T-12 僕が好きな幼馴染が正体不明なイケおじに惚れてしまったようです
怜と双子の姉凛そして幼馴染の日和が通う高校の近くに小さな図書館がある。
そこには十年経っても見た目のかわらないおじさんがいる。彼は何をしている人か、何をしていた人か、こんなに小さい町なのに誰も知らない。
ある日偶然三人は彼が異世界から来たことを知り、日和は彼を元の世界に戻したいという。
日和を好きな怜もそして姉の凛も巻き込んで忘れられない夏を連れてきた。
「あの人、歳を取らないおじさんだよ」
図書館で幼馴染の日和が最初に彼をそう呼んだとき、僕は飲みかけの水にむせてしまった。
「だって、十年前からあの人、ずっとあの見た目らしいよ。ここらに住んでる友達が言ってた」
「十年前って、僕らまだ保育園児でしょ」
「そう。でもあの人、当時からあそこにいたってさ」
日曜日、わざわざ高校の近くの図書館に来たのはこのためか。今日の日和は少しだけお洒落している。駅前通りを徒歩十五分の何の変哲もない図書館なのに。
日和の目が、おじさんを射抜くみたいに観察している。日本人離れしたハリウッド俳優みたいな容姿はイケおじと言っていいだろう。残念なことに彼の容姿は日和の好みだ。
「あの人、違う世界から来てるんじゃないかって思う」
僕は、その言葉に苦笑いする。まただ。でも日和のそういう突拍子のない直感はなぜか当たってしまう。
「あの人、首が本物じゃない」
「「……え?」」
指の先で自分の首をなぞるようにしながら言う日和に僕と姉の凛はさすがに驚いた。
「あれ、魔法で作ったやつだと思う。なんか、光ってるの。ほんの少しだけ」
幼い頃から日和は「魔法」が見えていた。そんな日和の言うことをみんな信じない。信じるのは僕と凛だけ。幼い頃に日和が「魔法」を見たから助かった僕らは彼女が嘘を言ってないことを知っている。最近そう言う話はしなかったのに。
ただ、そういう話をしている時の日和はかわいい。
僕が日和を好きなのはきっと双子の姉の凛にもバレてる。たぶん、日和本人以外のクラスメイトにもバレてる。でも、僕はそれを言葉にしない。できない。それが幼馴染という立場に安住する怠惰の証明だった。
「それはそうと、課題、どこまでできた?」
僕に言われ二人はおずおずと課題の冊子を差し出す。
それをぱらぱらとめくった僕は盛大な溜息をついた。
日和は三分の二は終わっている。今日頑張れば何とかなる。一方の凛が問題だ。
凛の課題はほぼ真っ白だった。
「水曜日に言ったよね、結構量があるからって」
「だってぇ、面倒だし」
先生に無理を言って提出した課題を取り返してよかった。姉のくせに凛は手がかかる。
日和は僕が手伝うことにして隣に座る。凛は僕の課題を写すだけにしたので対面に座った。隣にいる日和から聞かれるたびにちょっと肩が触れたり手が触れたりする。それに日和からいい匂いがする。顔、赤くないよね。
一時間ほど頑張ったら二人はちょっと休憩と言ってって席を離れた。日和が離れて、ちょっとほっとしたような、残念なような気がする。
暇になった僕は何となくおじさんを見ていた。おじさんは読み終わった本を返そうとしたのか立ち上がる。そのときズボンのポケットからペンダントらしきものが落ちた。カーンという音とともにおじさんの首が消えた。
「えっ……」
思わず声が出てしまった。周りの人は気が付かない。音に気がついておじさんの方を見た人ですら気が付かない。
おじさんが落ちたペンダントを掴むと首が元に戻っていた。
いや、なんでだ。明らかに首が消えたよね。なんで誰も気が付かない。
おじさんは僕の後ろを通りすぎながら一言だけ言った。
「あとで、な」
どうしようか。帰ってきた二人にも話すか。そう思いながら二人の課題を手伝う。おじさんのあれは何だったのか、そして何を言いたいのかそればかりを考えていた。
日曜は閉館時間が早い。それでも何とか二人の課題は終わった。図書館を出るとまだ外は明るい。そしておじさんが外で待っていた。
「少年、それにそちらのお嬢さん方もちょっと付き合ってもらうかな」
有無を言わせぬその言葉。しかし僕は断る。
「いえ、今日はみんな帰らないと……」
「いいじゃない、面白そうだし。おじさん、どこに行けばいい?」
僕の言葉を遮って日和が答えてしまった。
「待てよ、そんなに簡単に」「いいんじゃない?」
僕が止めようとしたら凛が日和に同調する。そうは言っても怪しすぎる。
「でも、知らない人に……」
「大丈夫、悪い人じゃないよ」
小声で日和に言うが聞いてくれない。あぁもう、こうなったら日和はてこでも動かない。
「仕方ない、危なくなったらすぐ逃げるよ」
小声で二人に念を押す。
日和は……すごく上機嫌だ。凛は日和が上機嫌なのでにこにこしている。僕はあきらめてついて行く。
住宅街の中を十分ほど歩いて古めかしい喫茶店に入った。
からんころん、鐘の音とともにコーヒーの良い薫りと穏やかな声が僕らを迎え入れてくれた。
「いらっしゃい、おっ、三郎さんお連れさんか。珍しいね」
「二階は良いかな」
「大丈夫だよ、二階は貸し切りにしとくよ」
狭い階段を登り二階にはいると大きなテーブルと壁際に小さなカウンターが見えた。
三郎さんは慣れたようにカウンターからメニューを取ってきて配ってくれる。
「何でも頼んでくれ。ここのコーヒーは美味いぞ。あぁ、ケーキもあるからな。勉強した後は甘味がいるだろう」
一通り注文の後、自己紹介を始める。
「俺は源三郎、無職だ」
「わ、私は天音日和。天の音、日に和でひより」
いや、少しは警戒心もとうよ、日和。でも日和の人を見る目は確かだ。幼い頃から悪意のある人はなんかそういう色がみえるらしい。
「私は氷室凛、そしてこっちは双子の弟の怜」
凛も気にせず自己紹介する。日和の目を信じているのだろう。
「さて、防音魔法を掛けた。それはマスターも承知している」
へっ、のっけから、魔法? 見ると日和が三郎さんのセリフに頷いている。日和は魔法がわかるからか?
