エル・ミラージュの崩落 空中要塞とエル・ミラージュ「最終決戦」。黒竜ディザレシーVS魔王ステンノー 1
政治会談の場。
透明なガラスによって、世界各国が見える特殊な場所だった。
空中要塞に乗ったステンノーは、特殊な次元橋の政治会談の場に連れて行かれた。此処からは世界全土が地球儀のように見渡せる。
「お前がディザレシー? ドラゴンじゃなくて、人間だったっけ?」
ステンノーは飄々とした態度をしていた。
「お前と対等に会話する為に、人間の姿を取った。ドラゴンの姿だと人間から見れば威嚇に見えるらしいからな」
ディザレシーは真っ黒なコートが揺れていた。コートのファーが風になびく。
「いやいや。中々、どうして。人間の姿でも威圧感があるね」
ステンノーは嫌味ったらしく告げる。
「ベドラムの代わりとして来た。俺が実質的な空中要塞の代表だ。いや、お前らの側と敵対している側全員の代表として此処に来ている」
二人はゆっくりと椅子に座る。
「お前を今、此処で殺してもいいんだからな」
その言葉を待っていたように、ステンノーは本当に心から楽しそうな顔になった。
「俺が死ねばエル・ミラージュが抱え込んでいる核ミサイルを全力で空中要塞に落とすように軍隊に伝えている。何十本も、何百本も、何千本もだ。ジャベリンにも落とす。イモータリスにも落とす。スカイオルムにも当然だけど落とす。空中要塞と同盟を結んでいる他の周辺国全てに落とす」
ステンノーは楽しそうな表情だった。
「………………。イカれてんのか? 人間の言葉を話せよ。それやると、どれだけお前と同じ種族の人間が死ぬと思ってるんだ? 何百万人の人類が死ぬと思ってる? 何千万人かもな。億行くかもな。放射性物質の影響で未来永劫にもっと沢山の者達が死ぬ。自分がやろうとしている事を分かっているのかよ?」
ディザレシーは剣呑な顔になる。
「魔族もドラゴンも沢山死ぬだろ。人類全体が平和になる。魔族に味方した連中は人類の敵だ」
ステンノーは腕を組みながら、口元に微笑みさえ浮かべていた。
「俺はベドラムと違う。此処で一切、妥協案に乗らないからな」
ディザレシーは“悪魔”と呼ばれる眼の前の男を冷たく睨み付けた。
「お前の凶行による都市の爆撃から生き残ったドラゴン達は、お前ら側の人間を大量に襲撃する。エル・ミラージュも、マスカレイドも、お前らが属国にしている辺境の国々の人間も大量に炎の吐息と牙とカギ爪で殺す。竜言語による古代魔法で大量に処刑する。一般市民が沢山死ぬ。いや、ドラゴンだけじゃないな」
ディザレシーの表情は本気だった。
その瞳には憎悪が篭っていた。
「ジャベリンも、スカイオルムも、エルフ達も、吸血鬼達も、生き残った者達が報復として、エル・ミラージュとマスカレイドに攻め込む。お前ら側も更に報復の返しをするだろ? どれだけの人間が死ぬんだろうな。人類史に残る最悪の戦争と未来永劫に語り継がれるだろうな」
ディザレシーは呆れと怒りが混ざり合っていた。
「当然そうなるだろうな。エル・ミラージュはそいつらも、また軍隊で蹴散らすさ。何年、何十年間にも渡り、人間と魔族ではなく、人間同士の戦争が続くのだろうね。だが、それを俺は見る事が出来ないのが残念だがね」
ステンノーは高笑いを浮かべた。
「一般市民は、権力を持っている王族やそれに値する者達のボードゲームの道具じゃねぇんだぞ。それぞれの人生があり、愛する家族がいる。守りたい故郷がある」
ディザレシーは辛辣に告げる。
「その言葉、お前自身にも被弾してるよ」
ステンノーは両手を広げながら、呆れたような表情をする。
「ベドラムはこうなる事を予想して世界を征服する宣言をしたんだろ? この俺もこうなる事を予想して世界の征服を宣言した。結果、沢山の者達が死ぬ」
独裁者ステンノーは少し小馬鹿にしたような表情をしていた。
「終わりなき戦争を望まないのなら。戦争の終結の条文にサインをして欲しい」
ステンノーは不敵に笑っていた。
彼はディザレシーに紅茶を注いだ。
ディザレシーは紅茶には目もくれない。
「そのつもりで来た。だがお前ら側に好条件の条約ならサインはしない。何度だって書き直させる」
ステンノーは静かに条文をテーブルに置く。
ディザレシーは無言でそれに目を通す。逐一、問題のある点を見逃さないように。
「駄目だ。この内容だとジャベリンがお前らの属国として植民地になる」
ディザレシーは反吐を吐くように言う。
「医療も福祉も不足してるんだろ。辺境の国ジャベリンは。だから医薬品を販売して子供も老人も障害者も守ろうって言ってるだろ」
ステンノーは何が不服なのか分からないといった顔をしていた。
「高い薬売り付けられて、福祉施設なんて勝手に作られて、その仲介人の経済マフィア共から金を徴収された挙句、貧困国に陥った国を俺はいくつも知っているんだがな。エル・ミラージュはそういった頭の悪い弱小国に武力を突き付けて、植民地化していった挙句、まるで世界政府のように、自分達の国が秩序だって言い張ってる。まあ、お前だな」
ディザレシーは再びステンノーを睨む。
ステンノーは鼻で笑っていた。
「契約書は俺が書き直す。一文字も見落とさねぇ」
何も無い空間から、万年筆と修正ペンが出現して、それらがディザレシーの掌に収まった。
