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T-10 胎図奇譚~くノ一誉の三世界地獄結びの術~

かつて人々は異邦神(いほうしん)カナエノミコトの甘言(かんげん)に酔い、他の神々との絆を断った。

くノ一の(ほまれ)は、神々との縁を結び直すため、鬼神と人の間に生を受ける。

しかし、鬼神の力が母胎を脅かしたため、胎児ほまれの力は忍術で九枚の「胎図(たいず)」に封じられた。その胎図が散り散りになって地獄へ潜りこみ、誉は無力な人の子のまま取り残されてしまう。


力を取り戻すため、誉は神々の助力を求めて神界を訪れる。

そこで誉が得た仲間は、首に「子護り」の札を下げた、子供の御守り―――犬張子(いぬはりこ)だった。

誉は、犬張子とともに神界・人間界・地獄を渡り歩き、絵の回収を阻む悪意と、堕ちた神々の怨念に立ち向かう。


「どの世界も地獄と変わらないじゃない!」その気づきの中で、誉は自らの宿命を見つめ直していく。

 神楽鈴の音が、神界(しんかい)で底抜けに明るく響いた。

 煌めく(さん)重の金鈴輪から放たれた音に、理へ溶け込んでいた者達の意識が「くわん」と揺れる。

 もう一度、応えを願う光の粒の様な音。それに呼応する様に、理の瞼が割れた。

 そこから覗くのは、金銀、赤、青、黄色に高貴な紫や螺鈿細工の玉虫色―――万彩を宿した一つ眼から百眼、大小様々な異形の瞳だった。

 開かれた八百万の神眼の前に立っていたのは、紅い忍者装束の幼い娘。

 娘は自分を囲む視線に怯みつつ、細い喉をコクリと鳴らし声を張り上げた。


「かしこみかしこみ申しあげます~、天界におわす八百万の神様方、私は、くノ一の(ほまれ)という者でございます。願わくば、私に力をお貸しいただけないでしょうか~!」


 誉と名乗る娘に注目していた神眼達は、一斉に細まりグルリと黒目を回した。

 そして大半の神眼が誉から目を逸らし、瞼を閉じてしまうか、睨みつけて消えてしまった。

 誉は戸惑いながらも、消えずに自分を見定めている神眼達へ、神楽鈴を鳴らし舞い始める。


「私は神と人を繋ぐため、鬼神の父と~人間の母の間に~生まれし者~ぉ!」


 誉は懐から扇子を取り出し、パンと音を立てて開く。柄は真っ白だ。しかし、誉がひらひら振って見せると、絵が浮き出て身重の女性の幻影が現れた。お腹の中が透けて見え、角の生えた赤ん坊が蹲っている。


「母の腹に宿った時より、鬼神の力で母の命をおびやかし、母子ともに絶体絶命のその時! とある秘術で赤子の力を九枚の絵に()し、封じる事に成功しました!」


 誉が扇子を宙に放り投げると、ドロンドロンと九枚の絵が現れる。子宮に宿った胎児の絵が描かれていて、一枚づつ赤子へと成長をしている様子だった。

 好奇と猜疑の眼を向けて、神々が姿を現し始めた。

 誉は頭の上で二つに結った黒髪を揺らし、神々の前を子ウサギの様に跳ね回る。

 

「しかし、なんということでしょう! 九枚の胎図は散り散りに地獄へ潜ってしまったのです!」

 

 誉は「よよよ……」という様に扇子で顔を隠し、地面にしなだれ座ると、声を震わせ訴えた。


「これでは、私はか弱き人の身のまま。どうか、どなたか私と地獄を渡ってくださらないでしょうか!?」


 声を張り上げ、紅い瞳を煌めかせて手を合わせる誉。

 彼女に対し、大半の神々が瞳から光を消した。そして、首を振って姿を消してしまった。


「ああ、待ってください!」


 誉は慌てて神々を呼び止めたが、その場に残ったのは水鱗を濁流の様にうねらせた龍神だけだった。

 龍神は金色の大きな目玉に小さな誉の姿を映し、遠雷の様な声で彼女に尋ねた。


「娘、どうやって神界へ来た? お前達人間は異邦神カナエノミコトのみを信仰し始め、我ら神々と通ずる社や祠を打ち捨て縁を切り、神域を穢してしまっただろう」


 龍神の怒りが空気を湿らせ、冷たい霧が立ちこめる。

 誉は足下から上ってくる霧へ、片足を踏み込んで答えた。

 