「秘密の話をするときは必須ですよね」
「日和ちゃんだね、よくわかってるね。マスターは信用できる人だけどね、念のためだ」
そう言うと僕ら三人をみまわして真剣な表情になる。
「さっき、図書館で少年、怜君が見たのはまだ二人には言っていないのかな」
「なに、怜君、何があったの?」
日和が興味津々で聞いてくる。
「あぁ、俺が魔道具を落しちゃってね。首が消えたんだが。普通の人は気が付かないがね」
三郎さんが説明してくれる。話について行けない凛が口を挟む。
「魔道具って、何……ですか」
「凜ちゃんだっけ、もっと楽にして。それで魔道具はこれ。魔法が使えるもの。ちょっと見てて。ほらっ」
三郎さんがテーブルの上にペンダントを置き手を離すと首が消えた。
「首が、消えた……」
凛が呆然としている。日和は少し驚いたけどすぐにどや顔で言う。
「はい、はーい、私、前から三郎さんの首がニセモノだと気がついてましたぁ」
おい、それ言っていいのか?
三郎さんがペンダントを手に取ると首が元に戻った。
「なるほど、日和ちゃんの方が先に気がついたか。魔道具を使っているのに気がついたのかな」
「それは気が付かなかったなぁ」
日和は残念そうにつぶやいた。
「この世界では俺は魔法が使えないからね、これを使うんだ。ただ、普通の人にはちょっとの間なら魔道具がなくても気が付かないはずなんだ」
「三郎さん、明らかに日本人じゃないのにみんな気にしないのは?」
「魔道具のおかげだな」
なるほど。でも歳を取らないことだけ気が付かれたようだ。
カウンターに届いた飲み物を三郎さんが配る。
「なんでこうなったのかは、コーヒー飲みながらにしようか。俺はここではない別な世界から来た、と言うとわかるか?」
みんな頷く。
「俺はあちらではリュカと言って騎士をしてる。マーガレットという魔女の奥さんがいてな」
そのあとは奥さんの惚気を聞かされて……。僕がたまらず話を遮る。
「何で首がそんなことに?」
「妻が魔法でね」
と三郎さんは手で首を切る仕草をした。
「妻はヤキモチ焼きでね。仕事で女性を助けてお礼されただけなのにいつも怒ってさ。十年前に貴族のお嬢様を助けたら抱きつかれて……。さすがにまずいからすぐ離れたけどそれ見られてね、キレた彼女に魔法で俺をこっちに飛ばされちゃった。それだけじゃなくて首だけどこかに飛ばされちゃって」
いつも図書館にいたのはこの辺りの言い伝えとかが首の行先のヒントにならないか調べていたそうだ。
「首がないと魔法が制限されるから帰れないんだよ。それに首を誰かに悪さされたら困るしさ。向こうから持ってきた魔道具も期限があってね。何とか首を見せてるんだがそろそろ限界も近そうだし」
「奥さんがヤキモチ焼くのわかるけど首を切るってひどくない?」
日和が自分のことのように怒っている。
三郎さんは「まぁまぁ」と日和をなだめて本題に入る。
「それで、首を探すのを手伝ってほしいのだが」
予想通りに厄介な話だ。
「僕ら学生だし魔法も使えないし……」
僕の言葉にかぶせるうように日和が答える。
「はーい、もうすぐ夏休みだし、私、三郎さんを手伝う」
おいおい、即決かよ。
「日和、大丈夫? あんた前にも安請け合いして大変な目にあったよね」
いいぞ凛、もっと言ってやれ。
「今度は絶対大丈夫。私怒ってるの。絶対に首取り戻して奥さんに文句言ってやる。」
こうなったら僕には日和は止められない。凛、ガンバレ……。
「そうね、首はやりすぎね。日和だけだと心配だから私も手伝うね」
僕は凛と日和の期待しているような顔を見て……あきらめた。
「僕も手伝います」
さて、夏休みは忙しそうだ。そしてその前に期末を何とかしないと。
「二人は夏休みに休めるよう期末をがんばろうね」
「「えっ」」
まさか期末を忘れていた?
僕は頭を抱え、三郎さんはそんな僕らをニコニコと見ていた。





