。懐が広すぎて神海なのでは?

 エメラルドに深海の世界の様々なことを教えてくれた。


 優しいって、完璧過ぎる。危険な生物の避け方、食料となる海藻の見分け方。生き抜くための知恵を。現代の知識を持つエメラルドもオクトに様々な話をした。


(靴のこと、わかるかなぁ?)


 陸の上の文化や科学、そして彼女がかつて生きていた日本のこと。二人は異なる世界の知識や価値観を共有するうちに心を通わせていった。紳士だしね。

 オクトの知性と優しさ、そして時折見せる寂しげな表情。エメラルドは心惹かれていった。うっとりしてしまう。


 一方のオクトもエメラルドの明るさや前向きな姿勢、時折見せる強さに心を奪われていった。


「ちょっとよろしいですか?」


 ある日、オクトはエメラルドに深海に眠る古代の遺跡のことを話した。


「えっ、なら、可能性が?」


「はい。あるかもしれませんね?」


 そこには失われた人魚族の技術や知識が眠っており。もしかしたら、エメラルドのギフトを目覚めさせる手がかりもあるかもしれないという。


「わたくしは、あなたに力を与えたい。そして、あなたを傷つけた者たちを見返してほしいのです」


「う、親切心が神話レベル」


 オクトの言葉にエメラルドの胸に熱いものがこみ上げてきた。


「優しすぎます」


 自分を信じてくれる人がいる。


「あはは、ありがとうございます」


 家族に一矢報いるチャンスかもしれない。


「私、頑張ってみる!オクトと一緒に、強くなって、絶対にあいつらを見返してやる!」


 二人は古代遺跡を目指す旅に出た。新婚っぽい。深海の険しい地形や凶暴な海の生物との遭遇。商人の知り合いなども増えていく。

 数々の困難を乗り越える中で二人の理解も深まっていった。泳ぎも少しずつ上手くなっている。エメラルドはオクトの指導のもと少しずつ泳ぎも上達し、深海の環境にも慣れていった。

 ならざるをえない。二人は古代遺跡の入り口に辿り着いた。砕けた態度にもすでになっている。


「や、やっと」


「よく、辿り着けたと自分を褒めたいです」


 巨大な貝殻のような形をした、神秘的な場所だった。神殿みたいな。中に入ると、美しい壁画や不思議な紋様が刻まれており。

 人魚族の、高度な文明を物語っていた。これを見ると今の人魚族って原始人の生活になっているなぁ。遺跡の奥深くに進むにつれて、エメラルドは奇妙な感覚に襲われた。

 熱い。体の中に眠っていた何かが心目覚めていくような、そんな感覚だった。


「オクト、これいけるかも!」


 祭壇のような場所で彼女は太古、人魚族が使っていたと思われる光を放つ宝玉を見つけた。


「ここにありましたか」


 近寄る。


「触るね?」


 宝玉に触れた瞬間、エメラルドの体から眩い光が溢れ出した。


「エメラルド?平気ですか?」


 見たことのない虹色に輝く光だった。ゲーミング人魚だあ!

 光が収まるとエメラルドの背には誰よりずっと大きく綺麗に輝く美しい鱗が生えていた。


「これが……私のギフト……!」


 涙で掠れる声。驚きと感動で言葉を失うエメラルドにオクトは優しく微笑んだ。


「おめでとうございます、エメラルド。あなたは眠っていた力を解放したのです」


 エメラルドのギフトは、光を操る力だった。強力だ。それは、たくさんいる人魚族の中でもレアな力を持つ者だけが受け継ぐことのできる、非常に強力なものだった。


 そうとなればと二人は顔を見合わせる。力を手に入れたエメラルドはオクトと共に故郷へと戻ることを決意した。やることは初めから決まっているし。


「やるか〜」


 家族に今の自分を見せつけてやりたかった。


「はい。やってやりましょう」


 理不尽な扱いを受けたことへの報いを。


「派手に行こう」


 オクトは嬉しそうに笑う。二人は嬉々として走った。故郷の村に戻るとエメラルドの変わりように、家族は言葉を失う。光に輝く鱗、そして彼女の周囲に漂う圧倒的な力。


「エメラルド……?」


 以前の陰鬱で頼りない少女の面影はそこにはなかった。


「あんた……一体どうしたんだ?」


 兄のサファイアが震える声で問いかける。耳に強く聞こえるものが堪らない。


「どうしたって?見て分からない?強くなったの。あんたたちに見捨てられたおかげでね!」


 エメラルドは冷笑を浮かべ、光を奴らに向けた。


「これが私のギフト!」


 カッと強大な光の圧力に家族は後退するしかなかった。


「お前のような役立たずが……!」


 母のルビーが叫ぶが声には昔のような強さはない。


「役立たず?笑わせる。あんたたちこそ、私という宝を手放した愚か者!」


 エメラルドはギフトの力を使って自分が住んでいた家を光で包み込んだ。


「うわ!」


「や、やめ!」


「「ぎゃああああ」」


 破壊ではなく警告だった。二度と自分を見るなというメッセージ。


「今までの仕返しだー!!」


 エメラルドはオクトと共に故郷を後にした。スッキリしたな。あの血が通ってない家族の元に戻るつもりはなかった。それよりも他に帰るところがある。


「オクト!」


「やりましたね」


 大切な居場所があり、信じられる愛する人がいた。


「私、オクトと家に帰っていいよね?」


 深海にはまだまだ未知な世界が広がっている。


「勿論です、エメラルド」


「これからも、たくさん探しに行ってくれる?」


 これからはオクトと共に全てを探求していくのだ。


「ええ。私も楽しくて続けたいのですよ」


 ギュッと抱きつけば抱きしめ返される暖かさ。もう、忘れることなんてできないから。

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