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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
エル・ミラージュの崩落。
93/109

エル・ミラージュの崩落 魔王ベドラムVS魔王サンテ

 ヒルフェを倒してから、十日程経過した。


 空中要塞とエル・ミラージュの戦争は、なおも激戦と化していた。


 ドラゴン達はエル・ミラージュ周辺の攻撃を行っていた。

 ジャベリン周辺の街に核を落とされた事、空中要塞にも核ミサイルを撃ち込んだ事に対する報復である。当然、サンテのスカイオルムに対する侵攻も入る。当初、民間人への攻撃は“暗黙の了解”のもと空中要塞側は行わなかったが、エル・ミラージュ側が一般市民を対象とした事による報復によって、ベドラム側も容赦の無い判断を下した。


 だが、それでも比較的、ベドラム側が狙っているのは軍事基地周辺だった。そこでは大量の一般市民の居住地もあったが、やむを得なく爆撃へと映った。兵器を製造する工業地帯はドラゴンの吐息によって燃やされ、傭兵として徴兵された“リトル・アーチ”という国を中心としたエル・ミラージュの代理戦争に加わった国々も、ドラゴンの襲撃の対象となった。


 エル・ミラージュ側の国民は大量に死んだ。

 兵器が銃火器に必要な部品は、一般人が働く工場で生産され続けている。兵士達が前線に立って着る軍服などは縫製工場だ。現場に回される兵士達の食料品などは、食品工場が作っているし、医薬品などは薬品工場が作っている。それらを制作しているのは一般人だ。

 つまり、戦争を国が行うという事は、究極的には、一般人と前線で戦う兵士の区別が付かなくなるという事だ。


 結果、ベドラムも大量にエル・ミラージュの民間人をドラゴン達に命じて虐殺した。

 もう、誰が“一般市民”なのか、区別が出来なかった。

 戦争とは、そういうものだった。


 ベドラムは、ドラゴン達の指揮を執り、次々と、補給物資を作り続ける工業地帯に竜の吐息を浴びせるように述べ、龍言語による古代魔法を撃ち込んで破壊するように告げた。


 近代兵器を用いても、最強クラスの魔族であるドラゴン達を撃退する力を人間達は有していない。工場を守っていた軍人達も、魔法使い達も、簡単に炎の吐息によって焼け死んでいった。


 両方共、消耗戦が続いていた。


 だが、吐息やカギ爪、物理的な身体能力に加えて、竜言語の詠唱による隕石の魔王や大嵐の魔法で数千人の人間を一度に蹂躙出来るドラゴン達の群れに、人間側が正面から勝てる道理など無かった。


 しばらくして。

 軍事基地周辺には、巨大な海洋生物の群れが現れ、ドラゴン達を返り討ちにしていった。

 再び、魔王サンテが、エル・ミラージュの側に付いてベドラムの軍団を迎撃していた。


 サンテには、核ミサイルの軍事基地を死守する任務が与えられていた。

 エル・ミラージュで自国の核を爆発させないように。



 最終的に、ベドラムとサンテは“本気の戦い”を行う事によって、ケリを付ける事になった。


 オアシスに辿り着いた。

 此処は海域と繋がっている。

 サンテが十全に自身の能力を引き出せる場所だ。


 ドラゴン達は核兵器周辺の軍事基地を焼き払い、工業地帯、鉄工所、自動車工場、外資ロビーを破壊して周った。確実にエル・ミラージュという国家はボロボロになり、崩壊へと向かっていった。エル・ミラージュ側は内政の為に、吸血鬼達の大量虐殺を行った。それが良い面にも悪い面にも傾き、この戦争で儲ける投資屋は追い出されていった。このままでは、エル・ミラージュは倒れるだろう。


 リトル・アーチを中心とした代理戦争に駆り出された傭兵達の生き残りは、各地の無垢な女子供の性暴力を働いていた。悪夢が更なる悪夢を呼び起こしていた。


 サンテとベドラムは、二人にしか通じない会話をする事にした。


 というよりも、ベドラムはサンテの側に立った言葉を、彼女に投げ付けた。


「サンテ。最後の決着を付けよう。私達は分かり合えなかったんだろう。どちらかがいつか殺し合い、死ぬしかなかった」

 ベドラムはサンテをよく理解していた。


「ベドラム。テメェはいい生まれでいい暮らしをして育った。あたしが生まれた世界、生きた世界は地獄だったよ。私はずっとテメェが大嫌いだった。ずっとずっと殺してやりたいと思ってた」