「違うの! 確かにご先祖様たちはカナエノミコト様だけを祀りましたが、そうしなければいけないとお上から命令されての事なのです!」

「……成程、如何にも欲深き人間らしいと言うべきか……しかし、打ち捨てられ穢された我らの心は、怒りは……もう収まらぬ。我らはやがて虚しく理に消えるか、憎しみが凝り地獄へと朽ちるであろう」

「そんな事にはならないわ。私、力を取り戻して、皆様との縁を結び直してみせます!」


 誉は自分の真の目的を声高に叫んだ。

 きっと神様はこの思いに応えてくれると、誉は思っていた。

 しかし、龍神は呆れた様に首を振り、神眼を閉じた。


「今更だ。力を取り戻したとて、鬼神の娘一人に何ができるというのだ。最後に答えよ。どうやって神界へ来た」

「……自分で社を作ったの。犬小屋くらいのしか作れなかったけど」

「なんと」


 龍神は大きな口から覗く牙を剥きだし、少し笑った様に見えた。

 誉の足下の霧がヒュウと舞い上がる。龍神の姿が消えていく。


「え!? ねぇ待って! 私に力を貸してください!!」

―――子守はごめんだ。犬小屋を作ったのだろ? 犬を連れて行け。 

「それは大きさの話で……こ、ここに犬なんていないでしょ!?」

―――この先にカナエノミコトの眷属の街があり、奴らが戯れに連れて行った。それを連れて行け。

「犬じゃ駄目よ! 地獄を渡るのよ!?」


 のよ、のよ、のよ……と、誉の声が虚しく響く。広い空間にポツンと一人、取り残されてしまった。

 ダメ元で神楽鈴を鳴らしてみたけれど、もう何も起こらない。

 鈴の音の余韻が消え、吸い込まれそうな静寂の中―――誉は人差し指を顎に添える。

 そして「ふむ」と、猫の様な瞳を上向かせると、歩き出した。


 いいわ。それが神様の思し召しなら。犬を探そうじゃないの!



 広すぎて白い世界をあてもなく歩き続けた誉は、街を見つけた。

 くノ一誉は、忍び込むのはお手の物。

 一番高い建物の上から、銀色の無機質な建物だらけの街を見渡す。見た事のない街にいるのは、顔の中央に巨大な口だけがある人型の異形だった。

 

