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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
独裁国家。エル・ミラージュ
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独裁国家。エル・ミラージュ エル・ミラージュの血塗られた道。

 三つの太陽が落ちた後。


 王都ジャベリン。

 空中要塞の庭園。

 吸血鬼の街イモータリス。

 それらにも核ミサイルは撃ち込まれた。

 ステンノーは何一つとして、容赦が無かった。


 だが。核は落とされる事はなく空中で雲散霧消した。まるで何か異空間に飲み込まれたかのような…………。

 ステンノーは首を傾げながら、敵国の出方を待つ事にした。



 スカイオルムから帰還した後、シルクロードでのドラゴン達の戦いに他国の傭兵達を兵士として使った事に対してサンテは疑問に持っていた。

 その疑問を問い質す為に、彼女は玉座の間にやってきた。


「自分の国の兵隊達の血は流さねぇーんだな。スカイオルムを襲撃する際に、あたしの下に付いた連中も、上官以外の下級兵士達は、大体が“リトル・アーチ”って国出身の連中だったぜ。シルクロードでの戦いでも捨て駒として連中を使ったな?」

 サンテは腕組みをして、壁に持たれかけながら問う。


「俺は国民想いなんだ。我がエル・ミラージュの民を犠牲にするわけにはいかない」

 ステンノーは腕を組みながら玉座に座っていた。

 背後には、沢山の石化した者達が並べられている。


「それがテメェのやり方なのか。畜生が。テメェ、シルクロードの防衛とスカイオルムの侵略を、このあたしに選ばせたよな? シルクロードの防衛を選んでいた場合、あたしも巻き込まれて被曝する処だったじゃねぇか」

 サンテは玉座の前にある階段の下でガリガリと爪を噛んでいた。


 竜殺しの武器として配られたものを使った兵士達は次々と、対峙したドラゴン達と同じように無惨に死んでいった。

 亡骸は、シルクロードの砂漠に放置させたままだという。


「サンテ。別にいいじゃないか。お前に放射能は効かないだろ?」

 ステンノーは探りを入れるように訊ねる。


「お陰様で、ローズ・ガーデンの人体実験で作られた身体でな。効かないっていうより、体内に大量の毒素をつねに飼っているから、無理やり、新陳代謝で防いでいるだけだ。畜生、こんな意味の分からない身体にしやがって…………」

 サンテは自分で自分の人差し指の生爪を剥がす。

 剥がした先から、しばらくして新たな爪がすぐに生えてくる。


「テメェらクソ野郎のやり方は気に食わねえ。あたしはこれ以上、協力したくねぇ。やってられねぇー」

 サンテは振り返り、踵を返す。


「で。俺達と離反するの?」


「離反しねぇよ。ドラゴン共は私に殺させろ。特にベドラムとは私が直接、戦う。それなら大量殺戮兵器を使わずに済むだろ?」


 サンテは鏡のように磨き上げた大理石の床に唾を吐いた。


「床を露骨に汚すのは止めて欲しいな」


「うるせぇーな。この戦争が終わったら、状況次第によっては、私も敵になるからな。ヒルフェも許せねぇ。どんな理由があれ、あたしの弟分のシトレーを殺しやがって」


 そう言って、サンテは王の謁見の間から出ていった。


 しばらくして、元国王のザイレスとメイドのミリシアが現れる。


「わたしはお前の方法に全面的に合わせているが、サンテの怒りを買っていいのか?」

 ザイレスは首を傾げる。


「父上。サンテは俺と敵対しないよ」

 ステンノーは楽しそうな顔をしていた。


「さて。息子よ。お前の要望通りに、スポーツ・スタジアムの改造が終わったぞ。これで忌まわしき吸血鬼共を始末出来る準備が整うな」

 ザイレスは楽しそうに下顎を抑え、顎鬚を撫でていた。



 そこはスポーツ・スタジアムを改装した場所だった。

 元々はサッカーの試合を行っていた場所だったらしい。


 エル・ミラージュ中に滞在している吸血鬼達が、女子供構わずに集められているみたいだった。スタジアムの周りには最新式の武器を持ったエル・ミラージュの兵士達がいた。スタジアムの天井には、吸血鬼達を弱らせる“光の月”の光が照射されていた。


