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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
エル・ミラージュの崩落。
92/109

エル・ミラージュの崩落 陰謀の魔王ヒルフェとの決戦 2


 一方。ダーシャとアネモネのタッグはかなり苦戦していた。


 突如、辺り一面が闇の中に覆われて、死者達の断末魔ばかりが聞こえてくる。


 そこで、アネモネがダーシャに向けて、暗器の類を放ってきたのだった。アネモネはどうやら、ダーシャをヒルフェだと思い込んでいるみたいだった。


 ……幻覚魔法に対する対策を事前に話し合っていなければ、まずかったな。


 ダーシャは身を闇の世界に現れた、部屋の中へと身を隠していく。

 攻撃はあらかた避けたが、本当に眼の前のアネモネが本物なのかさえも分からない。更に、撃ち込んでくる暗器の類が幻覚の可能性さえある。


 ダーシャは仕方なく、弓矢の引き金を引く事にした。足を狙って行動不能にするしかない。


 背後から気配があった。


「あれは私の幻覚ですの? やっかいですわね」

 

 ダーシャが振り返ると、アネモネがもう一人いた。

 ダーシャは無言で、現れたアネモネの首筋に短刀を突き付けた。


「で。お前は本物なのか?」

 アネモネは鼻を鳴らす。


「私の口癖は?」

 彼女は訊ねる。

「エル・ミラージュに栄光あれ、だろ」

 

 言われてアネモネは笑う。

 そして、懐から彼女もまた刃を取り出す。


「ダーシャさん。貴方こそ本物かしら? 確かめてみたいですわね」

 アネモネは笑顔だった。


「いいよ。確かめてみろよ」

 ダーシャは短刀を取り落とす。


 アネモネはそれを見て、即座に部屋の外にいる、もう一人のアネモネの頭部にナイフを投擲していた。


 見る見るうちに、ダーシャを狙っていたアネモネは霧のように掻き消えていく。


「私が本物という事でご理解いただけましたか?」

 アネモネはにんまりと笑う。

「ああ。逆にあんたは、俺が本物か偽物かもう疑わなくていいのか?」


 アネモネは嘆息する。


「猜疑心なんて無限でキリがありません。もう騙された時は騙された時で、素直に死にましょう。だからこその五人態勢で挑んでいるのですよ? 最後の一人がヒルフェを討てればそれでいい。そうではありませんか?」

 アネモネはもう開き直っているみたいだった。


「そうだな。『マインド・スライス』がどういう攻撃を仕掛けてくるのかを予想していた時から、こういう事態の為に、保険をかけていたからな」



「しかし、対策立てまくっていて、本当に良かったな。あたしは役に立てねぇーし」

 サンテはがじがじと苛立って、自らの爪を噛み始めていた。


「そうね。何もかも疑うしかないわよね」

 ロゼッタは魔法の杖を、サンテの頭部へと向けた。


「何の真似だ?」

「ついさっき、この異空間で壁を曲がった。貴方は本物のサンテさん?」

「おい、待て待てよ。ふざけるのもいい加減にしろよ」


 サンテの動きは俊敏だった。

 サンテは魔法無しでも、野生動物のような俊敏な動きでロゼッタの杖を叩き落としていた。衝撃でロゼッタは地面に叩き付けられる。ロゼッタはそれを見て笑う。


「やっぱり、本物のようね」

 ロゼッタは笑った。


「でも」

 ロゼッタは告げる。

 サンテの背後を指差していた。


 巨大な海の怪物の群れが通路に現れて、二人に襲い掛かってきた。

 サンテの『ヴァンダリズム』で召喚した怪物達だ。


 ロゼッタとサンテの二人は慌てて、その場から逃げる。

 

