106 スキルとは
三章のラストは残り一、二話と言いましたが、三話になりました。
今週、火・木・土(12:00)の形で隔日更新します。
「えっ、無理……なのか?」
スキルを統合するスキルがほしい。
そうリクエストした俺に、神様は無理と答えた。
「うむ……期待させて済まぬが、その要望に応えるのは難しい」
「なんで……っていうのは聞いてもいいのか?」
「それには、まずスキルとは何なのかから説明する必要があるの」
「なにそれめっちゃ聞きたい」
スキル統合うんぬん以前に聞いておきたい話だよな。
神様はちょっと顎を上げ、小鼻を膨らませて解説に入る。
「そもそも、この世界にスキルなる奇っ怪なものが現れたきっかけはなにか? それはむろん……」
「ダンジョンだよな。元々この世界になかったはずのダンジョンがこの世界に突如現れた。でも、ダンジョンという存在と元々のこの世界のルールはちがいすぎた。だから、この世界のテレビゲームの概念を流用する形で今のステータスシステムができあがった」
クダーヴェが「翻訳」と呼んでた現象だな。
「なんじゃ、よくわかっておるではないか」
解説の出鼻をくじかれ、神様がちょっと不機嫌そうになる。
「ごめん、続けてくれ」
「では、この世界に現れたダンジョン。それがもともとあったはずの世界には、ステータスやスキルといったものは存在したのか? これについてはどうじゃ?」
「はるかさんの話じゃ、あっちにはそんなものはなかったみたいだな」
はるかさん(やクローヴィス)の元いた世界は、剣と魔法のファンタジー世界だったらしい。
異世界を舞台にしたこの世界の(空想の)ファンタジーにも、最近はゲーム的な要素の組み込まれたものもある。
だが、はるかさんの元いた世界にはそういうデジタルな要素はなく、由緒正しき(?)中世ヨーロッパ風のアナログなファンタジー世界だったらしい。
魔法も、この世界のようにスキルを取ればすぐに使えるようなインスタントなものではなかったという。
魔法を覚えるには、厳しい修行と長年の修練に加え、本人の生まれ持っての素質も必要だったらしい。
……それはそれで、ちょっと心惹かれるものがあるよな。
この世界のスキルシステムはインスタントで便利だけど、魔法を身につけるために修行するっていうのもロマンがある。
そういえばほのかちゃんはやってたんだっけ。
この世界の山伏修行で固有スキルに「覚醒」したというのは、この狂った現代の常識を覆す大発見だ。
まあ、誰かに話すつもりはないけどな。
「魔法なんてありえないことになってるこの世界と、魔法が当たり前に存在するあっちの世界――二つの世界の矛盾をどうにかするために無理やりひねり出された舞台装置。そんなふうに理解してたんだが」
「うむ。その理解は合っておる。ただし、スキルなる異形の舞台装置をこの世界に『実装』するのも、それ自体呆れるほどに困難なことであろう?」
「そりゃそうだよな」
いくら先にダンジョンがこの世界に現れたのだとしても、スキルの実装はそれとは別の作業なんだから。
「そうさの、『剣技』を例にとってみようか。実はこの『剣技』というスキルは、システムが剣を使って戦う技術を直接記述し、まとめ上げたものではないのじゃ」
「……どういうことだ?」
「スキルの中に、剣を手繰って戦う上での段取りが直接記されておるわけではないということじゃ。たとえば、『剣の柄を生卵を手のうちに含むようにやわらかく、しかしすっぽ抜けないだけの力を込めてしっかりと握り、視線は遠からず近からず、全体をぼんやりと視界に収め、しかるのちに剣を肩の高さに振り上げて、前側の足を踏み出すと同時にどうと斬り下ろす』……といった具体的な記述は『剣技』の中のどこにもない」
