T-03 魔王に転生した私をヤンデレ勇者が溺愛してきます!
女魔王ディアブレッセは、玉座で勇者に討たれる覚悟をしていた。何故なら彼女には、社畜OLとして過労死した前世の記憶があるから。この世界は、ディアブレッセが前世でプレイしていたゲームの世界なのだ。
しかし、実際に対峙した勇者エクトルは、ディアブレッセの命を奪わず、自身の屋敷に連れ帰る。
足枷を付けられ、エクトルの屋敷に監禁されるディアブレッセ。しかし敵であるはずのエクトルは、ディアブレッセに優しい言葉をかけて……。
「俺は、ここにいるディアブレッセを妻にする! 例えこの世界の全てを敵に回しても!」
女魔王と勇者の風変わりなラブストーリーが幕を開ける!
「俺は、ここにいるディアブレッセを妻にする! 例えこの世界の全てを敵に回しても!」
勇者が、私の肩を抱いて勇者パーティの元メンバーに宣言した。元メンバー達も、私もポカンと勇者を見つめる。
そして数秒後、元メンバー達と私は、揃って叫んだ。
「ええええええ!?」
――どうしてこうなった。私、魔王なんですけど。
「魔王様、お逃げ下さい! もう勇者達がすぐそこまで迫っております!」
緑色の身体をした大柄なオークが私に向かって叫ぶ。私は玉座に腰掛けたまま、気持ちを落ち着かせるように深呼吸すると、凛とした声で言った。
「お前、私の力を忘れたのか? 今までこの魔王国を治めてきた私の力を。勇者など、私があっという間に灰にしてくれるわ」
「しかし……!!」
「いいから、ここは私に任せておけ。お前達こそ今の内に逃げろ。私と勇者の闘いに巻き込まれて死んでも知らんぞ?」
オークは、苦しげな顔で考え込んだ後、バタバタと広間を出て行った。
魔王城の広間で一人きりになった私は、震える手で黒いマントに付いているポケットから手鏡を取り出し、そこに映る自分の顔を見つめた。
凛々しい目から覗く黄色い瞳。少し内巻きになったボブカットの黒髪。胸元の開いた白いシャツ。よし、いつもの私だ。とても、死の恐怖に怯えているようには見えない。
私、ディアブレッセは、この後自分が死ぬ事を知っている。何故なら、ここは私が前世でプレイしていたゲームの世界だから。
ラスボスである女魔王に転生したと分かった時には絶望したものだけれど……うん、私を慕ってくれる魔物達とここまで生きてこれただけでも良しとしよう。
私は前世で社畜OLだった。自分は碌に仕事をしない癖に仕事を押し付ける上司に反抗した所、後輩に嫌がらせをしたというデマを流された。
後輩も私に嫌がらせをされていないと言えず、私は悪者として白い目で見られながら仕事をしないといけなかった。
前世の最後の記憶が、フラフラになりながらも事務作業をする場面だったから、多分私は過労死したんだろう。
大量の仕事を押し付けられても、誰も助けてくれなかった。一度悪者のレッテルを張られてしまうと、私本人がいくら否定しようと無駄なのだ。
それは転生したこの世界でも同じ。いくら私がゲームの中のような残虐な行為をしなくても、私は勇者に倒されるべき悪者なのだ。
私が物思いに耽っていると、カツンカツンと足音が聞こえる。私が顔を上げると、広間に一人の青年が入って来るところだった。
古びた白いシャツに胸元だけ覆った小さな鎧。黒いズボンに茶色いブーツ。この服装は見た事がある。そして、彼の顔を見た私は緊張でゴクリと喉を鳴らした。
綺麗な金色の髪を短めに整え、宝石のような碧い瞳で私を見つめるその青年は――私を倒すであろう勇者、エクトル・ディドロだ。
エクトルは、私を見つめながら口角を上げて言った。
「……やっとここまで来た……!」
ん? 随分と感慨深げだな。よく見ると、エクトルの瞳が仄暗い光を放っているように見える。その沼の奥底にあるような光は、まるで麻薬の中毒患者のような……。いや、中毒者を見た事は無いけれど。
まあ、やっとラスボスである私の所に辿り着いたんだから、笑いたくもなるよね。私は、不敵な笑みを作って言った。
「お前が勇者か。よくここまで来れたものだ。……お前一人か?」
「ああ、俺の仲間なら、今頃外でお前の部下達を倒しているだろうな」
ふうん。ゲームだと、ボス戦は勇者パーティ全員で挑んでたけどな。まあいいか。私は、ゆっくりと立ち上がると、右手を高く掲げて力を込めた。私の手の側に、大きな火の玉が出来る。
「ここまで来た事、誉めてやろう。だが、残念だったな。お前は今ここで、灰になるのだ!」
そう言って私が火の玉を投げようとした瞬間、エクトルが液体の入った小さなガラス瓶を放り投げた。そのガラス瓶は大理石の床に当たって砕け、気化した液体が広間に充満する。
ああ、この液体、ゲームで出てきたアイテムだ。そう思った瞬間、私の手から火の玉が消えた。あの液体には、魔力を無効化する力があるのだ。
そして、気化した液体を吸った私の体にも異変が起き始めていた。体に力が入らない。立つこともままならなくなった私は、ヘナヘナと床に手と膝をついた。
そんな私の元に、エクトルが近づいてくる。
ああ、私、とうとう死ぬんだな。ごめんね、魔族のみんな。私、やっぱり勇者の命を奪うなんて出来ないよ。火の玉を投げるのも一瞬躊躇しちゃったし。
でも、最期まで魔王らしく振舞ったよ。出来る事なら、みんなには生きていてほしいな。
そんな事を思っている内に、エクトルが私のすぐ側まで来ていた。エクトルは跪くと、私の顎を右手で持ち、私に顔を近づける。
やっぱりエクトルは綺麗な顔をしてるなあ。青い瞳に吸い込まれそう。まあ、前世でゲームをしている時も推しだったしなあ。
ボーっとする頭でそんな事を考えている間にも、どんどんエクトルの顔は近づいてきて……とうとう、エクトルの唇と私の唇が重なった。
あれ? 私、エクトルにキスされた? いや、そんなわけ無いよね。だって、私達は敵同士だし……。幻かな? でも、やけに感触がリアルだな。エクトルの唇、柔らかくて温かい……。
そして、私は気を失った。
目を覚ますと、私は見知らぬ部屋にいた。……どこ、ここ。私、生きてるの……? 暗いから、今はまだ夜かな。
私は、フカフカのベッドに寝かされているらしい。とにかく、今の状況を把握しないと。
そして、起き上がってベッドから離れようとした私の耳に、ジャラジャラという音が聞こえた。見ると、私の左足に足枷が着けられていて、そこから伸びた鎖がベッドに繋がれている。
……え? これ、どういう状況?