 通路は行き止まりだった。


 そこには、何故かベドラムが佇んでいた。

 ベドラムが腰元から取り出した大剣を振るう。

 ベドラムの固有魔法『ゴールデン・ブリッジ』の爆撃が、二人に襲い掛かってくる。


「おい。もう分かったぞ」

「ええっ」


 二人はゴールデン・ブリッジの爆撃を受け止める。

 その後、押し寄せてくる怪物を完全に無視する事にした。


 ゴールデン・ブリッジの爆撃も、海の怪物の猛攻も、二人には何のダメージも与えなかった。そもそも、まるでその存在は陽炎のように立ち消えた。


 ロゼッタは杖の中に仕込んだ刃物で、現れたベドラムを切り付けていた。

 サンテは飛び膝蹴りを繰り出して、ベドラムの顔面を殴っていた。


 ベドラムの姿が見る見るうちに、ヒルフェの姿へと変わっていく。


「トドメを刺しに来る時、一番、恐ろしい存在の姿を借りてやってくると思った」

 ロゼッタはそう告げた。


「ほう? 何故、そう思ったかね?」

 ヒルフェは負傷している部分を抑えながら、ロゼッタに訊ねる。


「何となくだけど、貴方なりの私達への敬意かなって」

 ヒルフェは汗だくになりながら笑った。


「この私も幻覚かもしれないのだぞ?」

 ヒルフェは不敵な表情へと変わる。


「いや。仲間が到着した、もうすぐ分かる」

 ロゼッタも不敵な笑みを返す。


 闇の空間に亀裂が入っていく。


 オリヴィがそこには現れた。

 オリヴィは、掌から大量の石の刃を、解き放つ。彼の固有魔法『ストーン・ストーム』だ。それらは次々とヒルフェの身体へと突き刺さっていく。


 ヒルフェは血反吐を吐きながら、その場にうずくまる。


「…………一体、何をしたのかな…………」

 陰謀の魔王は汗だくになっていた。


「あーっと。吸血鬼の魔王様に頭下げて、幻覚魔法を打ち破る対策の魔法を教えて貰ったんだわ。あの人、お前の魔法の概要を少しは知っていて、快く俺に教えてくれたぜー」

 オリヴィはへらへらと笑いながら、ヒルフェを見下す。


「ソレイユめ…………。おのれ………………」


 ヒルフェの腹に、矢が撃ち込まれる。

 追撃として、彼の胸元には針のようなものが撃ち込まれていた。


 ダーシャとアネモネが現れた。


「チェックメイトだよ。ヒルフェ。お前は俺達全員を見くびっていたんだよ」

 ダーシャは弓矢を、ヒルフェの頭部へと向ける。


「私は負けんよ。奥の手はもう一つ、隠し持っている。もっとも、分は悪いがな…………」

 ヒルフェは立ち上がりコートをはためかせる。


 アネモネは奥の手というものを出される前に、短刀でヒルフェにトドメを刺そうと考えていた。


 だが、ヒルフェの行動の方が遥かに早かった。


 辺り一面の空間の変化でなく、今度はヒルフェそのものの肉体が変化していく。


 最初、無機質な金属の塊のように見えた。金属の塊の中から、肉食獣のような口が見える。所々に腕が生えている。更にジュスティスのキメラの兵隊達のように身体中に人間の嬰児(えいじ)の頭や手足などが見え隠れした。枝のように細長いいくつもの植物のような腕を生やしている。一見してキメラにも見えなくないが、金属が生命を持っているように見える。全身から瘴気のようなものを放っていた。


 最初に攻撃を受けたのはロゼッタの方だった。

 しなやかな、植物の根のようなものがロゼッタを攻撃する。

 だが、ロゼッタの周りに大量の水が現れて、ロゼッタはその攻撃を受け止めていた。


 アネモネは幾つもの針やナイフを取り出して、得体の知れないグロテスクな怪物の身体に投げ付けていく。そしてみなに告げた。


「分かりましたわ。弱点となる核が身体の何処かにあります。絶えず移動しているみたいですから。ダーシャ」

 アネモネはエルフの戦士に呼び掛けた。

 アネモネはこのタイプの怪物の構造を知っているみたいだった。


「貴方が急所となる核に矢を命中させてください。私とロゼッタがサポートいたします。サンテとオリヴィは手数で表面を削り取ってくださいっ!」


 アネモネの号令を聞いて、他の四名が一斉に自らがやるべき配置に付いた。


 ロゼッタは考える。

 魔王と戦うのは、いつぶりくらいだろうか。

 最初、ジュスティスと戦った時、ベドラムと共闘して戦ったが、結果はジュスティスを取り逃し、エートルという犠牲者を出した。

 次にジュスティスと再戦した時、地の利を生かして海の巨大クラーケンによって水の底に沈めた。……ベドラムいわく、倫理の魔王は生きているらしいが。

 

 そして、エルフの森であるエレスブルクではベドラムが一人で自由の魔王リベルタスを倒した。


 魔王達との戦いを想い出す。

 魔王は決して無敵ではない。

 そして、今回は誰の犠牲者も出させない。

 

 ロゼッタは呼吸を整える。

 自身の固有魔法『アクアリウム』を全身で使う。

 この地下街道に巨大な水族館が生まれてくる。小さな熱帯魚達が生まれる。変身したヒルフェに視覚があるのかはよく分からない。だが、生み出した空中の水族館に混ざって、派手な水の刃が小さな水の渦巻きが生まれる。ヒルフェの身体はダメージを受けていないみたいだった。だが、ロゼッタの『アクアリウム』に上乗せするように、サンテの『ヴァンダリズム』による巨大なサメや肉食魚といったものが次々とヒルフェの肉体へと喰い付いていく。


 ヒルフェは自身の身体から、金属製のカギ爪を出して振り回そうとするが、石の壁によって阻まれる。無数の石の刃がヒルフェの全身を突き刺していく。オリヴィの『ストーン・ストーム』だ。


