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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
戦争の残り火
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間章 女達のスカイオルムの夜。

 エル・ミラージュとの戦争が終わって、もう二週間程が経過していた。

 イリシュはジャベリンの城にある、自室で物想いに耽っていた。

 色々な事を想い出すが、ミレーヌ達との旅を想い出す。

 四六時中いたので、ミレーヌ、エレス、リーファとは嫌でも親密になった。



 スカイオルムの船内は、とにかく時間を潰すのが大変だった。


 ミレーヌはトランプのゲームがとにかく強かった。

 特にポーカーが強く、自称カードゲーム強者であるエレスをボコボコにしていた。リーファは横眼で見ながら、微笑ましく思っていた。


「なんですか、なんですかっ! 私、ずっと分からされるメスガキポジションじゃないですかっ! 畜生ですっ! ミレーヌさんを今度こそ私の奥底に隠された力で分からせてやるんですからねっ!」

 エレスはそう言って騒いでいた。


「さて、どうでしょうか? エレスさん。吸血鬼(ヴァンパイア)は、賭け事を得意とする種族なのですよ。この私から勝ち星を上げるなど、いささか身の程知らずとしか言えませんわね。もっとも、この勝負では賭け事を行っておりませんが、本来なら、貴方はとっくに債務塗れですわね」

 ミレーヌは不敵に笑う。


 リーファは早々にポーカーでの勝利を諦めていた。

 そして、イリシュに耳打ちする。

「多分、ミレーヌさん。トランプの傷や混ぜられた位置なども観察力や動体視力で覚えています。エレスさんがそれに気付くかどうか」


 イリシュとリーファは、少しエレスに呆れながら肩を竦めた。

 エレスは熱くなると、止まらなくなる人間なのだろう。


 結果。エレスは15連敗していた。

 ベッドにうずくまり本気で泣いていた。


 リーファは痛々しくなったのか、そんな彼女を見て、室内の備品を漁っていた。すると、ジェンガを見つけた。ブロックを積み上げ、中からブロックを抜いていく遊びだ。


「みなさん、せっかくですから。気を取り直してジェンガで遊びませんか?」

 リーファは三名に訊ねる。


 エレスはすぐに起き上がり、ジェンガなら負けないと豪語していた。

 エレスは冒険者として積み上げた精密な動体視力や、武器などを扱う細やかな動きが得意なのだろう。


 テーブルの上に積み上がったブロックの塔を見ながら、エレスはバチバチとミレーヌを睨んでいた。


「私の内なる力を解放してやりますっ! 私の持てる力を持って、これでもう全てが終わってもいいという全力で貴女に立ち向かってやりますっ!」

 エレスは意気込んでいた。


「いや、持てる全てを解放してって。魔法とか使うの駄目ですからね。後、これでもう全てが終わったらエレスさん、エル・ミラージュ入国前なのに再起不能になるつもりですか? 一体、何しに船に乗っているのか分からなくなるじゃないですか」

 エルフのリーファは、思わず愕然としながら突っ込みを入れていた。


 エレスは馬鹿だ。

 頭が悪い。

 この数日間の船旅で、イリシュは口に出さずに薄々気付いていたのが確信に変わっていた。一見、軽薄で馬鹿を装っているオリヴィともまた違う。エレスは本当に頭が悪い。聞く処によると、冒険者パーティーから何度も、馬鹿をやらかしてパーティーを追放された事が多いのだと言う。結局、カーディという青年がリーダーを務めるパーティーに居付く事になったが。

 エレスの相方みたいな男であるカーディも、何度も何度も、エレスを“制裁”でパーティーからの追放を行っているらしい。カーディは寛大な性格で、追放を“反省”や“謹慎処分期間”と言って、エレスに長い反省文を書かせてパーティーに戻る事を許可しているらしいが。


 ……なんかさっそく、エレスさんとミレーヌさんと衝突しているし。


 イリシュは呆れながら、その光景を眺めていた。


 エレスは案の定、ジェンガも弱かった。

 いきなりバランス感覚は得意だと言いながら、一番下から取ったり、ミレーヌに挑発されると、すぐに取ると明らかに崩れるだろう、というバランスにあるブロックを引き抜いて崩していった。


 それからしばらくして、四人でスカイオルムの夜を楽しんだ。

 エレスは、やけ食いを起こしながらノンアルコールのカクテルをがぶ飲みしていた。

 ミレーヌは上品にジンのカクテルを頼んでいた


 海辺には、幻影魚が水辺を跳ねていたり、妖精の羽を持つカモメが空を飛び回っていた。



 船内での女四名の旅は、本当に楽しかった。

 友情みたいなものが芽生えていたと思う。

 それから、エル・ミラージュに入国した後も、ホテルに宿泊して国内を色々と周った。観光地にも四人で行った。記念写真も持っている。


 エレスはトランプでは、結局、ミレーヌに一度も勝てなかった。

 絶対に、勝ってやると意気込んでいた。


 エル・ミラージュの王女である毒刃のアネモネが“吸血鬼に対しての最終解決”の為に、ミレーヌを残酷に処刑したと聞かされている。


 魔王サンテと会わせる時に、アネモネとは多少の会話もしている。

 イリシュは色々と複雑な想いが頭を駆け巡っていた。


 エレスは、ミレーヌの仇を討ちたいと言っていた。

 彼女は、アネモネへの呪詛を自らに残す為に“イリシュからの回復魔法の一切を拒んだ”。


 本当に、エレスという少女は馬鹿だなあ、と思う。

 

 片手の指の骨を全部へし折られ、片足を粉砕骨折した為に、今は怪我のリハビリを薬草などで行っていると聞く。エレスはアネモネを殺したいのだろうか。あるいは、相応の報いを受けさせる為に、自身と同程度の傷を負わせたいのだろうか。何にしろ、ただの馬鹿だ。意地の張り合いだ。


 だが、イリシュは、そんなエレスという少女が好きだった。

 最初に適切な処置を施さなかった為に、怪我による後遺症が残るかもしれない。


 それでもエレスが、今も打倒アネモネを誓って訓練も兼ねたリハビリを行っていると聞く。エレスには自身のパーティーのリーダーであるカーディの故郷の件もある。カーディの故郷、ひいては多くの冒険者達の故郷であるバグナクは核を落とされ滅んだ。


 エレスはジャベリンの街出身の為に、家族が死ぬ事は無かった。

 けれども、カーディの家族、親族はみな死んだ。


 空中要塞とエル・ミラージュの戦争が終わった後も、戦争の禍根は一生根深く残るだろう。


 エレスはアネモネのみならず、ステンノーにも深い恨みを抱いている。


 ……そう言えば、冒険者の酒場に行ったら、本当に閑散としていたなあ…………。

 皮肉にも故郷を守る為に、故郷のバグナクに戻った者達の殆どが死んだ。


 カーディは、世界各国の何処かに亡命したままなのだと聞く。


 庶民は未だ戦争の脅威に脅かされ続けている。

 核を落とされた街々で生き残った者達も、心的外傷後ストレスに苦しむ者や物理的に身体に大きな後遺症に苦しむ者達で溢れ返っていると言われている。


 吸血鬼ソレイユは、巨大な医療施設の建設を行っている。

 ベドラムとステンノーは、ソレイユは巨悪なのだと言う。

 イリシュには、何が正義か分からない。

 ただ、みなの平穏と幸福を願わずにはいられない。


 天蓋の向こう側には、星空が煌めき、月の光が差し込んでいる。

 何故、同じ空の下にいるのに、みな、平和や幸福を願い続けているのに、不幸の連鎖は終わらないのだろうとイリシュは考えられずにいられない。

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