上半身だけ体を起こした状態で、改めて部屋を見渡す。月明かりだけに照らされた薄暗い部屋は、結構な広さがあるみたいだ。
木製の棚も品が良いし、小さなテーブル、椅子もセンスが良い。どこかの貴族の部屋なのかな?
そんな事を考えていると、部屋のドアが静かに開いた。ハッとして振り返ると、エクトルがコップの載ったトレイを持って部屋の中に入ってきた。
「ああ、目が覚めたか」
エクトルは、トレイをテーブルに置きながら笑顔で言う。
「……どういう事だ、勇者。ここはどこだ。何故私は殺されていない。この鎖はなんだ?」
私がエクトルを睨みながら言うと、エクトルは何でもないというような顔で答えた。
「ここは俺の屋敷だ。鎖を着けるのは当然だろう。お前を逃がすわけにはいかないからな」
エクトルが、少し昏い瞳で私を見つめる。……あれ? エクトルって爽やかなキャラじゃなかったっけ。なんでこんな目をしてるの?
気を取り直して、私は引き続きエクトルに問いかける。
「魔王である私を野放しにしておくわけにいかないのは分かる。しかし、何故殺さない?」
エクトルは、私の方に近づくと、私の頬を両手で包んで言った。
「お前の命を奪う必要など無いだろう。お前は優しい女だからな」
「……は?」
呆然とする私に向かって、エクトルは言葉を続ける。
「俺は勇者になるにあたって、魔王国や魔族の歴史も勉強した。それによると、五十年くらい前から、魔物が人間を襲う事例が極端に減ったそうじゃないか。お前のおかげだろう?」
五十年前というと、私が百五十歳の時か。あの頃は、丁度私が先代魔王から王位を継いだ時で、魔物が人間を襲わないように奮闘してたなあ。人間の代わりに害獣を捕って食べろーって言って。
当時は既に前世の記憶を思い出していたから、人間が魔物のせいで命を落とすのが嫌だったんだよね。それでも一定数の魔物は人間を襲っちゃってたけど。
「お前はさっき城の広間で俺を攻撃しようとしていたが、俺を殺す気は無かっただろう。お前はいつも、人間を守りたいと思いながら、必死に魔王としての責務を果たそうとしていたんじゃないのか?……今まで、よく頑張ったな」
エクトルが、微笑んでそう言った。私の心が、じわりと温かくなる。私は、体を震わせながら声を絞り出した。
「どうして……、どうして、敵であるお前がそんな事を言うんだ。私は、誇り高き魔王で……私は、私は……うぐっ、ひっぐ……!!」
今まで、私は魔族に慕われてきた。信頼されてきた。でも、努力を労ってもらった事なんて無かった。みんな、私が努力をしなくても何でも出来ると思っているから。「頑張ったな」なんて言われたのは、初めてだった。
泣きじゃくる私を見ながら、エクトルは静かに部屋を出て行った。
気が付くと、私はまたベッドに横たわっていた。部屋には朝陽が差し込んでいる。どうやら私は、泣き疲れて眠っていたらしい。
上半身を起こしながら、私は昨日の事を思い出していた。どうやらエクトルは、私の命を奪う気は無いらしい。じゃあ、これから私はどうなるんだろう。まさか、ずっと足枷を付けられたままこの屋敷に!?
いやいやいや、無理無理無理! きっと、魔王軍は敗北したはず。魔王じゃなくなった私は、これからどうエクトルと接していいか分からない。
だって、あんな綺麗な顔をした推しと暮らすなんて、心臓が持たない。それに、それに……魔王城で気絶する直前、エクトルにキスされる幻まで見て……。
私の顔が、自然と熱くなる。いやいや、冷静になれと首を振ったところで、私は床に視線を向けて目を見開く。床に、魔法陣が現れたのだ。
そして、魔法陣から三人の人物が姿を現す。その三人に、私は見覚えがあった。