 ヒルフェは巨大な大口を開いた。大量の牙が生え出してくる。それで、ダーシャとアネモネの二人を狙った。アネモネは何かを塗った魔物をヒルフェの体内へと突き刺していく。


 ヒルフェは絶えず反撃に移ろうとしているみたいだが、ロゼッタの『アクアリウム』の魔法によって視覚を奪われ、アネモネの多種多様な毒の攻撃によって“ステータス異常”のようなものを引き起こしているみたいだった。


 サンテの怪物の召喚と、オリヴィの石の刃によって肉体が削りに削られていっているみたいだった。


「サンテ。お前の怪物達って、出現させた後は、しばらくして召喚陣に還っていくんだな」

 ダーシャは感心しながら、サンテの攻撃を見ていた。

 万が一、召喚した海の魔物達が、味方陣営の攻撃を始めたら場が混乱するだけだ。


「当たり前だろ。あたしの魔法はぬかりが無ぇよ。それより、テメェ、もっと距離を離れろ」

 サンテは返す。


 ダーシャは頷き、ヒルフェからもサンテが生み出した海の怪物達からも、更に距離を取る。


 真っ赤な心臓のようなものが、小さく、異形の怪物と化したヒルフェの身体から見え隠れする。


 あれがアネモネの言う弱点なのかどうかは分からない。

 だが、ダーシャのやるべき事は一つだった。


 ダーシャは弓矢で、真っ赤な心臓を狙う。

 アネモネから貰った毒が矢じりには塗られている。

 矢が何本も、心臓のようなものに命中した。


 次の瞬間、異形の怪物は全身に生まれた口から悲鳴を上げていた。どろどろと、人間の顔や身体のようなものが生まれ、崩れていく。異形の怪物の所々から、真っ赤な心臓のようなものが露出していく。

 

 ダーシャは真っ赤な心臓を全て射抜いていく。


 奇怪な金属音が地下道に響き渡り、異形の怪物の全身は崩れ去っていく。


 後には、全身から血を流し、口から血を吐き続けている人型のヒルフェの姿があった。


 ダーシャは弓を向ける。


「何か言い残す事はあるか? 陰謀の魔王」

 エルフの青年は訊ねる。


「お前らはシンチェーロも殺したな。それで問いたいが、私を殺してどうなる? 新たなマフィアの王が出てきて、国に寄生する者の首がすげ替わるだけだ」

 ヒルフェは呼吸を荒くしながら、ダーシャを睨んでいた。


「ふん。無様な最期だな。シンチェーロの黒豚も同じ事を言っていたよ。でも、お前らのような人を不幸にして利権を吸っている連中を殺していけば、俺は少しでも世の中がよくなると思っている」

 ダーシャは弓矢を構えた。


「そうか。せいぜい、足掻くがいい。貴様らの“正義”や“信念”がこの先、何処まで通じるのか見ものだな」


 ヒルフェの頭蓋は、ダーシャの矢で射抜かれた。


 そして、ヒルフェは絶命した。


「良かった…………。……良かったわ、……パーティー、全員が欠けずに、この戦いに勝利する事が出来た」

 ロゼッタは少し嬉し涙を流していた。


 ダーシャの方はうずくまり、虚空を眺めていた。


「俺、俺は無力じゃなかったよな……。エルフの森で、リザリーを失ってから、俺はずっと無力感に苛まれていた…………」

 ダーシャは仲間達を眺めながら、ぽろぽろと大粒の涙を流していた。

 よほど、長年、一緒にいたエルフの相棒の死で苦しみ続けていたのだろう。


 アネモネはダーシャの事情を知って、彼を優しく抱き締める。


「ええっ。…………あなたは、無力ではありませんでしたわ…………。この戦いで、必要不可欠な存在でした」

 アネモネは優しくダーシャの髪を撫でる。


 ロゼッタとサンテは顔を見合わせる。


「次に会った時は、互いに敵同士になって殺し合うかもしれねぇーな」

 サンテは挑発するように笑う。


「でも、もう少し、味方のままでいて。仲間達と勝利した余韻に……、その、少しでも浸りたいから」

 ロゼッタは笑った。


 オリヴィは空気をぶち壊すような発言を行おうと思ったが、小粋なジョークが何も思い付かず出てこなかったので、口を閉ざしていた。


「さてと。私はシンチェーロの後継者達を始末しに行かないと。私のマスカレイドの長い夜は始まったばかりみたいですわ。エル・ミラージュの栄光の為に、脅威となる地位のあるマフィア達をあらかた始末しておかないと」


「そうか。俺も手伝うぜ。それでマスカレイドも、エル・ミラージュも良くなるならな」

 ダーシャは少し楽しそうな顔をしていた。


「ええ。世界全体が良くなると思われます」


 アネモネは一足先に、地下街を抜け、ダーシャは彼女の後を追った。


 ロゼッタとサンテ、オリヴィの三名もしばらくして、地下街の外へと出た。

 地下道の外は月が綺麗だった。

 そして、マスカレイドの裏社会を支配していたマフィアの魔王は、彼に恨みを持った者達が同盟を結び、見事に打ち倒したのだった。

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