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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
独裁国家。エル・ミラージュ
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独裁国家。エル・ミラージュ 魔王サンテとイリシュ。

 イリシュはホテルから出て、エル・ミラージュの街を散策していた。

 市民達は何処か戦争が起きているといった顔をせず、平和ボケしたような表情をしている者達も多い印象だった。自国ではなく、まるで何処か遠い国が争っているかのような。市街地には軍用のジープが走り回っている。


 今すぐにでもベドラムがその気になれば、大都市をドラゴンの軍団が強襲する事も出来るだろうし、ベドラムならもっと非道な戦争の手段を思い付くだろう。このエル・ミラージュに生きる者達は、何処か薄氷の上を歩いている事を理解していないような印象だった。


 更に、この国に元々、住んでいた吸血鬼達が大々的にスポーツ・スタジアムを使って粛清された話が飛び交っていた。スタジアム内では、今も肉の焼ける臭いが漂っているらしい。バーベキューとなった死体は軍用犬の餌となったそうだ。


「あんたの事は知ってるなー。確か写真で見た気がするなー」


 路地裏の辺りを散策している時、声を掛けられた。


 イリシュはその姿を見て、背筋が硬直する。

 ベドラムから話は聞いていたが、初めてその姿を見る。

 魔王達が持っている、独特の威圧感と禍々しい感じだ。

 彼女は、数々の魔王達と会って、この感覚を知っている。


 姿から見て、悪夢の魔王サンテだろう。

 ボロボロのセーラー服姿で、余りにもこの小綺麗な都市にそぐわなくそこに佇んでいた。


「調べたんだけどさぁー。あんた、イリシュって言うんだっけ? 教会の修道女で。あたしのお気に入りのシトレーの最後のターゲットだった小娘」

 サンテは股を開いてしゃがんだ姿勢で座る。

 チンピラ特有の変な座り方をしていた。


 イリシュは委縮してへたり込む。


「シトレーさあ。あんたと会話した時、なんか話してた?」


「しゅ、修道女とか教会が嫌いだとか………。記憶が流れ込んできて………………」


「あたしも大嫌いだわ。偽善者の団体、募金募って着服してやがった」

 サンテはイリシュの頭を撫でまわす。


 そしておもむろに、煙草とライターを取り出して、煙草を吸い始めた後、イリシュの顔に口から煙を吹き掛ける。


「で。他に何て言ってた?」


「………………。ヒルフェかシンチェーロからお金を奪って、他の国に行ってお店を始めたいって…………」


「そっか。シトレーはスゲェ奴だよなあぁー。あいつがもっとガキの頃、一人でこのあたしに刃物向けやがったんだぜ。当時のあいつの仲間を眼の前で惨殺してやったのによおぉー。命乞いもせずに格好いいよなー」


「は、はあ………………」


「あいつ遅刻癖があるし、マジで仕事も出来ねぇの。建築業やったら覚え悪すぎて上司に怒鳴られてばっかだったってよー、笑えるよなー。舐め腐った上司ぶん殴ったりして仕事をクビになるような奴だった。あいつがくっそ安い売春婦から性病貰った話聞いた時はマジ、笑ったわ」


「な、なんか、憎めない人だったんです、ね………………」


「イリシュー。テメェにとってはターゲットにされて、災難だったんだろーが。あたしはあいつ、大好きだったんだぜぇ。最期は闇市場の黒豚の金盗もうとしたんだろー、本当にあいつらしいよな。マジで格好いいわ」


 サンテは煙草を踏み潰すと、いきなり顔を抑えて泣き始めた。


「唯一の家族と思える人間だった…………………」


 イリシュは息を飲む。

 サンテの感情が入り込んでくる。


「ヒルフェ殺すの手伝ってやるよ」

 サンテはイリシュの頭を撫でまわしながら笑った。

 髪の毛がぐしゃぐしゃになる。


「……………。貴方はステンノー達の味方では?」


「別に。ベドラムと殺し合える機会が出来るからこの戦争に参加しただけだ…………。いや、それも言い訳だな。あたし自身、全部、退屈していて、この世界が憎ったらしいから、参加した。正直、どっちが勝とうがどーだっていい。でもなー」


 情緒がおかしいのか、サンテはいきなりゲラゲラと笑い始める。


「ヒルフェぶっ殺したら、腹の底からスカッと笑えそうだわ」


「そ、そうですか……………………」


「ロゼッタ王女に伝えておけよー。ヒルフェ殺すつーんなら、あたしも作戦に混ぜろって」


「貴方は…………ヒルフェやステンノーとは同盟を結んでいるのでは?」


「知らねぇー。あたしは面白そうな方に付くわ。ヒルフェぶっ殺したら、次はベドラムだなー。この戦争は、あたしは、楽しめればそれでいいわ」


 サンテはふうっと大きく溜め息を吐いた後、立ち上がる。


「『ローズ・ガーデン』の生徒だった頃はマジで成績トップクラスで知識も教養もあったんだけどなー。全部、抜けちまったわ。今のあたしは、頭が悪いから、道理や政治の事とかマジ分からねぇー。あたしの人生はあたし自身がルールだ」


 そう言うと、サンテは踵を返して去っていく。


「イリシュー。今度、あたしと昼飯しよーぜ。美味い屋台知ってるんだわ。塩味の焼き鳥がマジ、酒と合うんだわ」


「えっと。私、未成年です。でも、ありがとう御座います……」


 サンテは手を振ると、去っていってしまった。


 どうやら、イリシュは海の魔王に気に入られたみたいだった。

 

 この国の王女であるアネモネもヒルフェを殺したがっている。

 ダーシャもだ。ロゼッタもヒルフェと戦う事を口にしていた。


 アネモネは、ミレーヌの仇だ。……だが、今、そんな事を考えても仕方が無い。ミレーヌは覚悟して此処に来た。状況が色々、混迷を極めている今、その件は横に置くしかない。


 魔王ヒルフェを倒す。


 イリシュは、去っていったサンテの後を追い掛けた。

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