表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
エル・ミラージュの崩落。
91/109

エル・ミラージュの崩落 陰謀の魔王ヒルフェとの決戦 1


 マスカレイドの地下道。

 そこは、昼間は商店街になっているが、夜はマフィア達の裏取引に使われる場所だった。


 アネモネとヒルフェは、そこで落ち合う約束をしていた。

 ヒルフェは、どうやら、いつものように配下の護衛を付けていないみたいだった。


「処でヒルフェ様。私達、エル・ミラージュは空中要塞との戦いで疲弊しております。ついに大都市にドラゴンが侵入し、軍人達を焼き払ったのです。とても痛ましい事です」

 アネモネは悲痛の表情をしていた。


「それが戦争だ。承知の事だろう」


 かつりかつりと、二人はマスカレイドの地下通路を歩いていく。


 アネモネは何気なくヒルフェのうなじに触れようとした。


「この私に牙を剥くつもりか? それも良かろう」

 ヒルフェは振り返らなかった。

 当然のごとく、ヒルフェはアネモネの思惑を知っていた。

 部下の精神生命体達を付けていないのは、アネモネ達の油断を誘う為にか。むしろ、ヒルフェが本気で戦う場合、部下が邪魔になるのか。……現時点では分からない。


「…………。私達、エル・ミラージュの手助けを貴方はしてくれない。牙の一つも向けたくなるものですわ」


 アネモネは突如、異空間のような場所に放り込まれた。


 戦争で死んだ沢山の人達の亡霊が現れる。アネモネの深層心理に根付いている恐怖。拭っても拭っても消えない恐怖。エル・ミラージュが大量殺戮兵器で殺してきた者達、エル・ミラージュという大国を維持する為に踏み台にしてきた者達。


 アネモネは恐怖に支配されながらも、冷静にヒルフェの固有魔法を分析していた。

 幻影使いなのは間違いない。

 どういうロジックやトリガーで引き起こされていくかだ。


 ……心の底にある罪悪感で攻撃してくる。ダーシャに伝えなければ。……トラウマや恐怖を他人の心から引き出す事によって他者を支配する事が出来るのがヒルフェの固有魔法。


「ヒルフェ様。……私は貴方と話がしたいのです」

 アネモネはうずくまりそうになりながら、告げる。


「そうか。ならば、この私を付け狙っているエルフの青年はなんだ?」


「貴方と対等に会話する為に用意しました。それだけですっ!」

 アネモネは叫んだ。


「貴方の『マインド・スライス』の全貌が少しずつ分かり始めました。他者の恐怖、特に罪悪感を操作し、他者を支配する事が出来る。違いますか?」

 アネモネは大声で叫んだ。


 近付いてくる死人達を蹴り飛ばしていく。


 精神支配は他者をコントロールする上で強力極まりない魔法だ。

 彼が裏社会を統べているというのは、納得しかない。

 人間の心の弱さを支配出来る魔法を極めているとするならば、この上なく社会の裏側を支配出来るだろう。


「それがどうした? 人間は罪悪感に打ち勝つ事が出来ない」


 アネモネは全身が発火し、焼け爛れていく幻覚に襲われる。

 ダーシャは以前、相対した時、バラバラにされた感覚を受けたと言っていた。眼の前で列車でひき殺された哀れな男を見ての恐怖からだろう。

 


「これがヒルフェの固有魔法『マインド・スライス』…………」


 広範囲に振り撒いているのか。

 ロゼッタとサンテの二人も、マスカレイドの地下道の中にいた。

 

 ロゼッタの眼の前には、ジャベリンで焼死した騎士団達がいた。キメラに変えられたエートルの姿があった。

 ロゼッタはその幻影を、アクアリウムの水の刃によって、切り刻んでいく。


「カラクリが分かってきた。あたし達で始末出来そうだな」


 サンテはかつてのローズ・ガーデンで共に生活していた同胞の生徒達が非道な人体実験によって死んでいく姿を幻視していた。そしてシトレーの亡霊が見えた。


 サンテは巨大海洋生物の触手を召喚して、亡霊達を薙ぎ倒していく。


「手筈通り、あたしがヒルフェの物理を削る。あんたらがトドメを刺せ」


「分かったわ」

 ロゼッタは頷く。



 立場も信念も越えて、今だけは魔王ヒルフェを討つ為に五人掛かりで共闘しなければならない。それだけヒルフェは強い。魔王の中で最強の可能性さえある。


 以前、ロゼッタはヒルフェの固有魔法は幻影魔法の可能性があると聞くと、黒竜ディザレシーが自身の固有魔法も近しいものだと教えてくれた。ディザレシーは“影”を媒介に固有魔法を使っているらしい。影を媒介にして、影に閉じ込められた者の精神と接触する。


 ヒルフェと戦う事を決意した際に、ロゼッタはディザレシーから“幻影魔法を得意とする敵”と対峙する際の指導を受けた。


<もっとも俺の影を使った精神感応は、幻影を生み出す事も出来るが、あくまで本来の能力の副産物であってメインの能力じゃない。ヒルフェがどういう戦い方をしてくるのか、それは戦って見極めろ>


 ディザレシーはそうロゼッタに告げた。

 ディザレシーは“影”を自在に動かし変形させ、自身や周囲も含めて影の中へと収納する事が出来るとの事だ。ディザレシーの固有魔法『シャドウ・フレイム』があった為に、空中要塞とジャベリンを“影”で覆い尽くし、影の世界に潜り込ませる事によってエル・ミラージュから撃ち込まれた核ミサイルを防ぐ事が出来た。


