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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
独裁国家。エル・ミラージュ
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独裁国家。エル・ミラージュ ケプリ・キャッスルでの舞踏会。

「まさか本当に舞踏会開くとはな」

 ベドラムは真紅のドレスを纏って、男性の吸血鬼と一緒にダンスを踊っていた。

 同じように、ロゼッタも水色のドレスを纏って、エルフの若者とダンスを踊る。


 舞踏会の主催者であるソレイユは玉座に座って、場を仕切っていた。


 会場の端には、人間のバイオリニスト達やピアノ演奏者達が並んで、煌びやかなシャンデリアの明かりに照らされながら各々、会場を盛り上げる美しい音色の音楽を奏でていた。


「貴方、ダンス踊れたんだ」

 ロゼッタは意外そうな顔をする。


「ガキの時以来だよ。案外、身体で覚えてるもんだな」


 ひとしきり踊り終わった後、ロゼッタはテーブルの一つに付き白ワインを口にする。


「テーブルマナー、そこそこ出来てるじゃねぇか」

 ベドラムは鼻を鳴らす。


「さすがに教えられるわよ、私これでもお姫様だもの」

 ロゼッタは丁寧に肉を切り分けていた。

 意外にも上品に料理を口に入れていく。


「犬食いでもするのかと思ったよ」

「さすがに怒るわよ。ところで何でこのイベント開いたの?」


 ベドラムはあらかたダンスを踊り終えると、別の席で吸血鬼達とポーカーを始めようとしていた。ロゼッタが手招きする。仕方なくベドラムはロゼッタの正面の席に座った。


「ソレイユが気を利かせて、戦争の前に結束力を高める為にみなで遊び狂おうって話だよ。ちゃんとした社交場じゃねぇからドレスコードさえ守ってくれれば、適当に遊んでいいんだと。別の部屋ではカジノホールやビリヤード場も用意してる」


「ソレイユはどっち側の味方に付くの?」


「いつも通りのコウモリ野郎だよ。これは空中要塞とジャベリンの同盟国。エル・ミラージュとマスカレイド裏社会の戦争だとさ。イモータリスは関係無いんだと。あいつ、戦争ビジネスで儲ける事も堂々としている、エル・ミラージュ側の兵士に魔導具売りさばいたり、戦場での食料などの補給物資をもう売り始めてる。戦争が始まり長引けば、土地売ったり、孤児院を委託業者に売り付ける事も考えてる」


「……ソレイユ、私達の敵じゃない? なんでそこまで利敵行為してんの? こっちの情報とか向こうに横流し出来るわよね」


「この戦争での立場はあくまで中立とか言いやがった。外交は本当に難しいな。少し前に揉めたよ。イリシュから話聞いてるだろ」


「実はその件は聞いてない。ソレイユと揉めたの?」


「報連相出来てねぇのかよ。空中要塞とイモータリスの戦争が勃発しそうになったんだよ」


「聞いていない。イリシュの件は、あえて聞かない」

 ロゼッタはシャンパンを一気飲みする。

 口ぶりから大体の事情は知っているが、あえて耳に入らなかったといった感じだった。ロゼッタの立場上、問題と向き合うとイリシュを処罰しなければならなくなる。ベドラムはそれを察して、これ以上、この話に突っ込む事を止めた。



「お前ら本当に仲悪いのか? いっつも仲良さそうに見えるんだが」

 カジノで負け続けたダーシャが腹立たしい顔をしながら、二人の席に座った。彼は着慣れていないタキシードを煩わしそうにしていた。


「女同士は複雑なんだよ」


「ベドラム。ドラゴンは雌雄関係なく“男性”なんでしょ。こんな時に女を名乗らない」

 ロゼッタは二杯目の白ワインを飲み終える。

 彼女の顔は真っ赤に染まっていた。


 軽口を言い合っている二人を見て、ダーシャは胡乱げな顔をしていた。

 正直、この二人の関係は良く分からない。



「私をずっと仲間外れにしないで欲しいんだけどなあ」


 桃色をした独特の紋様が入った異国のドレスに包まれながら、時間魔導士のフリースが現れた。


「ずっと、ハブられていて、寂しかったんだよね」


「時間魔導士。天体観測所での仕事があるだろ、王女様、直々の命令だったんだろ?」

 ベドラムは訊ねる。


「なんか左遷された感じなんだけどねー。ロゼッター。私の可愛いお姫様―。なんで、天体観測の仕事に回したかなあ? 私もちゃんと戦争の作戦会議に加わりたかったんだけどなー」


