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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
エル・ミラージュの崩落。
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エル・ミラージュの崩落 戦争終結後。ジャベリンの酒場と独裁国のラウンジ。

「なあ。この酒場って、こんなに静かだったっけ?」

 冒険者の男の一人が言う。

 いつも賑わっている街一番の大きな酒場は、客の数が五分の一以下になっていた。酒場の女将が憂鬱な顔でカウンターで頬杖を付いていた。


 エレスと獣人のサラナの二人が互いに向き合いながら、オレンジジュースの入ったコップを睨んでいた。注文した料理にも手を付けていない。いつかベドラムが教えてくれた鴨肉のソテーが置かれている。


「なあ。あの喧しいハゲのおっさん。ベドラムに踏み台にされていた、おっさん何だっけ」

 冒険者の一人がエレスに訊ねる。


「ヴァンネット様ですか…………」

 サラナの声は震えていた。


「ん、ああ…………」

 冒険者の男はきょとんとした顔をしていた。


「死にました」

 サラナは呟く。


 冒険者達の多くの故郷はバグナクにあり、バグナクは核ミサイルによって一番の損害を受けた。辺り一面は廃墟と化していたと言う。サラナは先日、故郷の防衛にあたっていたヴァンネットが顔だけ原型を留めて、首から下は黒焦げ死体。更に下半身は完全に消失した姿で見つかったのだと聞かされている。


 そしてサラナの故郷である妖精の国も滅んだ。

 今や大量殺戮兵器によって、死臭ばかりが広がっている。


 核ミサイルだけではない。

 海上都市スカイオルムも、魔王サンテの侵攻によって半壊し、復興にかなりの時間が掛かると聞かされている。船はまだ出せないらしい。魔王サンテは魔王ベドラムとの戦いで死亡したと聞かされている。サンテが支配していた海の世界は、無秩序状態になり、海の魔物達が好き放題に暴れ回っているとの事だった。結局の処、サンテは海を統治して、人間世界を海の魔物の脅威から守っていた事実が判明してしまった。


 世界は混乱を極めている。


 エル・ミラージュは空中要塞との戦いで消耗し、今や他の独裁国家、大国の脅威に晒される身となった。戦争による惨事便乗型資本主義(ショック・ドクトリン)に乗っかろうとする、他の大国にいる投資家や軍事産業によって資源を狙われるだろう。


 こちらも空中要塞も、ジャベリンも疲弊している。

 