「エル・ミラージュはこのままいけば、更に肥大化しただろうな。大国として他の国の一般市民の連中を、プランテーション農園とか最低賃金のアパレル業の仕事を与え続けた。お前らがカカオ豆とか服とか車とか贅沢に使って、国民に大量消費させる為に、どれだけの他の国の人間共を地獄に叩き落としたんだよ」
ディザレシーの言葉は、察そう呪詛に近かった。
遠い国の何処かの者達に対する慈悲の怒りだ。
「んー。車走らせる為にガソリンの燃料奪う為に、貿易した国もあれば。ミサイル作る為に、鉄が欲しくて貿易した国もあるね。ワインとかブドウ畑で作るだろ。ブドウ農園が欲しくて、俺の国の為に頑張って貰っている国もあるねー」
ステンノーは、ディザレシーのそんな感情を嘲笑していた。
「貿易って聞こえのイイ言葉使ってるんじゃねぇーよ。侵略って言うんだよ」
ディザレシーは嫌悪感に満ちた口調で言った。
「俺は、アイスクリームと同じ値段くらいの疫病の予防ワクチンを買えずに、五、六歳くらいのガキの顔が病気で腐って死んでいくのを見た。貧しい国は、世界中から募金募って教会に寄付されたりするんだが、教会に寄付した金がマフィア共の仲介料として略奪されているのも知っている。結果、パンとか牛乳とか鶏肉なんかの配給がマトモに配られない。貧しい国で工場労働している人間共は、自分の月給で稼ぐ金で、自分達の作るフライパン一つ買えないんだとよ。こんな世界、馬鹿げてる。元を辿れば、お前ら大国が、大量に色々な国の資源をぶんどって、他国の連中を、事実上の奴隷にしたからだ」
ディザレシーは静かだが、まるで演説でもするように長々と大国に……この世界に対する呪詛を吐き散らした。
「それが資本主義だよ。豊かな国はもっと豊かになる。貧しい国はもっと貧しくなる」
ステンノーは告げる。
「この世界は、適者生存。弱肉強食って言いたいのか?」
ディザレシーは訊ねる。
「そうだよ。そういう風に、この世界は創られている。俺達の国は当たりクジを引いただけだよ」
ステンノーは嘲り笑う。
「ステンノー。お前は人間じゃない。やっぱり、悪魔だろ」
ディザレシーはそう吐き捨てながら、条文を書き直していく。
「勘違いしているみたいだけど」
ステンノーは呆れたような表情をしていた。
「俺はエル・ミラージュを愛している。祖国を。誰よりも愛国心が強いと思っている。お前らドラゴンと同じだ」
「死ねよ。ゲス野郎。誰にも迷惑掛けずに一人で死ね」
ディザレシーは書き直した条文を突き付ける。
ステンノーはその内容を見て、露骨に大きく溜め息を付く。
「この条文の内容だけどさ。お前ら側に何のメリットがあるの?」
静寂の魔王は首を傾げた。
「この戦争で俺ら側に何のメリットも無い方がいいんだよ。この世界には沢山の人間も魔族も生きてんだ。みんなで平和に暮らしていこうぜ。他人様の国を侵略したり、自分の国の人間を兵隊にして、命を粗末に扱う事は止めようぜ?」
ディザレシーは少し自嘲するように笑った。
ステンノーは腹を抱えて笑った。
「俺らエル・ミラージュ国は、世界一の大国として、何世代にも渡り栄えてきた。俺の次の代も。俺が死んだ後も、ずっとずっと栄え続ける。いずれ、この世界を征服するという宣言を俺は取り消さない。仮に俺が取り消しても、どうせ次の代の国王や王子が、世界征服の宣言をする」
ステンノーは自らの地位も命も、どうだってよいように思えた。
もはや、彼はエル・ミラージュという存在が具現化したような化け物のように思えた。
「じゃあ真紅の空中要塞も、世界征服の宣言を取り消さねぇ。人間も魔族も国も民族も腐ってやがるからな。いずれ、俺とベドラムが、この世界を統治してやる」
ディザレシーも負けていなかった。
ディザレシーは、ドラゴンという存在そのものの象徴として振舞っている。
「出来るといいね。お前はこの世界に希望を作りたいんだね」
ステンノーはくっくっと破顔した。
「お前はこの世界の闇そのものだ。でもこの世界の仕組みがそうなっているんなら、お前は闇を行使している代弁者でしかないんだろうよ」
ディザレシーは無表情のまま、次元橋から見える世界の景色を眺めていた。
二人の世界の支配者は、自らも眼の前にいる者も嘲り笑い、そして会談は終わろうとしていた。
「最後に一つだけ付き合ってくれないか?」
先ほどまで剣呑そのものだった、ディザレシーが少し穏やかな表情になる。
「俺の『固有魔法』で、俺が見てきたものをお前に伝えたい」
ディザレシーの意外な提案に、ステンノーは少し驚く。
「お前の固有魔法による結界、空間制作の中に俺を閉じ込めようっていうのかい?」
ステンノーは少し警戒心を露わにする。
「そうだ」
ディザレシーは告げる。
「明らかに信頼が無いと、それは承諾出来ないけど。いざとなったら、いつでもお前を始末出来る事を忘れないで欲しいな」
「それで構わない。見せたいものがある。俺の『シャドウ・フレイム』は俺が見てきたものを幻影として再現出来るんだ」
ディザレシーは少しだけ笑った。
「そうか。うん、いいよ。見せたいものがあるのなら、この俺に見せてくれ」
ステンノーは笑った。
辺り一面に、影の空間が生まれていく。
政治会談の場が、影によって飲み込まれていく。
色取り取りの花があった。
穏やかな景観の森林の中に、二人はいた。




