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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
独裁国家。エル・ミラージュ
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独裁国家。エル・ミラージュ ステンノーの侵攻軍。非正規の傭兵達。

 ステンノーの非正規軍。所謂、周辺の属国から集った傭兵達を集めて、彼らはシルクロードの砂漠へと集まっていた。ドラゴン退治の為の武器、兵器、魔導具を揃えていた。


 しばらくして、遥か彼方から何体もの真っ赤な体躯のドラゴン達が現れる。

 兵士達は息を飲んでいた。


 指揮官であるドラゴンの一体が人語で有象無象の兵士達に告げる。


<降伏しろ。お前らにも家族がいるだろう。我らにも家族がいる。退けば命までは取らない>


 非正規軍の傭兵達は所謂、捨て駒だ。

 エル・ミラージュには大量殺戮兵器を幾つも所有している。


 兵士達はそれぞれ英雄志願なのか、はたまた金目当てなのか、それぞれ与えられた竜殺しの武器を手にしていた。それらは、一見すると、剣や槍、弓矢、銃火器のような形状をしていた。


 真っ赤なドラゴンの一体は呆れたように、吐息を吐いた。


 勝負は瞬く間に終わりを告げた。

 兵士達はドラゴン達の炎のブレスによって全身を焼かれ、反撃として手にしていたドラゴンの鱗も貫通する銃器に仕込んだ魔法の弾丸なども引き金を引く事も出来ずに炎に焼かれていった。


<降伏しろ。ステンノーの哀れな傀儡(かいらい)共。貴様らが見る理想は何処にも無い。我らの一体を倒せても。どうせろくに保証金が貰えない。貴様らにも家族がいるだろう? 我らも同じだ>

 数十名くらいを燃やし尽くして炭化させた後、指揮官をしている真っ赤なドラゴンはなおも他、数千名の兵士達に告げる。


 竜殺(ドラゴン・スレイヤー)の魔法が込められた弾丸や、矢を放っていく。

 どうやら、ドラゴンの一体が竜殺の魔法が込められた魔導具によって倒れたみたいだった。


 指揮官である真っ赤なドラゴンは呆れた顔になる。


<お前らの答えは分かった。こちらは後、百人は焼く。覚悟は出来ているな?>


 真っ赤なドラゴンは炎のブレスを吐き散らし、愚かな人間共を思い知らせていく。


 この戦いは一時間にも及ばなかった。


 六体で来たドラゴンのうち、四体が倒され、一体が負傷。

 そして指揮官の真っ赤なドラゴンが、次々と英雄になりたがっている者達を制圧していった。


 人間側で残ったのは、数十名程度だった。

 ようやく彼らは白旗を上げたみたいだった。


 砂漠には無数の炭化した人間の死体が散らばり、辺りは溶岩口のようになっていた。人間はどうしようもなく脆く、弱かった。


 真っ赤な鱗のドラゴンは、ふと、寒気を覚えた。


 赤き鱗のドラゴンは特殊な魔法を使い、援軍を呼ぶ。

 しばらくして彼方から、増援のドラゴン達が次々と現れた。


 人間達の屍の背後から、次々と伏兵が現れていく。

 彼らはそれぞれ竜殺しの武器を手にしていた。


 竜殺しの武器の引き金が引かれる。

 辺り一帯が無人の荒野となった。

 不気味な硝煙がキノコ雲となって立ち上っていた。



 ベドラムは空中要塞の玉座にいた。

 伝達役である竜人の男が状況を書き記した手紙を渡す。

 玉座の背後にいたロゼッタは、ベドラムの表情に状況がかなり深刻である事を察する。


「状況は最悪だ。指揮官をしていたレッド・ドラゴンのヴァルムだけが生きて帰ってきた。メッセンジャーとして生かされたんだろう。実に五十二体の同胞の命が奪われた」


 ベドラムは暗い顔をしていた。


「何体ものドラゴンが特殊な武器で死んだらしい。あるいは爆発物の類か……。人間達は、特殊な“竜殺(ドラゴン・スレイヤー)”の武器を手にしていたそうだ。その攻撃を受けて、メッセンジャーとして生かされたヴァルムもじきに死ぬだろうな。だがヴァルムは竜殺しの武器の残骸を幾つか持ち帰ってくれた」