 亡命したカーディは帰ってこない。

 カーディの故郷もバグナクだった。


「私、カーディを追おうと思っているっ!」

 エレスは立ち上がった。


 確かサラナの話では、コンロンという国に向かったと聞いている。

 大気汚染、土壌汚染の酷い国だ。



 ダーシャはエル・ミラージュに滞在していた。


 ステンノーは疲れ切った顔で、ベッドに横たわり熱が酷いのだと聞く。代わりに隠居した父親のザイレスが政治を行っている。


 エル・ミラージュの高級ラウンジで、この戦争に関わった重要人物が何名も今後に関しての会議を行っていた。


 アネモネは自ら手料理とノンアルコールのカクテルを、集まったメンバーに振舞っていく。


「今後の敵は、吸血鬼の王ソレイユになるな」

 ダーシャは深刻な顔をしていた。


「魔王ベドラムは、放浪の旅に出るって聞かされたわ。ふざけやがって、あの女。私の国を巻き込んでおいて……………。今度あったら殺してやる」

 ジャベリンの王女ロゼッタは、不貞腐れた顔をしていた。


「それで。ロゼッタ王女。空中要塞は今後、どういう動きをするの?」

 アネモネは訊ねる。


「政治をディザレシーに任せると聞いた。ステンノーは体調不良で病気してるし、ベドラムは自分探しの旅に出るし、一体、一番の当事者達は何をやっているんの?」

 ロゼッタは本当に不機嫌な顔をしていた。


「私に出来る事は何かないでしょうか?」

 イリシュは暗い顔で、カクテルの入ったグラスを眺めていた。


「人を殺す覚悟が無いなら、イリシュは大人しくジャベリンに戻った方がいいと俺は思う」

 ダーシャは強く言った。


「私達の行動は間違っているかもしれませんわ。ヒルフェを倒したせいで、潜伏していた別のマフィア達が台頭しようとしている。本当にキリが無い」

 アネモネの瞳は苛立っていた。


「そう…………。ディザレシーが貴方達、ステンノーと和解に持ち込んだのは、最大の英断ね。エル・ミラージュという独裁国家が無くなっても、別の新たな独裁国家が世界の脅威になる。まるでキリが無い。世界に平和は訪れない」


「サンテさんが亡くなって、今、世界中の海は混乱状態だと聞かされています。海の魔物達が溢れ返っているのだと。結局、より悪くなっただけでした…………」

 イリシュはうつむいていた。

 ……お昼ご飯を一緒に食べたいって言っていたじゃないですか、と、イリシュは小さく呟く。


「ベドラムの思想は根本から間違っていたんじゃないの? あの女がいたから、ジャベリンは巻き込まれた。エル・ミラージュの認識では、ジャベリンは空中要塞の属国という事だったんでしょう?」

 ロゼッタはアネモネに訊ねる。


「当然でしょ。ドラゴンが支配し、ドラゴンと友好関係を結んでいる周辺国も、お兄様及び私は敵国と見なしていた」

 アネモネは、何を当たり前の事を聞いているのか?とでも言いたそうな表情をしていた。


 ロゼッタはアネモネの言葉に反論するわけでもなく、むしろ同意するような顔になる。


「同盟国や属国、一方の戦争に加担している国がたとえ、どんな言い訳を並べ立てていても、敵対している国からすると、敵にしか見えない。私達だって、マスカレイドやリトル・アーチは敵国だと認識していた」

 ロゼッタは、むしろアネモネに同意しつつ、ベドラムへの怒りを吐き散らしたくて仕方が無いといった様子だった。


「仲が悪いのね?」

 アネモネは訊ねる。


「うん。私、大嫌い。あの女」

 ロゼッタは力強く告げた。


「ベドラム、大戦犯だろ。あいつがリベルタス倒す過程で、俺の故郷の森は焼かれた」

 ダーシャはまるで他人事のように、少しおどけたような表情をする。


「まあ。今後はジャベリンは、空中要塞だけじゃなく、エル・ミラージュに恨みを持つ国々。ステンノーを悪しき独裁者、世界の暴君として憎む国々の標的にもなりかねない。本当に私の国は最悪な脅威に晒されているわ」

 ロゼッタは、アネモネにも面と向かって毒を吐いた。


 アネモネは肩を竦めた。


「あのね。大量殺戮兵器を持っているのは、我が国だけじゃないのは分かるわよね? 独裁国家は幾らでもある、我がエル・ミラージュがたまたまその頂点だっただけで…………。それが戦争で崩壊した」

 アネモネも憔悴した顔をしていた。


 此処で行われている会話は、実質的な首脳会議だった。ジャベリンとエル・ミラージュの二つの国の。


 空中要塞も、イモータリスも、今後は危険な国としてより深刻に考えなければならない。そして、吸血鬼の国イモータリスとの戦争さえ今後、検討しなければならないのだ。ひとまず、人間同士の国が協力し、魔族達の国を敵国と見なしている、という事になる。もちろん、そんな簡単な対立の構図ではないのだが…………。