 サンテは巨大なサメから作った水鉄砲を手にしていた。


「知ってたよ。お前は私が大嫌いなんだって。でも仲良くなれると思った。境遇は真逆だが。力への飢えはお前に共感していたからな」

 ベドラムは『ゴールデン・ブリッジ』を生み出す為の黒剣を引き抜く。


「共感? 笑わせるなぁ! ずっと高みでテメェは地上を這うあたしらを見下していやがったんだ。あたしの不幸を笑っていた。テメェはローズ・ガーデンでの苦しみも貧民街での苦しみも知らねぇ。テメェは絶対に、このあたしを理解出来ぇよっ!」

 サンテは、悪夢の魔王は吠えるように言う。


「ああ。今、そう思う」

 ベドラムは冷たく笑った。


「理解し合えない事を理解したよ。私とお前、最初で最後の殺し合いだ。今日、どちらかが死ぬ。それでいいな」

 ベドラムは左手でブルーベリーの飴玉を取り出して、ガリガリと齧る。

 ベドラムは右手の大剣を銃器のような形状へと変化させる。

 

 サンテは海洋生物から作った巨大な拳銃をベドラムに向けていた。


「荒野のガンマンみたいに行こうぜ! ベドラム! どちらか抜きな! どっちが早いか試そうぜって奴だ!」

 

「私の『ゴールデン・ブリッジ』とお前の『ヴァンダリズム』。どちらが上かって話か」


 ベドラムは大剣の先から爆撃を放っていた。


 音速で飛んでくる水の弾丸が照射されていく。


 大津波がオアシスの水から溢れ出していく。

 そのまま大海嘯となって、砂漠を水浸しに変えていく。


「全然。ガンマンするつもりねぇじゃねーの」


 サンテの身体が光り輝く。

 サンテの胸元と顔面が爆破炎上していく。


 リベルタスとの戦い。

 ソレイユとの模擬戦闘。


 それらを得て、ベドラムは更に強くなっていた。


「お互い。全ての力を出し尽くせるというのは、楽しいものだな。その瞬間だけ、私は自由になれた気がするよ」

 ベドラムは追撃として、サンテを何度も切り裂いていた。


 確実にダメージを与え続けていた。

 サンテは笑っていた。

 彼女の肉体は極めて特別で“命のストック”というものが存在しない。まるで無限に再生するクラゲなどの特殊な海洋生物のようにサンテは不死とも言える身体を有している。

 更にサンテは、全世界の海に影響を与える程の無尽蔵で理不尽な魔力を有している。

 ヒルフェのような精神攻撃無しの物理攻撃一辺倒のベドラムでは、普通に考えて、サンテを倒す事は不可能だった。それでもベドラムはサンテとの全力の戦いを挑んだ。


 辺り一帯に透明なクラゲが飛んでいた。


 全て、毒物をまき散らす爆弾だろう。

 それらが、辺りに撒き散っていく。

 毒の濁流が、辺りに広がっていった。


 シルクロードの砂漠に、巨大な火柱と水柱が交互に上がっていく。

 

「ベドラム。人間の神は信じるか?」

 全身を燃やされ、焼死体のような姿になりながらサンテは訊ねる。


「信じねぇよ。私は自分の力しか信じねぇな」


 ベドラムもまた深く負傷していた。

 消耗戦に持ち込まれれば、サンテが有利になるだろう。

 回復魔法、再生能力の無いベドラムは圧倒的に不利だ。


 だが。

 威力の一撃、一撃はベドラムの方が上だった。


 巨大なシロナガスクジラがベドラムを飲み込む。

 クジラの体内で高威力のエネルギーが迸る。

 

