「雪風」型駆逐艦
実際には不可能かと思いますし、おかしい点も多々あると思いますが、物語としてお考えください。前作では改装としましたが、読者の方から改装よりも新造のほうが安くなる、との指摘を受けており、今回はあえて新造、しかも多数建造するという設定でした。実際には「たかつき」型のまんまのほうがよかったかもしれませんね。
この世界に現れた駆逐艦の多くはすべての面で改装の余裕がなく、改装しても能力向上は望み得ないと判断されていた。さらに、居住性が最悪であり、長期間の洋上任務には耐えられないと思われた。そこで新造するのが改装よりも一艦あたりのコストが安くなる、そう考えられた。しかし、新たな設計をしていたのでは建造まで時間を要することも懸念されていた。結局、これまで旧日本国が装備していた艦艇を改設計、建造することが決定された。
そういうわけで「たかつき」型護衛艦、「はつゆき」型護衛艦、「あぶくま」型護衛艦などが候補に挙がったものの、最終的には「はつゆき」型護衛艦を改設計することが決定した。この艦が選ばれたのは幾つかの理由があるが、排水量がもっとも大きい要因であった。三〇〇〇トン以上では駆逐艦とならないため、さらに、航続力を稼ぐにはそれなりの大きさが必要であったことによる。改設計のポイントは機関と兵装、ヘリコプター搭載能力の撤去であった。
ちなみに、「たかつき」型護衛艦はすべての面でもっとも可能性が高かった。なぜなら、機関が元からスチームタービン搭載で設計されていたからである。しかし、排水量が三二五〇トンと大きく、船体も「はつゆき」型護衛艦に比べて六m長かった。結局、船体の設計変更が行われれば、それなりに期間を要するため、見送られたといえるだろう。「あぶくま」型護衛艦は逆に船体が小さく、排水量が二〇〇〇トンであるため、航続力が不足すること、長期間の洋上勤務に耐えられる居住スペース確保が難しいことで候補から外れたといえる。
そうして建造されたのが「雪風」型駆逐艦であった。機関をガスタービンから蒸気タービンに変更することで入手の容易な重油で運用可能であり、世界中で燃料補給が可能であるということ。ヘリコプター搭載能力の撤去によるスペースを利用して武装を強化したことにある。とはいえ、電装関係は「はつゆき」型そのままの旧式であった。部分的にはさらに旧式のもの、レーダーはミリ波であった。
これは運用者を考慮してのものであったとされるが、それ以外に、皇国以外に技術が流れることを恐れた面もあったようである。しかし、完成したネームシップ、『雪風』はこの世界では最高性能を持つ駆逐艦といえた。また、汎用駆逐艦として建造されてはいたが、どちらかといえば、対潜対艦攻撃を主目的にされているといっても過言ではない。
その諸元は次のとおりである。排水量二九五○トン、全長一三○m、全幅一三.六m、 吃水四.一m、主機石川島播磨二胴衝動式スチームタービン×二基、二軸推進、出力五万馬力、武装五四口径一二七mm単装速射砲一基、短SAM八連装発射機二基、アスロック対潜ロケットランチャー一基、短魚雷三連装発射管二基、四連装対艦誘導弾発射機二基、二〇mmCIWS二基、最大速力三四kt、航続距離一六ktで四〇〇〇浬、乗員定数一九○名というものであった。
諸元を見ても判るようにほとんどが「はつゆき」型と同じである。違いといえば、船体がスチール製であり、備砲が七六mmから一二七mmに、短SAM発射機が一基増えたこと、ヘリコプターを搭載しないことだけであった。それでも、この世界に現れたどの駆逐艦よりも強力であったといえる。しかし、聨合艦隊所属将兵にとっては習熟に期間を要したともいえた。つまり、エレクトロニクスの塊であったといえる。
