独裁国家。エル・ミラージュ 毒刃のアネモネ。
エル・ミラージュの城の中を魔王ヒルフェと、王子の懐刀であるアネモネの二人が歩いていた。
「ヒルフェ様。ネズミを見つけました」
アネモネは手鏡で歩きながら化粧を直し、陰謀の魔王に告げる。
「さて、どうする?」
「我々、二人で始末しますか?」
「この城、この国の暗殺者はお前だろう?」
「私一人では少々、手こずる可能性があります故」
アネモネはヒルフェに臆する事無く、ヒルフェにも動くように言った。
アネモネは手鏡の中をヒルフェに見せる。
王都ジャベリンの修道女イリシュが映し出されていた。
次に鏡の映像が濁り、今度は冒険者のエレスの姿が映る。
「修道女の方はヒルフェ様が見逃したのでしょう? 何も出来ないからと判断して」
「まあ。泳がせておくのは格好の材料だからな」
「こちらの青髪の女の方は強い。ステンノー様やザイレス様に、この女の刃が届く事は無いとしても、正直、我が国に侵入されるのは不快極まり無い存在です」
アネモネは暗い表情をしていた。
「お前一人で始末出来そうか?」
「ヒルフェ様が行けば確実では? 貴方はいつも何をしてる?」
「私は吸血鬼の王が余計なたくらみをしないように、奴の動向を把握する仕事がある」
アネモネは、はあっ、と、小さく溜め息を付く。
「青髪以外のネズミなら簡単に始末出来ます。ただ、この女は私が駄目でしたら宜しくお願いしますよ……」
アネモネはエレスの写真を眺めていた。
直感的に、かなりの強者だという事が分かる。
もし相対する機会があれば、一切の容赦をせずに動くべきだろう。
「ステンノーの懐刀が意外にも謙虚なんだな?」
「私は勝てる標的しか狙いませんから」
アネモネの戦術も固有魔法も異次元レベルの魔王達にはまるで通じない。彼女は自らの身の丈を充分に理解していた。青髪の女……エレスと言ったか。潜入してきた中で、この女だけは危険だ。
アネモネは一目見ただけで、エレスの実力に気付いてしまっていた。
「貴様もそれなりの地位がある。もう少し驕り高ぶるものだと思っていたのだがな」
「いや。私、分からせメスガキキャラとかじゃないんで。勝てない相手に牙向いて、惨めに死んでいくとか本当に嫌です」
アネモネは露骨に嫌そうな顔をしていた。
「後。もう一つ、ヒルフェ様」
「なんだ?」
「これはヒルフェ様ご自身の問題ですよ。重く受け取るように」
「言ってみろ」
アネモネは手鏡をバッグの中にしまうと、神妙な顔をしていた。
「ヒルフェ様。貴方はサンテ様に恨まれていますよ。シトレーという殺し屋の青年の件で」
「私はやるべき事をやっただけだ。マフィアの義理立てをしただけだ。普通、親分の財布に手を突っ込む下っ端なんて見逃すわけにはいかないだろう」
「サンテ様のお考えでは、マフィアも裏社会もまったく関係ないでしょう。そもそもサンテ様は裏社会を深く憎悪されている。サンテ様は力の無い低俗な市井の人間とは違うのですよ。貴方より強いかもしれない。怒らせたら、貴方の道理も話も通じないでしょ? サンテ様は、世の中のルールなんて、まったく関係無い人ですよ!?」
「サンテのお気に入りだったな…………」
「ですです」
「だが。マフィアは舐められたらおしまいだ。マフィアに限らない。シトレーのやった事はどの社会でも通じない。王族の部下だって、同じ事をやったら似たような結果になるだろう。これだから貧困街育ちは頭が悪くて困る」
「そうでしょうけど……。私はサンテ様に一般的な常識や道理が通じないという事を言っているのです。あの人、噂では人間社会には税金がある事も知らないとか…………」
「恨まれるのが私の仕事だ。恨みなら売る程、買っている」
アネモネは、サンテ様はヒルフェ様より強いと思いますよ、という言葉を飲み込んだ。……面倒事に巻き込まれたくない。




