248 雑誌記者・春原(3)
凍崎の固有スキル、「作戦変更」。
今わかってる範囲では、自分をリーダーと認めたものに対して「作戦」を付与するスキルだろう、ということか。
「作戦」を付与されると、強力なバフ効果とともに、精神的な副次効果が発生する。
本来はバフ効果のほうが「作戦」付与の主目的なんだろうが、凍崎は副次効果のほうを有権者のマインドコントロールに利用した。
個別の「作戦」については「詳細鑑定」でわかっているが、本丸の固有スキル「作戦変更」のスキル説明文を見ることはできていない。
「作戦」付与の条件については推測だし、何か未知の制約を見落としてる可能性もある。
ちなみに、凍崎の演説の時点でステータスを持ってなかった者にも「作戦」が付与されるのか? っていう細かい疑問もあったんだが、これについては演説直後にSNSで出回った話がきっかけになって判明した。
結論から言えば、凍崎の「作戦変更」によってステータスを持ってない者が「作戦」を付与されると、その者はその瞬間にステータスを獲得するとともに「作戦」を付与される。
凍崎の演説――「大演説」と呼ばれるあれを聞いた非探索者がいつのまにかステータスを獲得していたことに気がついた、というポストがかなりの数あったのだ。
俺のときもそうだったように、ステータスを獲得してない人がダンジョンに潜ると、ダンジョンに足を踏み入れた時点で自動的にステータスを獲得する。
その際には「天の声」によるアナウンスがあるが、凍崎の「作戦変更」に伴ってステータスを獲得したときにはそうしたアナウンスはなかったようだ。
「作戦」は通常のステータスには記載されない項目だから、それに伴うステータス獲得もサイレントに処理されるってことだろう。
それでも、凍崎の演説がきっかけで、強力な固有スキルを持ってることに気づいた人なんかもいる。
そういう人たちの一部は、凍崎の演説のおかげで固有スキルが「覚醒」したと誤解して、凍崎の熱心な信奉者になったりもしてるみたいだな。
っと、話がそれてしまったな。
凍崎のステータスの秘匿を破る方法はわからない。
凍崎の子飼いの探索者の固有スキルによるものかもしれないし、政府要人の機密を守るために政府に属する探索者が固有スキルで設定したものかもしれない。
ただ、アウトラインとしては、「条件を満たした相手に対してメリット・デメリットのある作戦を強制付与する」スキルってことでいいだろう。
凍崎は国民に対して(正確には比例区で自政党に投票した有権者に対して)同時に4つの「作戦」を付与していた。
これは完全な推測になるが、同時に付与できる「作戦」の数が4つなのは、「作戦変更」のスキルレベルが4だからかもしれない。
俺がそうであったように、強力な固有スキルのスキルレベルアップには大量のSPが必要なはずだが、凍崎は探索者ギルド「羅漢」を利用することで、SPを獲得するアイテムを大量に集めることに成功したのかもな。
で、そのことと春原の話がどう関係するのか?って話だが、実のところ確実につながってるわけではない。
ただ、固有スキルの性能は持ち主の魂のありようと強く結びついている。
凍崎の特殊な生い立ちが「作戦変更」の能力に反映されてる可能性は高い。
凍崎が他者の人格をコピーして本人になりきることができることと、「作戦」による人格変容にはどこか通じるものがあるからな。
凍崎が総理大臣を目指した動機は、祖母・夜羽の妄執と何か関係があるんだろう。
凍崎自身は魂を殺され己というものがないのだとしたら、凍崎を駆り立てる原動力は祖母から引き継いだ妄執なのではないか?
あるいは、他者の人格をコピーしてあたかも自分自身の人格のようにふるまううちに、他者の欲望をも自分のうちに取り込んでしまい、己のものと誤認するようになった、とかな。
だとしたら、なんて哀れな奴なんだ。
己のものでない妄執や欲望に取り憑かれ、骨身をすり減らして「理想」の実現に邁進する――
それで何かを達成できたとして、本当の意味で心が満たされることはないだろう。
と同時に、そんな人間に国の舵取りを預けてしまっていることに寒気を覚える。
凍崎は、自分で自分をコントロールできる状態にないのかもしれない。
そもそも「自分」ってもんがないんだからな。
一見、凍崎の演説は、この国の現状を憂えて、国民の一部が薄々思っていても言えなかったことを露悪的に代弁したものに思えるかもしれない。
だが、凍崎に己というものがないのだとすると、話はまったく変わってくる。
凍崎はただ、他者の言葉を己のものとして取り込み、それをもっともらしく組み立てただけなのだ。
仕組みだけを見るなら、文章生成AIのやってることと大差がない。
文章生成AIと異なるのは、凍崎が他者の人格を丸ごとエミュレートできるということか。
あの演説における熱弁のふるい方もまた、凍崎が誰かの方法をコピーしたものだったんだろう。
と、考えてふと気づく。
凍崎が会長を務める羅漢グループ(厳密には資本関係がないからグループではないが)はゲンロン.netを運営していた。
ゲンロン.netは凍崎が効率よく他者の人格をコピーするための装置だった……というのは穿ちすぎか?
凍崎は、ゲンロン.netに投稿された、あるいは配信された政治的宣伝のうち、より効果の高いものを選別し、選別したものをコピーして己の演説スタイルを造り上げたのではないか。
たとえば、俺のお隣さんだった桜井大和は、一部の鬱屈した男性を煽動し、極端な行動に走らせる技術に長けていた。
神取桐子も、数は少ないながらも強烈なシンパを持っていた。
大和や神取、他のゲンロン.netの自称・言論人たちのスタイルを貪欲に吸収した結果が、凍崎のあの大演説だったのではないか。
「やっぱり、あいつは危険だな」
固有スキルのことだけじゃない。
奴が祖母の「教育」によって身につけた特殊な能力も十分危険だ。
奴にとっては、「作戦変更」のほうこそ余技なんだろう。
奴の本質は、他人の人格をコピーし己のものとしてふるまうところにある。
「作戦変更」は、ただ便利なものをたまたま覚えたから使っただけで、それがなくとも凍崎は似たようなことを実現していたのかもしれない。
もちろん、「作戦変更」が凍崎の成功を強力に後押ししたことも事実だろうけどな。
考え込む俺に、春原が訊いてくる。
「それで、『召喚師』はこれから何をしようともくろんでるんだ? まさか、このまま逃げ隠れし続けるつもりじゃないんだろ?」
あまりの直球に苦笑する。
「悪いけど、まだ話すわけにはいかないんだ。時が来ればわかるよ。その時に、今話したことを記事にすればスクープ間違いなしだ」
「あんたのやることなら、きっととんでもねえことなんだろうな。記者としてではなく、個人としてあんたに協力できることはないか?」
「個人として、か。繋ぎを取ってもらいたい相手がいるんだが、自然な接触方法がなくてな」
「誰だ?」
「夏目青藍」
「政界にも顔が利く保守言論人の親玉に『召喚師』がなんの用なんだ?」
「知らないのか? 夏目青藍は凍崎純恋に殺された夏目紗雪の父親だ」
「待て。夏目紗雪っていうのは俺たちの高校の後輩で、いじめを苦に自殺したっていう……? いや、今、『殺された』って言ったか?」
「ああ、そこからか」
遺書が流出し、自殺とされた紗雪の死が、実は自殺ではなかったことを説明する。
「じゃあ、あんたが夏目青藍に会いたいのは個人的な理由か?」
「それもあるが……協力してほしいこともあるからな」
凍崎の排除を確実なものとするためには、影響力のある人物の協力は得ておきたい。
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