 吸血鬼達は特有の魔法を持っている、極めてやっかい極まりない存在だった。

 だが、吸血鬼達の王であるソレイユとステンノーの交渉が完全に決裂してしまった為に、この国に滞在する吸血鬼達は窮地に立たされていた。


「待ってくださいっ! あまりにもこれは暴政と言えるのではないでしょうか?」

 率先して連れてこられたミレーヌが、前に出た。


「お前はこの国にスパイとして来たらしいな。我が愛しい娘。アネモネから聞いた」

 元国家元首である中年の男ザイレスが儀式用の鎧を纏って佇み、ミレーヌを見下ろしていた。彼は確かステンノーの父親だ。そしてアネモネは彼の娘。


 彼は儀式刀のようなものを取り出した。


「さて。我が国に住まう吸血鬼達には、二つの選択肢がある。我が国から出ていくか、この場で処刑されるかを選んで貰う」


 エル・ミラージュに住む吸血鬼達は、それぞれ、職を持っている者達も多かった。機械技師や建築業、普通の洋服屋やレストランを営んでいたり、学者を行っている者もいる。科学者も存在したし、学校の教員を行っている者までいた。


 あらゆる職種に就いて、吸血鬼達はこの国に馴染んでいた。

 ミレーヌはそれを知っている為に、暴政という言葉は当然の事だった。


 アネモネは父親の隣で嘲り笑いながら、ミレーヌを見ていた。


「お父様もお兄様も、いずれは、吸血鬼達に対する“最終解決”を行うべく動いておりましたわ。それが今日、決行されるだけですの。そこの汚らわしい女、前に出るのを止めなさい」


「吸血鬼はエル・ミラージュの栄光の為に、動いてきたな。だが、今後はエル・ミラージュの栄光を脅かす存在となった。貴様らの王のせいでな」


 我々はエル・ミラージュに住んでいる、我々の国王は貴方だ、という声が漏れた。

 ザイレスは首を横に振った。


「今すぐに選べ。これは慈悲でもある。この国を出ていくか、この場で我々に処刑されるか。それ以外の選択肢は無い」

 

 ミレーヌは近付いて、なお抗議の声を上げようとする。

 ミレーヌの背後にいつの間にか、アネモネの姿があった。

 アネモネは、軽くミレーヌの首筋を押す。

 何かがミレーヌの頸椎の辺りに突き刺さったみたいだった。

 ミレーヌは、全身が麻痺したような感覚に陥る。

 物凄い悪寒が全身を駆け巡る。


「汚れた豚のような生き物が汚らわしいですわ。貴方はこの場で死んでください」

 

 地面に膝を付くミレーヌを、アネモネは冷たい視線で見下ろしていた。


「そうだな。アネモネよ。この場に留まれば、吸血鬼という種族がどのような末路になるのか、これから皆に見せるとしよう」

 ザイレスは指を鳴らす。


 木の十字架を担いだ兵隊が現れた。

 アネモネは素早い動きで、ミレーヌの両腕と足を、隠し持っていた釘のようなもので十字架に打ち付けていく。


 今度はザイレスが近付いた。

 無言で、ミレーヌの腹が儀式刀によって裂かれる。

 吸血鬼の女の腹が真っ赤に染まり、中の臓物が零れ落ちていく。

 ミレーヌは声にならない、声を上げていた。

 ぼとり、と。腸が地面に付く音が聞こえた。


「産まれてきた事そのものを悔い改めるがよい」


 ザイレスは再び、刃を振るう。

 すると、刃で斬り付けた場所から炎が噴出していき、ミレーヌの全身は見る見るうちに業火によって焼かれていく。裏切りがあった場合、ベドラムによって水責めで処刑される事を宣告されていたミレーヌだったが、皮肉にも彼女は人生の最後を火責めによって終わらされる事となった。


 スタジアム内に肉の焼け爛れる臭いが充満していく。


 ミレーヌは全身の肌を燃やされ、肉が焦げ、眼球が溶けながら、未だ生きているみたいだった。


「吸血鬼って無駄に丈夫なのですわね。長く苦しませるのは素晴らしいのですけど、その状態から何かされても困りますから」

 アネモネは懐から何かを取り出すと、大量にミレーヌの喉へと飛ばす。それらは大量の針だった。鋭く光る金属の針がミレーヌの喉に幾つも突き刺さっていた。ミレーヌはしばらくの間、全身を痙攣させ、その後、絶命した。