 燃える炎の中、服ごと再生を果たしたサンテが現れる。


 空は巨大な無数の太陽が生まれていた。

『ゴールデン・ブリッジ』はもはや、かつて人間が生み出した凶悪な核兵器を再現していた。


 太陽が隕石の嵐となって、シルクロードの大地を破壊し尽くしていく。


 この一帯のオアシスは既に、海域と連結していた。

 巨大なクラーケン、深海の怪物達が押し寄せてくる。


 海域が一刀両断に断ち切れていく。


「ベドラム。お前は一体、なんなんだ?」

 サンテはクラーケンの一体の背中に乗りながら笑っていた。


「テメェ一人で、世界を滅ぼせるだろ? 何故やらねぇ。人間共を一人残らず皆殺しに出来るんじゃねぇのか?」

 サンテは嘲り笑う。


 クラーケンの巨大な触手が、何処で拾ってきたか分からない沈没した巨大戦艦の残骸をベドラムのいる方角へと向かって投げ付ける。


 触手がバラバラに切り刻まれていき、サンテを囲っているクラーケンの何体かの全身が爆破炎上していく。肉塊が派手に吹っ飛んでいった。


 サンテは、腹の辺りを勢いよく切り裂かれた事に気付く。


「なんで死なねーんだよ。死ねよ、早く」

 ベドラムはサンテが召喚した海の魔物達を片っ端から、爆撃して倒して回りながら悪態を付いていた。


「ベドラム。私は人類の悪が具現化した存在そのものだ。細胞の全てが無限に再生し、無限に悪意を振りまく事が出来る」

 サンテは迸る魔力量ごと再生しているみたいだった。


「このまま消耗戦に持ち込ませて貰うとするわ。くひひっ、あたしが勝つ。今日、竜の王は死ぬんだ。早く天空から落ちやがれ」


 空中に大量の滝が出現し、滝の中から無数の魚の怪物達が出現する。

 魚の怪物達は、まるで小型ミサイルのようにベドラムに向かって飛び跳ねて突撃していった。


 サンテは極限まで硬化した海藻で作られた緑色の剣を取り出す。

 これで、ベドラムの首を刎ねるつもりみたいだった。

 荒野に砂嵐と、水の濁流が広がり、舞っていく。


「皮肉だな。無限の物量と再生を繰り返すお前と、最強の破壊のエネルギーを生み出せる私は、人間の巨悪であるステンノーの固有魔法を喰らえば死ぬんだな」

 ベドラムは炎の剣で、出現した魚のモンスター達を撃墜しく。


 サンテの方も、ベドラムを殺しきれないでいるみたいだった。

 いくら不死身と言っても、限界がある。

 一撃で細胞の全てを焼き尽くされれば、そのまま死んでしまうだろう。

 サンテはベドラムの攻撃を何度も直撃して、なおも死なずにいるのは、細胞の一部を“核”のようにして守っているからに他ならなかった。

 更に、再生には魔力の残量が必要になってくる。

 攻防一体を行い続けているサンテは、時間経過と共に少しずつ焦り始めていた。

 自己の肉体を修復する為に使う行為は、海の怪物を支配する事よりも、遥かに魔力を使用する。


 サンテは、世界全域に影響を与える程の魔力を使えると共に、脆い部分が多かった。

 サンテ一人では、ヒルフェに勝てなかった。

 どれだけ強大な物量戦に持ち込もうが、サンテ本人の精神は本質的に脆い。本質的に彼女の弱さは、彼女がこれまでに受けた“心の傷”だった。

 だから、精神を操作し悪夢を見せるヒルフェとの相性は最悪だったのだろう。


 サンテは自らの中にある心的外傷後ストレスを、魔力に変えて攻撃してきている。

 ベドラムは、それをよく知っている。


「テメェがずっとずっとムカついていた。あたしの不幸が何も分からない面してたんだからな!」

 サンテは同じような言葉を、反復するように叫ぶ。


「はん。お前だって私の不幸は何も分からないだろ。自分だけ不幸不幸って言いやがって」


 ベドラムは一瞬、動きを止める。

 自分が戦う目的。

 空中要塞の為に。

 空中要塞やジャベリンに生きる者達の為に。


 サンテにだって戦う目的があった筈だ。

 彼女は、つい先日。

 ロゼッタ、オリヴィ、アネモネ、そしてダーシャとの共闘で、ヒルフェを倒した。

 サンテは、人生でこれまでにない充足感を得ていた筈だろう。

 ロゼッタいわく、サンテは嬉しそうな顔をしていたと言っていた。仲間になれたような気がしたと。



「バスティーユ様が魔王ジュスティスによって殺されました」


 幼い頃、竜の亜人達から、ベドラムとディザレシーはそう聞かされた。

 自分を守ってくれる母親はもういない。

 戦士として生き続けた母親。


 これからドラゴン達はどうなっていくのか。

 幼い頃のベドラムには強い恐怖感があった。


 母親は弱かったから死んだのか?


 このまま他の魔王達によってドラゴンは滅ぼされるのか?


