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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
独裁国家。エル・ミラージュ
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独裁国家。エル・ミラージュ カーディ。焔の都市へ。

「ベドラム達の戦争には付いていけねぇ。俺は故郷の事なんて知らねぇから。亡命を選ぶ」


<その国は安全なの?>


「さあな。わかんねー。だが少なくともジャベリンよりは安全かもな」


 電話の向こうにいる獣人のサラナは不安そうな声をしていた。

 カーディは亡命という彼らしい行動を取った。ある意味、エレスやサラナ達を見捨てた事になる。


「お前も亡命を考えろ。俺を追わなくていい。この国も安全か分からねーし」


<僕に自分で決めろって言うのかい? パーティーの仲間だろ?>


「ああ。自分で決めろ、エレスは自分で決めた。俺も自分で決めた。お前も自分で決めるんだ」


 荒廃したチャイナタウン。

 それが黄霊の街、コンロンの現状だった。

 この街もマスカレイドと同じようにスラム街ばかりだった。

 

 ステンノーの裏側に控えているヒルフェ。

 奴は魔王達の中で一番、最悪の存在とも言える。


 世界全体が戦争のショック状態によって経済マフィア共に喰い荒らされる。

 どの国もこの大きな戦争の波及は免れないだろう。

 

「俺は馬鹿なお姫様達のイカれたおままごとに付いていけねーから、一般市民の代表として逃げるだけだよ。戦争で世の中が良くなるわけねーだろ」


 カーディには信念なんてものはない。

 故郷を守りたいという積極的な動機も持っていない。


 国家権力(リヴァイアサン)


 国家とは暴政により国民を支配する装置でしかない。


 この天空の下、何者もそれに抗う事が出来ない。


 ベドラム。ステンノー。ヒルフェ。サンテ。ソレイユ。ジュスティス。リベルタス。

 血に飢えた魔王達が暴れ回るこの世界の理の下から逃げ出したい。


「この国は物価が安いな。しばらく滞在させて貰うよ」

 カーディは安煙草に火を点けながら、経済侵略によって荒廃したこの国の淀んだ大気を眺めていた。


「髪飾りとか美肌クリームとか。マジで安いから沢山、お土産に買って帰ってやるよ。帰る頃には俺の故郷は焦土になっているかもしれねーけどな」



 それは数日前の出来事だった。


「一般市民代表として言うけどさ」

 冒険者ギルドに所属しているカーディは太々しく、ロゼッタとヴァルドガルト騎士団長に告げた。


「お前らに付いていけねーの。戦争になったら俺達冒険者が徴兵される。騎士達の下に付く傭兵としてな。国を守るったって、結局、都合の良い戦争の宣伝文句(プロパガンダ)じゃねぇか。馬鹿らしい」


「…………。返す言葉も無いわ」

 ロゼッタは複雑な表情をしていた。


「そりゃ。俺達だって、言葉の通じない魔物とかに街や村が襲撃されるってなら分かるよ。でも俺達が戦う相手は人間だろ。魔族でさえ言葉が通じる相手だって分かってきたんだ。話し合いで解決出来なかった時点で付いていく連中は少数って気付けよ」

 カーディはロゼッタ達を睨んでいた。


「人類普遍的な事を言うとだな。戦争でいつだって真っ先に死ぬのは、権力の無い馬鹿な一般市民だ。王族が死ぬのは最後だ。王族は何としてでも生き残ろうとするしな」

 カーディはがりがりと吸い口を噛みながら、紙煙草を無造作に吸っていた。


「だから俺は一般市民代表として付いていけねぇーって言っている。元々、俺は家族とは関係が悪いし。正直、この国の事なんて知らんよ。俺は俺の自由にさせて貰う。他の冒険者の何割かもそうみたいだぜ」


「…………。家族は大切じゃないの? この国が戦争に巻き込まれれば、貴方の家族も死ぬかもしれないのに………………。故郷も守ろうとは思わないの?」

 ロゼッタは訊ねる。


 カーディの故郷は、バグナクという場所にある。

 ジャベリンから離れた場所だが、ジャベリンの領地内にある街だ。

 主に冒険者達になる者達の故郷は、バグナクという場所だった。


「だから仲悪いし知らねぇー、つってんだろ。家族を人質に取るような言い草が腹立つわ。お前ら権力者は故郷だの愛国心だの愛する家族だのを守れと言って戦争を美しいものだと言う。敵が侵略してくるってな。言葉の通じない魔物だったら俺も国の防衛に参加したって言っただろ。ロゼッタ王女様、はっきり言うが。お前らが言葉が通じる相手に会話が出来なかったから、今の惨状が起こっているんだ。だから、俺らは付いていけねぇーつってんだよ」

 カーディは淡々と吐き捨てていた。


 ロゼッタは返す言葉を探していた。

 そうだ。多くの冒険者達が故郷であるバグナクに帰り、防衛を行っている。


「…………。エレスやパーティーの仲間達は心配じゃないの? 国に残る冒険者仲間達は?」


「知らん。特にエレスは自らエル・ミラージュに行ったんだぞ。さすがに自己責任だろ。だから俺はあいつの事は知らん。でも、そうだな……………」

 カーディは少し考えていた。


「一緒に亡命する、つーんなら、俺はいつでも歓迎する。あの国から無事に逃げてこられたら、合流するよ」

 カーディは冷淡な口調で言った。



 コンロンは大気汚染と水質汚染により、癌の発病率が高い。

 食品には気を使って口にしなければならない。

 放射能や有機水銀、銅、重金属、カドミウム、ありとあらゆる発癌性物質が垂れ流された河から取れる魚や米、野菜が市場で売られ、レストランの食事として出されている。


 いつまでこの国に亡命出来れば安全なのか。

 健康被害を覚悟して此処で生活しなければならない。


 エル・ミラージュの実質的な属国になった後、この国の荒廃は進んだ。

 産業廃棄物が垂れ流しにされ、グロテスクな色彩に水質が淀んでいる。


「ジャベリンと空中要塞が戦争に負ければ、この国のようになるな。勝っても、各地が『崩壊炉の荒野』みたいな場所になるかもしれねぇ。戦争を始めた時点から既に負けているんじゃねぇのか」

 カーディは吸っていた煙草を汚染水が垂れ流しにされた河へと投げ捨てる。

 遠くでは、子供達が河で水泳を行っていた。

 大人達は、スカベンジャーという仕事をしており、河の中からゴミ漁りをしてその日の路銀になるものを探しているみたいだった。


 この国は体裁上、共産主義や民主主義をうたっている国だ。

 だが、民主主義を巧妙に偽装した独裁国家はいくらでも存在する。そして独裁国家の更に上には、独裁国家を独裁国家足らしめている利権屋が存在する。この世界の秩序を考えると、何もかも暗澹たる気持ちになる。


 国家は何処までも暴力装置(リヴァイアサン)でしかない。


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