T-17 恋愛★マイスターは素直になれない ~恋愛強者の恋路を手伝うようです~
平凡な男子高校生、羽澄幸也はネットで恋愛指南アカウント『恋愛★マイスター』を運営している。
フォロワー15,000人達成も目前なある日、クラスでも中心人物な同級生、鶴園憂に恋愛を教えてほしいと頼まれる。
クラスでも陽キャといえば? と問われれば一番に名前が出てくる彼女だが、なんでも先輩にアタックしてもまったく効果がないんだとか。
最初こそ険悪な関係性の二人だったが、幸也は憂の申し出を承諾。
紆余曲折を経て、幸也は無事に憂の恋を成就させることに成功。
しかしそんな状況で、幸也は憂に惹かれていることを自覚する。
一方、憂の方も先輩との交際が開始してからも、脳裏に幸也の顔が浮かぶようで……?
「私……本当に先輩のこと、好きなのかな。もしかしたら――」
これは――恋路に悩む高校生たちが迷いながらも自分の気持ちと向き合う青春ラブコメディ。
俺たちの出会い方は本当に最悪だった――。
「羽澄くんだよね。羽澄幸也くん。こんな時間に屋上で何してるの?」
放課後。本来ならば入ることのできない屋上。
そのど真ん中に陣取りメモをまとめていると、不意に背後から話しかけられた。
振り返れば、腰まで伸びる黒髪をなびかせた同級生。クラスでも中心人物の鶴園憂だ。
なんでいるんだ?
ちゃんと屋上のカギは締めたはず。扉の方を見てみれば、普通に開いている。
まずったな。締め忘れたか?
「そういう鶴園だってなんでここにいるんだよ。屋上は生徒立ち入り禁止だろ」
俺も勝手に侵入してることは棚に上げておくこととする。
ひとまず誤魔化しつつ、広げていた配信準備用のノート類をさりげなく閉じる。
「まーね。でも、それは羽澄くんだって同じじゃない?」
「それは、そうなんだが……」
正論を言われると返す言葉もない。
鶴園は口を噤む俺を見て満足したのか、ゆっくりとこちらへ近寄ってくる。そして観察するように俺の周りをくるりくるりと回り始めた。
なんだか珍獣扱いされてるみたいで気分良くないな……。
「そんなジロジロ見て、なんだよ……」
「んー、いやねー」
鶴園は掴みどころのない返事をしたかと思うと、ふと俺の真正面で立ち止まる。
そしてにっこりとした笑みを浮かべ、俺と目を合わせて、言った。
「本当はさ、配信しようとしてたんじゃない? 恋愛★マイスターくん?」
「…………は?」
想定外の単語を告げられ、思考が停止する。
いや、待て。なぜバレている?
『恋愛★マイスター』――それは、俺がネットで恋愛相談所として運営しているアカウント名だ。
先ほどまとめていたノートも、配信のために準備していたものである。本当は家で配信できるのが理想だが……どうしてもいらん邪魔が入るからな。いや、今はそこらの話どうでも良くて。
俺の焦る表情で確信したのだろう。鶴園はにんまりと顔に笑みを浮かべ、そっかそっかと呟く。
「今日は屋上で配信予定だったんだねー。まあ、調べてたから羽澄くんが恋愛★マイスターなのは知ってたけどね?」
羽澄くんってノート派なんだ? なんて言いながら配信準備用ノートを開こうとする鶴園の手をはたく。個人情報だぞ、触んな。
しかし、何故こいつに配信のことがバレているんだ?
事情があって学校で配信をしてるものの、毎回場所も変えてるし学校でその手の話題を出したことは一度もない。なのにどうして、彼女は俺が恋愛★マイスターだと知っているのか。特段隠していたわけでもないが。
眼前でこちらを覗いてくる鶴園に、俺は警戒を強める。
「へえ、俺が恋愛★マイスターだと確信していたわけか」
「まあねー。じゃなきゃ、わざわざ配信前に凸ったりしないでしょ?」
「それもそうか」
どうにも掴みどころがないな……。
既に俺が恋愛★マイスターだと確信していて、そしてわざわざゲリラ配信の前を狙ってきたってわけか。
どうしてそこまで把握されてるかも気になるが、そもそも鶴園は何がしたいんだ?
軽く会話を交わしても、鶴園の目的が一向に見えない。
「……で、一体なんの用なんだ、鶴園」
「なんの用って?」
「目的を聞いてるんだ。わざわざ凸ってきた目的を」
んー? と鶴園は人差し指を口に当て、首をかしげている。
どうしてそこまで誤魔化そうとする?
もし仮に害意があるなら、周りに言いふらすなりこっそり動画を撮るなりやり方は色々ある。
しかし、そういった雰囲気すらない。ただただこちらを窺うような仕草ばかり。
俺が怪訝そうな視線を向けているところで何かを察したのか、鶴園は少し困ったような表情で口を開いた。
「いやー。実は有名な恋愛マイスターな羽澄君に、相談したいことがあってね?」
「……え、それだけ? そのためにわざわざ凸って来たのか?」
「うん、そ」
恋愛★マイスターのことを言及していることから察するに、おそらく恋愛関係の相談?
それなら、配信で相談しても良かったんじゃないのか?
ネットで相談しようが直接相談しようが、内容が同じなら返答は変わらない。まあ、ネットだと出せる情報に限りがあるという難点はあるだろうが……。
それでも、情報に制限があれど本質は同じだ。
ならなんで直接来たんだ……?
