T-04 あやかし大戦争~ボクらの家を護れ!~
幽霊、妖、物の怪……etc
一般的に怪異と呼ばれる彼らは、人間たちの所業に怒り狂っていた。
人間達が『心霊スポット』と呼ぶ場所は彼らにとっての『家』であり、自分たちの家で好き放題する人間共に彼らは強い不快感を示していたのだ。
ある妖が言った。
「全面戦争だ!」
しかし、別の妖は首を振り、冷静な意見を返す。
「いや、人間と争っても良い事はない。逃げるべきだ」
「なんたる弱腰だ!」
「それでも妖か!」
話し合いは既に話し合いの体を為しておらず、者ども、言いたい放題叫ぶばかりである。
そんな中、数千という年月を生きてきた妖は杖で床を叩いてから緩やかな口調で語った。
「しかし、どこへ逃げようと、奴らは追ってくる」
「……ならば、どうする。オババ」
「ふっ、決まっておろう」
「我らの力を見せつけるだけよ」
備え付けの小さなモニター。表示されていた設定画面が切り替わり、カメラが捉えた映像が流れ始めた。
そこには大学生くらいの軽薄そうな短髪の男が、笑顔で映っていた。
「えー。我々は今、とある山奥に来ております」
「おいケンジィ! 何勝手に撮影してんだよ、殺すぞ!」
どこからか声が聞こえた瞬間、ケンジと呼ばれた男はビクっと肩を震わせた。映像はハンドルを握るケンジと同年代くらいの男と、助手席に座る顔立ちの整った女を映す。
「ひえー! 怖いですね〜皆さん。これが好青年で売ってるタツヤの本性です。そして隣に座るのは、清純派で売ってる女王様のユミ」
「チッ」
「止めなよ。タツヤ。運転中なんだから。それにどうせ編集で消すんだしさ。ケンジもいい加減にしないとアカネを抱かせてやんないよ?」
「へへ。わりぃわりぃ」
タツヤの苛立ちを表すように運転が荒くなり、ガタガタと画面が揺れる様になった。
映像はそのまま横に流れ、助手席の後ろに座る女を映す。女は夏だというのに長袖の上着を着ていた。
「アカネ。お前、よく車の中でメイクなんて出来るな」
「別に良いでしょ」
「悪いとは言ってねぇけどさ」
画角の外から伸びた手が、アカネと呼ばれた少女のジーパンに触れる。
その瞬間アカネはキッと苛立った様な顔をカメラに向け、手でレンズを覆い隠すのだった。
「触んないで! あとメイクしてるとこなんだから、撮らないでよ!」
「いでっ!」
カメラはアカネから外れ、前方の様子を映し出す。ただ外の方が暗い為に外の景色は見えず、窓ガラスに反射した車内の様子を見せるばかりであった。
「……ねぇ。まだ着かないの?」
「そろそろだと思うんだけどな。ナビも山の中に入ってから変な感じなんだよな。壊れちまったのかな」
「はぁ〜……ダル。ねぇー! アカネ―!」
「は、はい!」
「何か面白い話してよ。退屈だから」
「え? え? 面白い、話?」
反射したガラスの向こうでアカネが怯えながら何かを話そう口を開き、それを遮る様にタツヤが声を上げた。
「お? 見えた! ここだ、ここ!」
開けた窓からカメラを突き出したらしい映像には、夜の暗い闇の中で周囲よりも更に暗く見えるナニカが映っていた。
それからはしばらく、暗闇の中で車から降りて歩いているような音。次に映し出されたのは、大きな建物だった。全てを覆い隠す様な暗闇の中に、ぼんやり浮かび上がる木造の建物。
かつて窓ガラスがあったであろう場所には何も残っておらず、底なしの闇が窓枠の向こうからこちらを覗いている様な光景であった。
「うわ……キッショ。なに? ここ」
「あー、なんか昔は病院だったみたいだな。精神病院だったってさ」
「うー、なんか寒くない?」
「いや、別に寒くないけど。上着いるか?」
「いらない、持ってきてるから。アカネ! アカネ〜!」
声に反応して動いた映像の向こうでは、苛立った様子で自分の体を両手で包んでいるユミが車の中でまだメイクをしているアカネを呼びつけていた。
「な、何? ユミちゃん」
「遅い! アタシが呼んだら2秒で来いって言ってんでしょ!?」
アカネはユミに足を蹴られ、ふらつきながらも笑顔を浮かべている。痛みをこらえているのか、その笑顔は痛々しかった。
「あたしの上着持ってきて、助手席にあるから。てか、呼んだら早く来いよ! 愚図!」
「ご、ごめんね! すぐに取ってくるから!」
「チッ……イライラするなぁ」
「落ち着けって。ほら、タバコいるか?」
「いる」
タツヤからタバコを受け取ったユミは、苛立ちをアピールするように地面を足で軽く叩いた。少ししてアカネが持ってきた上着を乱暴に受け取ると、裾を彼女にぶつけるようにして羽織るのだった。
「はぁ〜……じゃ、一本吸ったら撮影やろっか」
「あー、そうだな。んじゃ台本、台本っと」
タツヤはスマホを見ながらブツブツと喋りはじめ、ユミもタツヤのスマホを覗き見て、あーだこーだと自分の見せ方に注文を付けた。
スマホをポケットに突っ込んだタツヤとタバコをポイ捨てしたユミは、怯えるアカネを引っ張って薄暗い木造の建物の前に立つ。
そして先ほどまでの雰囲気とはまるで違う、明るい大学生の顔になった。
