独裁国家。エル・ミラージュ 戦争開幕前。
「どんなに文明が豊かになっても、人間は満足しないし、この世界で生きるあらゆる者達は同じでしょ。足るを知る事を知らない。私だって好物のアイスクリームを取り上げた生活にはもう戻れないし。便利な魔法の通信機器を手放すわけにはいかない」
ロゼッタは苦々しく呟く。
「戦争を起こせば少なからず私達が得をしてる。国民からの支援を存分に受けられるからな。私の使う魔導具も舞踏会のパーティー費用も国民からの血税だ。空中庭園の装飾品も国民の頑張りによって作られてる。私腹を肥やしているって言われるとその通りとしか言えないからな」
ベドラムもシニカルに言った。
舞踏会は夜に差し掛かり、空には花火が上がっていた。
イモータリスの街には、ジャベリンの一般市民達が溢れ返って屋台を開いて、飲めや歌えの騒ぎを吸血鬼達と共に行っていた。
「ベドラム。国民の幸福度調査でもやってみる? ジャベリンは世界水準でどれくらいなんだろ」
「ウチは自信ねぇな。空中要塞は私の“独裁国家”だ。ジャベリンは民主主義国家なんだろ。学問や福祉サービスなんか国民からの意見聞いて公共事業に力入れてるらしいじゃねぇか」
独裁国家。
結局の処、エル・ミラージュと空中要塞の本質は同じだ。
他の国々からは、狂気じみた独裁国家という認識でしかない。
「王族が権力を握り続ける制度には代わり無いけどね。これまではスカイオルムなどの周辺国と貿易を繰り返していたけど、結果、エル・ミラージュと比べて段違いに文明レベルが下がっている。向こうからしたら、こっちは生活水準の低い田舎街って感じ。古代を生きている者達に見えるのかも。未だに森や山で野垂れ死ぬ人間が多い」
ロゼッタは自国ジャベリンに対して、少し落ち込んだ感情を見せる。
「でもエル・ミラージュは経済大国なのに、鬱病やその他、精神病率が多いし。自殺者や安楽死を求める人間が段違いに多い。やっぱ、人間は自然に囲まれて、長閑に暮らしていた方が幸福度が高いのかもな。更に犯罪率も高いだろ、あの国」
ベドラムの言葉は励ましとも何とも言えなかった。
国家に最適解なんてあるのか。
ある種の永遠の問いなのかもしれない。
「モンスターに襲われる心配も無いし、貧困層を作らないように福祉サービスを充実させているのに、エル・ミラージュの人間の鬱病率と自殺率は高い。不思議よね。人間はどうすれば幸福になれるのかしら?」
ロゼッタは城の塔から吸血鬼の街を見下ろしていた。
国民達が種族問わずに、盛大にパーティーに参加している。
国民一人一人の表情が見える。
ロゼッタはふいに自らに圧し掛かっているものの重さを感じる。
「王族で生きるの楽じゃねぇーな」
ベドラムは気怠そうな顔をして首を鳴らす。
「それでも庶民は私達に憧れるでしょ。自国を好き勝手にデザイン出来る。ファッションにお金かけるのも、海外旅行も税金で行き放題だしね」
ロゼッタは自嘲的に言う。
「国民の権利を考えるなら、独裁国家を選べば君主が禁欲的で無ければいけない。民主主義国家を選べば国民の暴走を止めなければならない。理想的な君主像って幻想だろ」
ベドラムの皮肉は続く。
「マスカレイドの国民の幸福率は高いんだとよ、どういう調査をしたんだろうな。対するエル・ミラージュの幸福度は低いそうだ。一般市民がジャベリンやマスカレイドの貧民窟の連中より、よっぽど贅沢に暮らしているのにな」
竜の女王は首を傾げていた。
「今度、お互いに自国の国民にアンケート取らない?」
ロゼッタは冗談っぽく提案する。
「私の処は不満溜まってる奴、多いだろうな。ドラゴンという種族の本能や特性自体を封じた。結局、周りに、私やディザレシーなんかに対するイエスマンで固めている」
「でも貴方の国の国民が我慢を強いているから。他国や他種族は平和に生きれてる」
「ロゼッタ。人生は楽しいか? 私は楽しい」
「私も楽しい」
ロゼッタは笑った。
ベドラムも笑い返した。
花火がどん、と、美しく空に広がっていた。
ロゼッタとベドラムは互いを見つめ合って、右手を握り締め合う。
「早くこの戦争を終わらせたい。最小限の犠牲で済ませたい」
ロゼッタは真摯に告げる。
「だな。私はトップさえ殺せれば文句無い。戦争に勝っても、エル・ミラージュを属国にしない。国民の犠牲を最小限にしたい」
ベドラムの言葉はある種の誓いだった。