「まあ、戦闘中に直面するすべての状況に合わせて剣の使い方をいちいち記述するのは不可能だよな。いくら『天の声』とはいえ」
「もし網羅的に記述できたとしても、それを人間が使いこなすのは不可能じゃな。甲の場合はこのようにし、乙の場合はこうする、丙の場合はさらにイロハニホヘトの七通りに分岐する……などという段取りを人間の頭で捌くのは無理であろう?」
「……ちょうど今の俺みたいだな」
スキルがたくさんありすぎるせいで最適解の探索に時間がかかるのが、今俺が克服したいと思ってる弱点だ。
「超高性能な人工知能なら……いや、どうだろうな」
囲碁で人間のプロを打ち負かす人工知能は存在する。
でも、刻々と変化する戦場で、際限なく分岐する選択肢から最適解を瞬時に選ぶのは不可能だろう。
囲碁や将棋のように打てる手の数が有限のゲームですら、最適手を見つけるのには時間がかかる。
まあそもそも、人工知能を搭載したロボットがダンジョンに入ってもステータスを得ることはできないらしいけどな。
「しかし、考えてもみよ。卓越した剣士は、そのような段取りなど意識せずとも状況に合わせて最適な行動を取ることができておる。これは何故じゃ?」
「それは……経験?」
「では、その経験なるものは、完成された段取りと何が違うのじゃ?」
「……そんなこと言われてもな」
俺はコンピューターサイエンスの専門家でもなんでもない。
「アルゴリズムってのは、料理で言えばレシピみたいなもんだろ? 経験っていうのは、数え切れないほどの料理を作ってきたシェフが、レシピを見ずに感覚で作ってもそれなりの料理が作れるようなこと……かな」
「ふむ。なかなか良い喩えじゃの。その場合、その『しぇふ』には料理のスキルが備わっておると言い得るであろう」
「具体的な手順じゃなくて、作業のエッセンスみたいなもんか」
「うむ。そのようにして、様々な技術の精髄を抽出し、対価を支払えば誰でも利用できるようにしたものが……」
「なるほど、それがスキルか」
「然様。スキルは、具体的には記述できぬ、達人にしかわからぬ精髄を授けるものじゃ。その精髄は、単なる神経回路の繋がりではない。その技術を編み出せし当人の魂にも結びついた、霊妙なる術技の体系なのじゃ」
「魂にも結びついた?」
「誤解を恐れず単純化して云うならば、古の名もなき剣の達人が己の魂のうちに築き上げた術技の体系を、誰でも利用できる形に加工したものが『剣技』なのじゃ。正確には、一人の剣の達人のみに依拠するものではなく、剣の道を己が魂を賭して極めんとした無数の剣の達人たちの辿り着きし境地を、個人個人の差異を均して一般化したもの……というべきじゃな。それを結果としてのみ見るならば、剣を志すものならば誰もが辿り着くであろう一般化された最適解としての『剣技』、となる」
「『剣術』とか、他の剣に関するスキルはどうなんだ?」
「それはそれで、ひと括りにまとめ得る別種の剣の境地を一般化したものであるな。それぞれのスキルの具体的な差異はおぬしのほうがよくわかっていよう」
「ああ、たしかにそれぞれ方向性がちがうもんな」
「剣技」は、剣を扱うスキルの中ではもっとも素直でシンプルなものだ。
どんな場面でも使いやすいが、とくにモンスターとの戦いに向いている。
一方、「剣術」は、もう少しひねくれた性質を持っている。
その真価が発揮されるのは対人戦――とくに、剣と剣での駆け引きにおいて、だ。
だから、「剣技」の遣い手と「剣術」の遣い手が戦ったばあい、スキル以外の条件が五分だとすれば、駆け引きに長けた「剣術」の側が有利だろう。
ただし、知能の低いモンスターとの戦いでは、「剣術」的な駆け引きは役に立たない。
素直であるがゆえに迷いにくい「剣技」のほうが、モンスター戦では有効だ。
