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ハズレスキル「逃げる」で俺は極限低レベルのまま最強を目指す ~経験値抑制&レベル1でスキルポイントが死ぬほどインフレ、スキルが取り放題になった件~  作者: 天宮暁
第六章「楽園」

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254 はるかの憂慮

 篠崎はるかは押し寄せる情報に忙殺されていた。

 まるでCGのように完璧だ、と評されるエルフ特有の美貌にも翳りが見える。


 「召喚師」を名乗る探索者による精神への直接放送は、世界にとてつもない衝撃を与えた。


 といっても、「放送」の直後すぐに「召喚師」の語ったことの意味が伝わったわけではない。


 むしろ、最初に衝撃を引き起こしたのは、その時点で日本国内にいたあらゆる人間・人族に「詳細鑑定」と「強制解除」なる強力なスキルが「贈与」されたことだった。


 一般にもよく知られる「鑑定」は、一万もの取得SPが必要なことから、その圧倒的な有用性にもかかわらず、取得している探索者の数はごく限られている。

 「鑑定」を取得できればそれだけでも食っていけると言われるほどだ。


 だが、「詳細鑑定」は、希少スキルである「鑑定」を圧倒的に凌駕する性能を持っていた。


 ところが「召喚師」は、世間にまったく知られていなかったこの「詳細鑑定」を、惜しげもなく日本国内に居合わせたあらゆる人間に与えてしまった。


 このことだけでも、「召喚師」は常識のはるか外にいる存在であると言っていい。


 しかし、「召喚師」にとっては、それすら目的達成のための手段でしかなかった。


 「詳細鑑定」を手に入れた探索者たちが真っ先に鑑定の対象としたのは、他でもない自分自身であることが多かった。

 許可なく他者のステータスを覗くことは重大なマナー違反とされている。

 スキルの真偽を確かめるという意味でも、既に知っている自分のステータスと鑑定結果を比較するのが手っ取り早い。

 何より、今すぐにでもこのスキルの性能を確かめたいという気持ちが、まずは自分自身を鑑定するという行動につながった。


 自分を鑑定した者たちは驚いた。


 まずは、その情報量に。

 「鑑定」とは比較にならないほどの圧倒的な情報量に、探索者たちは悲鳴を上げた。

 文字通り、意識が圧倒され、苦痛を覚えるほどの情報量だった。


 だが、未知の情報がどっさりと含まれた鑑定結果に、探索者たちはのめり込んだ。


 ほどなくして、多くの探索者がひとつの見慣れない項目に気がついた。


 「作戦」。


 そういえば、「召喚師」も「作戦」がどうのと言っていた。


 探索者たちは放送のことを思い出し、「召喚師」の話と鑑定結果を繋ぎ合わせた。


 総理大臣・凍崎誠二によってかけられた「作戦」――と「召喚師」は言った。


 実際、「詳細鑑定」の結果は、凍崎がクロであると告げている。


 だが、この鑑定結果は信じられるのか?


 「召喚師」は、日本国内に居合わせたあらゆる人間・人族の精神に直接映像を送り、遠隔でスキルまで与えてしまうという、すさまじいというよりもはや理解不能なほどの力を持つ探索者だ。

 彼にならば、「詳細鑑定」なるスキルをでっち上げ、「総理大臣が国民を固有スキルによってマインドコントロールしている」という偽情報を流布することも可能なのではないか?

 「召喚師」の力があまりにも常識外れであったために、かえってその言い分を信じにくいという面もあったのだ。


 もちろん、すぐに結論に飛びつく者たちもいたが、責任ある立場にいる者たちは慎重だった。

 「詳細鑑定」のもたらす情報は真実なのか?

