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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
独裁国家。エル・ミラージュ
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独裁国家。エル・ミラージュ イリシュ。エル・ミラージュへの潜入計画。 2


「じゃ。エル・ミラージュで出回っているブランドバッグ。これ身に着けていって」


 ロゼッタは高級バッグを、イリシュに手渡す。


「なんで、そんなもの持ってるんですか?」


「スカイオルムの質屋なんかで普通に売ってる。ちなみに偽物じゃない。ロゴマークは本物だって鑑定屋に見て貰った。後であの国の人気ファッションも渡す。現地でも買って」


「なんか通行証かなんかなんですか? バッグなんて………………」


「エル・ミラージュの女は、贅沢なファッションを身に着け、小綺麗なメイクをして男に貢いで貰うのが大好きらしいわ。頭の中はお金と高級ランチでいっぱい。そういう人達に溶け込むのに必要」


「うわー…………。下品ですね…………」


「ゴリゴリの右肩上がりの資本主義大国だからね。ジャベリンは馬車だけど、向こうは高級車がバンバン道を走っている。周りの国々の貧困層から巻き上げたお金が、庶民にも流れている。適当に何代も前の戦争兵器を色々な国に売り付けて、国民達は浮かれ上がっている。貴族だけじゃなく、成金も多いから、そんな連中が幅を利かせている」


「…………。行ってもいないのに、本の知識だけで、ぼろくっそに言うんですね…………」

 イリシュは王女のいつもの調子に呆れた。


「ブランドバッグは“女の象徴”。どれだけ金持ってる男と付き合えたか。どれだけ金持ってる男と結婚出来たかで、あの国の女共は、馬鹿みたいに張り合っている。持ってるバッグの値段で、どれだけ凄い女であるか見定められる」


 ロゼッタの声音には、心の底からの軽蔑の感情が入り混じっていた。


「エル・ミラージュの人間の女達は、他国では、男をたぶらかす魔物“サキュバス”だと揶揄される。贅沢に男から生気を搾り取って、貪り食らう淫魔。……ちょうどいいわ、やっぱり、ソレイユの処から、美人の吸血鬼を借りて同行させよう」



「どれだけ同性嫌いなんですか、ロゼッタ様………………」


「…………。同性というか。エル・ミラージュの女は嫌いね」


「会った事も無いのに。ぼろくそ言いますね…………」

 イリシュは呆れたような顔をする。



 イリシュは冒険者達の集う酒場で、ダーシャが斡旋してくれたエルフの女性。ソレイユが斡旋してくれた吸血鬼の女性。それから冒険者の女達で話し合っていた。


「エル・ミラージュに行けるんですか!? イリシュさん! その国、女の子達の憧れですよ!?」

 冒険者の魔法使いの一人が叫んだ。

 彼女の名前は確かエレスと言った。

 長い青髪がはねて、陽気そうな少女だった。


「え…………。ロゼッタ様、ぼろくっそに言ってましたよ…………」

 今日、何回、ぼろくそという言葉を使ったのかイリシュは思い出そうと思ったがやめた。


「ロゼッタ様は本物のお姫様だからあの国の凄さが分からないです! 私達庶民の気持ちなんて分からないです! あの国では女の子なら誰もがお姫様になれるチャンスがあるんです!」

 エレスは女の子らしく力説していた。


「女王様として男達を従えるチャンスもあるわよね。物凄い気分いいでしょうね」

 吸血鬼の女性はうっとりと呟いた。


 イリシュは困惑した。

 

「イリシュさん。メイクの仕方とドレスの着こなしの仕方教えるわ」

 吸血鬼の女はそう告げた。


「エル・ミラージュのバッグや服は、スカイオルムの質屋に流れてくるわ。バッグの一つはマスカレイド貧民街の生涯年収と同じ程度だと言われている。そんなものをあの国の女の子達は成金の男からプレゼントされる。バッグは幾つも貰っていて、それが女の価値とも言われているわ。金と権力の不平等があの国に行けば分かる」


「なるほど?」


「要するに。王女様は、貴方に“女として男共に自分を売り込め”って言っているのよ。ちょと酷い人ね」

 吸血鬼の女は、手鏡を見ながら口紅を治していた。

 吸血鬼の姿は他人から見て、鏡に映って見えない。手鏡を覗き見ると、イリシュの眼からは何も無い空中に口紅だけが浮いているように見えた。


「女社会は嘘と虚栄ばかり。イリシュさん、付いていける?」

 吸血鬼の女は、イリシュの頬に触れ、妖艶な瞳でイリシュの瞳を見つめる。


「私の周り嘘付きばかりだから問題無いです。ロゼッタ様もベドラム様も、ダーシャさんも、ディザレシーさんも、ソレイユさんも、オリヴィさんも裏で”眼の前の人物を刺す為のナイフ握りながら”牽制し合っているじゃないですか!」