 フリースは頬を膨らませて怒った仕草をする。


「話をこじらせる発言ばかりするからでしょ。元々、貴方の仕事は天体観測所での地理研究でしょ。それから貴方には重要な任務である、エル・ミラージュに関しての情報収集、向こうからの軍事兵器での先制攻撃への警戒の仕事も任せているでしょ。ってか、なんなの? そのドレス。何処の国の民族衣装? よくドレスコード通ったわね」

 ロゼッタは警戒心を強めて言う。


「チャイナドレスだよー。ある国の民族衣装。今度、その国に一緒に行こっか?」


「ステンノー達との戦争が終わったらね」


 フリースは水煙草(シーシャ)と呼ばれるものを用意させて、ぷかぷかと吸っていた。


 ダーシャは女同士はドロドロしているなあ、と、小さく呟く。


 ダーシャは三名の女達の会話を観察しながら、ふと彼女達の関係性。他の者達の関係性に気付いていた。


 ディザレシーと話し合ってソレイユが暴挙に出た時にいつでも彼を始末しようと目論んでいるベドラム。


 未だ仲間の騎士達を殺された遺恨を深く残し、いつかベドラムを殺害しようと企てているロゼッタ。


 そしてベドラムとロゼッタから危険人物扱いされて、距離を取られているフリース。


 男陣営の方も駄目だ。


 コウモリ行為をしているソレイユは当然として、オリヴィも何か重要な事を隠している。……それが何か分からないが。


 ……エルフは見通すんだ。そういう訓練をされているから…………。



 ロゼッタとベドラムの二人は普段は互いに皮肉と嫌味を言い合っているが、あれはお互いに信頼関係があるから出てくる軽口だ。だが、二人共、フリースへの不信感が強くなっている。フリースの言動の真意はまるで分からないが、このままだと、関係性に亀裂が入っていくだろう。


