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T-14 悪役魔導師は不憫な推しを溺愛したい

 薄い金色の長い髪と、金と藍色の瞳を持つ中性的な容姿。タレ目に左の泣きぼくろが色っぽい美男子。

 ユリウス・アルヴィド・フォン・ペンフォードは凄腕の魔導師である。

 訂正。悪名轟く天才凄腕魔導師すっごーいイヤなヤツである。

 そんな小説の悪役に転生したと気がついた主人公は、己の状況を把握すると、まずこう思った。


「推しに会いたい!」


 セオドール・ノルデン。

 小説主人公の初期ライバルであり、最初の踏み台。そしてユリウスの弟子であり、小説ファンにあまりに不憫な退場を惜しまれた彼を。


「彼だけは救いたい……!」


 その一心で駆ける彼は気がついていなかった。その不憫の原因が、ユリウスが彼を弟子にした事であったのを。


 主人公の推しを愛でる心が、セオドールの運命を変えていくことを。

 門扉に倒れ込むようにその鉄柵を掴むと、重くガシャりと音を鳴らせた。

 14歳という若い体でも、運動不足の身では、自宅からここまで走り通しというのは無茶だった。ぜぇぜぇという喉をなだめすかすように、跳ねる心臓を落ち着かせる。


 ある程度息がつけるようになってから、不審そうな門番に対して、名乗りをあげた。


「魔導師ユリウス・アルヴィド・フォン・ペンフォードだ。ギリアン・ノア・ノルデンに繋いでくれ」


 筆頭魔導師・ギリアンの屋敷を、先ぶれなく訪れるという暴挙は、実はちょくちょくやっていることだ。が、馬車にも乗らずに単独でやって来るのははじめてのこと。だから息をきらせる私にギリアン邸の門番は困惑していた。

 けれども、この無茶は必要だったのだ。


 幼い推しの姿をひと目見たい!


 その一心しか私には無い。


 小説の挿し絵では、成長した推しの姿しか存在しなかった。しかも合計して5枚きりである。顔がきちんと描かれたものは3枚、カラーは1枚だけ。ソロはない。その他のものは全てファンアート。

 公式では彼の幼少期の姿など存在しなかったのだ。ファンとして見たいと思うのは当然であろう。


 しかも、本当に三日前に運ばれた赤髪の少年が、彼だとは限らない。確かめる意味でも会いたかった。


 筆頭魔導師ギリアン・ノア・ノルデンは戸惑いながらも会ってくれた。国の魔導師としての立場は彼の方が上。年齢も中年の彼の方がずっと上だが、実力と生まれは私の方が上なので、断りきれないというのもあるのかもしれない。


「先日、赤髪の子供を拾っただろう?」

「はぁ、確かに拾いましたが」

「魔法使いの素養持ちか」

「ええ、そうです」


 戸惑う筆頭魔導師ギリアンに、緊張しながら訊ねた。


「名前は」


 ギリアンは訝しげな表情で、ひと息ついてから答えてくれた。


「……名が無いようでしたので、私が『セオドール・ノルデン』と名付けました」


 ……彼だ。

 セオドールだ、間違いない。そうか、孤児の中には名を持たない者もいる。彼もそうだったんだ。

 私は勢いづいて筆頭魔導師ギリアンに迫った。


「どこにいる? 会いたい」


 筆頭魔導師ギリアンは目を見開いた。


「は? いえ、彼は大分衰弱しておりまして、昨日気がついたばかりでまだ人に会える状態では」

「かまわない。見るだけだ」


 強引に迫る私を拒否するギリアン。その眉間には皺。

 だが、私は彼をどうこうするつもりはない。ただひと目見てみたいだけ。憧れの推しを。その幼少期というレアな状態を。

 粘り強く交渉をするが、筆頭魔導師ギリアンは首を縦には振らなかった。一歩も引かず拒否の一点張り。むしろ交渉すればするほど、その目には強い光が灯り断固拒否せねばならないという使命感に燃えているようだった。


 らちが明かないので、私はこっそり探査の魔法を使う。同じ敷地の中という距離であれば、相手の名前と大体の体格で個人の特定が可能だ。それにより、セオドールが邸の西棟、二階東側にある部屋にいるとわかった。


「わかった、もういい」


 ホッとしたように息をつくギリアンを部屋に残して、私は西棟に向かう。無理やり押し入り、階段を半ば登った辺りで怒声が聞こえた気がしたけれど、私の頭の中はセオドールに会うことでいっぱいだった。


 まっすぐに魔法が彼がいると示す部屋の前に立つ。深呼吸をしてからそのドアノブを引いた。


 それほど広くない部屋。窓際のベッドの上からのったりと動く気配。

 私は。


「――……」


 それがセオドールだとは思えなかった。


 赤い髪。年の頃は4、5歳ぐらいだろうか。

 けれどその目の色は落ち窪んでいるせいで暗く判別できないし、髪も肌もガサガサだった。頬は削げて、首も腕も痩せ細って折れてしまいそう。

 そんな姿の少年が、ベッドの上に座ったまま、こちらを見ている。


 私の中の(・・・・)ユリウス(・・・・)が「きたならしい」と言う。

 そうだ、拾ったばかりの孤児なんて、孤児院で過ごしていたりどこかで保護されていなければこんなものだ。私は自分が、あの美しいセオドールの小型版がそこにいるような、そんなイメージをしていたのに気がついた。そんなわけがないのに。