「えー……皆さん。僕らは今、F県某市のとある廃病院に来ています。見て下さい。この恐ろしい建物を……!」
「廃病院って事は、潰れちゃったんだよね? なんで潰れちゃったの?」
「それが! 世にも恐ろしい話なのですが、この病院で入院していた精神病の患者さんがですね。ある日、おかしくなってしまい。他の患者は勿論、医師も、看護師もみーんな、殺してしまったのです!」
「えぇ……こわぁ……」
「しかも、この病院はそれからすぐに潰れてしまった為、当時の惨劇がそのまま今も残されているとか!」
「さ、さすがにご遺体は運ばれたんだよね?」
「それは勿論。警察の人が運んで行った。だけど……」
「だけど?」
「遺体を埋葬する時に数を数えたら……遺体の数が、足りなかったって言うんだ」
「えぇー!? じゃ、じゃあ!」
「そう。まだこの病院の中に、残されているんじゃないか! っていう話なんだよ」
「う、うぅ……私、無理。もう帰りたい……」
テンポよく進んでいたタツヤとユミの会話が不意に止まり、タツヤが横に手を振った。
「ここで少しカットな」
「ちょっとアカネ!」
「は、はい!」
「ボーっと突っ立てるんじゃなくてさぁ! ちゃんとアンタも参加しなさいよ!」
「さ、参加って言われても……私、何したら……」
「自分で考えろよ。視聴者がウケる事やれって言ってんの」
「そんなの……分かんないよ」
「はぁ……ったくしょうがねぇなぁ。お前はよ!」
「タツヤ。顔はやめてよ」
「分かってるよ!」
タツヤはアカネの腹を殴りつけ、ペッと地面に唾を吐き捨てて冷たく言い放った。
「お前が一人で先に中に入れ」
「ケホッ、エホッ……おぇ」
「聞いてんのかよ!」
「わ、分かった! 分かりました……!」
「ちゃーんと笑顔でやるんだよ? アンタがやりたくてやるんだからさ。ね? 分かってるよね? また痛い思い、したくないもんね?」
アカネは怯えながら必死で笑顔を作り、震える手で腕をさすった。
そして、アカネが落ち着くのを待って再び撮影が始まった。
「う、うぅ……私、無理。もう帰りたい……」
「だ、大丈夫だよ! ユミちゃん。こんな所、全然怖くないよ! 私なんか一人で行っちゃうもんねー!」
アカネは明るい調子で廃病院の玄関に向かって進み、ゆっくりと木造の扉を開いた。
そして一歩踏み出す度に嫌な音を立てる廊下を先行して進み、タツヤとユミが続く。
しばらく進んでも、何も起こらなかった。タツヤの歩みに若干の苛立ちが混じってきた頃、一階の突き当りで異変が起こった。
突如として映像が揺れ、カメラが地面に落ちたのだ。カメラは回転し、彼らが歩いてきた方を向いて止まった。大きな音がしたが壊れはしなかったようで、カメラは変わらず録画を続けている。
「え?」
「ユミ? どうした?」
「いや、ケンジが……ひっ!?」
ユミが短い悲鳴を上げた。見てはいけない物を見てしまった様な悲鳴を。
次いでカメラを跨いだらしい三人の足。急いで入り口の方へ逃げようとするが、進行方向には白く光るなにかがあった。ぼんやりと周囲を照らし始めたそれは、まるで蝋燭の炎の様であった。
暗闇に支配された病院の廊下を淡く照らす小さな炎。
しかも一つではなく、ポツ、ポツと増え続けた。逃がさないとでも言う様に。
「囲まれてる!?」
「ねぇ、ヤバいよこのままじゃ!」
「どこかに逃げないと!」
焦るタツヤとユミをよそに、一番早く動いたのはアカネであった。
アカネはすぐ近くにある扉を開け、中に入ると力任せに閉めたのだ。
「は!? アカネ! 何やってんのよ!」
「アカネ! ふざけんなよお前!」
タツヤとユミは周囲を蝋燭の灯りに囲まれながら必死に扉を叩く。
周囲を完全に囲まれている以上、どこにも逃げ場はないのだ。
「アカネ! 開けろ! ぶっ殺すぞ!」
「また痛い目みたいの! ちょ、やだ! こっちに来ないでよ! や、いや、いやぁぁぁ!」
ユミの全身が一瞬にして炎に包まれる。髪も、ブラウスも、ぴったりとしたジーンズも、何もかもが焼き尽くされ、消し炭へと変わっていく。
「あぁぁああああ! 熱い! 熱い!! タツヤああああああ」
「こ、こっち来んな……! ぐふっ、がっ、え……?」
ユミから、炎から逃げようとしたタツヤの胸に、包丁が突き刺さっていた。口から吐き出し、黒焦げになって倒れたユミに続く様にして床に、倒れる。
静まり返った院内。白い光はいつの間にか消え、薄暗い廊下に二人の死体が転がっていた。
少しして、アカネの逃げ込んだ部屋の扉がガタガタと音を立てながら開いた。そこから出てきたのは、キィキィと音を立てる一台の車椅子だった。
車椅子には、青白い顔をしたアカネが座っていた。口の端からは血が流れ、薄く開いた瞳は濁っている。まるで誰かが押している様に、車椅子はアカネを乗せたままどこかへ行ってしまった。
それから。
しばしの静寂があり、不意にドタバタと騒がしい足音が響き始めた。
「アルファリーダーから各隊へ。ガキどもは全滅だ、遠慮はいらない。化け物共に銃弾の雨をくれてやれ!」
「フン。バカなガキ共だ」
グローブを嵌めた手が画面いっぱいに映り、そしてカメラは録画を停止した──。