 竜殺の武器。

 それは、一体、いかなるものなのか。

 ロゼッタには検討が付かなかった。


「ステンノーは竜殺しの魔法を込めた“粗雑”な武器を非正規軍の傭兵に配って、戦争ビジネスに駆り出しているみたいだ。エル・ミラージュの国民を戦争に参加させるつもりが、今の処無いみたいだ。あの国に生きる人々は上級国民って考え方なんだろうな」


「ドラゴンって簡単に死ぬの? 精鋭だったんじゃないの?」

 ロゼッタは声が裏返り首を傾げた。


「調べた処、竜殺しの武器は特殊な毒が配合されている。要は核兵器に使われている放射性物質の非人道兵器だ。“ダーティ・ボム”って奴だな。使用者も毒に汚染されて死ぬ確率が高い。つまり、非正規軍の兵士達は、実質的な人間爆弾だ。使用者自らの命と引き換えに死ぬ。非正規軍の多くの者達は知らされていなかった形跡があったそうだ」

 ベドラムはわなわなと怒りで震えていた。

 

「あの国は狂っているの!?」

 崩壊炉の荒野をみなで共に見てきたロゼッタは、ステンノーのやり方に寒気さえ覚えていた。


「大量殺戮兵器……。つまり核が空中要塞やジャベリンに落とされる。後は分かるな。ドラゴンも人間もエルフも沢山死ぬ。半永久的にあの“崩壊炉の荒野”みたいな不毛の大地と化す」


「…………。そんな事はさせないわ」


「他にもローズ・ガーデン産の細菌兵器でも、ドラゴンを毒殺、病死させるという情報が入った。なあロゼッタ。人間の悪意は何でこんなに底が無いんだ?」


「そちらも詳しく教えて」


「その細菌兵器は、当然、一般市民にも感染する。それどころか世界中に病原体が流行するかもしれない。世界中に散らばった細菌が沢山の関係の無い国の者達の命を奪う。エル・ミラージュはその絶大な権力で、その細菌兵器を使用した事を隠蔽するらしいが」


 ベドラムは椅子に座り、渡された戦況報告の資料を読んでいた。

 彼女は静かに怒り狂っている様子だった。


 ロゼッタは事態の深刻さを受け止めていた。

 ステンノーはこの戦争によって世界中を巻き込むつもりだ。

 細菌兵器がバラまかれたとしたら、世界中の人間が苦しむ事になる。

 そしてあの国の力でその事実は隠され、疫病の犠牲になった者達は声を上げる事が出来なくなる。


「取り合えず。コウモリを決め込んだソレイユが“ダーティ・ボム”をエル・ミラージュ側に売ったか、一応、詰めてくる。この辺りはキッチリしないと」

 ソレイユは“太陽の魔法”の制作過程の複写を教会から手に入れている。

 つまり、核兵器を魔導具として作成する技術をソレイユは有しているのだ。


「白と黒、どっちだと思う」

 ロゼッタの表情はますます険しくなる。


「流石に白。黒だった時は、また話し合おう。いよいよ敵ばかりになる」

 ベドラムは少しだけ気怠そうな顔をした。


「…………。覚悟した方がいいわね。だから、貴方の空中要塞と同盟国になるのは嫌だったのよ。今回の戦争は貴方がまいた火種でもあるからね」


 ベドラムは顔をしかめたが。


「正論だな。私が間違っていた」

 そう言ってテラスを出ていった。


 ロゼッタは大きく溜め息を付く。


「私の方は、ちゃんとフリースを詰めないと。ローズ・ガーデンに対する資料が少ない。細菌兵器が世界中に広がれば、人間世界はボロボロになる。フリースの意見を聞きたい」



「お前、周りから物凄い嫌われてるけど。これからどうすんの?」

 ジャベリンの城の階段で、ダーシャは時間魔導士フリースに訊ねる。

 ちょうど、フリースが何気なく中庭で散歩を行っていた処、声を掛けたのだった。


「うーん。なんか色々、みんなギスギスしてるよねー」

 フリースは、相変わらず飄々としたつかみどころの無い態度を崩さなかった。


「一応、聞いておくけど。今回の戦争、お前ならどうするんだ?」

 ダーシャは探るように訊ねる。


「え? 当然。死体を回収して核物質の再利用。あるいは吸血鬼の王様が手にした太陽の魔法の複写で、同じ事を向こうにもやり返す。エル・ミラージュの大都市に爆弾を落として、向こうの戦意を削ぐとかどうかな? 首都に落としてもいいと思うよ」