「ペンフォード様、お戻りください! 流石に無断でこんな家の奥まで入る許可は出せませんよ」


 不機嫌な筆頭魔導師ギリアンの怒声が後ろからかかる。

 私は赤髪の少年から目が離せなかった。ギリアンが私の肩に手を置き、自分の方に向かせた。そして息を飲む。


「ペンフォード様……その、涙が」


 え。


 筆頭魔導師ギリアンが慌ててハンカチを取り出して、私の手に握り込ませる。細かい刺繍の入ったそれをしばらく眺めた。


 ええと。


 私はもう一度、赤髪の少年を見る。彼は全く表情を動かすことなくこちらを見ていた。


 私はハンカチを握ったまま、彼に近寄った。


「『セオドール・ノルデン』だね」


「……きのう、そう、つけられた」


 まだ敬語とかは身に付けていないのだろう。少し嗄れた子供の声が返されるのに、鼻の奥がツンとする。

 私は彼のベッドのすぐ側で膝を折った。


「私はユリウス・アルヴィド・フォン・ペンフォード。ユリウスと呼びなさい」


「……ユリウス?」


 表情を変えずに首を少し傾げる仕草に、私の中の『私』が歓喜した。何やらごちゃごちゃと文句を言っていた『ユリウス』は消え去った。

 胸の奥がギュッとする。だから、するっと口を出て来た台詞は不可抗力。



「私は、あなたに弟子になってほしいと申し込みに来ました」



 部屋の扉の向こうがざわついた気配がする。筆頭魔導師ギリアン以外にも、この邸にいた者が集まっているようだ。けれども今の私にそんなことは関係ない。勢いで弟子に、なんて言ってしまった。側にいたい、そう思った本音がそう言わせた。


 セオドールは少し迷って、ますます首をかしげさせる。かわいい。仕草がかわいい。


「でし?」


 かわいいに狂喜乱舞する自分をおさえて、私は言い募る。


「はい、弟子です。私にはその、あまり才能がなくて。育てた経験は低いのですが、あなたならきっと」


 ざわざわと扉の向こうから聞こえる。セオドールは、頭を一度まっすぐに立てると、眉を潜めた。


「さいのう? ないの? なのにでし?」


 うぐう。それは不安だろうな。私はますます言い訳を重ねた。


「あっ、あの。魔導師としての才能はあるので、そこは間違えないでください。ひとを育てる才能がないんです。それでもあなたと一緒にいたい」


 んんー、と唸るセオドールが先ほどとは反対側に、こてんと頭を傾けた。


「どうして?」



 ――。

 あれ? どうしてだっけ。

 私は固まった。

 この部屋に来るまでは推しに会いたい、それだけだった。ここにきて、推しの面影もないひどく痩せ細った彼を見て、それで――。



「私の中の何かが、あなたといるようにと囁くから」



 私は、ぽろりとそれだけを落とした。


「才能がないから、ノルデン氏のようにたくさんの弟子を一緒に育てるようなことはできないでしょう。だから弟子はあなた一人。私はあなた一人を大切に育てます。どうしても合わないと思ったら、ノルデン氏を頼ればいい。彼はあなたを拾ったあなたの名付け親だから」


「……」


「でも出来れば側にいたい。ですからお願いです。弟子になってください」


「……」


 まだ、筆頭魔導師ギリアンにも了承をとってないのに、そんな事を言い募る私。でも、今じゃなきゃだめなような気がして、必死に乞うた。

 そこで、背後から人の近づく気配。無理やり後ろを向かされる。怒り心頭の、筆頭魔導師ギリアン・ノア・ノルデンだ。


「なんてことを……! いいですか、その子はまだまともに動くこともできません。連れていくことは許しませんよ!」

「わかっています! すぐとは言いません。ですが、ですが体力が戻って、彼が了承してくれたら、受けてくれませんか!」

「勝手な……勝手な! そもそも本来は、拾った素養持ちは拾った魔導師が育てて弟子にするものなのですよ。その子を拾ったのは私です!」


 顔を真っ赤にして怒る筆頭魔導師ギリアンは珍しい。本当に穏やかなひとだから。

 でも譲らない。推しの隣に立つのは私だ。


「わかっていますよ。でも私が拾った子はあなたが育てているではありませんか」

「それは、あなたが育てられないと預けるからでしょう」

「ええ。でも、やっと、育てられる子が見つかった。その子、その子なんです! お願いです。譲ってください!」


 声を上げる私たちの傍らで、セオドールは頭を傾けたまま。落ち窪んだ瞳の奥が揺れるのだけが、彼が何やら必死に考えてくれているのを伝えていた。

 やがて、問いかけられる。



「ぼくじゃなきゃ、だめ?」


「はい。あなたじゃなきゃダメです」



 即答だった。彼じゃなきゃダメだ。たとえ、あの(・・)セオドールじゃなかったとして、この子じゃなきゃダメだと思った。なぜかはわからない。魔導師としての勘だとしか。


 セオドールはそれからも暫く何やら考えていたが、やがてコクリと一つ頷いた。



「わかった。ユリウスのでしになる」



 私は歓喜した。セオドールのベッドの上から動かない手をとって「ありがとう」と述べた。セオドールは触るとビクリと跳ねたけれど、お礼にはコクリと頷いてくれた。


 筆頭魔導師ギリアンの重いため息が、何故か私の中の(・・・・)ユリウス(・・・・)のそれと重なった。

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