107 談合
スキル統合は無理――
そんな結論に至った俺に、神様が言った。
手がないわけでもない、と。
「思い出すがよい。我はもともと、どのようにして探索者たちに恩恵を齎す存在であったかを」
「どのようにって……」
俺はしばらく考え、気がついた。
「特殊条件か!」
「然様。我とてシステムを意のままに弄れるわけではない。むしろ、殆ど弄れぬと云ったほうが近いであろう。じゃが、神としての権能によって、人の子の努力に奇跡を以て報いるという形でなら、探索者に直接的な恩恵を授けることができる」
「でも、今回の特殊条件はもう精算済みだよな?」
「なければ作ればよいのじゃ」
なんでもないことのように神様が言う。
「そ、そんなことができるのか!?」
「無論、普通ならばできぬ。じゃが、今回は世界の狭間から流れ込んだ があるからの」
「空隙を使って……どうするんだ?」
「我がシステムの特殊条件に干渉できるのは、神だからじゃ。……いや、言い方が悪かったの。神は、ときに人の子に試練を課し、それを乗り越えた者に報いる存在じゃ。すくなくとも、そのように認識されておる。その、神としての因果を利用するのじゃ」
「どうやって?」
「 を用いて、ここにおぬしへの試練を造るのじゃ。そして、おぬしがその試練を乗り越える。試練の突破という結果に対して特殊条件の報酬を与えるという形でなら……ある程度は、おぬしの問題を解決しうるスキルを授けることができるであろう」
「スキルを統合することはできないんだよな?」
「おぬしの目的は統合ではなく、戦いの際に迷わぬことであろう? たとえば、『天衣無縫』というスキルがある。『天啓』というスキルもあるの。『直感』や『戦場勘』でもよかろうし、『仮想演算』でもよかろう。要するに、おぬしの判断を楽にするスキルを、特殊条件のボーナスとして与えようということじゃ」
「な、なるほど」
俺が既に持ってる中にも「思考加速」のスキルがある。
それに類するような、判断力や思考速度を上げるスキルがあれば、俺の懸念してる問題を和らげることはできる。
スキルの統合にくらべると対症療法的ではあるが、現実的で有効な方法だ。
「今回、おぬしは十分に頑張った。本来であれば試練などなしで与えてやりたいところなのじゃがの。我の干渉力ではそこまではできぬ。済まぬな」
「いや、十分有り難いって。試練っていうのがどのくらい危険かにもよるけど……」
「何、形ばかりの試練じゃ。危険なことなど何もないように設計しよう」
「……それ、試練っていうのか?」
俺の疑問に、神様が悪い笑みを浮かべて言う。
「ホホホ……まあ、談合よな。試練を課す我と、試練を受けるおぬしとの」
「いいのかよ、そんなことして」
「抑々、此度のような危機を切り抜けた英雄を窮地に追い込む方法などそうはあるまい。此度のダンジョン崩壊こそ、おぬしにとっては十分以上の試練であった。それを乗り越えたおぬしに、それ以上の苦難を与えるのはおかしかろう。これはおぬしへの褒賞なのじゃからな」
まあ、たしかに。
ご褒美のはずが、なぜか試練を受けることになってるからな。
探索者としてのスタミナがあるとはいえ、いい加減疲労困憊だ。
試練とやらを八百長で済ませてくれるならありがたい。
「傑出した人物には苦難が次から次へと降りかかるものではあるがの。おぬしにも休む暇が必要であろう」
「その配慮はありがたいよ」
人間の労働環境に配慮してくれるホワイトな神様だな。
「試練ってのはどういうものなんだ?」
一応訊いてみると、
「いつも通りじゃ。ここに即席のダンジョンを用意する。おぬしはそれを踏破すれば良い。最終的に得んとするスキルに見合った内容にする必要はあるがの」
「……ああ、わかりやすくていいな。でも、先に芹香たちに状況を伝えておかないと」
「心配するな。このダンジョンの中では時が経たぬようにしておこう」
「そんなことまでできるのか」
「おぬしとてやっておるではないか。『現実から逃げる』とやらで」
「そういえばそうだな」
俺のスキルでできることなら、神様にもできるんだろう。
「では、あちらに戻るとしよう」
神様の言葉とともに、目の前に黒いポータルが現れた。
神様に続いてポータルを潜る。
出た先はさっきの決戦の舞台だった例の黒い空間だったが、
「うおっ、と」
クダーヴェがいないので足場がない。
だが、俺はその場に浮かんだままだ。
神様がどうにかしてくれたんだろう。
「しばし待っておれ。そうはかからぬ」
神様はそう言って何やら集中をはじめた。
……そういえば、さっきのスキルの説明には、固有スキルの話はなかったな。
スキルがその道の達人たちの一般化された最適解なのだとすると、固有スキルはどうなのか?
俺の「逃げる」に原型となったその道の達人たちがいるとはちょっと考えにくい。
もしそんな達人がいるならぜひ話を聞いてみたいところだが。
俺がそんなことを考えてるあいだに、神様は目をつむり、意識を深く集中している。
とてもじゃないが、固有スキルの疑問を投げかけられる感じじゃないな。
「……ふむ……このような感じで……。まあ、これはこれでよかろう……」
神様の言葉とともに、眼下で「なにか」がうずまくのがわかった。
周囲に残された空隙が巻き込まれ、黒い竜巻ができていく。
この竜巻が、試練用のオーダーメイドダンジョンなんだろう。
この空間の「上」には奥多摩湖ダンジョンがあるが、それにくらべるとはるかに小さい。
ダンジョンから感じる気配も、上のダンジョンより薄いだろう。
これまで潜ってきたダンジョンでいえば、久留里城ダンジョンよりも薄いくらいだ。
久留里城ダンジョンはAランクだから、このミニダンジョンはBランク以上Aランク未満といったところか。
もちろん、今の俺なら問題にもならない難易度だ。
完全にボーナスステージ、ボーナスダンジョンだよな。
踏破する手間はかかるが、こんなものを特注で造ってくれるんだから文句を言うつもりはない。
神様なりの最大限の好意なんだしな。
――そのボーナスダンジョンの竜巻が、一瞬、激しく乱れた。
昔のテレビの砂嵐のような白いノイズが全面に走る。
「むっ、これは……!? いかん、悠人! すぐに――」
神様の声の途中で、俺の視界が白一色に染まった。
《――随分人の良い神のようだが……これではあまりに生ぬるい》
誰かの声が脳裏に響いた――ような気がした。