 色々な遺恨を残しながら、人間関係を積み上げてしまっている。

 ダーシャは、いつか何処かで、皆に大きく亀裂が走る事を怖れていた。

 そんな風に、エルフの青年は物想いに耽っていると…………。


「ロゼッタ。酔ってない? お前」

「何よ、酔ってないわよ」

「フリース。お前は飲み過ぎだろ。いつも騎士団長にキレられてばかりだろ」

「そういうベドちゃんは、お酒飲まないの?」

「ウチの国の法律で飲酒は最低限にしろって決めてるんだ。ドラゴンが暴れると行く処まで行くからな。禁酒法までは行ってないが、そういう事にしてる」

「お酒飲めないって、悪法だねぇー。労働者階級を中心に反乱起こるよー」


 フリースは相変わらずの酒豪っぷりを見せていた。

 そして、酔ってジャグラーのように酒瓶を放り投げる曲芸を始めていた。


 ロゼッタは何杯も飲んで酔い潰れてテーブル席に顔を突っ伏していた。

 ベドラムはロゼッタの頭にコップの水をかける。


「ダーシャ。悪いが、ちょっと女子会開いてくる。取り合えず、この席に座っていてくれないか?」

 ベドラムは酒の席で暴れるフリースに関節技を決めて締め付けた後、ロゼッタを揺り起こしているみたいだった。


「分かった。女同士は色々あるもんなー」

 エルフの青年はテーブルに頬杖を突いていた。


「ただの化粧直しだ。気にすんな。こいつらおめかしがぐしゃぐしゃだ。舞踏会用にメイクしてくれた従者に後で声をかけないとな」

 そう言って、半ば強引にベドラムは、ロゼッタとフリースを羽交い絞めにして奥の部屋へと向かっていった。


 ダーシャは彼女達の方を見ずに、フリースの手にしていた水煙草を吸っていた。ふうっと、甘い煙草の臭いが充満していく。


「女子会頑張れよー」

 ダーシャはぐったりとした顔をしていた。


「ああ。三人で興味のある異性の話で盛り上がる事にする」

「ベドラムは好きな異性なんているの?」

「いねぇーよ。こいつらにはいるんだろ」


 そう言いながら、ベドラムは奥の部屋へと二人を引きずっていった。



 衣装部屋の中だった。


 フリースは頭をぽりぽりと掻きながら、眼の前の二人を見ていた。


 大剣の切っ先をフリースの首の隣に近付けるベドラム。

 酔いが落ち着いたロゼッタの方も魔法の杖をフリースに向けていた。


「で、なんなのかな? これ? 女子会ってこういうものだっけ?」


 明らかな尋問だった。


「お前、ローズ・ガーデンの重要人物だろう? エルフ達に依頼して調べ上げた処、エルフ達のルートで、お前があの施設の重要な役職についていた事はもう、めくれてるんだよ」


「それ本当? 困ったなー。色々な誤解が生まれてそうでさー」


「フリース。貴方はエルフの里、エレスブルクの遺跡で何を手に入れたの? 本当はオリヴィの恋人を治す為のアイテムを探しに行く目的じゃなかったでしょ? エルフ達の調べでは不老長寿に関する文献、それらに関する魔導具などが持ち去られたと言われている。貴方でしょ?」


 フリースは冷や汗一つかいていなかった。

 まだ酒に酔った余興か何かだと思い込んでいるような、へらへらとした顔をしていた。


「ベドちゃんも、その物騒なモノしまってくれないかな?」

 フリースは困ったような顔をする。


「天体観測所で集めている資料を全部、私の処に提出する事を約束すればお前の首と胴が永遠に離れるのを止めてもいいな」


「フリース。今は貴方は周りからどう見られているか、これで状況が分かったでしょ? 何か貴方個人の目的があるの?」

 ロゼッタはすっかり酔いが覚めたみたいだった。


「ロゼッタ、どうする? のらりくらりとかわして死んでも口を割らなそうだぞ?」


「分かっていた事じゃない。でもこの女にも宣戦布告はしておかないと」


 ベドラムの刃がフリースの首筋の肉に食い込んでいく。フリースの首筋から血が滴り落ちる。


「だから、何なのか分からないなー。二人共、パーティーではしゃぎすぎだと思うよー」


 フリースはへらへらと笑う。完全に肝が据わっていた。

 いつもの軽薄そうな態度をあえて崩さず、一切の情報を喋らないという態度を取っている。

 

「耳でも削いでみるか?」

「ダメよ、ベドラム。それじゃ拷問になる。拷問で得た情報はアテにならない」

「だとよ。良かったな、時間魔導士。右耳無くさなくて」

ベドラムは仕方なく大剣を降ろす。


「ステンノー達との戦争が終わったら。必ずお前を詰めるからな」

 そう言うと、ベドラムは先に部屋を出ていった。


「状況が切迫していて良かったわね。フリース。でも私達は貴方に宣戦布告はした。もし私達の敵じゃないのなら、何らかの邪悪な目的が無いのなら、身の潔白を証明して欲しい」


「んんー。私が何を答えても、君達は私を悪者にしたいんでしょー? それは賢いとは思わないよ」


「うん。思わない。だから信用に値する材料が欲しい。フリース、今回の戦争でジャベリンを守って。言葉ではなく行動で示せば、貴方の身の潔白は証明される」


 ロゼッタはフリース……かつての教育係の瞳の奥を見据えた後、ロゼッタも部屋から出ていった。


 フリースは両手を広げて、やっていられないといった仕草をする。

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