 吸血鬼達の何名かは、攻撃魔法を詠唱しているみたいだった。


 アネモネはクスクスとそんな彼らを見て笑っていた。

 彼女の背後には、近代兵器。銃火器の類を持った兵隊達が並んでいた。


「野蛮な民族の野蛮な魔法で我々に対抗するのも宜しいでしょう。けれど、我らの祖国への愛は不浄なる者達を赦さない。不浄なる蛮族共よ。我らの栄光の為に死になさい」

 独裁国家の王女は、冷たくそう言い放った。


 兵士達の銃火器から引き金が引かれ、次々と吸血鬼達に命中し、彼らを撃ち殺していく。

 

 アネモネとザイレスの二人は、その場を去る。

 そして、地獄絵図がこの場で広げられた。


 吸血鬼達は生きながら十字架に掛けられて、全身を灰になるまで燃やされていく。死ぬまでもの間も、兵士達からの過剰なまでの拷問が行われていった。地面には、指や手足、内臓や骨や鼻、耳の類が転がっていた。


 そして、このスポーツ・スタジアムは巨大な大焼却炉と化した。

 エル・ミラージュの兵士達、吸血鬼達の多くがこの場所で屍を積み上げる事となった。



 イリシュ。リーファ。エレスの三名はホテルに軟禁されていた。

 部屋の外には兵士が待機しており、ジャベリンのスパイと見なされた彼らに監視がなされていた。牢獄にぶち込まれないだけマシだろう。食事などは毎日、運ばれて、部屋にはシャワールームがあり、タオルなども毎日、替えられていたのでそれ程の不自由は無かった。


 だが、数日間の間、たっぷり動きが取れなかった。

 四日後くらいに、兵士を通してアネモネからの手紙があった。

 それを最初に読んだのはイリシュだった。


「…………。ミレーヌさんが処刑されました」

 イリシュは震え声で後ろの二人に言った。


「やっぱり、全力で抵抗するべきだったよっ!」

 エレスは叫ぶ。

 彼女は悔し涙を浮かべていた。


「あと一つ…………」

 イリシュが困惑したように言う。


「なんですか?」

 リーファが訊ねる。


「私達に共闘を持ち掛けているみたいですっ!」


「そんなの出来るわけないだろっ! ミレーヌの仇なんだよっ!」

 エレスは、未だ癒えない酷い傷に悶え苦しみながら憎しみの声を上げていた。

 エレスは、何と“復讐”や“憎しみ”を忘れない為に、イリシュの回復魔法を拒んだのだった。彼女は本当に凄まじい胆力(たんりょく)の持ち主だった。


「その……共闘して戦いたい相手は誰なのですか?」

 リーファは訊ねる。


「魔王ヒルフェを始末したいと。此処まで戦争が悪化の一途を辿っている原因の一つを始末したいと。そして、もう一人、ソレイユさんも…………」


 イリシュは、アネモネ……ひいては、エル・ミラージュの最高権力者達が、本気で利権屋のボスを叩き潰す決意をした事を理解した。


 アネモネは……エル・ミラージュは、ミレーヌの仇だ。

 だが、そもそもミレーヌは殺される覚悟で、この場所に来た筈だ。

 もし、アネモネの言葉が本当ならば、牙を剥けるのはアネモネでは無いのではないか。


 イリシュは、ヒルフェとソレイユの狡猾そうな顔を交互に思い出していた。


 今や、衛兵達は彼女達を監視していない。

 三名は監視から、自由の身にされたのだった。


 イリシュはリーファとエレスに夕方までに戻る事を告げた後、ホテルの外へと向かった。あまりにも息苦しいホテル生活だった。少しでも新鮮な空気を吸いたい……。



 イモータリスの街並みは、何処か寂れていて淋しげな場所に思えた。

 荒涼とした家屋を通り抜けて、オリヴィは吸血鬼の城『ケプリ・キャッスル』を目指していた。オリヴィは自らの配下や同胞を道具として使い捨てにする王なのだと耳にしている。油断をしてはならない。だが…………。

 

 吸血鬼の魔法を教えて貰いたい。

 可能ならば、魔王ヒルフェとシンチェーロに対抗する為に…………。

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