「このままでいいのかな?」

<いいわけねぇだろ>

 ディザレシーはそう告げる。

 

<ベドラム。俺達は強くなるぞ。この地上の誰よりもだ>

「ああ…………。そうだな」


 死がどうしようもなく怖かった。

 弱いという事がどうしようもなく怖かった。

 だから、ベドラムは…………。



「サンテ。私は“故郷”を守る為に戦っている。その言葉はお前にとっては忌まわしい憎しみの言葉なんだろうがな」

 ベドラムは伸縮自在に形を変える大剣を振り回していた。

 大剣は炎を放ち続けていた。


 シルクロードの大地に、いくつもの灼熱を帯びたクレーターが広がっていった。


「初めから、分かり合えなかったんだよ。あたしはこの腐った世界の負け犬になりたくなかっただけさ」


 炎の刃と水の刃が錯綜していく。

 

 二人はシルクロードの廃墟地帯の付近まで、その戦いを広げていた。この辺りには避難民達が住んでいる筈だ。二人の戦いで、更に多くの人間が巻き込まれて死ぬ事になる。

 ベドラムは心の中で舌打ちする。

 サンテは出来るだけ多くの人間を巻き込みたがっている。

 だが、ベドラムの虐殺行為を増やして、ベドラムの心を折ろうとする、という戦略を取ろうとした時点で勝負は決していた。


「サンテ。お前は友人達が出来たんだな」

 ベドラムは確信を付くような事を告げた。


 ゴールデン・ブリッジの炎がサンテを焼いていく。

 いつの間にか、ベドラムは強大な赤黒い鱗のドラゴンへと変わっていた。


 サンテの腹部には巨大な孔が空いていた。


 サンテは倒れる。

 シルクロードの一帯は爆炎と、砂嵐と水の濁流によって埋め尽くされていた。


 サンテは立ち上がる事が出来なかった。

 肉体が無限に再生するといっても、サンテは途方もない魔力を持っていたとしても。サンテの“戦う闘志、精神力”に限界が来つつあった。それはベドラムの方も同じだった。海洋生物のモンスターを全力で召喚し尽くし、ベドラムの攻撃を何度も受け続ける。先に限界が来たのは必然的にサンテの方だった。


 サンテは過去の悪夢の人体実験が生み出した、史上、人類や魔族の中においてトップクラスの無限のごとき魔力を持つ肉体を持っている。だが、サンテの性格が災いした。サンテが、どれだけ攻撃を繰り出そうが、どれだけ再生しようが、まるでベドラムの心を折る事が出来なかった。倦怠感の強いサンテは、戦いの中、もはや心が折れてしまった。



「トドメを刺せよ」

 サンテは告げる。


「いや。お前には生きて貰う。領海にいる魔物達は、お前の支持で動いている。お前が死ねば、海は混沌と化し、人々は海の魔物によって怯える。人々を守るのがお前の使命だ。だから私はお前を殺さない」


「そうかよ。ちゃんと考えていやがるんだな」

 サンテは、手に持った海藻の刃で自ら自害を試みようとしていた。

 ぼろぼろと、海藻の刃は崩れ落ちていく。

 ベドラムは炎の剣で、サンテの海藻の刃を焼き払ったのだった。


「サンテ。しばらく身を隠せ。お前がいなくなっても、お前の存在が分かるのは“魔王達”しかいない。私はこれからステンノーと話を付けてくる。サンテ、ゆっくり休め」


「そうかよ。海の魔物達はしばらく放っておくぜぇ? あたしはしばらく、死んだ事にしておいてくれ。しかし、このあたしに自殺もさせくれねぇーのかよ」


「仕方無いだろ。お前はこの世界にとって、必要な存在なんだから」

 ベドラムの言っている事は事実だった。


 サンテはしばらくの間、何かを考えているみたいだった。


「分かった。そうするわ」


 サンテはふうっ、と、背もたれした岩盤に寄り掛かる。

 そして、空を見ながら、ぼうっと気を失っていた。


 サンテはイリシュ達に会いたいと思った。ロゼッタにダーシャにアネモネに、そしてクソ頭の悪いオリヴィに。


「空ってこんなに綺麗なんだな」

 サンテは一人呟く。


「空中要塞から見る空は、此処よりも、もっと美しいぞ。怪我が治り、お前の心の整理が付いたら、いつでもお前を歓迎するよ」

 ベドラムはそう笑って、いつの間にか、ゴシック・ロリィタの人間姿に戻っていた。彼女自身は戦いに満足し、その場を去っていった。そして、空と海の魔王の戦いは終わった。 

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