「ソレイユがこの戦争で莫大な利益を得て吸血鬼達が隆盛を始めている。最悪。今頃、城内でダンス・パーティーを行っているに違いないわ」

 ロゼッタは忌々し気に言う。

 戦争開始前に行われた盛大な夜会は、民の税金から使われていた。

 軍事産業と、戦争により悲惨な状況に陥った戦争孤児、貧困層などを救う為に始めたビジネスを同時に行って、善意と不幸を振りまく事の両方をソレイユは行っている。


 ヴァンパイアは最悪だな、と、ロゼッタは心底思っている。


「吸血鬼の王ソレイユを倒すのなら、それこそ空中要塞のドラゴンと戦争させればいいんじゃないのかしら? 魔族同士で潰し合って欲しいわね」

 アネモネは心底ウンザリした顔になる。


「吸血鬼ソレイユは、太陽の魔法……核兵器を製造する方法も“核兵器を魔法として転用する技術”も手に入れた。ベドラムは馬鹿女だけど、黒竜ディザレシーは政治交渉の実力がある事が判明したから、ディザレシーにソレイユを抑え付けて貰う。それにディザレシーは最強のドラゴン……ひいては、最強の魔族だと聞いている。物理的な脅威で、イモータリスの脅威を抑制して貰う。もう、戦争はこちらも巻き込まれるから、対話で何とかして欲しい」


 ロゼッタは大きく溜め息を付く。

 アネモネは何かに気付いた。


「そうでしたわね。実はイモータリスにも、核ミサイルをお兄様は撃ち込みましたわ。でも、弾かれた。多分、太陽の魔法による防御シールドでしょう?」


 アネモネの発言に、ロゼッタは衝撃を受けたみたいだった。

 しっかりと、イモータリスにも核を落とそうとしていたのは、初耳だった。


「…………。実は空中要塞とジャベリンには、黒竜ディザレシーの固有魔法によって、貴方達の国からの核やその他の爆弾、ナパームなどの類を弾き飛ばす結界が張られていた。ディザレシーの使いのドラゴン達から聞いた話によると、イモータリスには張っていない」


 ロゼッタは憎々し気に、ソレイユの薄笑いを浮かべた顔を思い浮かべる。

 何らかの対策を行っている。


「イモータリスにはちゃんと命中すれば良かったのに。核兵器なんて万能じゃないのね」


「当たり前でしょ。ミサイルを撃ち込んでも、爆撃機に搭載しても、上空で撃ち落とせば済む話ですから」

 アネモネもロゼッタに合わせるように、大きく溜め息を付く。


 当面の要注意人物はソレイユで間違いない。


 ロゼッタはフリースの件やジュスティスの件など、別に話したい事もあったが止めにした。今はアネモネに余計な情報を流すべきではない。




 しばらくして、ラウンジの入り口が開かれる。


 オリヴィが現れた。


「おいっ! お前ら、会議を一時間も前から勧めていただろ? なんで、俺はハブられてるの? いじめですか? いじめなんですか?」

 オリヴィは露骨にオーバーなリアクションをする。


「いや、まあ。そんな調子だから、あんたが真面目な会話をぶち壊してくるの嫌だし。まあ、重っ苦しい会話が止まって良かったわ」

 ロゼッタは笑う。


 その場にいた皆にとっては、オリヴィのこの軽薄極まりない態度は、ある種の救いだった。もしかすると、本人は意図して、いつもこのような態度で他人に接しているのかもしれない。



「で。お前は吸血鬼ソレイユと、どんな取引をしたんだ? 詳細全てを吐いて貰えねぇーかな」

 ダーシャはキツく、オリヴィを詰めたいといった顔をしていた。


「あー、うん。やっぱ、俺、帰っていいですかー?」

 オリヴィは冷や汗を流していた。

 彼は思わず、回れ右の態勢を取っていた。


「まあいいですわ。私はエル・ミラージュの栄光の為にこれからも国を建て直し続けますわ」

 アネモネは栄光という言葉を強調して使う。

「私もジャベリンの独立と発展の為に戦い続けるわ」

 ロゼッタも祖国への愛を誓う。


「えっと…………。俺はどうしよう。マスカレイドの未来の為に戦うとするかな」

 オリヴィはへらへらとした表情を崩さなかった。


 核兵器や類似する大量殺戮兵器を世界中から廃止しても、石や農具による数十万人の虐殺が起きた内戦も存在する。平和に至る道は極めて厳しい。だが…………。


 集まったメンバー達は、苦笑しながら、互いの平和と自らの国家の未来の為に立ち上がる事を宣言したのだった。

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