エル・ミラージュの崩落 空中要塞とエル・ミラージュ「最終決戦」。黒竜ディザレシーVS魔王ステンノー 2
「ジャベリンの秋には彼岸花が満開に咲く。死を想起させるが、とても美しい色彩をしている。俺は花々が美しいと思った。何度も写真に収めたいくらいだ」
ディザレシーは空を見上げた。
「お前は属国にしている国の秋が好きなのか」
ステンノーは訊ねる。
「属国じゃない。同盟国だ」
ディザレシーは不愉快そうな顔になる。
「エル・ミラージュはコーヒーを嗜む文化がある。今度、飲むかい?」
ステンノーは花々を見つめながら訊ねる。
「そうだな。お前が途上国の農民の血と涙から奪い取ったものだとしても、それはとても美味しいんだろうな」
ディザレシーは無表情で返した。
「コーヒー農園で働く農民を馬鹿にしているのかい? 彼らは仕事を好んで生きている」
「家の雨漏り一つ修理出来ずに毎日、酷使されてるだろ。金無ぇー奴は、腎臓を売るのを最終手段にしているって聞いた」
「色々な生き方があるさ」
「選んだ生き方じゃねぇーだろ」
二人は秋の紅葉の中にいた。
この空間では、二人の記憶情報を再現する事が出来る。
「なあ。ディザレシー」
「なんだ?」
ステンノーは何処か寂し気に呟く。
湖畔に辿り着く。
ステンノーは湖畔にある誰かが使った小舟を眺めていた。
確かに、此処には人の息遣いがあった。
この空間はディザレシーの記憶を再現したもので、おそらく、もうこの世界には存在しない都市。ステンノーが核を撃ち込んだ街の付近にあった大自然なのだろう。
「俺は独裁者になるべくして生を受け、人の心を持たない人間として育った。俺が滅ぼした三つの都市の人間はさぞ俺を恨んでいるだろうね。彼らにも人生や大切なものが数多くあっただろうに」
ステンノーは落ち葉を手にしながら、倦怠を帯びた表情に変わる。
「お前でもやはり罪悪感を感じるのか?」
「無いよ。俺はエル・ミラージュの栄光の為にのみ生きている」
ステンノーは落ち葉を宙に飛ばした。
「空しい生き方だな」
「空しくはないけど、寂しいと思う時はあるよ」
ディザレシーは別の場所へと向かった。
そこは、大きなロッジだった。
ディザレシーはおもむろにロッジの扉を開ける。
ステンノーは中へと入る。
「此処は俺の記憶の世界だ。俺の記憶が集めた画廊だ」
ディザレシーはその美術館をステンノーに見せていた。
そこには壁一面に戦争で亡くなる者、苦しむ者達の絵画が飾られていた。火で生きながら焙られる者、死んだ幼子を背負った母親。放射性物質で奇形化して生まれた子供。ガリガリの骨と皮だけになって廃墟を歩く幼き兄弟。真っ黒に炭化した親の手を握り締める子供。重い遺族の死体を棺桶に入れて運ぶ人々。そして平和の為に祈り続ける人々。
「俺は絵ではなく、本物の映像を寝る前のティータイムに睡眠薬代わりに観ている。敵国の人間。特に市民の悲鳴と死ぬまでの苦しみを見るのは心地が良いんだ」
ステンノーは腐れ外道な事を平然と言ってのけた。
「…………。そうか、やっぱ、お前。人の心が無いんだな」
ディザレシーは酷く寂しそうな表情をしていた。
「そうだね」
ステンノーは嘲笑うでもなく、顎に手を置いて考えて込んでいた。
「ただ。俺はエル・ミラージュの国民が、このような眼にあったら正気でいられないと思う。俺の心はお前らから見たら、酷く歪んでいるのだろう。だが、それが俺の当たり前なんだ」
ステンノーの言葉には、何処か物悲し気なものがあった。
「なあ。そう思うなら、もう戦争を終わらせよう。結局、世界中にいる軍需産業にこびり付いている利権屋が儲かっただけだ。俺達は馬鹿共だったんだよ」
ディザレシーは自嘲たっぷりに言う。
「そうだね。本当にその通りだよ。吸血鬼の王にもいいようにされたし。俺とお前らが大規模の戦争を行った事によって、俺達が守りたかった市民が大量に死に、我が国は更に他の大国から憎まれた」
ステンノーは悲惨な戦争絵画をじっくりと眺めていた。
「いい油絵具を使っているんだね」
