T-22 悪の幹部はアルバイト!〜常連が魔法少女だった時のマニュアルってありますか?!〜
『ダラーク一味』は悪の組織である。全人類の煩悩を溢れさせ、堕落させ、世界を混沌の渦に陥れようとしていた。
それを阻止するべく立ち向かうは魔法少女たち。通称『マジカ・シスターズ』。『ダラーク一味』と『マジカ・シスターズ』組織の戦いは1年以上続き、膠着状態にあった。
この膠着状態に喜ぶ者がいた。悪の幹部……を兼業するアルバイター。猪山イクリ。高校二年生の彼は、昼夜問わず休日までもバイトに勤しみ、小学生の妹を養っている。バイト期間が少しでも長引くように率先して膠着状態を続けていたイクリだが……。
土曜の昼下がり、繁華街のど真ん中で。俺は魔法少女と睨み合っていた。
「そこまでよ、ピグトン! ボンノーンになった人を元に戻しなさい!」
アスタ・マジカは見栄を切り、ピンク色のステッキを俺に向けた。コスチュームのフリルと、ピンクのツインテールが風に揺れる。ファンシーな装いながら、目には殺気が宿る。めっちゃ怖い。
恐ろしい魔法少女の隣には、ミルク色の妖精がふわふわと浮いていた。
「今日のボンノーンも強敵ニル! 気を抜いちゃダメニル!」
「もちろん! 絶対許さないんだから!」
アスタ・マジカの気迫がさらに増す。とても戦いたくない。しかし、これは業務。俺は覚悟を決め、『悪の幹部ピグトン』に入りきった。
「何を言うか、アスタ・マジカ。俺は煩悩を解放しただけのこと! そうだろう、タバコボンノーン!」
悠々と声を張り上げると、頭上から『ボンノーン!』と低い叫びが返ってきた。俺の背後に立つのは、巨大なタバコに手足を付けた『ボンノーン』だ。
「相変わらず安直な怪人ね!」
「安直で結構! やれ、タバコボンノーン!」
『ボンノーン!』
ボンノーンは頭の先から白い煙を吹き出す。瞬く間に広がった煙は、周囲を真っ白に包んだ。
「──っ!? げほっ、タバコ臭っ!」
噴煙をもろに食らったアスタ・マジカは激しく咳込み苦しんだ。もはや戦えまい。
さて、ボンノーン作ったし喧嘩も売ったし、ノルマは達成済み。煙に紛れて、さっさと退散してしまおう。
そう思い、瞬間移動を開始した矢先だった。
──ガシッ。
「……へ?」
俺の手はいつの間にか掴まれていた。
白い煙の中から、ギラついたメタリックピンクの手甲が現れたのだ。
「捕まえたわ。ピグトン」
アスタ・マジカの目が鋭く光る。
奴は、煙幕を突っ切ったのだ。
「マジか、こいつ……!」
俺が状況を理解したのとほぼ同時、アスタ・マジカは呪文を唱えた。
「『アグレッション:アスタ・マジカ』!」
瞬間、アスタ・マジカの手甲が赤熱。魔力はたぎり、拳に集束。こんなものを喰らえば、一溜りもない。
とっさに俺は叫んだ。
「ボンノーン! アスタ・マジカを引き剥がせ!」
ボンノーンはアスタ・マジカを後ろから、巻き付くように締め上げた。
『ボンノーン!!』
「えっ、後ろから!?」
羽交い締めにされ、アスタ・マジカは離れていく。俺はこの隙に近くのビルへ飛び移った。
「また逃げる気!? いい加減正々堂々戦いなさい!」
アスタ・マジカのブーイングが後頭部に刺さる。
しかしアイツと俺が、本気で戦うことは一生無いだろう。バイト先を潰すなんて、死んでも御免だ。
「ではな、アスタ・マジカ。また会おう」
そう言い残し、適当な場所に瞬間移動した。
降りたのは近くの路地裏。人気が無いことを確認し、変身を解除した。禍々しく黒い鎧は光の粒となって消え、俺はパーカー姿の男子高校生に戻る。
──瞬間、体が鉛のように重くなった。強化された体に慣れてしまい、重力が体にのしかかる。
「うわっ、だっっっっっる……」
一歩も動く気になれず、空を見上げた。
ビルに囲まれた小さな空は、ひたすらに青かった。この青さは、魔法少女に守られている。
「……あー、今日もハシゴかぁ」
俺は重い足を引きずり、路地裏の出口へと向かう。
俺は猪山イクリ。高校二年生。訳あって、魔法少女の敵対組織『ダラーク一味』の幹部をしている。
そしてこれから、ラーメン屋とコンビニのバイトをハシゴする。
*****
日曜日の午前2時、セゾクマート上尾店はガラガラに空いていた。そして無気力な俺は、レジの前で棒立ちしている。14時間働き詰めで頭が回らないのだ。
幼い妹と、俺の生活が懸かっているとはいえ、体力は限界だ。
しかしコンビニバイトは俺にとってウィニングラン。化け物と戦わなくていいし。ラーメン屋と違い、高温多湿でも慌ただしくもない。ついでに頭も楽になる。なぜなら──。
[テレレレ~ン♪]
入口のチャイムが鳴った。客が来たのだ。そして、この時間に来る客など一人しかいない。
「よっ、イクリ! 今日も来たぜ」
自動ドアの前には、部活帰りのようなスポ根女が立っていた。上下ジャージでエナメルバッグを肩にかけた、赤羽シオンだ。