艦のシルエットは「こんごう」型イージス護衛艦に似ていた。これは「北上」型軽巡洋艦にもいえることであった。つまり、艦橋上部に設置されたレーダーによるものであったといえる。そう、レーダーは円形の回転式ではなく、単方向指向アンテナ(板状のもの)を艦橋上部にぐるりと巻くように取り付けていた。が、「こんごう」型のフェイズドアレイ方式とは異なり、素子数はそれほど多くはない。艦内のレーダースクリーンも旧来のままであったといわれる。なぜ、このような方式を取ったのかは不明であり、海軍側も公表していない。後年、「こんごう」型や「あたご」型、「すずや」型のイージス巡洋艦の存在を目立たなくするためと建造期間の短縮にあったのではないか、そう考えられることが多い。
ともあれ、艦橋上部でクルクル回るアンテナがないことを列強は不思議に思っていたといえる。そして、これと同様の艦艇が建造されることとなる。結果、「こんごう」型や「あたご」型のフェイズドアレイ式レーダーはあまり目立つことはなかったといわれる。ただし、MI6やCIAはいくばくかの違いを感知していたといわれる。その結果が後の「あたご」型巡洋艦の類似艦の出現にあった。
いずれにしても、「雪風」型駆逐艦の出現が世界に与えた影響は大きいといえた。この当時、対潜兵装の多くは無誘導のヘッジホッグやロケットランチャーによる投下爆雷であり、魚雷を発射することなど考えられていなかったからである。対独参戦後は欧州に出ることが不可欠となり、皇国海軍はその弾体である音響追尾魚雷を英国に供給せざるをえなかった。これは本来の弾体とは異なり、性能的には劣るものであった。
後に欧州派遣軍でも使用しているが、それほど不便は感じなかったといわれる。対空誘導弾や対艦誘導弾とは異なり、対潜誘導魚雷は未だ開発されていなかったからである。だからこそ、ドイツ海軍は多量のUボートを建造し、あれほどの猛威を振るったといえる。当然、英国や連合軍に供与された誘導魚雷には自爆システムや敵味方識別装置は組み込まれていない、より単純なものであった。それでも、唯一の対潜誘導兵器であり、皇国海軍欧州派遣軍が戦局を覆すような戦果を挙げえたと思われた。
ちなみに、「雪風」型駆逐艦の場合、多くの兵装が洋上で装填できるようにされていた。これは「北上」型軽巡洋艦と大きく異なる点であった。むろん、「北上」型軽巡洋艦でも一部は洋上で装備できるが、VLSだけは基地あるいは泊地においての補給装填とされていた。これは、洋上装填訓練中、運用側が装填ミスを繰り返したことによる。いずれにしても、装填後は塩害対策のためそれなりの作業が必要であったが、VLSに比べれば遥かに容易であったからであろう。
この「雪風」型駆逐艦、もちろん、この世界に現れた「陽炎」型駆逐艦の八番艦である『雪風』から取られている。旧日本国の歴史において、第二次世界大戦で幸運艦として知られていたことにあるといえた。ちなみに、本家『雪風』は佐世保で記念艦となっている。また、外州でも旧日本国の戦史でもっとも印象に残る艦として知られ、皇国海軍の記憶に新しかった、ということになる。
対独参戦時、九〇隻も建造されていたが、最終的には僅かに三二隻しか皇国に残存していなかった。もちろん、これは損失したわけではなく、大量五八隻もが各国に供与あるいは売却されたからに他ならない。特に英仏米、ポーランド、東欧諸国を中心にして売却あるいは供与されている。この当時の駆逐艦は二〇○○トンから二四○○トンが主流であり、これは対空誘導弾、対艦誘導弾を搭載するため、それなりのプラットフォームが必要とされていたからである。その中で、ほぼ三〇〇〇トン近い「雪風」型駆逐艦は最良の駆逐艦として先進国からの評価を受けていた。
後に汎用駆逐艦の基本モデルとされ、各国で類似艦が建造されている。そんな中、英米仏に売却された「雪風」型駆逐艦はその後、多くの後進国に売却され、長く現役任務についていたといわれる。東南アジア諸国や南米では特に長く現役であった。
ともあれ、「雪風」型駆逐艦は事故で失われることはあったが、戦闘で失われることなく、幸運艦としての伝統は継承していたといえる。ちなみにネームシップの『雪風』は秋津州で記念艦として保存され、場所は別であるが、二代揃って保存されている稀な例といえた。