 フリースはまるで子供に童話でも読み聞かせるような口調で、非人道的な事を口にする。

 敵国の大都市の非戦闘員の市民を核爆弾で大量虐殺して、早期に戦争を終結させるべきだと、彼女は言っている。


「核の恐ろしさを国民の血で身を持って体験すれば、向こうの気が変わると思うよー。ちゃんと敵の弱い部分を付いていかないと。ベドちゃんは、何で、それが出来ないのかなあ? それだけの武力があるのに」


 フリースは凄まじく人外の思考である発言をしていた。

 向こうが核汚染や細菌兵器を使うなら、こちらは同じ兵器を利用して、もっと非道な使い方をするべきだと彼女は言っている。同じ形で報復すればいいのだと。

 爆弾を空中要塞やジャベリンに落とされる前に、速やかにエル・ミラージュの首都に落とせば早期に戦争が終結するのは確かだろう。

 ステンノーは無事かもしれないが、王族、貴族、金持ちが住まう首都、大都会に落とせば、ステンノーも行動を制限せざるを得なくなるだろう。


 敵が恐怖を煽ってくるならば、更なる恐怖と暴力で鎮圧すればいいという発想だ。


 自国民を犠牲にしたくないステンノーの脆い部分を付いている発言だ。

 実行すれば、何千、何万人もの犠牲者が出るのだろうが。

 ……崩壊炉の荒野の話を聞くと、まき散らされた放射能によって、更に犠牲者は増えるかもしれない。

 これで、エル・ミラージュとの戦争は終わる。

 極めて合理的な解決方法ではある。

 だが。


「やっぱ、お前、やっちゃいけない発想をするんだな」


「でも。そこまでした方が早く戦争が終結すると思うんだけどな」


「ごめん。お前、何、言っているか分かんねーわ」

 ダーシャは巻き煙草をポケットから取り出す。

 マスカレイドで覚えて、すっかり嗜好品になってしまった。


「ベドちゃんは恐怖で独裁国家を作ってきた。ステンノー君も恐怖で他国を支配してる。戦争の落とし処は“これ以上、戦争を続けたくない”って相手に思わせないと。なら、爆弾を敵国の大都会に大量に落とすべきだと思うけど。駄目なのかなあ?」


 何万人、何十万人の人間が死ぬだろう。

 核を使えば、更に放射能汚染による被曝で子々孫々にまで犠牲者が増える。


 ダーシャはフリースの言い分を聞いて、寒気がしていた。


 この女は合理的な解決なら、何をどうやったって構わないと考えている。

 それぞれの思想信条や、道徳観、感傷的なものを一切排除して、最善の一手を提案してくる。


「人の感情って、そんなもんじゃねぇーだろ。なんで、お前はそこ分からねーのかな」

 ダーシャは巻き煙草に火を点けた。


 フリースはきょとん、とした顔をしていた。


「じゃあ。こうしよう。大量殺戮兵器である竜殺しの兵器、魔導具が作られている兵器工場を強襲、襲撃すれば、物資補給の点から考えて物理的に戦争の継続が不可能になる。ちゃんと、ドラゴン達は、空中を支配出来ている事がどれだけのアドバンテージを持っているのか考えれば、すぐに向こうをチェックメイトに追い込む事が出来る筈なんだよね。まあ、兵器工場で働いている人達はエル・ミラージュの移民や、周辺国の低賃金労働者で人間達で彼らが大量に死ぬ事になるけどね。彼らの子供達は親無し子として貧困街を彷徨い歩いて餓死したりするかもしれないけど」

 

 フリースは、のほほんとした顔で、午後のティータイムに出されたお菓子と紅茶の原産地や歴史を説明するかのように、極悪非道な提案を行う。ランプの明かりのスイッチを押したり消したりするような口調で、人類種族に対する冒涜的なアイデアをその口から発していく。


「それが一番、血を流さない落としどころだろうな」

 ダーシャは深く溜め息を付いた。


「その案をベドラム達に言ってくる。フリース、何とか仲間達の信用を取り戻せるといいな」

 ダーシャは煙草の火を消すと、空中要塞へと橋渡しが出来る城のテラスへと向かっていった。


「信用って…………。なんで私が嫌われているのか、全然、分からないんだけどなあ」

 フリースは本当に心外といった顔をしていた。

 何一つとして理解していないみたいだった。


 ローズ・ガーデンの非人道的な人体実験も“人類の進歩”の為なら、行うべき事だと、フリースは内心思っているのだろう。口に出してはいけない事なのだろうが。

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