「うーん…………。そういうのとは、ちょっと違うけど……。まあいいわ」

 吸血鬼の女は笑った。

 後で名前を聞いたが、彼女はミレーヌと言うらしい。

 しばらくの間、旅の仲間になりそうだ。



 ロゼッタとベドラムの二人は、客室の間でチェスの対戦をしていた。

 二人共、腕を組んで思索を巡らせていた。

 眼の前のチェス盤よりも、天井や部屋の装飾品などを見て、別の事を考えているみたいだった。


「古来よりメイクやファッションは、“呪術的なもの”があるらしい。その人物、人格、品性などを現わし、自らがどんな存在なのかを教える上で必要なものだ。破壊と闇を印象付ける為に、私はゴシック・ドレスを着ている。ソレイユのお勧めなんだがなあ」


 ベドラムは白いクイーンを動かす。


「ブランドバッグは大国の女達にとって、権威の象徴ってわけね。男の人で言う処の筋肉とか甲冑みたいなものね」


 ロゼッタは黒のヴィショップを動かした。


「エル・ミラージュの女共は、お前の言う通りサキュバスだ。男から金と生気を吸い取り、誘惑した男と同じ地位を得る。一晩の愛人になりたがり、寝た男の質で競い合う」


「イリシュに出来ると思う? 私は無理」


「私も無理だな。ドラゴンは男女共に人間で言う処の“男性”みたいなもんだ。色恋営業なんざ出来ねぇ。力と暴力を誇示し、破壊を好む。人間の“男性原理”ってのを調べたが、まさにドラゴンっていう種族を現わしているな」


「なるほど、言い得て妙ね。ベドラム。チェック」


「こっちもチェック。此処で、どう手を打つ?」


 二人はチェス盤を見ながら唸っていた。

 チェスゲームは戦争の模擬試合だ。

 戦略、駆け引き。相手の手を見ながら思考力が鍛えられる。

 チェス盤を見ながら、二人は、空中要塞とエル・ミラージュの今後を幻視していた。


「マスカレイドでダーシャからヒルフェの固有魔法は聞かされている。“幻影、幻覚の類を使う”と。私で勝てるかしら?」


「援護があれば勝てるだろ。ダーシャもいるだろ。私は一人でサンテを討つ」


「ディザレシーは付いていかないの?」


「ディザレシーは空中要塞の本当の意味でのキングだ。クイーンは取られても死なねぇが、キングは取られたら死ぬ」


「……サンテに勝てる自信無いって言っているようなもんじゃない」


「勝てる勝負でも、リスクヘッジは必要だろ?」


「意外と臆病なのね?」


「この城でジュスティスに嵌められて腹を刺された。エルフの里ではリベルタスに喉を裂かれた。保険は考えるさ」

 ベドラムは露骨に悔しそうな顔をしていた。

 そう、ベドラムは二度も紙一重で死んでいた。

 最後に勝者になったのは、ある種の運の要素も強かったかもしれない。


「ベドラム。結局、ステンノーとの直接の戦いを避ける為に、イリシュを送り込むのよね」


「あいつよりヤバい人間いないだろ。自らの固有魔法(てのうち)をみなに公開して王座に居座ってやがる。正攻法で戦いを楽しめるタイプじゃねぇ。暗殺する為の情報が欲しい」


「石化の固有魔法の条件が分からないわね。本当に触れただけに限るの? 奥の手隠してない?」


「そういう事だ」


 ロゼッタはベドラムにチェックメイトをかけていた。

 ベドラムは投了を宣言する。


 しばらくの間、二人は無言だった。


 ……何かを見落としている。

 チェス盤はトランプなどと違い、相手の手の内が分かる。

 だが、トランプなどのカードゲームは手札が分からない。

 ステンノーの手札。

 ステンノーはそもそも、王子だ。

 国王のザイレスが存在するが、彼は引退していると聞く。

 ステンノーが、事実上の国家元首として君臨している。


 そもそも、ステンノーは正面から戦うタイプなのか?

 エル・ミラージュは要塞大国だ。

 小規模な侵略戦争や経済侵略によって潤っている独裁国家だ。

 根本的に、自ら動くベドラムやロゼッタとは思考が違う。


「さてと。ダーシャも呼んでこいよ。ヒルフェと戦う前に訓練場で稽古つけてやるよ」


「いいけど。チェスで負けたからって腹いせしないでよね」


「しねぇよ。真面目に心身共にいたぶってやるよ」

 ベドラムは鼻を鳴らした。


「貴方を殺すつもりでやるわよ」

 ロゼッタは意気込んでいた。


「それで頼む。そうじゃなきゃ稽古の意味ないだろ」

 ベドラムはチェス盤を見ながら、思考の訓練はカードゲームが良かったかもしれない、と考えた。ベドラムはチェスはヘタクソで、カードゲームの方が得意だ。

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