ステンノーはじっくりと絵画を眺めていた。
「そうだ。何年もかけて描いた画家もいる」
ディザレシーの眼は、少し潤んでいるようにも思えた。
ステンノーは絵画の一枚一枚を眺めていた。
生涯をかけて絵を描いた画家達も、中にはいるのだろう。
同じものを見ていても、別のものと感じる。
ステンノーは話題を変える事にした。
「ソレイユやヒルフェは『死の商人』だから、鉄工所や自動車メーカーを偽装した、軍需産業。ヘルメットや軍服、兵站、自動小銃も次々と作っている。俺は連中の横暴が許せなかった。軍需産業の拡大化の為に、エル・ミラージュの医療や福祉、教育機関が潰れたら、エル・ミラージュという大国の市民の人権に重税を課して、貧困層が増える。俺は連中を絶対に許せなかった。その点では、お前とは話が合いそうだ」
ステンノーは話しながら、何かを考えているみたいだった。
「そうだな。ステンノー」
ディザレシーは彼に怒りを向けるでもなく、ふと思った。
二人は美術館を出た。
景色が歪んでいく。
一面にはラベンダー畑が広がっていた。
エル・ミラージュの庭だ。ステンノーの好むセージの畑もある。幼少期の想い出の匂いが広がっている。美しき国。美しき栄光。ステンノーが愛してやまない国民達の笑い声が聞こえる。未来を担う子ども達の声。保育園。学校。学問を熱心に学ぶ為に大学に通う若者達。大企業に勤めて会社を担っていく新卒の若者達。野菜や魚を売る庶民……ステンノーは庶民達のもとにじかに向かい、見ず知らずの庶民の野菜や魚を買った。
祭りの屋台が開かれれば、ふらりと屋台で売られているものを口にした。
ボディーガードを付けずに行く。
マスコミによるイメージアップの為じゃない。ステンノー単独で、ふらりと、名も知らない国民達を見るのが好きだった。
軍事基地で、彼に忠誠を誓う軍人達。
反戦平和を願い、核の所有を糾弾し、政府を自分を憎み続ける国民でさえステンノーにとっては愛おしい。
……それでも核兵器の撤廃は出来ないし、自ら手を汚す事をステンノーは止めないだろう。敵国の者達が苦しむさまを楽しむという、残酷な嗜好が変わる事も無い。
「人間の悪意が俺を生んだ。各国は大量殺戮兵器を所有し、人類の歴史は戦争や独裁、貧困層の犠牲によって成り立っている。俺はエル・ミラージュを愛している。だから独裁者として振舞った。これからもそうする。世界中の人間は、金儲けの為に人を殺す道具を売りさばく。他の多くの国々だってやっている。イカれた独裁国家は、エル・ミラージュだけじゃないよ。だから俺は“悪魔”になる事を願った」
ステンノーは自国の風景を見て、涙を流す。
ディザレシーは嘆息する。
「なんだ。お前、人の心、あるじゃねぇか。誰にも共感出来ないサイコパス野郎じゃないんだな」
ディザレシーはまるで独り言のように話を続ける。
「お前の祖国への愛は本物だよ。俺達ドラゴンと同じように、同胞を愛している。けれど、こじれにこじれて、俺達は敵対した」
ディザレシーは花畑のセージの花を眺めていた。
セージは良いお香になるのだと聞く。
「俺は核の所有も、エル・ミラージュが先進国である為の躍進もやめない。だけれど、共にこの世界全体が良くなる道を探そう」
ステンノーは笑顔になった。
彼がついに、和解の言葉を口にした。
「共通の敵は、今後共に、武器商人だ。死の商人とも呼ばれている連中を叩き潰そう。俺達は共に、戦争で利益を得る連中を抑制する。それがこの世界で生きる者達の永久平和になるだろうね」
ステンノーは少し物憂げな笑みを浮かべていた。
「核兵器が無くても、石や農具で民間人の大量虐殺が行われた国も存在する。俺は今後も世界の知見を深め、世界が平和になる為に動くよ。ステンノー、平和に協力してくれる事に感謝する」
ディザレシーの固有魔法が作り出した幻影の空間は崩れ去っていく。
†
空中要塞とエル・ミラージュの戦争は、そうして終結した。
沢山の一般市民の屍が積み上がって、どちらも勝利者にも敗北者にもならずに終わった。