「カナエノミコト様の眷属、ハタリクチ様だ……実物強烈ぅ……あ、犬だ!」


 広場と思われる場所に、ハタリクチの男と子供に鎖で繋がれた犬の姿があった。

 黒い兜の様な鉢割れに、白い胴にブチ模様の大きな犬だ。丸い目玉を悲しげに潤ませ、耳をたたみ、身を竦ませている様子を見て、誉は眉をひそめた。

 身軽に距離を詰めると、子供が顔いっぱいの口を尖らせ文句を言っている声が聞こえて来た。


「もっといとおかしな子犬がよかったでごじゃー」

「ソチが連れてきたのであろうに~。今度の贄リストに子犬を入れておくでよ、コレは蹴鞠にでもして我慢するじゃ」


 子供は「善キ案でごじゃ!」と、言って口を大きく開き、その中に収まっていたギョロ目を輝かせた。そして、なんの躊躇いも無く犬の横腹を蹴り飛ばす。


「ギャン! キャイン!!」 

「イッヌ鞠、蹴り心地、善キ善キ~!」


 もんどり打って地面に倒れ、痛みに息も絶え絶えな犬へ、子供がさらに足を上げたのを見て、誉は堪らず「止めて!」と叫び、盾の絵が浮かぶ扇子を振った。

 すると犬の前に盾が現れ、子供の蹴りを防いでくれた。

 ハタリクチ達は口を大きく開け―――その中にある目玉で誉を見た。


「なんと、人間の生娘じゃ!」

「アー、余、コイツ知ってる! 地獄に行きたい娘じゃ! そうじゃろ!?」


 人の噂も足が速いが、神の噂はもっと早いらしい。きっと足や口など使わずとも良い方法があるのだろう。

 誉は犬を背に庇い、神の眷属へ手を合わせた。


「そうです。誰も同行してくれなさそうなので、せめてこの子をお恵みくださいませんか?」


 子供が「へ?」と声を上げ、男を仰ぎ見る。

 誉はニヤリとしそうになるのを堪えて、嫌そうに大きな口を歪める男をジッと見つめた。


「あなた方は、人間の願いを必ず叶えてくれる、カナエノミコト様の眷属ハタリクチ様ですよね?」

「ふむ……仕方が無いでごじゃ、ね……」

「ありがとうございます!」


 誉は瞳を輝かせ、まだ怯えた様子の犬に向き直る。


「私は誉。よろしくね!」

『ほまれ?』


 ニッコリ笑いかけた誉へ、犬は上目遣いで誉の名を呼んだ。

 誉は犬が喋った事に胸を踊らせる。


「そう、誉! あなたの名前は?」


 名を尋ねられた犬は耳を伏せ『わすれた』と、涙をポロリ。

 誉は自分の忍者服の袖で大粒のそれを拭って、犬の頭を撫でてやる。そうしながら、犬の首に紅白の糸で編まれた組紐が巻かれている事に気がついた。組紐には「子護り」と書かれた小さな木札が通されている。

 

「子護り? もしかしてあなた、犬張子?」

『いぬはりこ?』

「うん。子供を護ってくれる犬だって、聞いた事あるよ」


 誉は心の中で、縁を繋いでくれた龍神様へ感謝した。


「ふふ、とっても頼もしいわ」


 そう言われて誉を見上げた犬は、背後に迫る男に気づき『ほまれ!!』と叫んだ。

 ハッと誉が振り返ると、男の口から、無数の手が伸びてきていた。


「生娘、欲シ欲シ欲シィ~!」


 ヌメヌメした手から素早く逃れようとした誉だが、結った髪を掴まれ短い眉を吊り上げる。


「ちょっと、なんですか!?」

「期待したなバァカッ! 願いを叶えるのは、人間界でのみでごじゃあ~。神界で余に命ずるとは不遜の極み。お前も鞠にしてやるじゃい!」


 男は誉の髪を掴み上げ、華奢な身体を宙づりにする。子供が奇声を上げて誉の両手を掴み、乱暴に引っ張り始めた。


「プラァーッ! 鞠より先にダルマにして遊ぶじゃッほーいっ!!」

「ぐぅ、これが神様のやる事!?」

『ほまれ~!』


 犬は助けを求めて、辺りの野次馬を見渡した。

 しかし、「やれやれー!」と状況を煽っている者ばかりだ。それでも何か助けはないものか、とオロオロしていると、不意にある事に気づいた。

 自分を繋いでいる鎖の先を、男が放していたのだ。



「痛い、やめて!」

 

 誉の声が響く。男達はそれに夢中だ。

 犬は身を伏せ、そっと後ろ足を後退りさせた。

 

―――今なら。


 ハフハフと息が荒ぐのを必死で抑え、片前足も地面から離す。

 もう少し。気づかれないように、ここから離れ……否、違う。オレの名は?

 四本の足がブルブル震える。恐ろしさと、それ以上の、もっと他の、何かに。

 その感情に揺さぶられた時、首で揺れる札が仄かに光って脈打った。

  

―――護れ。


 喉が唸り、牙を剥く。張子犬は恐れを蹴って、馬鹿共へ跳躍した。

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― 新着の感想 ―
おもしろーい! 面白いです、すごく!! 胎児の頃に力を散り散りに分けられて探す、「どろろ」だ!となりました(´艸`*) (あれは身体ですが) となると、もしやシリアス路線…?とどきどきしながら拝読。紅…
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