 ……ヒルフェがどんなに強くても、実質的に、ディザレシーの下位互換の固有魔法しか使えないのなら、自分達で充分にヒルフェを倒せる。味方側にディザレシーという存在がいて、本当に良かった。



 地下街を移動しているヒルフェを、巨大な触手や海洋生物の群れが襲い掛かる。

 ヒルフェは手にした鎌状の武器クペシュによって、海洋生物の頭部や触手を切り裂いていく。


 ヒルフェからすると、サンテの裏切りは見据えていたみたいだった。そもそもサンテはヒルフェやステンノー達に与する義理なんて無い。彼女は気ままに生きているだけだ。何にも縛られず、奔放に生き、殺す、海の魔王。それがサンテといった認識だった。


「だがこの私と戦うのは賢い判断だとは言えないがな」


 地下街全体が水浸しになっていく。


「罪悪感や恐怖などによって、幻影を見せているなっ!」

 サンテは大声で、叫んでいた。ヒルフェを倒す仲間達の耳に届くように。



「貴様らの精神の強靭さは素晴らしいものだ。私の『マインド・スライス』を打ち破ろうとするか。なら、仕方が無い。奥の手を使うしかないみたいだな」


 ヒルフェは立ち止る。

 彼の全身から、瘴気のようなものが立ち上っていた。


 ヒルフェの姿が見る見るうちに、別の何者かへと変化していく。


 サンテは息を飲む。

 変身能力か?

 下手な怪物に変身したとしても、サンテの物量攻撃ならば重傷を与える事が出来るだろう。このような事態の時の為に、サンテは配置されている。


 それは地下街道の天井など無視して、巨大に広がる真っ黒な影だった。


 サンテは、異空間に放り込まれた事が分かった。


 そこは真っ暗な世界だった。

 辺り一面から、人間の悲鳴や泣き声などが聞こえてくる。


 サンテは自身の足場も覚束ない事を理解する。

 海の魔物達を召喚する事もままならない。


 もしかすると、此処はサンテの精神世界の中なのかもしれない。

 ……畜生が。やっぱり、あたしより強ぇえじゃねぇかっ!

 サンテは心の中で悪態を付く。


 どうやら、此処は部屋や階段、通路なおがある、館みたいな場所になっているみたいだった。だが、真っ暗闇の為に、照明らしきものもない。奇妙な事に、両手を見ると、明かりが灯されたように、はっきりと見える。


 暗闇の先に、一人の人物が現れた。

 それは、ロゼッタだった。

 ロゼッタの姿も、真っ暗闇にも関わらずに、まるで闇の中に浮かんだ切り絵のように、はっきりと見えた。


 ロゼッタは怒りを込めた眼で、アクアリウムの水の刃をサンテへと向けていた。サンテは海の怪物を召喚出来ずにいた。


「おい。あたしは今、味方だろ。お前、何してんの?」

 サンテは言いながら気付く。


 明らかにロゼッタの様子がおかしい。


 サンテは自身の身体能力のみで動く事にした。

 サンテは跳躍して、ロゼッタの頬を張り倒す。


 地面に倒れたロゼッタは混乱しながら辺りを見回す。


「あれ? 貴方はヒルフェじゃない?」


「どういう状況だ?」

 サンテは訊ねる。


「サンテ。貴方がヒルフェに見えた。だから、水の刃を撃ち込んだ」


「…………。そうか、畜生がっ! 幻影、混乱魔法が付与されてやがるのか。最悪だっ!」

 サンテは海の怪物を召喚出来ない無力な自分にも苛立っていた。


「この闇の中に閉じ込められたみたいね。どうしたものかしら?」

 ロゼッタは杖を振りながら、困惑していた。


「おいっ!」

 サンテは振り返らずに訊ねる。


「あたしはあたしの魔法『ヴァンダリズム』による、魔物の召喚が出来ねぇーんだ。ロゼッタ王女、なんで、てめぇーは『アクアリウム』を使える? ちょっと不思議だよなあ? 本当にあんた、本物なの?」

 サンテは懐疑心たっぷりで訊ねる。


「魔物の召喚が使えないの? ヒルフェが知らないであろう私の情報でも話そうか? 幼少期の事とか」


「…………。ヒルフェは間違いなく記憶を覗けるだろぉな。悪魔の証明にしかならねぇーよ」


 そこでサンテは気付く。

 ロゼッタも頷く。


 こうやって、疑心暗鬼にさせて同士討ちを狙う事さえも出来るのだ。

 ロゼッタは対峙した直後、ディザレシーの魔法の下位互換くらいに分析していた。だが、ディザレシーは此処まで狡猾な戦法を使えないだろう。改めて、ロゼッタは、何故、ヒルフェが陰謀の魔王なのか。裏社会のマフィアのトップに立っていたのかを理解する。


「あんたを本物だと認定するよ。畜生が。考え続けたらキリが無ぇえ。それが奴の戦い方なんだろうがよ」

 サンテはあっさりと、ロゼッタに対する嫌疑を晴らした。


「あたしの魔法が使えない事が分かった。あたしは召喚陣を使って、海の魔物を呼び出す事が出来る。この空間では、召喚陣が外の世界と繋がらねぇー。本当にクッソッタレの相性だ。あんたらと組んで、本当に良かったわ」


 ロゼッタはサンテの言葉を聞いて、愕然とする。

 ヒルフェは見事に、サンテを無力化したみたいだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