赤羽は、なぜか鼻をこすって得意げだ。ベリーショートの髪はケアが雑なのか、毛先がボサボサに広がっている。
「今日も遅いな。特訓か?」
「おうよ! 邪魔するぜー!」
元気に宣言し、赤羽は店内を物色し始めた。
奴はこの時間の常連客。深夜2時にも関わらず、異様に元気。受け答えもぶっきらぼう。粗雑で混沌とした赤羽は、秩序の化身みたいなアスタ・マジカと真反対。奴の姿を見る度に、俺は途方もなく安心した。
2、3分、歩き回っただろうか。赤羽はレジ前に到着。カゴを俺の前に置き、またも鼻を擦る。
「会計頼むぜ! あとセゾクチキンもな!」
「はいよー」
渡された商品を次々に読み取る。
赤羽は公園で『特訓』をしてるらしく、いつも腹を空かせている。だから買い物ついでに雑談しながら夜食を食べていく。かれこれ1年、そんな感じだ。
この時間が一日の労働の中で最も気楽だった。
しかし、今日は違った。
「……ん?」
思わず手が止まる。赤羽が買うものはいつも同じ。冷凍ブロッコリーにゆで卵、それに揚げたてのセゾクチキン。
変わり映えしない商品の中に、タバコ用の消臭スプレーが入っていた。思えば、今日の赤羽はタバコ臭い気もする。
「どうした赤羽、身内にタバコ吸う人居ないだろ? 道場だし」
何気なく聞くと、赤羽は額に汗を浮かべた。
「え!? あ、いつも通り公園で特訓してたんだけどよ! 近くにすっげえタバコ吸う奴がいて、風向きとか諸々で馬鹿みてえに煙浴びてタバコ臭くて鼻水が……! いや、ええっとつまりだな……!」
あたふた手を動かしながら、赤羽は喋りまくる。その間、俺と目線が一切合わない。どうやら、赤羽は何かを隠しているらしい。
「やましい事があるのか?」
「ギクッ!」
「それは自白だな?」
「い、いや、お前だって高校生の癖に深夜バイトしてるじゃねぇか!」
「俺は妹を食わせるためだから仕方ないだろ。やましさは無いぞ」
「ぐ、ぐう……」
赤羽の口からぐうの音が出た。
しかし珍しい、奴が隠し事をするなんて。きっと事情があるのだろうが、ああも動揺されると心配になる。女子高生とタバコなんて、横並びにしたくない組み合わせだ。
「大丈夫か? 話なら、聞くぞ?」
そこまで言った所で、
「よ、用事思い出した! じゃあな!」
と、赤羽はコンビニの外まで一目散に逃げた。商品を両腕に抱え、目にも止まらぬ早さで。
「…………」
呆気に取られ、レジを前に立ち尽くす。
カウンターには1000円札が2枚。いつの間にか赤羽が置いたのだろう。しかしお釣りが出る。会計が面倒だし、ネコババもしたくない。
「店長ー! お客さんがお釣り忘れたんで渡してきまーす!」
バックヤードに叫び、俺は店を飛び出した。
店先は、街灯もなく真っ暗だ。
「────」
しかし、コンビニの裏から話し声がする。赤羽ともう一人、子供のように甲高い声だ。
「──! ──!!」
何やら言い争っているらしい。いつも一人で来る赤羽が、こんな時間にいったい誰と?
好奇心に負けた俺は、壁の裏から覗くことにした。
暗がりにじっと目を向けると、徐々に焦点が合ってくる。頭を掻く赤羽の後姿が見えた。それと──。
「なんで消臭剤なんか買うニル! 正体がバレたらおしまいだニル!」
赤羽の正面に、ミルク色の小動物が浮いていた。昨日の昼、アスタ・マジカの隣にいた妖精だ。そいつが赤羽にブチ切れている。
「うるせえな! 全身タバコ臭くて昼から鼻水が止まらねえんだよ!」
「だからって、いつものコンビニで買うとか訳分からんニル! バレたらSNSで大拡散されるニル!」
「バレるかよ! いつものオレとアスタ・マジカの時のオレはまるで違うだろうが! それに、イクリがんなことするかよ!」
壁の裏にすっかり隠れ、俺は口を覆う。
赤羽がアスタ・マジカだと? 信じられるか! 俺は疲れすぎて悪い夢でも見ているんだ。
小銭を握りしめ、戻ろうとしたその時だ。
──ガシッ。
「へ?」
俺の手は、いつの間にか掴まれていた。
恐る恐る振り返ると、赤羽の目が鋭く光っている。間違いない、奴はアスタ・マジカだ。
赤羽は手に力を込めながら、問いかけてくる。
「イクリ。どこから、聞いてた?」
慎重に答えなければ。返答次第で手が潰れる。
「……お前が、アスタ・マジカだってとこは聞いてた」
弱々しく口に出した。
「ば、バレちゃったニル! どうすればいいニル?!」
妖精は短い前足で頭を抱え、飛び回る。そんな妖精の首を掴み、赤羽は顔をしかめた。
「うるせぇぞ、ニルヴァ! 元はと言えばオレがまいた種だ。……仕方ねぇ」
赤羽は俺に詰め寄る。
魔法少女は正体を隠している。実際、アスタ・マジカの正体は1年以上戦っている俺すら知らなかった。秘密を知った俺に、何をするかは分からない。
覚悟を決め、空を仰いだその時だ。
「突然だが、イクリ。魔法少女にならないか?」
「……何言ってんのお前?」
赤羽はあまりに真面目な顔で、そう言った。