「まー、直接じゃないとわからないこともあるからさ!」
「わからないこと、ねぇ」
「それこそ、ほら。本当に信用できるかどうか、とかね?」
にっこりと口元に笑みを貼り付け、座っている俺にウインクをかましてくる鶴園。
ああ、そういうことか。
「……なるほどな」
「わかってくれたかな?」
「つまりはアレか。自分の目で見極めたかったわけか、俺が相談するに足る存在かどうか」
「そうそう。同級生だからって信用できるわけじゃないしー」
そもそも話したことないしーなんて付け足しながら、彼女はにっこりと破顔した。
「なんだ、ただ臆病なだけか」
「…………羽澄くん。今、なんて? 私が臆病?」
俺の言葉に引っかかったのか、鶴園は張りつけた笑顔が引き攣っている。図星だな。
「だってそうだろ? 信用できるかどうかがわからないから用心深く確認して、そうしないと怖くて自分のことが話せない」
最初は何が目的だと思ったが、そこまで警戒する必要なかったな。
「陽キャだと思ってたけど、取り繕ってるだけで中身までは陽キャじゃなかったわけだ」
「まるでわかったようなこと、言わないでくれるかなー?」
「わかったようなも何も、事実じゃないか?」
だって、現にそういう行動をとってるだろ? 隠そうとしてもわかるっての。
見透かされた気分にでもなったのか、ギリっと歯噛みをする鶴園。
まあなんだ。自分のことだけ詳しく知られているのは癪だったから少しスカッとしたな。
「で、結局こんなところまで来てなんの相談だったんだ? 臆病者の鶴園さんよ」
軽く仕返しするつもりで嫌みっぽく尋ねてみる。
鶴園は拳を握りしめて下を向いていたかと思うと――ふっとこちらに目線を合わせ、にっこりと感情のわからない笑顔を作った。
「羽澄くんって思ってたよりもずっとずっと小さい男だったんだね。お姉さんとお兄さんはすごい人だったのに」
「…………は?」
姉兄という言葉を聞いて、頭の中が沸騰する。
……なんで話題に上げたんだ。わざわざ比較するとか、嫌みなワードチョイスだな。
「……姉さんと兄ちゃんは、関係ないだろ」
「うん。関係ないよ」
「なら――」
「別に、私がそうなんだなーって思っただけだし」
頬にかかる触覚をくるりくるりと弄りながら鶴園は、ボソっと呟く。
っの、こいつふざけやがって……っ!
ガリ、と床が引っかかれる音。無意識に手に力を込めていたらしい。
落ち着け。一旦落ち着くんだ、俺。
「……陽キャな見た目のくせに、性格わるいのな」
「はああーーっ!?」
鶴園は屋上に来てから一番大きな声を上げた。
「あんたに何がわかるのよ……っ!」
「先に攻撃してきたのはそっちだろ!」
「自分じゃ何もできないくせに、ネットで人の恋愛に首突っ込んでるだけのくせに!」
「ああ!? 外面だけ取り繕う性悪に言われたくないね」
売り言葉に買い言葉。
嫌なことを言われ、報復としてただただ相手が嫌がりそうな言葉を投げかける。
俺も、鶴園も、相手に向けて渾身の悪意を込めて睨みつけた。
――キーンコーンカーンコーン
そこで、帰宅時間を知らせるチャイムが鳴り響く。
鶴園はハッと気づいたように口元を抑え込み、そして咳払いを挟んで仕切り直したように呟いた。
「羽澄くんってそんなに冷たかったんだ」
「鶴園には言われたくないね」
目を背けながら、吐き捨てる。
彼女の方も、はあとため息を吐いた。心底落胆しているんだと、伝わるようかのに。
「もういい。……じゃ、私は行くから」
「はん、勝手にしやがれ」
ふんっと鼻を鳴らし、ダンダンとわざとらしく足音を立てながら立ち去っていく鶴園。
そんな彼女を尻目に俺もノートを拾う。
変な乱入があったからやる気が削がれた。配信は明日にして、ゲームでもやってやる。
今日話す予定だった恋人との別れ話は明日に持ち越してー。なんて明日の配信構成を考えていると、ちらりと何やら鶴園がドアノブに手をかけたまま静止している姿が見えた。
何やってるんだ、あいつ。
出口は鶴園の立っている扉だけ。帰るタイミングがかち合うと気まずいし帰るなら早く出てってほしいんだがな。
なんて思いながら立ち上がると。
「――もうっ! そうじゃないでしょ、私っ!」
「……あん?」
何やらぶつぶつ呟いている鶴園。
怪訝に思っていると、屋上から出ていこうとしていたはずの鶴園がズンズンとこちらに向かってきて――ガシっと胸ぐらをつかみ上げられた。
ぐえっと声が漏れる。
「羽澄くん!!」
「なん、だよ……」
鶴園は両手で俺の胸ぐらを掴んだまま沈黙。
く、苦しい。こいつ、俺のこと絞め落とす気か……っ!?
そうしてたっぷり数十秒ほど沈黙を貫いた鶴園は、ようやく意を決したように口を開いた。
「私にっ! 恋愛、教えて……っ!」
「ま、まずはその手を離せ……!」
朦朧とした意識の中で返事をするには、それが精いっぱいだった。