 全国各地のダンジョンで、文字通り夜を徹しての検証作業が進められた。


 その結果はあきらかだった。

 「詳細鑑定」の吐き出す情報に、間違いを見つけることはできなかった。

 情報の中には、これまで知られていなかった未発見の探索情報も多分に含まれていた。

 そのすべてを「召喚師」がゼロからでっち上げたと考えるのは無理がある――

 それが検証に参加した探索者たちの出した、一致した結論だ。


 同時に、「召喚師」が「詳細鑑定」とともに贈与した「強制解除」なるスキルについても検証がなされた。

 気の早い者は、「詳細鑑定」で発見した「作戦」をすぐに「強制解除」してしまったが、何かの罠を疑う慎重な者たちも多かった。


 彼らは、ダンジョンのモンスターを検証に利用した。

 モンスターに状態異常をかけ、それを「強制解除」で解除する。

 あるいは、自分で自分にバフをかけるモンスターに対し、そのバフに「強制解除」を使用する。


 こちらの検証は、「詳細鑑定」よりも早く結果が出た。

 もちろん、結果はシロだ。

 「強制解除」はステータスへのあらゆる変動を解除できることが判明した。

 「詳細鑑定」ほどのインパクトはないが、「強制解除」も十分以上に「ぶっ壊れた」有用スキルである――それが検証の結論だ。


 となると、にわかに「召喚師」の言っていたことが真実味を帯びてくる。


 何より、「詳細鑑定」であきらかになった「作戦」の「副次的効果」は、現在の日本の世論の動向にぴたりと合致している。


 そして、「召喚師」を信じて自分にかけられた「作戦」を「強制解除」した者たちは、それまで自分の視野が狭められ、感情が悪い方に増幅させられていたことにすぐに気づいた。


 「召喚師」の証言は匿名だけに鵜呑みにはできないが、今のところあらゆる検証をパスしている。


 証拠は積み上げられ、反論の余地はみるみるうちに消えていく。


 マスコミの、あるいは国民による直接の批判を受け、官邸は崩壊寸前だ。


 特別報道官として、はるかはその矢面に立たされる立場にあるが、その心境はむしろすがすがしい。


 はるかは当然、「召喚師」の――というより、悠人のことを即座に信じた。

 「詳細鑑定」を使用して「作戦」を特定し、すぐに「強制解除」を使用した。


 霧が晴れた気分だった。


 それまでも、ただ凍崎の言いなりになっていたわけではない。

 もともとはるかは、自分と娘の立場を守るために、やむなくこの仕事を引き受けたのだ。


 何度となく眠れない夜があった。

 自分と娘を守るために国家壟断の手伝いをしているような状況に、激しい葛藤を覚えていた。

 にもかかわらず、「娘のためならしかたがない」「他人のことなど気にしていられない」という気持ちが込み上げてきた。

 はるかは自己正当化を図ろうとする自分の心に嫌気がさしていた。


 だが、「倫理的な判断能力が低下し、本来であれば道徳的にためらわれる行動を躊躇なく取るようになる」ことも、「他者の心身の痛みに対する共感性を喪失する」ことも、「自分より強い者には服従し、自分より弱い者を虐げる精神傾向が強くなる」ことも、凍崎の付与した「作戦」の副次的効果だったのだ。


 官邸内に与えられた個室で、はるかは一人つぶやいた。


「すべては『作戦』のせい……とは言えないわね。悠人さんの言っていた通り、自分というものが完全になくなっていたわけではない。自分が内心で薄々思っていたことが増幅されたというだけ。自分が情けないわ……」