俺が戦った中では……そうだな、水上公園ダンジョンのロックゴーレムなんかは、「剣技」でゴリ押ししたほうが有利だろう。
もちろんモンスターの中にも知能が高かったりスキルレベルの高い武器スキルを持ってたりするものもいる。
久留里城ダンジョンで散々戦ったからくり兵なんかには、「剣術」のほうが相性がいいだろう。
そんなわけで、一概にダンジョンに潜るなら「剣技」のほうがいいとも言い切れない。
Wikiの初心者向けFAQには、迷ったら「剣技」にしておくのが無難と書いてあったけどな。
「『剣技』と『剣術』という、類似点の多いスキルですら、理想とする境地が異なるのじゃ。いずれも、一定の方向性を選んだ上での、一般化された最適解なのじゃ。そして、最適解とは、それ以上最適化できぬから最適解と呼ばれておる」
「……ああ、なるほど」
ようやく、神様の言いたいことが見えてきた。
「『剣技』と『剣術』がそれぞれ別の最適解なんだとしたら、最適解同士をくっつけたからって、より最適になるわけじゃないんだな」
むしろ、どっちの最適解からも外れた「解」となることで、新スキル「剣技+剣術」(仮)は、「剣技」と「剣術」のどちらよりも弱いってことになりかねない。
弱体化するだけならともかく、そもそもスキルとして成り立たないなんてことにもなるかもな。
「うむ。しかも、先にも述べたように、スキルは単なる神経回路の結合網ではないのじゃ。遣い手の魂にまで食い込み、霊妙と呼ぶにふさわしい域に達してはじめて、システムの抽出に耐えうる普遍性を獲得するに至るのじゃ。同じ境地を目指した別の魂をひと括りにまとめることまではなんとかできよう。じゃが、別の境地を目指した別の魂を統合するのは、途方もなく困難じゃ。ざっくりと云えば、共通の接点を持たぬ他人同士を力づくで融合させようとするようなものじゃからな」
「『剣技』と『剣術』みたいな近いものでも無理なのか?」
「スキルレベル5ともなれば、いずれも別個の達人の域じゃ。互いに高みを目指しておるだけに、傍から見て些細に思えるような違いであっても、大きな矛盾や葛藤を引き起こす」
「……音楽性の違いで解散するロックバンドみたいなもんか」
「ホホホ……卑近じゃが、的を射た喩えじゃの」
神様が口元を袖で隠しておかしそうに笑う。
俺の問題は、音楽性の違いに敏感な、優秀だがアクの強いバンドメンバーを集めてオーケストラを作ろうとしてるところにあるってことだな。
ロックバンドが三人から多くても六人くらいなことにはそれ相応の理由がある。
いくら個々のボーカルが、ギタリストが、ベーシストが、ドラマーが優秀でも、それを百人集めれば百倍すごい音楽ができるわけじゃない。
「……確かに、おぬしの思い描くような『スキルを統合するスキル』を生み出すのは困難じゃ。無理やりそのようなスキルを造ったところで、おぬしの期待しておる結果を得ることはできぬじゃろう。『剣技』と『剣術』を統合しても、『剣技』よりも『剣術』よりも弱い、剣がそれなりに扱えるだけの今いちなスキルになるだけじゃ。悪くすれば、何の役にも立たぬただの混沌ができるだけじゃな」
「なるほどな……」
話をまとめる神様に、俺はうめくようにうなずいた。
……神様がここまで言うってことは、やっぱり無理なのか。
戦いの軸となるスキルを絞ってそこに特化するという手はあるが、それでは他の探索者のやってることとほとんど変わらない。
SPの稼ぎ効率とそれによる圧倒的なスキルの取得数。
この、俺にしかないだろう強みを活かすには、他と同じやり方じゃダメなんだ。
だけど、実際にそんなスキルはないと言われてしまえばどうしようもない。
そのまま落ち込みかけた俺に、
「じゃが……手がまるでないわけでもない」
神様がにやりと笑ってそう言った。





