第三十四話 精神操作
メルジーネが引き連れてきたイングリット隊の騎士に倒されたイングリット隊の騎士が、また別の味方に牙を剥く。
そんな負の連鎖で、野営地は混沌と化していた。
「な、なによこれ……」
「なんということだ……」
レオナもイングさんも、そして俺も、呆然と立ち尽くすしかない。
「あ、みーつけた」
イングリット隊の同士討ちが続くさなか、数名の騎士を引き連れたメルジーネが、俺たちの前までやってきた。
メルジーネの周りにいる騎士の中には、あの影の薄い副隊長の姿もある。
「もう、シロウちゃんたら、往生際が悪いんだから」
「メルジーネ……貴様、私の部下になにをした?」
イングさんはその顔に、静かな怒りをたたえている。
「ちょっと精神操作しただけよん。自分で戦うの飽きてきちゃったから」
精神操作……ヴィントの魅了みたいなもんだろうか。
だったら、俺のオーラに触れさせたら正気に戻せるんじゃあ……
って、アホか俺は。
今、俺はメルジーネに能力を封じられているんだった。オーラなんて出せるはずもない。
「それじゃあ、適当に仲間同士で殺しあってちょうだい?」
メルジーネが厭らしい笑みを浮かべる。
「ふざけるなよ、貴様……ッ!」
怒りをあらわにしたイングさんの身体が光り輝き、全身が鎧に覆われた。
右手には剣、左手には円盾も握られている。
――あれ?
どうなってんの?
「む……」
自身の異変に気づいたイングさんも、不思議そうに首を捻る。
「あ、こっちもだわ」
レオナもまた、炎の長槍……フサッグァをその手に顕現させていた。
……もしかして、〈能力封殺〉の効果が切れてる?
「あらら……ちょっとマズいわね」
メルジーネが、微かに焦りの色を見せる。
やっぱり、やつのチートが解除されてるんじゃないか?
試しに俺は目を閉じ、眠りに落ちた。
思った通り、俺の能力が発動する。
よし、これなら!
俺は周囲にオーラを拡散させた。
メルジーネの周りにいる騎士たちが白い輝きに触れ、次々に正気を取り戻す。
俺はすぐに次の行動に移ろうとした。
無論、メルジーネへの攻撃だ。
また能力を封じられてしまう前に、さっさとやつを倒してしまわないと。
「ふふ……うふふ……」
攻撃態勢に入った俺に、メルジーネが妖しく笑いかけてくる。
そこにはなにか、無視できない悪辣さのようなものが滲んでいた。
「……なにがおかしいんだよ?」
よせばいいのに、俺はメルジーネにそう訊いてしまう。
「ふふ、ねぇシロウちゃん。アタシを殺すと『あの子』の命も危ないって言ったら……どうする?」
……なんだそれは。
なにを言っているんだよ、こいつは。
「あの子? いったい誰のことだよ」
「うーんと」
メルジーネが周囲を探るように見回した。
そして、すっと俺の背後にある天幕を指さし、凄惨な笑みを刻む。
その天幕にいるのは――
リーゼと義妹だ。
「そこにいるんでしょう? 気配がするもの」
「誰のこと言ってんだよ……」
リーゼか? 義妹か?
いや、なんとなくわかっちゃいるけど……。
「シロウちゃんが拾った女の子のことよん」
頭が混乱してきた。
なんでメルジーネが、そのことを知っているのか。
「んふふ、なにがなんだかって顔してるわねぇ」
俺の様子に愉悦を覚えたのか、メルジーネは底意地の悪そうな笑みを深くする。
「どうせだから教えてあげる。シロウちゃんが義妹なんて呼んで可愛がってたあの子はね……アタシの『道具』なの――」