 結果、凍崎首相による国論のコントロールに与することになってしまった。


「総理に従えば、私とほのかの法的身分を保証する。従わなければ、ほのかのみに日本国籍を認め、私を異世界に強制送還する。……私は悪魔と契約してしまったのね」


 今では状況が違っているが、以前までのこの国では、移民・難民の受け入れには厳しい審査があった。

 条件を満たす人を厳しく審査してから受け入れる、というよりは、なんとしても受け入れないために極限まで審査を厳しくしている、というのがはるかの印象だ。


 それでも、この世界で生まれ落ちたほのかには、出生地に基づいて日本国籍が与えられる望みがあった。

 問題ははるかの方だ。

 はるかはこの国の生まれでもなければ、この国で就業してるわけでもなく、日本人の夫がいるわけでもない。もちろん、この世界の他の国のパスポートを持っているはずもない。

 おまけに、異世界への回廊が開けば、元の世界に送り返すことも可能になる。

 つまり、行政の裁量によって、はるかとほのかを別々に引き裂くこともできてしまうような状況だった。


 はるかがこの国で暮らすには、法務大臣の出す特別な在留許可を得るしかない。

 法務大臣の任命権者は総理大臣だから、凍崎にははるかの身分を保証する実質的な裁量が確かにあるということになる。


「ほのかは悠人さんに保護されているのでしょうね。あの子にとってはよかったわ。私の元にいても人質が増えるだけだもの」


 悠人はおそらく、ほのかを守るために、これだけの大それたことをやってのけた。


 凍崎が国を意のままにするのが許せないという気持ちは当然あっただろうが、それだけではここまでの非常手段には訴えなかっただろう。


 悠人は、ほのかに真っ当な居場所を作ってやるために、想像もできないほどの困難を乗り越え、時の政権に立ち直れないほどの一撃を加えたのだ。


「ほのかだけじゃないわね。悠人さんはきっと、私のことも救ってくれようとしてる」


 ただでさえ恩ばかりなのに。

 これ以上恩を重ねられても、どう報いたらいいかわからない。


「今からでも私にできることはあるかしら」


 特別報道官として大きな権限を与えられてはいるものの、それは所詮、総理に与えられた力にすぎない。

 それでも、


「……私が職を辞する覚悟で訴えれば、凍崎総理も状況を受け入れるかもしれないわね」


 凍崎が固有スキルによって国民をマインドコントロールし、世論を誘導したという疑惑は、政権が倒れるには十分すぎる。


 だが同時に、「作戦」のことを知ってなお、凍崎の路線に固執する者たちもいる。

 この国が少子高齢化によって活力を失っていることは、長らく指摘され続けてきた事実である。

 異世界からの移民と高度探索者の育成が窮余の一策になる可能性を秘めているのも間違いない。


 凍崎が国民を「誘導」したことは確かだとしても、「騙した」わけではない――そう主張する者たちもいるのだ。

 「作戦」が解けてもなお、目的のためには手段を選ぶべきではないと考える者もいるし、他者への共感性が低い者もいる。

 国が発展するためにできることをして一体何が悪いのか?

 官邸の中にも、そんな居直りのような態度を取る者たちは少なくない。


 中には、「作戦」が解けなければよかった、と言うものもいる。

 目的のためにはどんな手段を取ってもよく、他人にいちいち共感しなくても済むあの状態はわかりやすくて楽だった、というのだ。

 「召喚師」が凍崎の「作戦」を暴露したことは国益を毀損する行為だ――と怒りを露わにする者もいる。


 とはいえ、多数派の国民は、凍崎によって「洗脳」されていたことに激しい憤りを覚えている。

 マスコミが匿名の人物である「召喚師」の証言を慎重に取り扱うことにもどかしさを感じ、ネットで、あるいは現実で、様々な立場の人が凍崎の辞任を求める声を上げている。


 はるかは、異世界人のいわば「顔」として知られる存在だ。

 もし今の状況ではるかがはっきりとした声を上げれば、国民は凍崎ではなくはるかのほうを信じるだろう。

 特別報道官という政府の内側の存在であるはるかが総理の卑劣な脅しによって意に沿わない活動を強いられていたと訴えれば、凍崎政権へのとどめの一撃になるはずだ。


「……いえ、それは無責任というものね」


 はるかとて、強いられたなりに職務に忠実であろうと努めてきた。

 世の中に及ぼす害が少しでも小さくなるように。

 異世界人たちの処遇が少しでも改善されるように。

 はるかなりに、政権の内部にいなければできないことをやってきたつもりだ。

 たとえ「作戦」にかかっていたとしても、純粋に善意ではるかに協力してくれた人たちもたくさんいる。

 この国の人々と異世界人たちとの架け橋になりたい――凍崎総理の下では絵空事だったかもしれないが、それでも理想の実現のために自分なりに戦ってきた。

 本当はこんなことなどやりたくなかったと言ってしまえば、はるかのために尽力してくれた人々の期待と信頼を裏切ることになる。


「総理に罪を認めさせ、幕引きを図るべきね」


 既に、警察や検察は総理のマインドコントロール疑惑についての捜査を始めている。官邸内に出向している警察関係者から聞かされた。

 もっとも、総理大臣が固有スキルで国民をマインドコントロールすることが法律上どんな罪に当たるのかで大揉めになっているらしいのだが……。


「あの優しい悠人さんが声を上げたのよ。私が黙っていてどうするの」


 はるかは首を振ると、面会のアポイントを取るべく机の上の電話に手を伸ばした。


 ――だが、呼び出し音がいつまでも続く。


 通話中というわけではなく、ただコールが続いて、繋がらない。


 秘書官が常に待機しているはずのこの番号が繋がらないのは異常なことだ。


「どうなっているの……?」


 はるかが受話器を置いた直後、首相官邸を激しい衝撃が襲っていた。


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